「文系の博士号、難しすぎ? 理系の3分の1以下」

学士は「工学」、修士は「政策・メディア」のマイスターです。

「博士号」というものを意識したことが、今までに何度かあります。
でも、

 ○一体どの博士号を取るの?
→○そもそも自分は博士号をどのように活かしたいの?
→○博士号が活かされるような仕事が、自分が一番やりたいことなの?

……と突き詰めて考えていくと、その度に

「自分はどうやら本気で博士号を必要としていないし、長い時間をかけて取るだけの魅力を今のところは博士号に感じていない」

という事実に直面するので、結局、具体的なことは何もしないでいます。
人生は短いようで案外長いらしいので、「自分はこの分野を究めたかったんだ!」と心の底から思えたらそのとき改めて考えようと、気長に構えています。
(この辺のスタンスは、人それぞれですよね。取ってから考える、という人もいていいと思いますし)

ただ、こんなのんきな将来ビジョンを描いているのは、マイスターが工学部の出身で周囲に修士や博士がいっぱいいたからなのかも知れません。

【教育関連ニュース】—————————————–

■「文系の博士号、難しすぎ? 理系の3分の1以下」(Asahi.com)
http://www.asahi.com/life/update/0212/003.html
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博士号は文系の方が理系より難しい――。博士課程の修業年限内に学生が博士学位をどれだけ取得できたかを文部科学省が初めて調べたところ、文系の学生の取得率は理系の3分の1以下であることがわかった。博士号については「理高文低」と言われてきたが、それを裏づけた格好だ。文科省は「文系は低すぎる。対策を考えてほしい」と話している。

調査は国公私立すべての大学院576校で、博士課程に在籍する学生を対象にした。05年度時点で、分野ごとに3~5年となっている修業年限内に博士号を取った学生の数を調べた。

対象となった学生1万8516人のうち取得者は7912人で、平均取得率は42.7%。分野別では、最も高かったのが医学・歯学などを含む保健の56.3%で、農学53.3%、工学52.8%、理学46.3%が続いた。

これに対し、人文科学が7.1%、社会科学は15.2%と文系の両分野がワースト1、2位を占め、理系の3分の1以下の水準だった。
(上記記事より。強調部分はマイスターによる)

文系は、博士課程を出ても博士号がもらえない――。

巷でよく言われること(?)ですが、あまり大学関係者は問題に挙げないトピックの一つです。上記の調査も「文部科学省が初めて調べた」とありますから、「なんとなく触れてはならないとされている話題」みたいな感じだったのかも知れません。
安易に話題にすると、怒ったり困ったりする人がいっぱいでてくる、とか。

マイスターは以前からそんな「大学界の常識」に疑問を感じていましたので、2005年12月に、自分なりにあれこれ調べて記事をいくつか書きました。
(本ブログにしては珍しくグラフをたくさん盛り込んだ記事になっております)

(過去の関連記事)

・「単位取得後退学」って? 博士号と課程制大学院
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50122590.html

・博士号はどんな学問分野に多い? 各国のデータを比較します!
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50123351.html

・日本で、人文科学系と社会科学系の博士号が少ない理由は?
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50122978.html

・博士号取得を目指すことには、どういうメリットがある?
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50123973.html

「単位取得後退学」「博士課程満期退学」という言葉の謎から、各分野ごとの博士号取得率(課程博士)、そして博士号取得者の進路に至るまで、わりとがんばって調べたのでした(といっても「あくまでも参考値として」というものがほとんどですが)。よろしければご覧くださいませ。

ちなみにこのときは、

○日本の各分野の博士号の発行状況を見てみましょう。市場が大きい分野と、そうでない分野があることがわかります。発行数が少ない、人文科学や社会科学、教育学などの博士は、受け入れてくれる市場もそれだけ小さいので、要注意です。(これらの博士号で職を得たいなら、他の国に行った方が確率は高まります)

○もしあなたが大学院博士課程への入学を果たし、単位をすべて取得して3年間を終えられたとしても、人文科学、社会科学、教育学の分野では、課程博士として学位を得られる可能性は1/3以下です。

