「経済界」の皆様へ:大学の教育力向上も大切ですが……

マイスターです。

・教育力向上のため、全大学教員に研修義務化 08年度にも
http://blog.livedoor.jp/shiki01/?blog_id=393964

昨日、↑こんな記事を書かせていただきました。
元になっているのは、↓この報道です。

■「文科省:全大学教員に研修、08年度にも義務化へ 「求む即戦力」経済界の要請背景に」(MSN毎日インタラクティブ)
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/wadai/archive/news/2006/10/20061021dde001040007000c.html
この毎日新聞の記事には、

経済界には「企業で戦力として使える人材となるように教育してほしい」と、大学教育の充実を求める声も強い。

なんて記述もありました。
マイスターはブログの中で、

いずれは大学側からも何らかの対案を出した方が良いんじゃないかと思いますが、まずは経済界がどんなイメージを持っているのか、個人的にはちょっと見てみたいです。

といったことを述べました。

対案というほどではありませんが、ちょうど良い機会ですから、経済界との関係について、普段考えていることをここで少し書いてみたいと思います。

【早期の採用活動をやめてみませんか】

大学の教育にも色々ありますが、その中でも特に危機に瀕しているものの一つが、専門教育です。

例えば電機メーカーの皆様は、電気工学科を出ているにも関わらず、電気に関する実践的な技術や知識を十分に持っていない学生を、何度も目にしていることでしょう。
金融機関の皆様は、経済理論を実践に生かせない経済学部生を採用し、「こんなはずでは……」と頭を抱えておいででしょう。

大学としても是正に取り組んではおりますが、ひとつ、困った問題があるのです。
それが、超・早期化する、企業の採用活動です。

今では、5月の時点で一つも内定を取れていないと学生は焦る、と聞きます。
それもそのはず、3年生の12月あたりにはもう、学生は就職のために、本格的に筆記試験や面接を受け始めているのです。企業の採用活動は年々早期化しており、それにあわせて学生の就職活動もまた、前倒しになっているというわけです。

(参考)
■「就職活動準備編:早めに始めるべきか迷っている」(リクナビ)
http://rikunabi2008.yahoo.co.jp/CNT/QA/start/q2.html

今では3年生の前期には、学生は就職活動の準備を始めなければなりません。
いやそれどころか、1年生のうちから公務員試験対策や、就職に役立ちそうな資格の勉強に手をつける学生も、日本では珍しくないのです。
(もちろん学生の就職事情に合わせて、大学がそういう活動を後押ししている面もあります。しかしこれは多くの大学関係者にとって、ジレンマです)

4年次の卒業論文やゼミが成立せず、困っている大学教員は多いと思います。いや、実際には学生は3年生のうちからリクルートスーツを着ているわけですから、最も重要な専門教育が行われる期間、学生の学習に大きな影響が出ているはずです。

例えば現在の日本経団連の会長は、キヤノン株式会社の御手洗冨士夫氏ですが、キヤノンの場合、9月末から既に、2008年度卒業生を対象にしたプレ・エントリーの受付を開始しております。「プレ」と名前が付いてはいるものの、これは実質的に、就職活動のスタートと考えて良いんじゃないかとマイスターは思います。(言い方を変えると、9月末の時点で、2007年度卒業生の採用受付はキレイに終わっていたということです)

そう、企業が採用の面接をしているころには、大学の専門教育はまだ途中段階なんです。

改めて考えてみると、ちょっと不思議だと思いませんか。「大学は学生を即戦力として育てていない」とおっしゃるのであれば、経済界の皆様は、専門教育が完全に終わった頃に採用活動を始めて、戦力になる学生を選抜すれば良さそうなものです。
けど実際には各社とも、青田買いの方向に走るばかりなんです。

さらに最終面接が終わったも、企業は、大学の教育を妨げてしまっています。

・当世 企業の内定者研修
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50202804.html

以前、↑こんな記事を書かせていただきました。
例えばジェーシービーでは、

○ビジネスマナー
○電話応対
○グループワーク(企画~プレゼンテーションなど仮想のビジネス体験)
○業界・ジェーシービーに関するレクチャーなど
○TOEICの受験(点数・回数は問わないがスコアを提出)
○エクセルのe-ラーニング
○課題図書の購読・レポート提出
(以上、「内定から始まるサバイバル」(AERA 2006年6月5日号)表より)

……というメニューを、内定者全員が「必修」で受けなければならないそうです。
新入社員ではありません。まだ授業や研究を行っている学生に対して、企業が課している研修です。
これが経済界の言う「戦力」の意味なんだとしたら、大学は、経済界が求めている存在とは少々異なるのかも知れません。大学では残念ながら、電話応対は教えていません。
このような内定者研修は、実態として「内定者が他社へ流出するのを防ぐ」という点に主眼が置かれているのではないかとマイスターは推察します。

最も大事な頃に学生を専門教育から切り離す。
専門教育の最も重要な部分が終わっていない時点で、知識や技能をほとんど評価しないで採用する。
採用後も、他社に逃げられることを恐れて、内定者研修を課す。
なのに、採ってから「戦力にならない。大学の教育力に問題がある」と言う。

いかがでしょうか。
もちろん、こんなことをする企業ばかりではありません。それに、大学の教育が十分でないのも事実です。
しかし企業の側が上記のような状況を作って大学の教育を妨げているのもまた、事実です。何もかもを大学のせいにするのは、適切ではないように思います。

