以前、大学職員として働いていたマイスターです。
このブログを読んでくださっている方には、大学教員、大学職員の方が多いようです。
でも、最近このブログを知ったという方々は、「大学職員」と言われても、ピンと来ない方も多いかも知れません。
卒業証明書や成績証明書を発行してもらうとき、窓口の向こうでパソコンを操作していた人を思い浮かべる人もいるでしょう。
オープンキャンパスでパンフレットを配っていた人を思い出す人もいるかもしれません。
ある人にとっては、夜遅くの図書館で本を探しているときにいつも声をかけてくれていた人が、大学職員のイメージかもしれません。
またある人にとっては、就職課で熱心にアドバイスをしてくれ、内定の報告に泣いて喜んでくれた人が、「大学職員」のイメージかも知れません。
上記のいずれも、大学職員です。
全部を一言で「職員」とまとめてしまって良いの? と思うくらい、多様ですよね。
マイスターはいつも強くこれを主張するのですが、これからの大学を変えていくキーパーソンは、大学職員です。
大学の職員組織が高度・専門的な業務に対応できるようになればなるほど、その大学は強くなる。
マイスターはそう考えています。
そう思う理由を、今後のブログで少しずつお伝えしていければと思います。
今日はさっそく、関連する話題をひとつご紹介します。
【今日の大学関連ニュース】
■「産学連携推進には大学に『専門職』の新設が急務」(日経BP)
「日本の大学が産学連携を推進していくためには,大学に従来からの『教員』,『事務職』に加えて『専門職』という新しい職制を設けることが急務」。このような提言が,2008年1月28日~29日の2日間にわたって東京都港区で開催された国際特許流通セミナー2008(主催は独立行政法人工業所有権情報・研修館)のセッションA1「国際産学連携と知的財産マネージメント」で,聴講者である産学連携実務者の支持を集めた。産学連携が国内ばかりではなく諸外国も対象にするようになると,英文などによる共同研究契約などの法務業務が増え,これを担当する専門職が不可欠になるからだ。
(略)大学が企業との共同研究を実施したり,その研究成果を特許などの知的財産として維持・管理していくためには,(1)共同研究の相手企業との共同研究契約の締結,(2)特許出願,(3)特許などの知的財産の技術移転契約,などのサポート業務が必須となる。中でも,産学連携に伴う契約内容を相手企業と交渉する調整業務には高度な専門能力が必要になる。今後諸外国の研究機関などと産学連携を推進するためには,各国の実情に通じ,これらのサポート業務を英語などの外国語によって実施できるといった一層高度な専門能力が求められる。
(上記記事より)
産学連携を担う業務に関する話です。
上記にあるように、専門的な知識が必要になる仕事ですね。
知的財産の扱いに関する法務知識はもとより、自分の大学でどのような研究が行われているかを把握するための最低限の学術的なバックグラウンド、そして語学力。仮に法律家をベースに考えても、それなりに高度な職能です。
しかも法律家として依頼された業務を請け負うのではなく、常日頃から学内外にアンテナを張り、必要に応じて自分から提案や売り込みに動く仕事ですから、行動力も必要です。
これは、完全に専門職。プロフェッショナルが活躍する世界です。
しかし実際には、そういった業務を担える高度専門職の方は、日本の大学ではあまり見かけません。
九州大学など6tの日本の有力な研究大学は,産学連携推進に必要な専門能力を持つ専門職人材を,企業などの知的財産部門の実務経験者や弁理士などを雇うことで,なんとか対応しているのが実情だ。国立大学は「教員職」と「事務職」の2つの職制で構成されている。産学連携を担当する専門職人材は,「事務職」か “テンポラリ職”などで雇用している。この“テンポラリ職”とは,文部科学省や経済産業省などが提供する競争的研究資金などで数年間雇用する職制だ。再任もある。
産学連携業務を担当する専門職人材を教員職として雇用するには,教育・研究実績が必要となる。企業の知的財産部門の実務担当者は必要条件を満たせないケースが多いため,教員職として雇用するにはハードルがある。事務職を産学連携担当者に育成するケースもあるが,大学の事務職は公務員型の“ゼネラリスト”として2~3年でローテーションするため,専門実務を学んでも数年後に別部門に異動してしまうという問題がある。
このため,各大学は,第3の職制として“テンポラリ職”を産学連携の実務担当者に育てている。再任を繰り返すことで,産学連携の実務機能を維持・向上させる仕組みになっている。
(上記記事より)
このように、多くの大学には基本的に、教職員を「教員」と「職員」の二つに分けています。
で、その職員は、「事務職員」と「技術職員」の二種類しかいなかったりします。
上の記事では「国立大学は」と但し書きがついていますが、実態としては私立大学もまだまだそんなに変わりません。
ちょっと記事から離れますが、法律を見てみても、
【学校教育法】