○苦労の甲斐あって、めでたく学位を得られたとしても、学位によっては、活躍の場が限られることがあります。例えば人文科学、社会科学、教育学の博士号取得者は、現在のところ、教員以外の職にはほとんど進出していません。
(「俺の職場は大学キャンパス:博士号取得を目指すことには、どういうメリットがある?」より)

と、身も蓋もない結論でまとめたのでした……。

で、冒頭のAsahi.comの記事です。
こちらは、文科省がこのために行った調査の結果ですから、マイスターの記事よりもより現実を反映させた数値が出ているはずです。

調査は国公私立すべての大学院576校で、博士課程に在籍する学生を対象にした。05年度時点で、分野ごとに3~5年となっている修業年限内に博士号を取った学生の数を調べた。
(「文系の博士号、難しすぎ? 理系の3分の1以下」(Asahi.com)より)

とありますね。(在学生に対する調査ということですが、これはつまり05年に修業年限を終える&既に超えている学生さんを対象にしたということなのかな…?)

この調査によると博士号の取得率は、人文科学が7.1%、社会科学は15.2%。
1/3どころの騒ぎじゃありませんでしたね……。

ちなみに文科省の調査は、「修業年限内に博士号を取った学生の数」となっています。しかし大学によっては「正式な修業年は3年だけど、単位取得退学後○年以内なら課程博士として扱う」みたいな学内規定を設けているところもあるようです。マイスターが以前調べたデータは「課程博士の人数」ですので、そういった人数も含まれておりまして、その辺りの差も多少あるかも知れません。

いずれにしても人文科学、社会科学系において「博士課程で3年過ごしたとしても、博士号をもらえるとは限らない。というより、もらえる確率の方が圧倒的に小さい」という事実があることには変わりません。

Asahi.comの記事では、

大学が学生に博士号を与える条件は、「自立した研究ができる能力」があること。理系の各分野ではこうした考えが浸透しているが、文系の分野では約120年前の制度発足以来、「功成り名を遂げた人」に与える意識が根強く、理高文低の一因となっている。
(「文系の博士号、難しすぎ? 理系の3分の1以下」(Asahi.com)より)

と指摘しています。
大学院卒業後、研究者として過ごしながらライフワークとして何百ページにもわたる大論文を書き上げ、ようやく「認められて」もらえるというのが実態なのかもしれません。

でもそうなると、「じゃあ、博士課程の意味って何?」という疑問もわきますよね。
博士課程では、授業などのコースワークをほとんどやらないところも多いです。教員による研究指導が基本とされているのですね。それはいいのですが、そうやって指導を受けて博士論文を提出しても博士号をもらえないことがほとんどだとなると、博士課程3年間の学習成果を証明するものがなにもないということにならないでしょうか。

このあたりは、大学院修了後の進路選択とも密接に関わっている問題だと思います。

・「2002年度 博士課程修了者の就職先」(「文部科学統計要覧」を元に作成)
https://unipro-note.net/wpc/wp-content/uploads/shiki01/imgs/6/d/6d2e2ad1.gif

↑人文、社会科学系では、博士号取得者のほとんどが、教員になっています。
一方、博士号取得率が高いとされた保健、農学、工学、理学などでは、修了後の進路がもう少し多様です。
一般によく言われる、<文系で博士に行く=大学に残って研究者を目指すことを意味する>という図式が見て取れます。

マイスターが思うに、卒業生は全員、大学の研究者になるという前提だからこそ、「博士課程を出ても博士号はすぐにはもらえない」なんていうやり方が通用している、のではないでしょうか。
例えば「経営学博士を取ったら、国際事業コンサルタントとして個人事務所を立ち上げて、ばりばり稼ぐぞ!」みたいな人がいるとしましょう。「大学院で十分学んで博士論文を提出したとしても、博士号はあげないよ。じっくり学会活動を積み重ね、十年くらいかけて私たち教員を唸らせるような大論文を書いたら持ってきなさい。そしたら学位のことを考えてあげよう」なんて言われたらこの人、博士課程に入学しませんよね。

