えー、本来であれば、今日は「愛校心のカタチ(3):自校教育の取り組み(国公立大学)」をお送りするはずでしたが…諸般の事情により、土曜日以降に延期させてください。
何故かって?
それは…
秋田大の大川一毅助教授による昨年度の調査によると、国立大学の4割で「自校教育」の講義を実施。目的(複数回答、私大も含む)としては「自学の目的・理念・使命の周知」が61%で最も多く、42%の学校が「愛校心・帰属意識の涵養(かんよう)」を理由にあげている。(産経web記事:「薄れる愛校心 講義に『自校教育』取り入れ鼓舞」より
↑何度もご紹介しているこの大川助教授の研究の内容発表が、どうやら今週末に都内で開催される、日本高等教育学会大会で聞けるらしいという情報を耳にしたからです。(昨日のブログ記事を読んでくださった方から教えて頂きました。ありがとうございます!)
せっかく実際の調査結果発表が行われるのであれば、その後で記事を書いた方が内容も充実するでしょうし、何よりブログを読んでくださる皆様にとってもメリットが多いんじゃないだろうか? と考えました。
楽しみにしてくださっていた皆様には申し訳ございませんが、そんなわけで、予定を変更させていただければと思います。
というわけで、今日は違う話題を。
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マイスター、いつものように『AERA』を読んでいたところ、こんな記事が目に留まりました。
「内定から始まるサバイバル」(AERA 2006年6月5日号)
「就職人気企業64社の内定者研修調査」
と題して、日本を代表する大企業が内定者にどのような研修を課しているか調べた結果を掲載しています。
苦労を重ねて内定取って、入社先を決めれば就活は終わり。そんな大学4年生のお決まりパターンは、今や過去のものとなりつつあるようだ。
…と。これは気になる!
というわけで、記事を読んでみました。
AERAが就職人気企業95社に対してアンケートを行ったところ、64社が回答。その中で内定者に課題を与えないのは9社だけだった、とのことでした。
回答者は大企業のみ、それもすべての企業が回答したわけではないけれど、多くの企業が内定者研修を実施している様子がわかります。
各社ごとの具体的な研修内容が掲載されているので、「ほうほう、企業は新卒内定者に対してどんな知識やスキルを求めているのかな?」と、興味を持って見てみると……
例えば、女子学生に人気が高い旅行代理店「ジェーシービー」の研修内容は、こんな感じらしいです。
○ビジネスマナー
○電話応対
○グループワーク(企画~プレゼンテーションなど仮想のビジネス体験)
○業界・ジェーシービーに関するレクチャーなど
○TOEICの受験(点数・回数は問わないがスコアを提出)
○エクセルのe-ラーニング
○課題図書の購読・レポート提出
(以上、「内定から始まるサバイバル」(AERA 2006年6月5日号)表より)
ジェーシービーでは、上記のメニュー、内定者全員が「必修」です。
いかがでしょうか?
