マイスターです。
大学の教育力を強化するための施策をFD(Faculty Development)と呼びますが、FD活動の一環として多くの大学で実施されているのが、学生による授業アンケートです。
でも、この授業アンケートが、なかなかやっかいです。
職員の方々には、(全員ではありませんが)比較的、授業アンケートに対して肯定的な考えを持っている方が多いように感じます。
<教育レベルを上げなければ大学の競争力は落ちる>
→<そのためには授業のやり方を常に見直し、改善していくことが必要だ>
→<授業アンケートによって学生の声を集め、フィードバックしていくことが必要だ>
……といった図式でしょうか。
しかし、研究者の方は特によくご存じでしょうが、「評価」というのは本来、一筋縄ではいかない取り組みです。適切に物事の価値を評価するというのは、簡単ではありません。
例えば、普段、予習もろくにしないまま遊び倒して、授業中はほとんど寝て過ごし、最後のアンケートでは評価項目すべてを最低点にして、「つまらない授業だった」と書いて教室を出て行く。極端に言えば、そんな学生だっています。
そういった実体験をお持ちだからでしょうか、教員の方々には、「学生が評価を行うという方法論自体、正しいやり方だと思わない」という方々や、「評価を受けること自体には反対しないが、現状の評価方法には問題がある」という方々もいるようです。
マイスター個人も、学生による評価は大学にとって必要だけど、安易に授業アンケートを導入するだけでは不十分だし、逆に問題を生む可能性があるんじゃないか、という意見。
アンケートに答える側にも、評価者としての最低限のルールや教養が必要だと思います。
でも、じゃあそれって、どこで誰がどう教えればいいんだろう?
……と思っていたのですが、そんな中、ちょっと興味深い取り組みを見つけましたので、ご紹介したいと思います。
【今日の大学関連ニュース】
■「教育ルネサンス:学生をつくる (10)『まず疑え』思考力養う」(読売オンライン)
学生へのアンケートを新入生向けの教材にする授業がある。
国際基督教大学(ICU、東京都三鷹市)の教室で、1年生21人が、手にした紙を食い入るように見つめていた。13の設問が日本語と英語で書かれた同大の授業評価アンケートの用紙だ。
「授業の評価とはどういうことか、話し合って」。渡辺敦子講師(46)が英語で指示を出すと、学生も英語で「教師のランク付け」「学生の心情をぶつける」と、次々に口を開いた。
ICUの1年生には、必修の英語が週8コマあり、英語を通した「批判的思考力」の育成も目的にしている。授業評価のアンケートも、その教材の一つだ。「なぜ学生に評価の権利があるか」「評価する学生の義務は?」。渡辺さんが質問を重ねるうち、学生の表情に真剣さが増した。
ICUは1953年の開学以来、批判的思考力の育成を掲げてきた。「学びは自分でつかむもの。それには批判的思考力は不可欠だと、1年次で気づいてほしい」。10年前からICUの英語教育に携わってきた富山真知子教授(55)が強調する。批判的思考力とは「情報や知識を客観的、論理的に分析し、評価する能力」(富山さん)。大切なのは吟味する過程だ。
入試を経たばかりの学生は権威に弱い傾向があり、「辞書に出ている」「著名な学者が書いている」というだけで満足しがち。詰め込んだ知識の内容の吟味に踏み込む必要がなかったからだ。英語を介することは、日本流のあいまいな会話や考え方にも疑問を持ってほしいからだという。
授業を通して、教員は「うのみにするな」「まず疑え」と繰り返す。だからこそ、授業評価アンケートも格好の教材になる。大学のすることだからと無批判に受け止めるのではなく、なぜこういうことをするのか、評価する自分自身はどう学んでいるのか、客観的に考えることを期待している。
(上記記事より)
国際基督教大学(ICU)の取り組みです。
この記事のテーマは、「批判的思考力」の育成。
リベラルアーツ教育を掲げるICUらしいテーマですが、その「教材」として、「授業アンケート」が活用されているという点が面白いと思いました。
マイスターなどは、「批判的に物事を考えられる学生でない限り、授業アンケートをやらせても適切な成果は得られないんじゃないか……」と思っていたのです。
が、ICUのこの取り組みは、
「授業アンケートを使って、批判的に物事を考えるとはどういうことかを教えればいいじゃないか」
……ということですから、逆転の発想です。
評価とはどういう行為か。誰が何のために行っている行為なのか。
適切な評価手法とは何か。現在の評価方法は適切なのか、そうでないならどうすべきなのか。
客観とは、主観とは、何か。評価する側の自分は何者なのか。評価者の資格とは何か。
……などなど、正しく疑い、批判的に考えるためのトレーニングになるというわけです。
これは、なかなか意義のある取り組みなのではないでしょか。
もしかしたら、他の大学でも既に、同様の取り組みを行われているところはあるかも知れません。
「物事を疑う」ということが、研究者にとって極めて重要な能力であるということには、あまり反対される方はいらっしゃらないでしょう。
大学教育の基礎として、このように「疑う」ことを教えることは、とても大事なことだとマイスターは思います。
また、授業アンケートを教材にし、1年生のうちからこのように深く考え議論させることによって、その後、卒業まで実際に自分が記入する授業アンケートの意味合いはかなり変わってくると思います。
少なくとも、重みは増すでしょう。より真剣に、「評価する自分」に向き合えるのではないかと思います。
そうすると結果として、大学が行う授業アンケート全体の精度向上にもつながります。
一石二鳥です。
問題としては、こういった取り組みは、マスプロ授業では難しいだろうということです。
全員が真剣にディスカッションに加わる雰囲気でないと、こういった教育は成立しないでしょう。
ICUは少人数制の授業でこういったことを実践しているようですが、他大学はどうでしょうか。
例えば最近では、入学直後の大学生を少人数のグループに区切り、教員が一人ずつそこに付いて様々なサポートを行うといった取り組みを行う大学も増えてきているようです。大学での勉強の仕方を教えたり、友達を作らせたり、ゼミ形式の教育を行うのです。
授業アンケートを素材にした授業をそんな場で行うというのも、一つの選択肢かもしれません。
……というわけで、ICUの取り組みでした。
せっかくの授業アンケートですから、120%活用したいところ。個人的には興味深いと思ったのですが、いかがでしょうか。
他大学の皆様にとっても、何らかの参考になればと思います。
以上、マイスターでした。
※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。