新しい学問分野? 「サービスサイエンス」が持つ可能性

マイスターです。

前にいた会社は、公式に名乗っている業種としては「インターネット制作業」でした。なんだか曖昧な定義ですが、とりあえずサービス業ではありました。
大学も、言うまでもなく、サービス業ですよね。というか、教育産業は、ほぼすべてサービス業でしょうか。

今では、就業者人口でいくと、日本の6割以上がサービス業です。

(参考)■「産業別就業人口割合」(日本リサーチ総合研究所)
http://www.research-soken.or.jp/reports/digit_arch/population03.html

「サービス業」って、これだけ日本で大きな地位を占めていますが、にも関わらず科学的な研究は、あんまり進んでいませんよね。

例えば製造業に関しては、生産行程や在庫の管理、物流システムの最適化など、それぞれで研究が進んでいて、大学や大学院でこうした研究成果を学ぶことができます。生産工学を専門に学べる大学もありますよね。
企業も大学もわりと力を入れていて、業種をまたいだ「生産サイエンス」みたいなものがゆるやかに構築されているように思います。

しかし、それに対応するような「サービス学」と呼べるものがサービス産業にあるかというと……どうもあんまりイメージがありません。経営学や心理学など、様々な領域で少しずつサービスのことが語られてはいますが、体系だった「サービス学」は存在していないような気がします。せいぜい、各企業が独自にマニュアルを作成したり、サービス理念を策定したりしているくらいでしょう。

そう、サービス業がこれだけ日本経済の中で重要な位置を占めているにもかかわらず、科学的なアプローチはあまりなされていなかったのです。

そんな現状に危機感を抱いたのか、文科省が、サービス産業を学問的に研究・教育していこうという取り組みを始めるようです。

【教育関連ニュース】—————————————–

■「文科省、サービス産業の革新担う人材育成プロを来年度から開始」(日刊工業新聞 IPNEXT掲載)
http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=143
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文部科学省は産学連携でサービス産業の革新を担う人材を育成する「サービス・イノベーション人材育成推進プログラム」を07年度から始める。ITをはじめ、セキュリティー、介護ロボットなど製造業関連を含めてサービス産業が伸長する中、大学でサービスを科学的にとらえる研究・調査を実施。これを通じて、次世代ニーズのサービス商品を開発・企画できる大学院修士レベルの人材を育成する。産業界は、技術経営(MOT)と同様に事例提供や講師派遣で協力する。07年度予算の概算要求で5億円を盛り込む。
新事業は、ひらめきや勘、経験によって生み出されてきたサービスに対し、品質の測定法や品質と価格の関係といった学問的な研究・教育を行い、サービスの生産性向上やイノベーション創出を担う人材を社会に送り出すことが目的だ。心理学や経済学に加え、統計学、ITなど、人文・社会・自然科学の融合が必要なため、複数の大学や企業でコンソーシアムを形成し、事業に応募してもらう。採択予定件数は15件で、1件当たり年間3000万円を助成し、3年間モデル開発を委託する。
(略)
米国ではIBMがサービスを科学的にとらえる「サービスサイエンス」を提唱するなど、欧米で組織的な研究・教育が始まっている。日本の大学ではコンテンツや観光など個別分野の教育は存在するが、サービス全体に共通する基本的な知識を体系化し、教育に生かすという取り組みはなかった。
(上記記事より)

「次世代コンテンツ産業の育成!」とか、「知的財産権のプロを大学が育てる!」とかいった威勢のいい話はいくつもありますよね。でも、「サービスサイエンス」と呼べる、サービス業全体に通じる基礎学問分野をどうこうしようという話は、これまで耳にすることがありませんでした。これは盲点でした。

「次世代ニーズのサービス商品を開発・企画できる大学院修士レベルの人材を育成する」のが、今回の取り組みの大きな目的だとのことです。

例えば「画期的なサービス」というものは、これまでは企業の製品企画部のスタッフ達がアイディアを持ち寄ってひねり出すケースが大半であり、科学的なアプローチによって導き出されるものではありませんでした。

もちろん、マーケティングによる市場分析などはどの企業でも科学的に行われています。しかし現状が分析できているから良いサービスが考え出せるかというと、必ずしもそうではありませんよね。現状を知るのと、その上で新サービスを開発するのとでは、作業の質が違います。

では、サービスの開発はどのように行われているのかというと、実際には、各人が「思いつき」を持ち寄って、ああだこうだと言いながら、最終的には上司が気に入ったものを選ぶ、なんていうケースも多いのではないでしょうか。
もちろん中には、そういった作業工程をちゃんとノウハウとして蓄積し、一定の方法論として確立させている企業もあると思います。しかしそうではなく、毎回「運と思いつき次第」みたいな工程でサービスを企画している企業も、世の中には少なくないんじゃないかなと、マイスターは思います。

(そういえば画期的な製品やサービスを生み出す人を、「アイディアマン」なんて呼んだりしますよね。この「アイディアマン」という言葉には、科学的な方法論を駆使する人という響きはありません)

