教育を支える「収益源」の問題

お金は大事だと思うマイスターです。

もちろん、何かを達成するための手段として、です。

マイスターは修士課程にいた時、アメリカの「チャータースクール」という制度のことを研究していました。簡単に言えば、「市民や、有志の教員達が作った学校(小、中、高校まで)を、公立学校として認可する」という仕組みです。
(※既存の公立学校は存続し続けたまま、その地域に、「第二の公立学校」が増えるというイメージです)

チャータースクールとして認可されると、公立学校であるにもかかわらず、教育内容や財務など、学校に関わる多くの法規制の対象外になります。ですので、

「地域で暮らすマイノリティのための教育を行いたい!」とか、
「地域の動物園と協力した教育を展開したい!」とか、
「芸術教育を核に据える学校を設立したい!」とか、
「公立のマンモス校とは異なる、理想の少人数教育を実現させたい!」とか、

そんな、普通の公立学校制度の中では行えない教育を、授業料ナシで市民に提供したい、という理想に燃えた教員や市民は、チャータースクールを設立するのです。

この制度をご存じでない方は、以前に書いた記事がありますので、そちらをご覧ください。

・チャータースクールは、戦う公立学校だ
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50026001.html
・学校紹介:ミネソタ・ニューカントリースクール
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50029534.html

さて、チャータースクールは公立学校ですが、財務を含めた経営計画は、学校が自分達で立て、自分達で実行することとされています。
どこも「既存の公立学校とは一線を画した、理想的な教育を行おう」と考えているわけですから、どう考えても、普通の公立学校より充実した設備が必要になります。

ところがチャータースクールには、「校舎」が与えられないのです。希望する市民立学校にその都度校舎を建ててあげていたら、都市計画めちゃくちゃですからね。
従ってチャータースクールはまず活動場所を確保するところから始めなければなりませんので、どこも大体、とっても厳しい財務内容になります。
教育に問題があってつぶれるチャータースクールはほとんどありませんが、財務に問題があってつぶれるチャータースクールはあります。

そこで、チャータースクールの校長らは、八方手を尽くして、寄付を集めます。
公立学校なので、授業料は生徒の人数にあわせて税金から拠出されるのですが、それだけでは自分達が望む教育ができない場合が多いわけです。そうした場合、企業や個人から寄付を募ったり、企業に依頼して、コンピュータなどの備品を安く借り受けたりします。

チャータースクールは、教育成果や財務内容をAnnual Reportで報告しなければなりませんし、数年おきに、チャーターの更新を受けねばなりません。財務状況が悪かったら、その時点で廃校です。
ですから各項とも、涙ぐましい努力をしながら、財務の健全化に努めていました。それもこれも、自分達が理想と思う教育を行うためです。

良い面だけでなく、様々なリスクも内包している制度ですが、この徹底した自己責任制は、いかにもアメリカらしいなとマイスターは思います。
だって、公立教育って、本来は市場原理や競争主義から、最も遠い存在のものでしょう。
それを、「各校の自己責任ね。つぶれる時はつぶれますけど」…と言って、ここまでの権限移譲をやってのけるお国柄ってのは、ちょっと日本人には驚きです。

そんなぶっとんだ制度を研究対象にした経験と、
広報プロデューサーとして、広告の事業モデルを考えていた経験があるからから、
マイスターは、教育財源については、普通の教育業界人ほど厳しく考えていないと思います。創意工夫で理想の教育をするための資金が手に入るのなら、選択肢として考えてみても良いのでは? くらいに考えています。社会起業家的な発想かも知れません。

しかし、もちろん、教育成果を最大化させるための行為であることが大前提です。その資金によって、生徒や学生が恩恵を受けることが条件です。
利益の最大化をはかったり、その利益を分配したりなんてのは、非営利組織である学校では、絶対に認めてはいけないことです。もしこれを許可してしまうと、収益が手段ではなく、目的になってしまいかねません。

さて、前置きが長くなりましたが、今日はこんなニュースをご紹介します。

【教育関連ニュース】—————————————-

■「ビジネスか…教育か…米論争 通学バスでCM付き放送」(FujiSankei Business i)
http://www.business-i.jp/news/world-page/news/200606120013a.nwc

■「村上ファンド、出資元の6割は「大学財団・基金」 彼を「その気」にさせたのは誰なのか」(日経BPオンライン)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20060612/104122/
———————————————————–

