下火だった学問分野が復活?

マイスターです。

新設される学部学科には、非常にわかりやすい流行があります。

あるときは情報系の学部・学科が、またあるときは薬学部の新設が流行しました。現在なら、看護などの医療系でしょうか。その時期の社会情勢や、国の政策、そして受験生の人気などを反映した結果、いくつかの大学で似たような動きが起きるわけですね。
大学の扱う学問分野が、社会の状況にある程度の影響を受けるのは、自然と言えば自然かもしれません。

ただ、増えるだけではなく、人気のない学部学科は廃れてしまうこともあります。

今日は、そんな流行り廃りの波の中で浮き沈みをしている学問に関し、二つの記事をご紹介したいと思います。

【今日の大学関連ニュース】
■「原子力学科:大学で復活 温暖化対策で脚光『技術者不足』 早大・東大…新設や改称」(毎日jp)

原発の事故や不祥事でイメージが悪化し、90年代以降、大学の学科や専攻の名から次々と原子力の文字が消えた。だが、地球温暖化対策で原子力が世界的に脚光を浴び、大学で原子力を専攻できる学科が復興し始めた。10年春には、武蔵工大(4月に東京都市大に改称)と早稲田大が原子力専攻の大学院を共同で設立するという全国初の試みも登場している。
武蔵工大は63~03年に研究用原子炉を運転し、原子力の研究と教育の実績がある。昨年4月に原子力安全工学科を開設した。原子炉は廃止されていたが、残った制御機器などを活用する。昨年、エネルギー問題に関心を強める早稲田大の呼びかけで、共同の大学院を設立することになった。武蔵工大の堀内則量(のりかず)・原子力研究所長は「温暖化問題解決には技術に加え、政策も学ばなければならない。団塊世代の大量退職で技術者が不足する。早急に育成しなければならない」と語る。
13基の商用原発が立地する福井県では、福井大が4月に国際原子力工学研究所を設置する。将来は複数の大学と共同で大学院を設置することも視野に入れる。福井工大は05年度、原子力技術応用工学科を開設した。
原子力の名称も復活している。東海大は来春、エネルギー工学科を原子力工学科に改称する。00年度までは原子力工学科を名乗っていた。大学は「悪い印象は薄れた。受験生に教育内容が分かりやすいよう改称を決めた」と説明。東京大も05年度、大学院に原子力専攻と原子力国際専攻を開設し12年ぶりに原子力の名を持つ専攻を復活させた。
(上記記事より)

「原子力」に関する学科が増えているという話題です。

原子力と言えば、日本のエネルギー事情を考える上では、欠かせない分野。社会を支えるインフラになっています。

ただ、原子力を専門に学べる学科は、そう多くはありません。
その上、

チェルノブイリ原発事故(86年)や茨城県東海村の臨界事故(99年)などを機に、多くの大学は原子力工学をエネルギー工学や量子工学へ改組・改称した。日本原子力産業協会によると、90年代初めに原子力関係の学科や専攻は約20カ所あったが、その後の10年で半減した。
(上記記事より)

……と、このように、むしろ「原子力」の文字は学部や学科の名称から減る一方でした。
様々な事故を始め、「原子力」という技術に関するイメージの悪化が、そのまま大学の学部学科名称に与えた影響もあったのでしょう。

単に、看板の掛け替え程度であればまだいいのですが、実際には原子力関係の運用に欠かせない基礎的な講座が大学から消えていくなどの動きもあったようです。
過去には、↓こんな報道記事もありました。

■「大学、原子力離れ 溶接・タービン工学など講座姿消す」(朝日新聞 2006年08月28日)

ただ、繰り返しますが、原子力技術は日本にとって欠かせないもの。
それを身につけたエンジニアや科学者が、いなくなっては困るわけです。

そんなわけで今、「原子力」が再び注目を集め始めています。
記事では地球温暖化対策で原子力が世界的に脚光を浴びたことなども背景にあると書かれていますが、そんな社会情勢の変化も、確かにあるのかもしれません。

そしてもう一つは、アメリカの話題です。

■「北米でコンピュータ・サイエンスを専攻する大学生が急増 」(ITPro)