つまり、「文系の博士号が難しすぎる」と言われる背景には、文系の博士号が想定する進路ビジョンが大学の研究者に限定されすぎているという事業もあるんじゃないか……とマイスターには思えるのです。

文系の博士課程を改革するなら、ただ学位の取得率を上げるだけではなく、大学院修了後の進路の多様化も含め、根本的な教育コンセプトから設計し直すことが必要なのではないかな、と個人的には思うのですが、いかがでしょうか。

以上、マイスターでした。

【2/14追記】
※いくつかご指摘、情報が寄せられています。よろしければぜひコメント欄もお読みください。

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(過去の関連記事)
・大学院生に特化した職業紹介会社
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50272393.html

16 件のコメント

  • 文系と言ってもいろいろあります。少なくとも人文系についてのご指摘はかなり的外れです。博論がはねられるから課程博士の学位が出ないという状況は、現在では皆無です。学生側が論文を出さないのです。出して修了してしまうと、籍が無くなって研究する場が無くなります(大学図書館とか使いにくくなる)。
    人文系の博士を欲しがる企業は皆無ですし、その点は公務員系も代わり有りません。ですから、人文系で博士課程まで来る若い人は、基本的に研究者志望です。
    それから、この調査の「修業年限」もくせ者です。通常の博士後期課程は3年が修業年限です。留年してD4まで行って学位を取った人はここから除かれている可能性があります。場合によっては、休学して留学した人も弾かれているかも知れない。

  • 中山さま:
    マイスターです。有意義なご指摘、ありがとうございます。文科省の調査結果を見たときも驚きましたが、再度ビックリさせられました。
    全国の大学がみんな中山さまのご指摘どおりだとすると、Asahi.comの記事も文科省の調査も、意図としては的外れだということになりますね。その事実、ぜひ文科省に教えてあげてください。
    (ご指摘からすると実際には、博士論文を「提出した」方は、理系に見劣りしない確率で学位を取れている…ということになるのでしょうか……?
    中山さまのご実感としてはいかがですか?)
    なお、「人文系の博士を欲しがる企業は皆無」とのことですが、これには若干違う見方もあるようです。
    おっしゃるように、人文系の博士に行かれる方は研究者志望の方が多いと思うのですが、そのためか夢破れて就職の道を選ぶとなったときにも「自分の専門分野のことしか関心がない」という姿勢を企業の側に見せてしまうそうです。せっかく高い分析力や論理力を持っていても、それでは採用されませんよね。もったいないです。企業は生き残りをかけて能力とやる気のある人材を必死で探しているのですが、どちらかというと「やる気(&仕事に対するビジョン)」の部分がうまくかみ合っていないのではないか、という話を、大学院生の採用に詳しい企業の方から先日うかがったところです。
    ニワトリが先かタマゴが先かみたいな話ですが、大学側が「博士は研究者の来るところ!」という前提で指導をしているかぎり、この循環はなかなか断ち切れなさそうです。
    ご指摘、とても参考になりました。本件について、また色々とお教えいただければ幸いです。
    ※↓最近はこんな企業もあるようです。よろしければご参考まで…。
    ・大学院生に特化した職業紹介会社
    http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50272393.html

  • >マイスター様
    企業側からの見方は勉強になりました。今後はそういう方向での教育・指導も必要でしょう。
    博士論文ですが、多少の例外はありますが、今や提出すれば殆ど通ります。落とすと殆ど事件です。私の分野だと、海外での博論は出版を前提としてます。これが人文系某分野博士論文の「国際標準」です。現状では、日本の基準の方が遙かに甘い(残念ながら私も国際標準に届いてません)。3年でほいほい博論量産なんて、欧でも米でも聞いたことありません。朝日の記事は、日本の文系は特殊という思いこみがあるようです。もちろん、私の分野の基準がおかしいという批判も可能ですが、この記者や文科官僚みたいな論調は、単なる勉強不足です。この記事で述べられている「問題」の本質は、大学院重点化前から変わってません。そこに「修業年限での学位取得」という線を引いたに過ぎません。

