予備校が大学の指定校推薦枠を獲得:早稲田塾の取り組み

受験生の時、予備校は高3の夏期講習だけ利用したマイスターです。

そのときは英語、物理、数学の3科目を受けたのですが、いずれも、さすが予備校講師は教え方が巧いなという印象でした。
その後、マイスターは現役で大学に(なんとか滑り込みで)入れたので、ほんの短い間しか、予備校に通うことはありませんでした。予備校とは、大学に受かるテクニックを教えてくれるサービスだと考えていたので、それ以外の部分で関わることはないだろうと思っていました。学校と違って、ドライでビジネスライクな関係なのだというのが、予備校というサービスに対する個人的な印象でした。

……と、これまでは思っていたのですが、最近では、事情が少々違ってきているようです。

【教育関連ニュース】—————————————-

■「予備校に推薦入試枠」(読売オンライン)
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20060705ur01.htm

■「早稲田塾が大学の推薦枠を獲得!」(早稲田塾)
http://www.wasedajuku.com/media/media.asp
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立命館アジア太平洋大学(大分県別府市、モンテ・カセム学長、略称APU)が来春入試で、高校生向け予備校「早稲田塾」(本部・東京、相川秀希代表)の推薦枠を設けることが明らかになった。
前例のない試みだが、大学側は「選抜前から入学まで、早稲田塾と共同で人材育成プログラムを設ける。推薦枠はその一環だ」と説明している。
(略)
大半の指定校推薦が1校1人なのに対し、早稲田塾の枠は5人を予定している。
(略)
早稲田塾は東京、神奈川で13校を展開。10年ほど前から、偏差値ではなく、学ぶ内容での大学選びを提唱し、AO入試や推薦入試向けのプログラムを充実させてきた。今年度からは、高校2、3年生を対象に、慶応大学の生命科学やIT(情報技術)、東京工業大学のロボット工学といった最先端分野で、大学と連携した講座を開設。共同で人材を発掘する取り組みにも着手している。

APUと早稲田塾も、動機付けを明確にした大学選びが重要という点で理念が一致した。両者はまず夏に東京都内で、塾生以外にも門戸を開いた講座を計画。APUの教員らが講義をするなどして入学の動機付けを図る。早稲田塾側の推薦を受けた大学側の選抜は、一般の推薦入試と同時期の11月になる見通しだが、その後、この推薦枠の合格者は、英語力など、入学前教育を施されることになる。

APUでは遠隔地からの入学者が多いこともあって、すでに、インターネットや通信教育を使って入学前教育を実施しているが、この入学前教育についても、「予備校と連携する利点が大きい」としている。
(読売オンライン記事より)

というわけで、予備校が、大学の指定校推薦枠を獲得したという報道です。
指定校推薦枠というのは通常、大学が高校に対して割り振るものですから、これは極めて異例の取り組みだと言えましょう。

今回の取り組みを行ったのは、立命館アジア太平洋大学と、早稲田塾です。

■立命館アジア太平洋大学
http://www.apu.ac.jp/home/

■早稲田塾
http://www.wasedajuku.com/index.asp

立命館アジア太平洋大学については、大学関係者の皆様ならよくご存じでしょう。2006年7月現在、学部生4,549人のうち、1,733人が留学生で、その比率は実に38%。留学生の出身国は世界中74ヵ国に上るという、かなり個性のある大学です。
加えて、数々の大学改革で成果を上げている立命館大学の姉妹校だということもあり、大学業界では注目されている学校の一つです。

一方の早稲田塾についてはいかがでしょう。大学の教職員の皆様には「予備校である」ということ以上のことをご存じない方も多いのでは。

「大学生になっても行きたい塾」というコピーを使って宣伝している予備校だと言ったら、「あぁ、そういう広告を駅で見たことあるな」と思われるかも知れません。

「偏差値偏重主義による大学・学部選択に警鐘をならし、大学教育本来の教授や研究テーマによる進路選択を提唱したのも早稲田塾が先駆け

…と、早稲田塾のwebサイトには書かれています。
そう、早稲田塾は、大学を、教育内容で選ぶことを提唱している、珍しい予備校なのです。

これまでも早稲田塾は、従来の予備校の役割を超えた取り組みをいくつも行い、メディアの取材を受けているのですね。

その中でも、よく報道されていたのが、↓こちらの取り組みです。聞いたことがある方もおられるのではないでしょうか。

■「塾大連携プログラム」(早稲田塾)
http://www.wasedajuku.com/program/program.asp
・「スーパーサイエンス プログラム」(早稲田塾×慶應義塾大学SFC)
http://www.wasedajuku.com/program/ssp2.asp
・「スーパーロボティクス プログラム】(早稲田塾×東京工業大学)
http://www.wasedajuku.com/program/srp.asp
・「スーパーIT プログラム】(早稲田塾×慶應義塾大学SFC)
http://www.wasedajuku.com/program/sitp.asp

