マイスターです。
世界的な不況による影響が、大学を、そして学生を直撃しています。
日本でも、学費の支払いに困る学生を救おうと、各大学がこぞって経済支援プログラムを発表。
奨学金の対象者を増やす、支給額を上げる、受験時に奨学金の応募を予約できる……等々、様々な方針を打ち出しています。
今回は世界的な不況であるだけに、こうした大学の動きも世界的に起きている模様。
アメリカでも韓国でも、あるいは他の国々でも、就職先に困る大学生や、奨学金に関する話題がメディアに登場しているようです。
大学のような教育機関は、なるべくこうした経済の影響を受けて欲しくないものですが、実際にはそうもいきません。
大学も社会の中で経済活動を行っているわけですから、金融機関の動きや、市場の動きによって経営が傾いたりすることもあります。また学生やその家族の経済基盤が傾けば、学費によって多くの収入を得ている大学も、そこを考慮しないわけにはいきません。
こうした動きが、大学で行っている教育や研究に影響を与えることもあるでしょう。
では、経済の動きで、大学はどのくらい影響を受けるのでしょうか。
今回は試しに、アメリカの大学のニュースを、いくつか拾ってみました。
【2007年12月の大学関連ニュース】
■「アイビー・リーグ、独り勝ちの罪 超エリート私立大学は栄華の極み、公立校は困窮」(日経ビジネスオンライン)
公立大学の経済的苦境にあることをアイビー・プラスのせいにはできない。だが、その弱みにつけ込んでいるのは確かだ。アイビー・プラスはその財力に物を言わせて、公立大学の著名な教授や彼らの研究助成金を奪い取ろうとしているのだ。
最高ランクの公立大学でさえ、アイビー・プラスからの攻撃をかわすのは至難の業だ。カリフォルニア大学バークレー校の学長ロバート・バージュノ氏は、アイビー・プラスなど超エリート校が発展する代わりに、公立大学が消耗させられていると言う。「将来について考えれば考えるほど恐ろしくなる」(バージュノ氏)。
ごく少数の人間の教育のために、ますます多くの大金が注ぎ込まれている。アイビー・プラスでは予算が急激に膨張しているが、定員はほとんど増えていない。1997-98年から2006-07年の学年度の間に、アイビー・プラス10校の大学院入学者は緩やかに上昇して10%増の5万5708人になったが、学部入学者数は6万8492人で1.4%減少した。
アイビー・プラスとそれ以外の大学との“富の格差”は、かつてないほど広がっている。2007年会計年度(6月30日期)にハーバード大学基金の投資収益は57億ドルに上った。これは、全米の大学基金の総額から6つの大学(うち5つはアイビー・プラスのイエール、スタンフォード、プリンストン、 MIT、コロンビア)の分を差し引いたものより多い。
(上記記事より)
■「MBAの学費、公立大学が次々に値上げ エリート私立校に押され“貧すれば鈍する”?」(日経ビジネスオンライン)
エリック・デフリース君は、ユタ州ローガンにある州立大学の4年生で、経営学を専攻している。入学以来、授業料は年2~3%の緩やかな上昇を続けてきた。金融論を学んでいるだけあって、多少の値上がりは仕方のないことと受け止めていたが、昨年春、大学からの電子メールで事情が一変した。基本授業料を含む学費総額2150ドルに加えて、1学期当たり445ドルが経営学専攻の学生に上乗せされると通知してきたのだ。
授業料の値上がりは誰しも心配することだが、経営学専攻の大学生は予想外の支払いを突きつけられている。ユタ州立大学のジョン・M・ハンツマン・スクール・オブ・ビジネスもその例だ。ハンツマンでは今年から、上級科目の受講を申し込む学生に対し、1履修単位時間につき35ドルの追加徴収を開始した。「新方式で年間授業料に平均735ドル以上が上乗せされる計算になる」と大学側は言う。
(略)各ビジネススクールの学部長は、授業料値上げはやむを得ないと主張する。さもないと公立大学は私立に後れを取って、認証を取り消されかねないからだ。「長い目で見れば、値上げは学生のためだ」と言うのは、ユタ州立大学ビジネススクールの学部長、ダグラス・アンダーソン氏。同校は今年から“学費区分制度”を導入しており、100万ドルの調達を予定している。
「一流の教師陣を集められるか、それとも他校との競争に敗れてしまうか。大学のブランド価値に関わる問題だ」とアンダーソン氏は言う。
(上記記事より)
上記の2本は、ともに2007年12月に掲載されたニュースです。
「アイビー・プラス」とは、アイビー・リーグと言われるアメリカ東海岸の超名門私立大学8校に、MITやスタンフォード大学など、やはり超名門と言われるいくつかの大学を加えた呼称。
研究での総合力や集まる資金の規模、世界的な知名度、それに優秀な学生の獲得力などで他を圧倒する存在……という意味合いで、しばしば使われる言葉です。