  • いつも楽しく拝見しています。博士号の件ですが、中山さんのご指摘の通りだと思います。アメリカの場合、私のいる社会科学のほとんどの分野で学士取得後10年(NSFの調査)、すなわち修士後8年ですから、日本の「(修士後)3-5年で15%」という数値の取り方はどうかと思いますね。いろいろ仕組みが違うので直接比べても問題かもしれませんが。少なくとも官僚ももう少し勉強して欲しいですね。

  • はじめまして。
    お二人のおっしゃることはどちらもよくわかります。私は人文社会系の修士課程で学んだのち、某大学において人事系の仕事をしております。
    マイスター様のような従来の大学職員とは異なる、常に問題意識を持たれている方においても中山様のおっしゃるような人文社会系の博士課程の抱える実情がわからなかったということは、教員以外になる道が極めて少ない人文社会系の博士課程というものの抱える問題点を象徴している気がします。
    私の勤務する大学においても、法人部門に勤務する職員は学務系の業務に当たっているものを除けば人文社会系博士課程の実情を知るものはほとんどいないです。残念なことにほぼ間違いなくと断言できます…。

  • 一方でうちの大学においては、事務職員の応募に人文系の博士課程に在学している自校・他校の院生が応募してくることも珍しくなくなってきました。それだけでも驚きなのですが、実際面接してみるとマイスター様のおっしゃるような点が非常によく見受けられます。自校の学生の場合は「一体うちの大学はどんな教育を…」と思ってしまうこともあります。
    大学職員としてなせることは、中山様がおっしゃるような「問題の本質」を出来るだけ外部に発信していくような取り組みをしていくと同時に、大学院生のキャリア形成のサポートをより一層強化するというありきたりの結論しかないのでしょうか。。。
    悩ましいところです。

  • 中山さま
    六月五月さま
    きゃろさま
    マイスターです。皆様、色々とご指摘や情報をくださいまして、ありがとうございます。おかげさまでとても勉強になりました。
    「修業年限での学位取得」の線引きというお話、よくわかりました。なるほどそれをふまえるとAsahi.comの記事の論調は、実態に即していない内容に思えますね。かくいう私も「日本の人文・社会科学系は特殊だ」という印象を持っておりました。これは反省しないといけません。
    このあたりは、社会から正しく理解されていない部分が多いかも知れませんね。
    本来なら文科省の調査も、その辺りを正確に解きほぐし、わかりやすく論点をまとめてくれるものとして機能すべきなのでしょうけれど、残念ながらそうはなっていないということでしょうか。
    (こうなると理系分野の博士号の実態についてももう少し詳しく知りたくなってきます。欧米で工学や理学の博士号を取得された方にお話を伺ってみたいですね)
    博士号の問題に関して何か良い資料があったら、また改めてご紹介してみたいと思います。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

  • 六月五月さま:
    マイスターです。
    貴重なデータの情報、ありがとうございます。非常に興味深い内容ですね。よく読んで、ぜひ新たな記事としてご紹介できればと思います。
    それにしても、こうして各分野の皆様から貴重なご指摘や情報をいただけてしまう、ブログというメディアのすごさを改めて感じる次第です。
    皆様、本当にありがとうございます。今後とも色々とお気づきのことがございましたら、ぜひご指摘いただければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

  • 人文系の博士課程に9年間在籍し、今年2月に博士論文を提出した者です。(3年間の標準年限の後、さらに限度である3年間の在籍延長、課程を退学後、課程博士の取得年限である3年を使い切って提出)。
    私の場合、ここまでの時間がかかった理由として、自分の能力的な問題もあるかとは思いますが、専攻分野が哲学・思想なので、3000年に及ぶ西欧の哲学史に知悉し、さらに英・独・仏などの語学に加えギリシャ・ラテン語もできたほうが良いなど、習得すべきことが多い上に、独自の研究成果を出すことに時間がかかる分野であることが挙げられます。哲学・思想はまた極端ですが、他の人文系分野も似たような事情があるかと思います。実験、調査の結果をまとめれば良い理系とは研究の内容が異なります。所属する研究科でも、課程博士制度の本格運用からほぼ10年経つ現在でも、博士論文提出までこぎつけ博士号を取得した者は10人に満たないというベースです。