さて、ここまで好き勝手に書かせていただいたわけですが、実は、大学もあまり偉そうなことは言えません。大学が高校に対して行っていることも、実は似たようなものだからです。AO入試などの早期化で困っている高校って、いっぱいあると思いますからね。

これって、教育の「接続」の問題なんだと思います。

大学が、教育力を強化しなければならないのは確かです。
でも企業の方も、いかに大学の教育を妨げず、かつ自分たちが学生に対して求める知識や技能を大学で学んでもらうか、ということを考えていただきたいと思います。ただ単に、「教育力が足りない」と批判するだけでは、事態は良くなりません。

結局のところ、そっちだけが悪い、と論争をするのではなくて、お互いにうまく「接続」するために連携していくことが大切なんじゃないのかな、とマイスターは思うのです。

「高大連携」は、中等教育と高等教育を接続させるための試みですが、大学と企業でも同じことができるはずです。

もし大学と企業が考える教育にズレがあるのだとしたらば、例えば、

「企業と大学が協力して、一緒に大学の授業をつくる」

なんて取り組みを、双方とももっと積極的に行っていいのではないかと思います。
大和証券グループが京都大学と一緒に行っている寄付講座などは、その良い例です。

■「京都大学大学院経済学研究科 大和証券グループ寄附講座」(京都大学、大和証券グループ)
http://www.econ.kyoto-u.ac.jp/daiwa/index-j.html

寄付講座なら、企業の方々の実践的な知を大学に取り入れることになり、企業が求める教育を大学に提示することができます。教員や学生はそこから刺激を得られますし、レベルの高い授業ができれば、学生が大学全体に対して要求する教育のハードルも高くなってくるでしょう。経済界の皆様にとっても、悪くないことだと思うのです。どうでしょうか?
(アメリカなどでは、実際、こういう試みは日本より盛んだと聞きます)

それと、これはまだ現実味がない話かも知れませんが、マイスターは

「現役大学生に対する採用活動の禁止」

ということを、経済界と大学が今一度検討してみてもいいのではないかと、考えることがあります。

就職協定がなくなった後、何が起きたかというと、採用活動の超・早期化です。でも、これで一体、誰にどんなメリットがあったのでしょうか。大学と学生は、どちらかというとデメリットを多く抱えているような気がします。かつて就職協定の廃止を求めていた経済界も、今では、戦力にならない学生が多いと困っているようです。本当は青田刈りなどしたくないのではないかと推察します。

だったら、ここらでひとつ、「現役大学生に対する採用活動の禁止」について、国を挙げて議論しても良いんじゃないのかなぁとマイスターなどは思うわけです。実際、卒業後に就職活動をする国も多いみたいですから(というか、むしろそっちが世界じゃ普通みたいですから)、多分大丈夫ですよ。

(本当は「禁止」だと色々と問題なので「紳士協定」程度にしておきたいところですが、紳士協定では抜け駆けする企業が後を絶たないということが過去、既に実証されておりますので……)

タイミングの良いことに、安倍総理は、(最近はあまり議論を聞きませんが)国立大学を9月入学にする構想をお持ちだというではないですか。9月入学ですと、卒業は7月頃です。そこから採用活動を行ってはどうでしょうか?

4月から働き始める人がいても良し、ちょっと早めに12月頃から勤め始める人がいてもよし。その辺は、学生本人と企業との契約次第ですから、大学が口を出すことではありません。企業の側が「一斉試験、一斉入社式」にこだわらなければ、これで、あんまり誰も困らないような気がしますが、いかがでしょうか。
(ブログでも何度か書かせていただいたと思いますが、むしろ現在の新卒採用試験のスタイルが異常事態なんだと個人的には考えています)

以上、あれこれと書かせていただいていたら長くなってしまったので、もうこの辺にします。

昨日の記事でも書いたように、大学が教育力を向上させなければならないことは事実です。そのために大学は、自己改善の努力をしなければなりません。
ただしそれだけでは、経済界にとっても、大学にとっても、学生にとっても、万全な解決策にはならないんじゃないかと思うのです。

経済界は、「採用した学生が戦力にならない」とお思いなのであれば、例えばまずは今まで続けてきた採用活動のあり方や、内定者研修の実態を改めるべきなのではないでしょうか。

その上で、お互いに不満に思う部分を補う形で連携していければ、そんなに悲観することにはならないのではないのかなと、個人的には思います。

以上、マイスターでした。

1 個のコメント

  • >これが経済界の言う「戦力」の意味なんだとしたら、大学は、経済界が求めている存在とは少々異なるのかも知れません。
    仰るとおりだと思います。幾つかの企業採用担当者とお話しさせて頂いた際にも「大学で何を学んだのかということはどうでもよく、何が出来るのかの方が大切だ」というお話を聞かされます。全ての大学卒業者に学問の専門性は求められていないのでしょうね。
    各所で引用される朝日新聞調査(2003.1.4)では、企業から求められる能力として順に、1) 創造力、2) 問題解決能力、3) 論理的思考力、4) 専門知識、5) 一般教養なんだ、ということだそうです。
    企業と大学との連携という意味では、コーオプ教育とか長期インターンシップとかいう動きがありますね。
    京産大とか高知大みたいな動きがもう少し増えると面白そうですね。