北米のコンピュータ関連の学部や研究所などで構成する協会Computing Research Association(CRA)は米国時間2009年3月17日,大学のコンピュータ・サイエンス学部の実態について調査した結果を発表した。それによると,2008年秋の時点で,コンピュータ・サイエンスを専攻する大学生の数が,ドットコム・ブームの終焉以来,初めて大幅な増加を記録した。
具体的には,コンピュータ・サイエンスを専攻する新入生が前年から9.5%増加した。それに伴い,コンピュータ・サイエンス関連講座を受講する大学生の総数も前年から6.2%増加した。専攻学生に限定すると,受講者の増加率は8.1%に上昇する。同講座の受講生が前年比で増加したのは6 年ぶり。
コンピュータ・サイエンス学部の学士号を取得した学生の数は,前年比で10%減少した。前年の減少率は20%だった。同学部の博士号取得学生数は,前年から5.7%増加した。
CRAの次期会長に就任予定のPeter Lee氏は,「卒業後に給与条件の良い職に就ける可能性が高いことが,コンピュータ・サイエンス専攻学生の増加の一因だろう」と説明する。同氏によると,コンピューティング・テクノロジの知的な深遠さや社会への貢献力に魅力を感じる学生も増えているという。
(上記記事より)

アメリカでドットコム・ブームが起きた際、かの国では、情報科学を専攻する学生が非常に増えました。
学生時代の専攻によって就職後の報酬にも明確な差が出るのがアメリカですが、コンピューター・サイエンスはまさに、高額の報酬を手にするためのルートの一つだったわけです。一部のIT起業家の成功も、そんな流行を後押ししました。
残念ながら、このドットコム・ブームは一種のバブルでしたので、情報科学に対する過剰な支持はすぐに落ち着くことになったのですが。

このドットコム・ブームの後、日本でも数年遅れて、情報系の学部学科を新設する動きが各大学で盛んになりました。
ただ、学部の新設に極めて時間がかかるのが日本。申請された情報学部が実際に立ち上がり始める頃には、アメリカでドットコム・ブームが終わり、情報科学は下火になっていたという経緯があります。

そんなこんなで今。
アメリカで、コンピュータ・サイエンスを専攻する学生が再び増えているそうなのです。

米労働省の調査では,コンピュータ・サイエンスを専攻した学生の卒業後の平均収入は,大学卒業生全体の平均よりも13%多い。また,米労働統計局によると,コンピュータ・サイエンス専攻学生の卒業後の就職率は,ほかのサイエンスおよびエンジニアリング分野の学生よりも高い。
(上記記事より)

上記のように、一時期の熱狂ほどではないけれど、どうやら卒業生の需要もある……ということが分かったからでしょうか。専攻に対する、正当な評価が固まってきたのかもしれません。
日本でも、アメリカに影響される形で情報系学部がたくさんできましたが、関係者にとっては、アメリカでのこうした動きは気になるのではないでしょうか。

以上、2つの例をご紹介させていただきました。

このように、数年単位、あるいはもっと長いスパンで、少しずつ全国の大学の学部や学科が、一律に姿を変えていくということはあります。アメリカでは、比較的こういった変化が激しいようですが、日本でも常に動きはあります。

冒頭で申し上げたとおり、社会の動きを反映した結果ですが、時には社会に翻弄されてしまうようなこともあるでしょう。
また、短期的なニーズをくみ取ろうと動くあまり、本来であれば必要な教育が失われてしまったりすることもあるかもしれません。大学経営上の課題とどのように兼ね合いをとるか、難しい判断が問われることもあるかもしれません。しばしば、議論になるところです。

ただ、一度下火になった学問分野だからと言って、必ずしもそのまま消えてしまうとは限らないようです。
下火になったとは言え、一過性のブームが去ったというだけで実際には社会から求められている学問はたくさんありますし、今回の例のように、様々な理由で再び、社会の注目が集まることもあるわけです。

こうして書いてみると当たり前のことではあるのですが、結構、そういった認識は飛んでしまいがち。
市場の動きをしっかり見つつ、でもやはり、あまり振り回されないことも大事なのかな、と改めて思ったりします。
そういう意味でも興味深い話題でしたので、ご紹介させていただきました。

以上、マイスターでした。

※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。

1 個のコメント

  • 一般に大学の学科名には時代を反映した軽薄なものが少なくはないのですが、「原子力」はいま確かでしょう。
    脱化石燃料と地球温暖化対策(CO2排出削減)の観点から、世界的に重要視されています。
    しかし、安全性が20年前より著しく向上してきたとは言えず、不安視もされています。
    原子力工学の最重要ターゲットはまさにここでしょう。