突然ですがこの数字、何だかわかりますか?
千葉大学 教育学部:89.0%
法政大学 経済学部:79.5%
千葉大学 医学部:79.3%
東京理科大学 理工学部:78.2%
千葉大学 理学部:77.7%
筑波大学 社会・国際学群:75.4%
青山学院大学 経済学部:71.9%
日本大学 薬学部:66.2%
慶應義塾大学 総合政策学部:63.1%
聖徳大学 人間栄養学部:63.0%
上智大学 国際教養学部:58.4%
国際教養大学 国際教養学部:58.2%
東京大学 文学部:56.0%
宇都宮大学 国際学部:50.5%
城西国際大学 薬学部:38.3%
日本大学 松戸歯学部:36.8%
東京外国語大学 国際社会学部:27.1%
これらは大学入学者のうち、4年後に卒業した学生の比率です(医・歯・薬学部は6年後)。「標準年限卒業率」なんて言い方をすることもありますね。出典は読売新聞教育ネットワーク事務局『大学の実力2019』(中央公論新社、2018.9)。2年近く前に出た本なので最新のデータとは言えませんが、このシリーズは続刊が出ていないため、こちらから引用しました。
私はありがたいことに、講演や研修の講師としてお声がけいただく機会が多いんです。最も多いのは、全国各地の高校で企画される進路講演会。対象は、高校生や保護者の皆様です。各都道府県にある進路指導協議会などで、基調講演をさせていただく機会もあります。こちらは進路に関わる高校教員の方や、教育行政に関わる方向けです。
そういう場で、私はこうした数字をよく紹介します。ちなみに冒頭のラインナップは、千葉県立東葛飾高校の保護者向け講演会で紹介したときの例です(だから千葉・東京の大学が多め)。いつも講演先の立地や進学実績に合わせて選んでいます。
こうした数字。
どこで紹介しても。
絶対にビックリされます。
「えっ……?」という驚愕の表情とともに、会場が静まりかえります。
「私、真面目な進路講演なんて興味ないし」みたいなテンションで眠そうにしていた生徒さんは目を見開き。
「ベテラン教員である俺が教わることなどあるものか」みたいな雰囲気で腕組みして座っていた先生は、「何だって……!?」みたいな反応とともに姿勢を正し。
高校生の保護者はメモの鬼と化します。
高校生や保護者が驚くのはわかります。だって大学が発行する大学案内やウェブサイトには、こうした数字は載っていないんですもん。進学情報を扱う民間企業の媒体にも、ビジネス誌の大学特集にもこんな情報は出てきやしません。「中退率」という言葉自体が初耳でも、無理はないと思います。
高校の進路指導の先生が集まっている進路指導協議会でも同じ反応になるというのは、最初ちょっと意外だったのですが、「大学側が発信しなければ伝わらない」ということを考えれば、先生だってご存じなくても不思議ではないのかもしれません。
一方、大学のマネジメントに関わる方には、こうした数字を日々チェックされている方も多いことと思います。教育活動に関わる基本データですからね。大学業界では近年、「教学IR」という言葉が浸透してきましたが、中退率や留年率というのはまさに教学IRの中でよく扱われる数字です。セクションで言えば経営陣のほか、教務部やIR部門と縁が深い情報でしょう。
でも、高校生や高校教員の側にはほとんど知られていません。
大学側で重要だと思われている情報が、高校生の側にはぜんぜん知られていない。「中退率」ってデータの存在すら知られていない。非対称ですね。
読売新聞社「大学の実力」調査は2008年に始まりました。この調査がおそらく初めて、大学の中退率や留年率の実態を世間に知らしめたと思います。当時は世間どころか、そこに勤めている教職員の大多数すらこうした実態をご存じなかったようで、初年度の調査結果の発表後は「ウチの数字がなぜこんなに低いんだ」「誰から聞いたのだ」と、大学教員の方々から編集部へ問い合わせが殺到したそうです。
その後も毎年、同調査は継続され、ついには文部科学省が各大学へ中退率などの公表を義務づけることとなりました。情報公開の流れをつくったきっかけの一つであったと思います。
ちなみに私は当時、早稲田塾という予備校の総合研究所で働いていたのですが、この調査結果を見た直後に読売新聞社へ「うちの塾でいま志望校を検討している高校3年生5,000人にこの調査結果を配付したいんですけど」と電話しました(※そのこと自体が読売の記事になりました)。それくらい、これは高校生にとって大事な、画期的な情報の一つだと思ったんです。
でも未だに、高校側にはほとんど知られていないんです。
(しつこくてすみません。知っていただきたくて、つい)