  • そこで、専門分野や個人による事情の違いはあるにせよ、人文系で博士号を取るにはそれなりの時間&労力&資金が必要であるという条件には洋の東西で変わらないのだ、いやむしろ、直近の事情では日本でのハードルは欧米と比して不自然に低下している、と仮定してみたときに、問題となるのは、中山さんの投稿でもあったように、なぜ日本では学生が博士論文を出そうとしないのか、ということです。
    いろいろなことが言えると思いますが、つきつめると、社会が人文系の博士号に価値を認めていないので、人文系博士号を取るまでにかかる膨大な時間&労力&資金を投資するモチベーションが本人に維持しうるものではないこと、同時に、それを支える社会的インフラが日本社会に存在していないことが指摘できるんではないかと思います。

  • 下記リンク先に掲載のデータを見ていただければ、欧米と日本での人文系博士号取得者数の圧倒的な差にがく然とします。http://mazzan.at.infoseek.co.jp/lesson22.html
    ドイツ人やアメリカ人と話をしていますと、特にドイツでは大学が基本的に無料ということもあり、30歳をすぎても好きな研究に打ち込んで、まあ、日本的に意地悪な言い方をすれば、ぶらぶらしている遊学民の層が存在します。そういう生き方をする人間を許容する文化なり歴史なりの厚みがちがうと感じることがままあります。アメリカ人と話していて思うのは、どんな分野であれ、いずれの専攻であれ、博士号を取得した人間を一定の努力をなした能力をもつ者として認める傾向が企業にあることです。(歴史学の博士を取得したのち、ソフトウェア会社に就職など)。

  • 欧米でも、実情として、人文系博士号がどれだけ歓迎されているのかはわかりませんが、取得しても就職に何にも役立たない、むしろ障害となる、という日本の状況はちょっとひどいんじゃないかとは思います。
    で、結局、そういう状況を克服して博士号を取ると決意することは、万難を排して大学の教員になる道に進むことを決意することとほぼ同じことになるのであり、それは即ち、博士課程取得後に更に、大学生のバイト以下の待遇である非常勤講師から(それも恵まれたならの話ですが)はじまる下積みの年月を重ねることを意味するのであります。ハードルが低くなっても、みんな博士論文を書くまでの決意に到達しえない理由はここにある、と思います。

  • #
    すみません、冒頭の自己申告、正確ではありませんでした。
    「博士課程に6年間在籍の後、3年の研究を経て、計9年かかって博士論文を提出」が正確です。なお、修士終了は3年かかっておりますので、合計では12年になります。
    連続長文投稿、失礼しました。

  • 初めまして。私は非常勤講師をしながら論博を目指している者です。専門は史学です。(院は単位取得満期退学)課程博を文科省が奨励する前の世代です。論博はいずれなくなる…と言われていますが、分野によっては長きに亘る研究期間が必要であるものもありますので、なくなって欲しくないです。論博は課程博以上に提出資格や内容を問われますが、母校には専門分野を審査出来る教授が今やいない為、変な矛盾を抱えております。加えて、私の母校は私学ですが、学部からの出身者に対しては指導を手厚くし他学出身者には厳しく…という指導の手加減があり、真に厳格且つ正式な学位審査が出来るのか?も疑問です。

  • 続きです。私は教授から勧められ、一旦博論執筆を決意したものの、内部事情が分かるにつれて他学でご理解のある先生に付きたいとも考えるようになりました。このような事情があるのは1部の者だけだと考えたいですが、このような風潮があることも人文系で学位が取れない事由の1つではないでしょうか。
    また、たとえ学位を頂いたとしても就職先が限られている割には「大学冬の時代」に入り、受け皿が殆どなく、非常勤で食い繋いでいく先輩も多く見ております。以上、経験談からでした。長文投稿にて失礼致しました。