バイオやロボティクス、ITなどの分野に関心を抱く高校生達を対象に、大学と早稲田塾が合同で開設した特設プログラムです。上記のリンクをご覧になっていただければわかると思いますが、講師を努めるのはいずれも、その分野で有名な研究者達です。
これらのプログラム、内容も非常に充実しています。単なる「大学選びのための一日イベント」とか「話題作りのための企画」とかいったレベルではなく、高校生にとっては、自分の将来の進路を考える上でも貴重な体験になる、一生モノの教育プログラムになっているように、マイスターには思えます。
提携している大学の側に、この取り組みに対する強い期待や熱意がなければ、とても実現しない内容だと言えましょう。

この他にも、高校生に、大学での学びについて関心を持ってもらうための取り組みを熱心に展開しています。

■「大学体感カリキュラム」(早稲田塾)
http://www.wasedajuku.com/daigaku_taikan.html

こちらは、塾生を対象にした、キャンパス体験ツアーや、特別講義の案内です。
いずれも、大学教員が協力しているのがおわかりでしょうか。先の立命館アジア太平洋大学などは、学長による特別授業まで組まれています。

■「GOOD PROFESSOR(グッドプロフェッサー) 早稲田塾が選ぶ一生モノの大学恩師を紹介!」(早稲田塾)
http://www.professor.jp/

大学教員が、自ら取り組んでいる研究の内容を紹介したり、学問に対する想いを語るコンテンツです。
大学での学びについてや、学生達の生活ぶりに関する記述も多く、高校生にとっては進路選択の参考になると思います。

いかがでしょうか?

マイスター、「塾大連携プログラム」のことは以前耳にしていたのですが、恥ずかしながら、その他の取り組みはあまり存じ上げておりませんでした。
今回、早稲田塾のこうした取り組みの数々を知り、この予備校のイメージがガラリと変わった次第です。

常日頃から、

「高校生達が、進路を考える上で参考にできる情報を、大学は出していないよなぁ。読みやすい研究室紹介コンテンツとか、制作したらいいのになぁ」
「日本の高校や大学は、高校生のために共同で公開プログラムを企画したりすればいいのに、どうしてやらないんだろう?」

みたいなことをマイスターは思っていたのですが、高校も大学も積極的にやっていないこれらの取り組みを、なんと予備校が実現させていたのですね。

マイスター、早稲田塾のwebサイトを今回じっくりと拝見しましたが、感心することしきりでした。ユーザーの本当のニーズというものを、よくわかっているなと思いました。
慶應義塾大学や東京工業大学が全面協力してプログラムを実施したり、立命館アジア太平洋大学が指定校推薦枠を提供したりしたのも、おそらく、早稲田塾のこうした姿勢をよくわかっていたからなのでしょう。

さて。

早稲田塾の取り組みに感心しながら、マイスターは同時に、「冬の時代」と口で入っておきながら、なんで大学や高校は、こういうことをやってこなかったんだろうという強烈な疑問を覚えてしまうのです。

入試課の職員を除けば、大学や高校の教職員達は、予備校という組織の取り組みを、ほとんど見ていません。入試課職員も、注目しているのは予備校が出す「数字」の部分だけで、今回の早稲田塾のような取り組みができる相手だとは、考えていないと思います。
例えば今回ご紹介した早稲田塾には、どちらかというと入試広報ではなく、大学全体の広報を担っている部署が対応した方が、お互いにとっていい結果になるように思います。でも、多くの大学ではおそらく、予備校の相手をされているのは、広報的な発想に乏しい、入試の担当者だけなのではないでしょうか。

マイスターが知る限りで言うと、残念ながら日本の大学の入試担当者は、自分の大学が行っている教育や研究活動の内容を、あまり詳しく知っていません。どの教員がどんな研究で学会の注目を集めている、なんて情報は、持っていないのです。
商品知識のない担当者が営業を行っているようなものですから、これはとても不思議で、言うまでもなく危険な状態です。
でも、これが日本の大学の「常識」でした。(そして、今もそう変わりません)