私には別に、中退率が高いからダメとか、留年する人が多い大学が悪いとか断じる意図はありません。理由によりますよね。休学してインターンシップに挑戦する、海外に留学して長く学ぶ、なんてのは個人的にはむしろ強く推奨したいくらいです。実際、冒頭で挙げた例には、国際系の学部がかなり含まれていますよね。これ、海外留学しているからだと思います。東京外国語大学・国際社会学部の27.1%なんて、「さすが外大の学生達」と頼もしさすら覚えます。
東京大学文学部の標準年限卒業率が低いからといって、問題だと思う方はそんなにいないでしょう。「じっくり学問を探究したり、学生生活を謳歌したりしているのかな。今しかできない経験もあるだろうしな」くらいに感じる人だって多いのではないでしょうか。
しかし実際にはもちろん、「こんなはずでは」と後悔している学生も、全国の大学には少なくありません。近年、大学進学者のほぼ半数が貸与型奨学金を利用していますが、予期せぬ中退や留年とともに返済計画が破綻し、かえって家計が圧迫されたり、破産に追い込まれたりといったケースも報じられています。教学データは、人によっては極めて重要です。場合によっては進学先を変えたり、大学進学自体を再検討する可能性すらあるでしょう。
私は高校生一人ひとりの進路選択を支援したい、みんながより後悔のない選択を行えるような環境を整えたいと強く願っています。その立場で言えば、個別の数字の高さ/低さ以前に「こんな重要なデータの存在自体がぜんぜん知られていない」という現状について問題意識を持っています。
いまだに、「大学中退なんて、100人に1〜3人くらいの、すっごく特殊な例でしょ?」くらいに思っている人は少なくないんですから。
「4年で卒業している人がたったの7割なんですか!? 大学案内には就職率95%って書いてあるのに、計算あわなくないですか!?」って、高校生に何度聞かれたことか。
(んで、大学の皆さんの代わりに就職率の算出法を説明し、「それって詐欺みたいですよね!?」って大学の皆さんの代わりに私がクレーム受けてます。なぜか)
ついでに言えば。冒頭の例で、千葉大学教育学部の標準年限卒業率は89.0%と高めです。国公立大学の教育学部はおしなべてこの数字が高めでして、95%くらいの大学も珍しくありません。学校の先生方が、自分の周りにいた学生時代の同級生達を基準に「普通の大学生」の姿をイメージしてしまうと、大学生全体の実態とややズレてしまうかもしれません。
具体的な数字が共有されていれば、進路指導の現場では、それを学びのための教材にできるんです。
たとえば、ある大学・学部の標準年限卒業率が65%だったとしましょう。その場合、
「35%の学生はどうしたのだろう? 仮になんらかのミスマッチや、つまずきがあったのなら、それはどういう理由からなのだろう?」
「どういう人が65%の側になり、どういう人が35%の方になりがちなのだろう? もしあなたがこの大学・学部に入学したとして、あなたはどっちになると思う?」
……なんてディスカッションがいくらでもできます。数字の大小を単純に比較することよりも、数字を分けている「理由」について考えることが大切だと私は思います。その理由を考えさせるような指導の仕方であれば、生徒達の進路検討のあり方や、日々の学習の態度にも良い影響が出るんじゃないか、と思うのです。
それに65%といっても、本人にとってはゼロか100かです。標準年限卒業率95%の大学であっても、あなたがサークルとバイトにしか興味がないのなら中退するかも知れません。ならば「自分はどうなるんだろう。何のために大学へ行くんだろう」とリアルに考えさせる教材として活用する方が、本質的なのではと思うのです。同じ大学に進学するのだとしても、こうしたプロセスを経ることで、進学後の意識や行動が変わってくると思うのです。
ちなみに
【A大学】30%が留年するけど、産業界から評価が高く、資格の合格率も高い
【B大学】10%しか留年しないけど、A大学ほど評価や合格率は高くない
……という2大学、さあ君ならどっちを選ぶ? ……なんてディスカッションもお勧めです。私、実際に高校生を集めてこういうワークショップをやってみたことがあるんですけど、
「A大学で留年しないようがんばれば良いんじゃない? でも、なんで留年しているのかな」
「私は奨学金を借りるから絶対に留年できない。私ならB大学のエースを目指す。あれ、ここが育てるエースってどんな人だっけ?」
……みたいな意見が参加者から出ていて、頼もしくなりました。進路学習、って本来こういうことなんだよなぁと、可能性を感じました。逆に言うと、「こういう、ちょっとした実践の積み重ねが、これまで高大の間で足りてなかったんだろうなぁ」とも思います。