両方とも、教育の財源を巡る報道です。
そして両方とも、確かにちょっとやっかいな内容です。

まずは、ひとつめの報道。

米国で、学童を対象にしたCMが論争を巻き起こしている。学校とタイアップし、通学バス向けラジオ番組でCM放送を企画している米企業が、今秋のマサチューセッツ州でのサービス開始を皮切りに、2007年に全米に事業を拡大する計画を打ち出した。教育の場にビジネスを持ち込むことへの批判が出る一方で、学校側には同社の事業を歓迎する空気が強い。

新事業を計画しているのは、マサチューセッツ州に本社を置く「バスラジオ」。同社は学童向けラジオ番組を制作し、契約した公立学校の通学バス内で放送する。スポンサー企業からCM料を受け取り、契約先の学区に一定額を割り戻す仕組みだ。
米紙ウォールストリート・ジャーナルなどによると、まず同州内で10万人以上の学童を対象にサービスを始め、来年には全米に事業を拡大する。すでにマサチューセッツ、カリフォルニア、イリノイの3州内の複数の学区が通学バスでの放送を受け入れた。
学校側が番組のCM料の5%を受け取る契約内容だという。番組は、対象となる学童の年齢などに応じ複数作られるが、1時間の放送のうち、約8分間がCMに充てられる。子供向け商品を販売する企業にとっては、不特定多数を対象にしたCMに比べ、広告効果は大きいとみられている。
(略)
放送の見返りに受け取る現金が、通学環境整備の助けになるとして、同社の事業を歓迎する学校が多く、同社のビジネスモデルは、思惑通り全米に広がる気配を見せている。(FujiSankei Business i記事より)

チャータースクールの運営状況を見たマイスターには、すっ…ごくイメージしやすい事例なんです、これ。

こういう報道を見ると、ついつい、事業を実施する企業の部分に注目してしまいますよね。「教育を金儲けの道具にするなんて、なんとけしからん会社だ」…と。

でも、試しに、学校の経営者になったつもりでこの報道を見てみてください。

イメージしてください。
あなたは学校の経営者です。子供達のために、学校の様々な問題を解決したいと思っています。
例えば、学校の通学路の問題です。最近は登下校中の子供が犠牲になる事件が増えてきました。今は保護者が送り迎えをしてくれていますが、ずっと親に頼るわけにもいきません。事実、親が忙しい家庭の子供は、一人で徒歩通学しているのです。学校の経営者としてあなたは、子供と保護者のために、「通学バスを用意してあげたい」と考えます。
しかし、そのためにかかるコストは、とても現在の予算状況で用意できる額ではありません。かといって、家庭から集めるわけにもいきませんし、公的な助成もあまり期待できません。一度バスを導入したら、簡単にやめるわけにもいきません。継続的にかかるコストに対応できるだけの予算はありません。

さて、こんな経営者として、上の報道をもう一度読んでみてください。いかがでしょうか。最初に読んだ時と、イメージが、がらっと変わりませんでしたか?

学校に、営利企業の事業が入り込むことは、確かにあまり好ましいことではありません。にも関わらずアメリカで、3州内の複数の学区が通学バスでの放送を受け入れたのは何故か。

学校の運営に詳しくない方は、「へっ、どうせお金儲けがしたいんだろ」くらいのイメージでこういう報道を斬ってしまいがちです。アメリカの悪い商業主義が、神聖な教育現場を毒しているのだ、というイメージですね。でもそれは、実態と離れた、ただの感想に過ぎません。

本当は、「問題を解決するための財源が、他にない」からやっている、というのが、実態に近いのではないかとマイスターは思うのです。

十分な資金を持っているなら、学校の関係者は、こんな放送を受け入れません。
ほっといても問題が解決するなら、わざわざこんな、物議を醸すようなことはしません。子供のためにどうしても財源を確保しなければならないから、やるのです。

そのニーズに着目した企業が、事業という形でそれをサポートしているだけです。この企業が存在しなかったら、解決されない学校の問題があるわけですから、この企業も一概に悪いとも言えないんじゃないかとマイスターは思います。