アイビー・リーグ8校を始め、アメリカの超有名大学の多くは、私立大学。
カリフォルニア大学バークレー校を始め、アイビー・プラスに匹敵する評価を受けている公立大学もありますが、こと「資金力」という点では、私立大学に後れをとると言われています。
中でもハーバード大学は、多額の寄付金を集めながら、日本円にして3兆5,000億円以上という大学基金運用によって巨額の運用益を出すなど、豊かな財務基盤を持つことで知られています。
こうして繁栄する超エリート私立大学は、ノーベル賞級の研究成果を量産し、またアメリカのパワーエリートを多く輩出する土壌として賞賛されてきました。
しかしそのことにより、一部に資金や人材が集中してしまうという批判を浴びてもいます。
2007年末に書かれた上記の2本の記事は、そんな超エリート私立大学の一面を良く表しています。
潤沢な資金力をもとに、奮闘する公立大学(アメリカの場合、多くは州立大学)から、学生はおろか、優秀な教授陣まで(外部からの研究費と一緒に)奪っていくのですから、やられた方はたまったものではないでしょう。
こういった教員の奪い合いは、大学の学費を押し上げる原因の一つになってもいます。
著明な研究者を引き抜く場合、条件として、巨額の報酬や研究費を提示することが少なくないようで、それが人件費の高騰を招きます。
財務が強力な私立大学なら、それをもってもなお余力があるかもしれませんが、上記のMBAの学費の記事のように、公立大学にまで影響が出てくるとなると、ちょっと深刻です。
しかし、こうした状況も、世界的な金融危機によって影響を受けてきています。
【2008年11月の大学関連ニュース】
■「ハーバード大にも金融危機 学費援助制度への影響懸念」(MSN産経ニュース)
米国を代表する名門ハーバード大学(マサチューセッツ州)にも金融危機の波が押し寄せている。同大のファウスト学長が学部長ら関係者にあてた書簡で大学の運用基金が投資損失により、10月末までの過去4カ月間で80億ドル(約7400億円)減少したことが明らかになった。運用益拡大でこれまで実施してきた学費値下げや学費援助制度への影響が懸念されている。
(略)ハーバード大は毎年、研究資金など運営予算の35%を基金に頼っているが、いくつかの学部は年間活動費の半分を基金の運用資産でまかなっており、今回の損失は大学にとって「重大な状況」と位置づけられている。
ファウスト同大学長が2日付で関係者にあてた文書によると、「世界の金融市場の深刻な混乱」のため、基金の運用資産額は今年7月1日から10月末までに22%分にあたる80億ドルも減少。「ハーバード史上過去40年で最大の損失規模」と指摘された。
(略)値下げしてきたとはいえ、初年度の学生は授業料や寮費など総額4万5000ドル(約420万円)の費用がかかるとされ、高額さが批判の的になっていることから値上げに踏み切るには厳しい状況だ。
(上記記事より)
上記は、昨年11月の記事。つまり、冒頭の2つの記事から、ちょうど1年後くらいの報道です。
日本でもそうですが、まさに、サブプライム・ローン問題に端を発した金融危機によって、いっきに状況が一変した1年でした。
名門私立大学の強さを支えていた資産運用が崩れ、どの大学もダメージを受けました。
その様子は、以前のブログでもご紹介させていただきました。
(過去の関連記事)
■アメリカの有力大学も、資産運用で大きな損失
ハーバード大学の学費が年間約420万円だと、上記の記事では紹介されていますが、ハーバードに限らず、アメリカの名門私立大学は結構高いです。
(州立大学の場合、州の住民は安いです。州の外から進学すると結構しますが)
もともとアメリカでは、大学の学費全体が、所得の上昇を遥かに上回るペースで値上がっています。
■「米大学の学費、25年間で4.4倍 所得伸び追いつかず」(NIKKEI NET)
奨学金制度を始め、大学が様々な経済支援プログラムを提供することで、なんとか通えている人もいるのだと思います。その支援の部分が不況によって縮小すると、大きな影響が出るでしょう。
高い学費をローンで借りて、卒業時には既に巨額の借金持ち、という学生も少なくないと聞きます。
いかにもアメリカらしい話ですが、それがもとで破産するアメリカ人も後を絶たないという話を耳にしますから、穏やかではありません(ある意味、そこも含めてアメリカらしい仕組みなのかもしれませんが)。
超名門エリート大学を始め、それに続く名門私立大学の数々が、こぞってダメージを受けているというのが現在の状況です。
その結果、↓こんな動きがいま、出てきているわけです。
【2009年3月の大学関連ニュース】
■「米、公立大転入が大ブーム 私立の半額、地元へUターン」( FujiSankei Business i.)