マイスターの感覚では、内定者向けの研修としては、「かなり多い」ように感じられます。
また上記のメニューのすべてを、本当に大学卒業前の段階にやらせる必要があるのかという疑問もわきます。
ジェーシービーの他、コーセー、高島屋、凸版印刷あたりが、やはり学生に対してかなり負荷のかかる研修を実施しているようでした。
企業がこうした研修を内定者に課す理由はいくつかあります。
マイスターは、主な理由として、以下の3点がまず思い浮かびました。
○内定者に企業の姿を知ってもらう
これは、賛同できる理由です。
内定を取ったとはいっても、一回説明会に行き、何度か面接を受けた程度。
しかも学生の側としては、「とりあえずなんとか内定を取りたい!」という意識があるでしょうから、中にはあんまりその企業のことを理解していないまま、「理想的な新人」の態度を演じて入ってしまう学生だっていると思います。
で、内定してから、「本当にここで良かったのか?」と考え込んでしまう。そのまま卒業後、働き始めてはみたものの、「こんなはずじゃなかった!」といって、1~2年で辞めてしまう。気持ちはよくわかります。
マイスターは、そもそも大学生が同じリクルートスーツを着て、同じような面接対策本を手に、同じスケジュールで企業回りをする「新卒一斉採用」というヘンな仕組みが、こういう問題を引き起こす根本的な原因のひとつだと思っているので、できれば一斉採用自体をやめて欲しいのですが、企業からすればそうも言っていられませんよね。
ですので、せめて内定者研修を通じて企業の姿を知ってもらおうという取り組みは、企業にとっても内定者にとっても悪いことではないと思います。
「内定者向けサイトの開設」(楽天)
のようにwebで企業内情報を発信していく試みも何社かで見受けられました。
○内定者が他社へ流出するのを防ぐ
企業が内定者研修を行う最大の理由は、これでしょう。
バブル期は、内定者を豪華客船による長期旅行に出発させ、夏休み中、他社の面接を受けさせないなんていうムチャクチャなことをやる企業もあったと聞いていますが、さすがに今は、そんなことはしません。
代わりに、内定者研修を課すのですね。
頻繁にグループワークや、実地の集合研修を行う企業、いくつかあります。
パソナは、4月から12月まで、「毎月集合研修」が必修です。地方の学生は、結構大変だと思います。
他にも、今回のAERAの調査結果の中では、
「近況報告メールの月一回の提出」(丸紅)
「新卒採用活動の手伝い」(リンクアンドモチベーション。ただし、これは希望者のみ)
といったあたり、内定者流出防止の目的が強そうです。でも、バブル期に比べれば、学生にとってもメリットがあるように、工夫されています。
このように工夫されている企業は多いのですが、ただ、やはり流出防止目的で過度に負担の大きい研修を行うことに対しては、大学関係者としてはあまり賛同できません。
先述したように、学生にとっても研修にはメリットがありますから、一概に何が良くて何が良くないとは言えません。
でも、あくまで学生は、「学生」という職業に就いている人であって、いわば学びのプロ。過度な負担のかかる「兼業」は、なるべくさせないようにしていただきたいなというのが、マイスターにとっては、正直なところです。
○入社前に、最低限の知識を付けさせる
これは、研修を課す理由として、近年多くなってきているところだと思います。
基本的なITスキル、英会話、社会人マナー、ビジネスの基礎知識など。
また、業種ごとの基礎知識を学ばせる企業もあるようです。
ただこの目的に関して言えば、現在ほとんどの企業では研修にあたって、e-Learningによる在宅学習を導入しているのですね。
大学では導入が一向に進んでいないe-Learningが、こんなところで普及しているとは知りませんでした。e-Learningは、「忙しい社会人が大学の講義を受講するために使うものだ」と考えている大学人って多そうですが、実際には、忙しい大学生が企業の研修を受けるために使われているということが判明しました。なんだか皮肉な話です。
(多くの大学が、「本学は、e-Learningを導入した先進的な取り組みを行っています」とか学生に自慢している間、企業の研修をネットで受けている学生達は「ハッ」とか笑っていたかも。えらい赤っ恥やん、大学)
企業が研修をe-Learningで行うというのは、なるほどなと思います。
学生の負担は、これなら確かにかなり軽減されるでしょう。
ところで。
マイスター、以前からちょっと不思議に思っていたことがあります。
企業は、自社のなんらかの業務のために、人材を採用しますよね。
企業によって、かならず求められる必須知識って、ありますよね。だから、こうしてわざわざ、内定者に研修を行ったりするんですよね。
だったら、採用の段階で、
「我が社を志望する者は、大学で、○○に単する単位を取得しておくことが望ましい」
…みたいな条件を出せばいいのにと思うのですが、こう考えるのはマイスターだけ?