第58条 大学には、学長、教授、准教授、助教、助手及び事務職員を置かなければならない。ただし、教育研究上の組織編制として適切と認められる場合には、准教授、助教又は助手を置かないことができる。
2 大学には、前項のほか、副学長、学部長、講師、技術職員その他必要な職員を置くことができる。
【大学設置基準】
第四十一条 大学は、その事務を処理するため、専任の職員を置く適当な事務組織を設けるものとする。
第四十二条 大学は、学生の厚生補導を行うため、専任の職員を置く適当な組織を設けるものとする。
……と、教員の定義に見られる役割や業務の種類に対して、職員のそれはなんだかおざなりです。
「事務」の文字を見て思うに、こういった法律ができた当初は、大学を運営するための業務として、あまり高度で専門的な仕事は想定されていなかったのかも知れません。
大学は教員、つまり研究者によって成立している組織であって、事務職はそのサポート業務を行っていればいい。大学での物事を決定するのはすべて教員だ。そんな発想が、上の条文から透けて見えるようです。
で、記事の話題に戻ります。
職場をローテーションする人事システムを見てもおわかりいただけるように、大学の「事務職員」というのは、何かの業務を極める専門職、スペシャリストとして機能することは想定されていません。
どちらかというと、幅広い分野に通じたゼネラリストとして育成される仕組みになっています。
(ただこのゼネラリストについても、本当の意味でのゼネラリストをなかなか育てられていないという問題があるのですが、それはまた別の機会に)
しかし、じゃあ大学の業務は、こうしたゼネラリスト集団で担っていけるのかというと、それが、そうでもないのです。
冒頭の記事で出てくる「産学連携」なんてのは、専門職が担うべき職務の典型です。
ちなみに他にも大学には、
・就職支援業務
・情報システム構築・運営
・広報
・財務
・奨学金
・同窓会運営
・図書館運営
……と、様々な業務領域があります。
ちょっと挙げたこれらの業務は、いずれもちゃんと極めようとすれば、専門知識を学んだ上に何年もの実務経験が要りそうな、大学ならではの専門業務のはず。
例えば「広報」や「財務」などをとっても、昔のそれとは比べものにならないくらい、担うべき仕事は高度になり、大学に与える影響度も増しているのです。
専門職という呼び名が相応しいかは分かりませんが、少なくとも、中長期的な視点でプロフェッショナルを養成する必要がある業務であるのは確かです。
さらに、従来には職員のテリトリーにはなかった業務も生まれています。
・国際交流業務
・研究支援業務
・外部資金獲得業務
この辺りは、大学の高度化、複雑化に従って生まれてきた仕事です。
さらに今後は、
・入学者選抜 (いわゆる「Admissions Office」)
なんて領域でも、職員が担う役割は増してくると思われます。
そう、大学の業務というのは、極めて専門的で高度なはずのものなのです。
大学も厳しい環境の中で生き残りをかけて競争を行う時代になった今、こうした業務領域でレベルの高いプロフェッショナルの仕事ができるスペシャリストは、必要です。
職員全員がスペシャリストでなくてもいいかも知れませんが、それでも最低限、専門家としてその道に通じた本当のプロがいる必要はあるでしょう。
だって、こういった分野の強さが、じわじわと大学の教学の強さにも影響を与えるのですから。
それにも関わらず、多くの大学では、こういった職員の仕事は、
「昔と同じやり方で済ませてしまおうと思えば、それで済んでしまう仕事だ」
「だから、専門職はまだ不要だ。事務処理なら誰でもできるのだから、従来通りの体制でやらせればいい」
とされているのです。
冒頭の記事で書かれている「産学連携」の担当者も、多くの大学では未だに、とても戦略的とは言えない職員ローテーションの一部として扱われているのが現状だと思います。
冒頭記事の背景には、こういった日本の大学が抱える現実があるわけです。
いち早く敏感にこういった状況を察知し、変わった大学もありますが、それは日本全国からすると少数派。多くの大学は、いまでも旧態依然なままです。
そもそも、産学連携や留学生獲得の強化、交換留学先の開拓、奨学金の充実、キャリアサポート、地域との連携などなど、昨今メディアが訴えているような大学改革の多くは、まずそれを担える人材ありきのものばかり。
本来なら研究や教育に専念すべき多忙な教員が、これらをすべて背負えるわけはありません。
(というか、背負わせるべきではありません)
それに、こうした高度専門職を目指したいと思う若手職員や、実際に担えるだけのキャリアを持つベテランが、実はいるところにはいたりするのです。
ただ、大学の人事システムがそれを許していないだけだというケースも、少なくないのです。
そんなことを考えても、やはりそろそろ大学内の職制や人事戦略について、仕組みを抜本的に改めた方がいいのではないかと個人的には思うのですが……どうなのでしょうか?
……と、冒頭の記事を読んで、そんなことを思う、マイスターでした。
※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。