ただ数字を配るだけなら、それは教育ではなく、情報の伝達に過ぎません。でも、こうして数字を題材にして考えさせれば、それは学びになり得ます。生徒を消費者として扱うのではなく、主体的な学習者として育てようと思えば、こうしたプロセスは避けて通れないと私は思うのです。
大学は中退率や留年率のように、ネガティブに見える数字を出したがりません。私も元・私立大学職員ですので、その理由はわかります。数字が一人歩きし、高校生が表面的なイメージで大学を評価しないかと、大学の方々は心配されるのでしょう。
でも、こうした実態がまったく知られていない結果、「大学って受かりさえすれば4年でみんな卒業できるんだよね」と、多くの高校生や保護者、高校教員が思ってしまっています。本当は、そんなことないのに。そのことは結果的に、大学側の教育や経営に影響を与えてしまっているのではないでしょうか。であれば、むしろ高大双方の関係者が同じテーブルを囲んで、一緒に数字を共有しながら生徒・学生のためにどう活用するか考えた方が建設的じゃないかなぁ、と思うのです。
実際、私も以前に「大学教員&職員、高校教員、大学生、高校生、そして一般参加、あわせて100人で大学進学後の実態データを見ながら、理想の高大接続について考えるワークショップ」ってのをやってみたことがあります。国の出方を待たなくたって高大接続は可能だよなぁ……と参加者が実感できるような、非常に建設的なコミュニケーションになっていました(そこでやったことと、起きたことについては今後また改めて、ぜひ多くの方へ共有させていただきたいです)。
高校の先生方にも、教学データの活用をお勧めしたいです。私は先生方から
「最近は早く合格を決めたいという理由で、AO入試や推薦入試を選ぶ生徒や家庭が増えている。指定校枠の中から、聞いたことがあるという程度の安易な理由で大学や学部を選ぶ生徒もいる」
「早めに合格した生徒が勉強をやめてしまい、遊んでしまう。本当は最後まで伸び続けるはずなのに。」
「ど派手なイベントで広報をしたり、都心の繁華街にキャンパスを持っていたりする大学や専門学校に生徒が流されがちだが、教育や研究水準でもっと進路をリサーチして欲しい」
「受験に向けて生徒が勉強するよう、彼らのモチベーションを上げたいが、上手くいかない」
……なんてお悩みをよく伺います。でもそれって、「受験の合格」がゴールになっちゃってるからではないでしょうか。合格はスタートであって、ゴールではない……という事実を、中退率や留年率のようなデータはダイレクトに伝えてくれると思うのです。データの読み解き方や伝え方に迷われる場合は、各地域で活動されているキャリア教育の専門家のような方々や、地元の大学の力を借りちゃっても良いと思います。
結論
- 生徒・学生のために本来かなり重要であるはずのデータが、「一人歩きして欲しくないから」「ネガティブな情報で受験生を減らしたくないから」といった事情により、ほぼ高校生側に知られていない。
- であれば、情報の使われ方を改善する工夫を具体的に考える方が建設的なのではないか。高校側にとっても大学側にとっても、もちろん生徒・学生にとっても。
- 色々な実践例が既にあるよ。
これまで何百回という高校の進路講演で、私はその地域の大学の中退率などを高校生達へ伝えてきました。消費者ではなく、学習者になって欲しいからです。最初は「クレームになるだろうか……」とハラハラしながら話していたのですが、生徒・保護者のほか、高校の先生からも「今日、この話を聞けて良かった」「生徒の姿勢が変わった。進路指導ってこういうことだと目からウロコだった」という反応をいただいてきました。
身近な大学関係者からも、こうした試みについてしばしば意見を求めてきました。「広報の立場では言いにくい情報で、ずっと『伝えるべきではない』と思ってきた。でも大学全体を良くするという視点に基づけば、高校生のうちに知っていて欲しいことであることは間違いない」というのが、最も多く頂戴する意見です。「こんなデータを出して、誤解されないだろうか」と心配するのなら、誤解されないような関係性づくりや、データを通じてちゃんと考えてくれる若者の育成に協力する方が建設的です。
ほら、可能性を感じませんか?
高校と大学が入試を挟んで対峙しているだけなら、「営業と顧客」のような関係のままです。でも、生徒・学生の成長のために、同じ「教育者」としてお互いにできること考えたら、やれることって結構あるんじゃないか、と私は感じています。
以上、倉部からでした。