でも、「思いつき」に頼ったサービス開発には、リスクがあるわけです。揺れ動く市場動向に対して、その都度、必ずいい思いつきが浮かぶという保証はありませんからね。
もちろんサービス開発のすべてを、科学的に行うことは不可能です。やはり企画という作業には、人間のインスピレーションとか、思いつきとかいったものは絶対に必要です。でも産業として成長していくためには、その中で減らせるリスクは減らしていくことも重要なのです。
科学的なアプローチで、いくらかでもサービス開発の工程を支援できれば、リスクを減らせるかもしれません。であれば、国としてそういう分野の研究を重点的に支援していく意味もありますよね。

そんなわけで、市場分析の結果を具体的なサービスとして結実させ、マーケットに向けて現実に展開させるための方法論を、大学に科学的に研究してもらおうじゃないかというのが、今回の文科省の取り組みなのです。

さて、この報道を見て、マイスターが思ったことは二つあります。

○サービスの高度化が必要なのは、他ならぬ大学だ

ひらめきや勘、経験によって生み出されてきたサービスに対し、品質の測定法や品質と価格の関係といった学問的な研究・教育を行い、サービスの生産性向上やイノベーション創出を担う人材を社会に送り出すことが目的

と、冒頭の記事には書かれていますが、品質の測定やサービスの生産性向上を最も必要としているのは、実は大学じゃないか?とマイスターは思います。

大学では今後、地域貢献のための事業や、社会人向けの生涯学習プログラムなどを企画する機会が、これまで以上に増えてくるように思われます。従来とは全く違った視点でのサービスも、求められるようになるでしょう。

また、サービスの「効果測定」も重要になってきます。大学は営利企業と違って、コストだけで事業の善し悪しを評価することが難しい部分があります。それをいいことに、実施したプロジェクトを適切に評価せず、成功したのかどうかをあいまいなままにしてしまうという事態もしばしばでした。

そんな大学にとって、サービスサイエンスを導入することの意義は、とても大きいんじゃないかとマイスターは思うのです。ですからサービスについての研究成果が大学院レベルの教育として提供されるようになった暁には、まっさきに大学からもスタッフを派遣するといいんじゃないかな、なんて思います。

もしくはせっかくですから、研究を進める上での実験フィールドとして、大学キャンパスを使ってみてはいかがでしょうか。
どちらにしても、大学が得るものは大きいと思いますよ。

○サービスサイエンスは、大学の顧客層を確実に広げる

「サービスサイエンス」という学問は、あらゆるサービス領域に通ずる内容になるはずです。そうなるとこれは、これまで大学や大学院に来なかった層の人々を、大学に引き寄せるチャンスにできるかも知れません。実は、非常に大きな可能性を秘めた分野なのです。

MBAコースが中堅~大企業のエグゼクティブや起業家のための教育プログラムだとすれば、大学院のサービスサイエンスコースは実質的に、企業の現場~中間管理職を対象にしたビジネスキャリアアップのための教育プログラムという位置づけになるのではないかと思われます。

現在は、この市場に対応する大学院プログラムは、ほとんどありません。企業の研修のためのプログラムとして法人営業をかければ、大学にとっては新たな収入源となり得ます。
しかもサービスサイエンスは、全サービス産業を対象にしているのです。日本の全産業の65%を占めるサービス業から、一定の社会人学生を集めることができれば、全体としては大きな市場になりますよね。もし社会人向けの大学院プログラムとして定着させることができたなら、その社会的、経済的なインパクトは、ロースクールやMBA、コンテンツ制作大学院などの比ではないと思います。

もっとも、「社会の中で十分に定着させる」というのは、言うのは簡単ですが、実はとても大変なことです。1年や2年では無理でしょう。サービスサイエンスが学問としてちゃんと体系づけられ、この分野の教育を受けた人材が世の中で成果を出してからの話ですから、正直かなり先のことになるかと思います。
でも、今のうちにこの分野に手をつけておくのは悪くないと思います。ある程度の市場が期待できる分野ですから、他大学に先んじてスタッフを充実させておけば、後に大学の市場競争力を向上させる武器になるのではないでしょうか。

もっとも、

心理学や経済学に加え、統計学、ITなど、人文・社会・自然科学の融合が必要なため、複数の大学や企業でコンソーシアムを形成し、事業に応募してもらう。

とありますから、これを教える大学院もひょっとすると、単独では無理なのかも知れません。
単科大学より総合大学の方が有利!という感じですね。

というわけで今日は、ちょっと気になる「サービスサイエンス」に関する動きをご紹介しました。

まだまだ芽も出ていない分野ではありますが、大学経営者にとっては、いろんな意味で注目の言葉になりそうです。十分な研究スタッフをそろえているという大学は、ぜひ文科省のプログラムに応募してみてください。

以上、マイスターでした。

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※ところでこの事業って、文科省が単独で行うものなんでしょうか。普通に考えたら、内容からして、経済産業省が関係してもよさそうなものだと思うのですが……縦割り主義というものかな?

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