もしかするとこれ、言い方次第なのかも知れません。

(1)学校の通学環境があまり良くない。このままでは、十分なバスを生徒達のために手配できず、生徒達が危険にさらされることになる。どうにかして解決しなければならない。
 ↓
(2)しかし残念ながら、そのためのお金がない。なんとかしなければならないが、公的な助成は期待できない状況にある。
 ↓
(3)そこで、通学環境整備のための改善策を思いついた。通学バスの中で、学童向けラジオ番組を流すのである。このとき、数秒間のCMを入れることで、企業から広告費を徴収できる。その金額を、通学環境の整備に充てるのである。通学時に、生徒を暴れさせないという効果も報告されており、まさに画期的なアイディアである。

…とこんな感じで表現してみるとホラ、かなり雰囲気がやわらぎませんか。なんだか急に、「改革派のアイディア校長」みたいなイメージになったような。

マイスターが暮らす横浜市は、財務改善のため、公共サービスの中に広告を入れたことで知られています。役所の入り口の足ふきマットには企業のキャッチフレーズが入っているし、市のwebサイトには広告バナーが貼ってあります。最初は異論もあったようですが、最近はあまり否定的な意見は来ないそうです。この広告が市民の生活を支えている、という認識が広まってきたからかも知れません。
通学バスラジオの例も、発端は同じ発想だと思います。

もちろん、「小さな子供」にCMを聞かせることの賛否は、別に議論されなければなりません。子供は大人に比べて、広告の影響を受けやすいですから、適切な手法を考える必要があるのかもしれません。

マイスターも、今回ご紹介したバスラジオ会社の事業が、ベストな方法だったのかどうかはわかりません。もしかしたら、CMの流し方などに問題がある、なんてこともあるかもしれませんから、その時は、この企業との契約を見直した方がいいと思います。

ただこういう報道を見た時に、「教育の場にビジネスを持ち込むな!」と反射的に全否定してしまう人は少なくないけれど、それはどうなんだろう、とマイスターは思うわけなのです。事情も聞かずに全否定されることで、危機に立たされる教育現場は、確実にあると思うのです。
その事業が、どのような方法で、誰を救ってくれるものなのか、まずはそれを見てからでも、判断を下すのは遅くないんじゃないでしょうか。それが、本日の記事で申し上げたかったことです。

既に長くなってしまったので、詳細は取り上げられませんが、冒頭の記事のうち、村上ファンドの方に関する報道も、実は同じ問題構造が隠れていると思います。

アメリカの大学が積極的に基金を運用しているのは、日本でもわりとよく知られています。でもそれは、大学の教育や研究に使うためです。
それが、今回はたまたま、法に反する投資をするような村上ファンドにお金を預けてしまったため、こうして報道で取り上げられることになりましたが、アメリカの大学基金運用者だって、法律に反した運用をするファンドだと知っていたら、村上氏には頼らなかったでしょう。彼らは、犯罪の片棒を担ぐつもりだったのではなく、ただ教育研究の質向上のために、運用益を出そうとしただけなのですから。

最後に、ちょっとまめ知識。
日本でも大学基金を設立する動きが徐々に出てきていますよね。
今回の村上ファンド事件を見て、「私達の基金が、結果的に悪徳企業のために使われてしまうのは避けたい」とお考えの向きもあるでしょう。
そういうときは、「社会責任投資」をポリシーにしている運用組織もありますから、そういうところにご相談されるのも良いのではないかと思います。

「社会責任投資」とは、投資家の倫理観や価値観を反映させる株式投資のあり方のことで、CSR(Corporate Social Responsibility)や、SRI(Social Responsibility Investment)などとも呼ばれています。わかりやすく言うと、「武器製造会社には投資しない」「タバコ会社に投資しない」「途上国で未成年労働者を使っている企業の株は買わない」などといった、顧客側の倫理方針に従って投資をするのですね。

日本では、↓こちらの会社などが、社会責任投資を扱うことで知られています。
■株式会社インテグレックス
http://www.integrex.jp/

教育や社会福祉のための資金源として、こうした投資のありかたがもっと知られてもいいじゃないかと、個人的には思います。

長くなったので、もうこの辺にします。

教育には、お金がかかります。
充実した教育を行うために、お金が必要になるのは、残念ながらある程度は仕方がないことです。

何かの問題が起きて、その解決のためにどうしてもお金が必要だというとき、どのようにそれを乗り越えるか。
これは、教育業界の、今後の大きな課題になると思います。

以上、マイスターでした。