私立タンパ大学(米フロリダ州)に通っていたデニーズ・コルシーニさん(20)は今年1月から、地元のニュージャージー州の州立ラトガーズ大学に籍を移した。私立から州立に転じたことで1年当たり1万ドル(約97万円)が節約できるという。米国経済の悪化を受け、建設業に携わる父親の仕事が減少。「転校するにはいいタイミングだった」とコルシーニさんは話す。
今、全米各地にコルシーニさんと同じような選択をした学生がいる。転校して授業料や通学費を節約し食事も家でとる。ラトガーズ大学では今年、他の私立大学や州外の大学からの転入志願者数が、2008年の416人から、632人へと52%も増えた。「学生は安さで大学を選んでいるようだ」と米国大学教務部長・入学審査部長協会(AACRAO)のバルマック・ナシリアン氏は苦笑いを浮かべた。
学生支援・調査組織のカレッジボードによると、米国の4年制公立大学に通う年間の平均的費用は、学費や住居費、食費を含めて1万4340ドル(約138万円)。私立大学の3万4130ドルと比べると、半額以下だ。
(略)米一般教養系の大学では出願者の落ち込みが激しい。マサチューセッツ州のウィリアムズ大学で今年の出願者数が前年比20%減少するなど、一般教養系トップ8校のうち7校で入学出願者の数が落ち込んでいる。増税や住宅価格の下落に直面している米国の一般家庭は、年間5万ドル(約492万円)に上る私立大学の学費を負担することに及び腰だ。教育関係者や保護者らは、ハーバード大学のようなアイビーリーグ校なら学費に見合う価値があるが、普通のエリート大学に好況時と同じ価値は見いだせないという。
(上記記事より)
アイビー・プラスのような大学に比べれば、日本にいる私達にはあまり馴染みがないかもしれませんが、この記事で紹介されているのは、十分に名門と呼ばれる私立大学の数々です。
それが、こぞって公立大学に学生を奪われています。
しかも、入学後に。
アメリカの場合、単位認定の仕組みがかなり発達しており、いくらか在籍して単位を取った大学から、途中で他大学に移動するのは珍しくありません。
大学に関するデータを見ていると、4年後の卒業率が半分以下なんて大学が結構あったりしますが、この中には途中でよそに移ってしまった学生も相当数、含まれています。
つまり、授業でも、学生サービスでも、学費でも、常に魅力的な環境を提供していないと学生がどんどん逃げていってしまうというわけです。
ついでに言うと、ヨーロッパの大学もこういった取り組みに力を入れています。
以前の記事でもご紹介しましたが、「エラスムス計画」といって、ヨーロッパ圏内の大学を学生や教員が自由に行き来できるようにする取り組みが進められています。
(過去の関連記事)
■「アジア版エラスムス計画」いよいよ始動?
単位互換制度の整備により、「最初の2年はスペインの大学で、後半の2年はイギリスの大学で」のような学びができ、ちゃんと卒業証書ももらえるという、学生側から見たら非常に魅力的な仕組みです。
エクスチェンジ・プログラムなども豊富に企画されています。
日本の大学の、教育や学生サービスに対する評価が低いのは、こうした単位互換の仕組みがないからだという意見もあります。
話を戻しますと、アメリカではこうした単位認定の仕組みを使って、名門私立大学から州立大学に移動する学生がいま、増え続けているというのです。
普通のエリート大学に好況時と同じ価値は見いだせない
……というのは、すごいコメントです。
日本では、同じ私立大学で、同じような専攻であれば、(医学部や、一部の特殊な専攻を除いて)だいたいどこでもそう大きく学費は違いません。
したがって「普通のエリート私立大学」も、そうでない私立大学に比べれば、学費に差がないのだから常に優位を保てます。
ただアメリカの場合は、同じ私大でも「評価が高い大学の学費は高い」という事実がありますから、「費用対効果」という概念が発生します。
そのあたりから、こんな考え方も出てくるのかもしれません。
もちろん、ハーバード大学などの超名門エリート大学は、また少し扱いが別でしょう。
ただ、入学者の経済状況や国籍など、学生の構成などに若干の影響は出てくるかもしれません。
公立大学も、盤石ではありません。
むしろ公立の場合、政策的な影響を常に受けていますから、州知事が替わったとか、大統領が替わったとかいう出来事に、むしろ私大以上に振り回されたりしているかもしれません。
いずれにしても、「経済の状況によって、どの大学もそれなりに大きな影響を受けている」ということはよく分かります。
日本でも、不況になると国公立大学が人気を集めたりしますが、アメリカではその影響がもっと大きな振れ幅で表れているのかも知れませんね。
国公立大学の法人化など、日本の大学が置かれている状況も、少しずつ変わってきています。
いずれはアメリカのように、経済の動きによって、今以上に大きな影響を受けるようになるのでしょうか。
以上、ここ数年のニュースを見返しながら、そんなことを思ったマイスターでした。
※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。