教育専門紙の「教育提言」で見つけた、情報産業批判

地味に生きているマイスターです。

かつて「サッカーくじ法案」が国会で審議されていた頃、

「スポーツを賭け事の対象にするなんて、不健全だ」
「子供が、スポーツマンシップより、お金のことを大事にするようになっては困る」

という意見が、世の中にはありましたねー。もしかすると、今でもあるのかも知れません。

マイスターはサッカーにも賭け事にも全く興味を持たない、つまらん男ですので、あんまりサッカーくじには関心ありませんでした。

ただ、とある劇作家が、コラムかなにかで書かれていた指摘は、印象に残ったのでなんとなく覚えています。
それは、うろ覚えですが確か、こんな趣旨の文章でした。

当てずっぽうで当たるようなものなら、利益も低いし、流行しないだろう。
サッカーくじでも、ちゃんと儲けを出そうと思ったら、あらゆるチームのデータを研究したり、勝率を綿密に計算したりと、それなりの勉強をしなければならないはずだ。学校の勉強とは違う部分もあるだろうけど、そこにはそれなりの努力が求められているはずだ。

一方、『宝くじ』はどうか。
こちらは、何の努力も必要ない、単なる確率論に基づいた賭け事だ。
あの売り場で去年1億円が出たから徹夜で並ぼう、なんてのは別に努力でもなんでもないし、アタマも使わない。むしろ、かなり知性に反する行為だ。
しかし宝くじで3億円を手に入れた人がいたとして、それを咎めるメディアはあまりいない。それどころか、公的資金の財源として行政が運営していたりする。

サッカーくじは、社会的に不健全だ、教育に悪いといって叩かれ、
宝くじは、叩かれない。

これって、変じゃないか?

以上、とある劇作家がコラムに書いていた内容です。
うろ覚えなので、細かい部分には違いがあるかも知れませんが、趣旨はこのような内容でした。

マイスターも、「確かに、考えてみれば変かも…」と思いました。
「健全なスポーツを、賭け事の対象にするなんて…」という意識のバリヤーが、それ以上の思考を止めてしまっているのかなぁ、なんて考えたのでした。

という話を思い出したのは、↓こんな記事を見てしまったからです。

【教育関連ニュース】——————————————–

■「教育提言:若者を金至上主義に導いた罪」(教育新聞社)
http://www.kyobun.co.jp/teigen/01.html
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livedoor元社長、堀江氏の逮捕を受けて書かれた記事のようです。

マイスターは、氏に対しては特段、思い入れも反感も持っていません。
どうやらかなり、法律に反したルール違反を犯しているようですから、そこはキッチリ裁いておくべきと思います。

その辺は別にどうでもいいのですが、上記の記事はそこから、世の中の情報産業すべてを否定するかのような論評に突入しているのですね。
これには、ちょっと問題かなと感じました。

この裏には、日本社会の「教育観念」を巡る重要なテーマが隠れていると思いましたので、このブログでも取り上げる意味があると考えた次第です。

同氏のやっていたことは、ほとんどが企業買収・合併。M&Aというと聞こえがよいが、早い話、マネーゲームである。インターネット関連事業といっても、今や、企業買収や株取引によって収益を生み出したものがほとんどで、人が汗水を垂らして物を作ったり、商売で得た利益ではない。
(中略)
インターネットで株取引ができるようになり、しかも、少額から始められるために、定職に就かず、自宅のパソコンやケータイで朝から晩まで株売買に夢中になるオタク的な若者も出現した。ホリエモンのようなITカリスマが今後も君臨し続ければ、若者はますますものづくりや研究活動、地道な仕事から離れ、フリーター・ニート化する可能性もある。これを健全な社会とは誰も言わないだろう。(上記記事より)

個人的にはマイスターも、マネーゲームではなく実労働で暮らしたい派ですが、だからといってこの記事のように、企業買収や合併で利益を上げる人すべてを、頭ごなしに否定する気にはなれません。