だって、それが、業務のために人を獲るってことだと思うんですよ。
例えば、広告代理店や、企業の広報部への配属を希望する学生は、大学時代に広告に関する勉強をしてなかったら、いくらなんでもマズイでしょう。
で、ね、こういう場合、
「我が社への入社を希望する者は、あらかじめマス・コミュニケーション、消費者心理、マーケティングに関する学習をし、大学でこれらの単位を取得しておくこと。もし、在学している大学で上記に該当する講義が開講されていない場合は、内定後、入社までに我が社の研修を受けることが、採用の条件となる」
…と、こういう書き方をすればいいんじゃないかと思うんです。
これが、大学で専門の勉強を修めた学生を自社の仕事のために採用する、という場合の、本来あるべき姿であると思います。
なぜ企業がこれをやらないかというと、理由は色々あるのでしょうが、一言で言えば、大学の教育を信用していないからではないでしょうか。
今でも企業には、経済学部を出ているからといって、経済に強い学生だとは思っていないようなフシがあります。
情報工学を専攻した学生と文学部出身の学生に同じようにコンピューターの研修を行ったり、マスメディアを専攻した学生と農学部出身の学生に同じように広告業界に関する研修を行ったりすることに、企業の側はあんまり違和感を感じていないと思います。
つまり、大学は信用されていないんですね。
学生さんもそうです。専門科目については、4年間の学習成果は、あんまり信用されていないんです。
もしくは、「大学で学んできたことが、我々の思惑とズレている」と思われているのだと思います。
もちろん、大学で学ぶことと、企業が必要としているスキルとを、まったく一致させる必要はないでしょう。大学と企業は違います。
でも、大学で学んだはずの知識を、企業が内定者研修で(授業をサボらせてまで)一律に学ばせたりするのは、個人的には、あまりいいことだとは思えません。
「大学で勉強したと言っているけれど、不安だから、自分達でちゃんと教えとこう」
と、企業が考えるのはいいのですが、そのために、大学のゼミや授業の時間を削る学生がいたりするのでは、本末転倒です。
今回のAERAの記事では、あまり露骨な事例はないかもしれませんが、そういう考えを持つ企業は、日本社会にはまだまだ多く存在しているように思います。
一体、なんでそんなことになっているのか、マイスターは今でも不思議でなりません。長い間、企業も大学も、こうしたことが気にならなかったのでしょうか。
今、大学の学びは、少しずつ変わっていっています。
アカデミックな知識にとどまらず、実践的なコミュニケーションスキルや、グループワークを重視する教育スタイルも普及してきています。
企業が研修で補っていた部分も、大学で身につけさせるようになってきました。
これで、企業の採用スタイルは、変わっていくでしょうか。
それとも今後も、わざわざ事前研修をしてでも学生の知識を補う必要がある、と考えるでしょうか。
内定者研修には、学校社会と産業社会との関係が浮き出ているように思います。内定者研修が充実すればするほど、両者がどこかで乖離しているということなのかも知れませんね。
そんなことを考えた、マイスターでした。
今回の記事、すごくよかったです!
後輩の内定先では、「内定者インターンシップ」と称し、
朝6時出勤して夜22時まで働かされています。
しかもなぜか学生という身分を隠して営業に行かされています。
手当てについては、インターンシップなので日当1000円のみ。
仕方なく彼は土日にバイトを一日中入れています。もちろん授業は出られません。
先週体調崩して入院してしまいました。企業に文句を言ってやりたいくらいです。
日本高等教育学会大会での、大川さんの自校教育に関する研究発表は、3日(土)10:40-11:00に予定されてますね。
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jaher/9kai/Program.pdf
(上記プログラム:11ページ)
同じ時間帯に、桜美林大学グループの発表「国立大学法人化に伴う私立大学の経営意識に関する調査報告」があり、悩ましいところです。
この記事へのコメントです。
大学が、推薦選抜ややAO選抜での合格者に入学前教育を試みているのと、パラレルな印象をもちました。