大学の入試課職員が日頃考えているのは、入試日をライバル校とずらすとか、科目数を減らすとか、受験会場を増やしてみるとかいった、表層的なテクニックのことばかりです。これらも大事ではありますが、もっと本質的で、大切な役割があるはずです。
今回冒頭でご紹介した指定校推薦枠の報道も、入試課の職員の多くは「入試の枠を拡大できるかも」とか、「そこまでしないと学生が採れない時代なんだなぁ」とかいった、「量的」な話としてしか認識できていないんじゃないかと想像します。
本来大学の入学担当部門がやるべき取り組みなんだけど、顧客の視点を持たない大学がいつまで経っても動かず高校生の不満がたまる一方なので、しびれを切らした予備校が自分達でやり始めたんだ、なんてとらえ方はおそらくしないんじゃないでしょうか。

どうしてそんなおかしな「営業」がまかり通っているかというと、(これまた信じられない話ですが)予備校や高校教員の側も、大学の商品内容にはほとんど興味を持っていないからです。

マイスターは転職後、何度か高校教員とお話をする機会がありましたが、大学の教育内容、研究内容に関する質問を一切してこないことにいつも驚いています。彼らが聞いてくるのは、指定校推薦があるかどうか、入試科目が減ったかどうか、ほとんどこれだけです。
こちらは、「理工系の学生はいまどんなことに関心を抱いているか」「学問別のトレンド」「学問領域ごとの就職状況」みたいな話を、一応仕込んでいくのですが、こちらが話さない限り、あちらから聞いてくることはありません。
普段から高校の教員がこういうことに関心を持っていて、熟知している、マイスターに聞くまでもないというのであればいいのです。でも、実態は、絶対にそうじゃないです。高校の進路指導教員は、驚くほど大学の学問トレンドに関して無知である、ということは、話しているとよくわかるのです。
大学に質問するということもしないのだから、無知というよりも、関心がないという方が正確なんじゃないかとマイスターは思います。高校教員達の進路指導は、この様子では、かなり表層的な内容で終わっている気がします。

大学の努力も、こうした分野については特に、不十分です。

「大学の先生が、高校の教室に出前授業をします!」なんてパンフレットは、多くの大学が作っていますが、見てみるとたいていの場合、受けたいと思える授業がありません。パンフを見れば、各学部の教員達が、入試課にいわれて嫌々企画したのが丸分かりです。講義のタイトルを見ても意味がわからないし、そもそも「自分が話したいこと」を優先させているから、高校生の目線に立った企画内容になっていないことが結構、多かったりします。
入試や広報の担当者が、そのあたりの指導をしたほうがいいのでしょうが「教員の講義に口を出すなんてとんでもない!」という意識が強いのか、どの大学も工夫がないままです。

不幸なのは、高校生です。

日本の大学や高校は、早稲田塾を見習って、教育内容で大学を選んでもらうための「攻めの努力」を、積極的に行うべきなのでしょう。

自治体と連携して、地域の大学が共同で進路選択のための教育プログラムを開発してもいいでしょう。早稲田塾に限らず、地域の予備校や塾、家庭教師派遣会社などと手を組んで企画を行う手もあります。

これからは、大学側から、そういった企画を外部に持ち込むくらいでなければ、本当に高校生一人ひとりに、ニーズにあった情報を届けることはできないんじゃないかと思います。

大学はこれまで予備校を、バカにしたり、恨んだり、媚びへつらったりする対象として見てきたような気がします。「予備校」と聞いただけで、根拠なく見下した態度を取る教職員も、おそらくゼロではありません。
しかしこれからは、早稲田塾の事例のような企業努力は参考として見ならい、場合によっては企画パートナーとして手を組むことだって、考えていいのではないでしょうか。(冒頭の報道のように指定校推薦枠を出すというのは、かなり思い切った選択ですが、それくらい早稲田塾の進路指導に信頼を置いているからできる行為なのだと思います)

「大学が予備校と結託するのはいかがなものか」等と批判はあるかも知れませんが、高校生の進路選択のためにより良い情報が提供できるのであれば、様々な形での連携を検討してみていいんじゃないかと、個人的には思います。

以上、マイスターでした。

1 個のコメント

  • こんにちは。塾と大学の連携がここまで進んでいるとは知りませんでした。TITとKOは関係者でもあるのですが。と思ったら、出向いている生徒がいて驚きました。