そういう仕事で成果を上げるためには、その分野について勉強して知識を研鑽したり、寝ずに努力したりという過程が必要でしょう。
一見、汗水垂らさず、ラクして巨額の利益を享受しているように見えるのかも知れませんが、他の人が遊んだりさぼったりしている時に、並々ならぬ苦労をしてきた人がほとんどだと思います。
(もっとも、堀江氏がどうかは知りませんけど)

同じく、パソコンやケータイで朝から晩まで株取引をしている若者がいたとしても、それできちんとした儲けを出すためには、やはりそれなりの勉強と、世の中に対する知識とが必要になることでしょう。
かなり、地味&地道な苦労をすることになると思います。
それはそれで、知的で生産的な行為であるはずです。
(株取引に必要な情報なんて、社会の経済活動すべてですからね。日経を熟読しなきゃ、安定した利益なんてそうそう出せませんぜ)

そもそも、トレーダーが全員、社会不適合者であるわけはありません。
なのにこの記事は、職業の別だけで「不健全」と断じているかのようで、そのあたりに、個人的にはどうも引っかかるのです。

「オタク的」という言葉を意図的に使うことで、金融取引を、何かすっごく不健全で悪い行為にしようとしているあたりにも、今ひとつ知的でないものを感じます。
これじゃ、学術貢献のために努力している全国の大学の研究者のみなさんだって、

「朝から晩まで狭い個室に閉じこもって論理ゲームに明け暮れているオタク的な学者。彼らは汗水垂らして働いていない。不健全だ」

なんて表現できちゃうじゃん。ねぇ。

この記事には、「汗水を垂らして物を作ったり、商売で得た利益ではない。」ということを論拠に、特定の職業の批判をしている部分が確かにあって、そこがどうも、文章全体の論調を決めているようです。
(知的産業より労働者の方が偉いんじゃ! と言うのは、どこかで耳にしたことがある論理構造のような気が)

つまるところこの記事には、いわば一種の職業差別を助長する内容が含まれているのではないでしょうか?

マイスターは、そう思います。

下ネタで稼ぐ大衆メディアならまだともかく、教育専門紙の、それも「教育提言」というコーナーの記事としては正直、どうかと思う内容に思います。
某・元社長がどうなろうと個人的には知ったこっちゃありませんが、こうしたケースを元に新聞がその他の人々まで批判するというのは、危うい事態なのではないでしょうか。

金融取引でウン億を稼ぎ出すスーパートレーダーなんてのは、世の中、いるところにはいるわけです。
(米国では、大学が、学園の資産運用のためにこうしたプロを雇っているくらいです)
また、M&Aを年間に何件も成功させる凄腕コンサルタントなんてのも、いるわけです。
そうした方は、大変な時間と労力をかけ、常日頃から必死で勉強しているのです。
汗水垂らし、努力しています。

それに、彼らの仕事によってどれだけの企業が成長し、どれだけの人が職を得たり、よりよい製品やサービスを得られるようになっていることか。

そうした事実に目を向けず、
「汗水垂らす」という言葉を、特定の職業のためだけに用いて、
一見、そう見えない、知的産業、情報職業の人々を差別する。

そんな思想が、知らず知らずのうちに日本人の深層意識に植え付けられてるのだとしたら、これからやってくる知的基盤社会というのは、さぞかし暗い社会でしょう。

でも正直言って、
日本社会の中の教育観念として、そういう見方を助長するところ、ありませんでしたか?

職業に貴賤なし、といいつつ、実は
真面目そうで響きの良い、いかにも人前で汗水垂らしてそうな職業と、
世間的にそう思われない、なんだか軽薄そうな職業を、
他ならぬ大人や、教師が決めていませんか。

そして、金融やITなどは、どちらかというと後者に分離されていませんか。
(その理由のひとつとして想像できるのは、教師をはじめ子供の側にいる大人が、こうした産業での仕事についてあまりよく知らないということです)

今回ご紹介した教育新聞社の記事でも、よく読んでみると

○「ものづくりや研究活動、地道な仕事」から離れて、
○「自宅のパソコンやケータイで朝から晩まで株売買」したら、
○若者はフリーター・ニート化する

という論法が使われています。
株売買にも、「地道な研究活動」の側面があると思うのですが、残念ながらそうした視点がこの記事にはありません。

こういうバックグラウンドがあるからこそ、教育専門紙で今回のような記事が書かれたのだと思います。

朝から晩まで自宅で小説を書いてミリオンセラー作家を目指している若者や、
朝から晩まで自宅でフィボナッチ数列にチャレンジしている若者や、
朝から晩まで自宅で教育史を読みまくっている若者も、
やっぱりフリーターやニートになる可能性がありますから、上記の条件だけで、「不健全」とされちゃうのでしょうかね。
マイスターなんかは、株取引に明け暮れる若者も含めて、「そうかなあ?」と思いますけどね。

この教育新聞社の記事、全体として、印象だけで書かれている気がします。
お約束とも言える言葉のオンパレードで、

「一生懸命にコツコツ」「馬鹿真面目に働く」「ものづくり」「研究活動」「地道な仕事」「戦国時代、若い武士、志」「人と人のふれ合い」「健全な社会」「茶会」「おもてなし」「40代以降の中高年には批判する者が多かった」

といった言葉で飾られる善玉と、

「早い話、マネーゲーム」「錬金術」「フリーター、ニート」「定職に就かず」「はっきりいって教育否定」「戦国時代の織田信長にあこがれる若者ら」「志をもたぬ者は騒動を起こす」「情報化と匿名性」

といった言葉で飾られる悪玉との対比になってます。
(何も、お茶会の話まで引き合いに出さなくてもねー…)

地味にコツコツ働いている人はみんな志を持ってるのか?とか、
定職に就かない人には、「ふれあい」がないのか?とか、
馬鹿真面目かつ一生懸命に、マネーゲームに精出してる人はいいの?とか、
そういう疑問を全部ふっとばす、某国大統領ばりの鮮やかな善悪二元論です。

長くなってきたのでこの辺にしますが、マイスターは普段から、こういう「金儲けを目指すヤツはそれだけで悪だ」的な論調には疑問を感じています。

ところで、「お金」の知識を子供に教えるという動きが、全国で少しずつ見られ始めているようです。
個人的に、それはとても大事なことだと考えていますから、ぜひどんどん進めて欲しいのですが、これっていつかは「仕事って何?」というテーマに行き着きませんか。

考えてみれば日本の教育って、「農家」「漁師」「警察官」「教師」とかいった定番職業を社会科で教えることはあっても、「ウチのご飯は、どういうお金で買ってるの?」みたいなことは、あまり考えさせてなかった気がします。

消費者金融で働く人は、みんな悪い人なの?とか、
六本木ヒルズで働く人は、みんなチャラチャラ遊んで稼いでるの?とか、
仕事を頑張る理由を聞かれて「お金を稼ぎたいから」と答えるのはいけないことなの?とかね。

問いを受ける大人の方も、「そんなの決まってるだろ」なんて答えではなくて、ちゃんと論理的に答えられるようにありたいですね。
(上記の問いを思いついて、今、自分なりの答えを考えてみましたが、結構悩みます)

遅くとも高校生の頃までには、こういうことを考えさせて欲しいなぁと思います。
マイスターとしては、できればこういう授業を行うときは、学校の教師と、学外の社会人ゲスト達の混成チームでやってほしいです。
非営利組織でしか働いたことがない教員だけでは、「お金もうけって何?」ということについて教えることは難しいでしょう。偏りがでます。
逆に、利益最大化を目的に働いている民間企業のバリバリのビジネスマンだけでは、「仕事って何?」という問いに答えるとき、やはり偏りが出ると思います。
その点、混成チームでやれば、参加者全員に得るものがあると思います。
実社会の在り方そのものに近い方が、きっと、教わる方もリアリティを感じるのではないでしょうか。

以上、仕事とお金と教育とについて考えた、マイスターでした。