大学院を卒業してすぐに入社した広報プロダクションで、最初に考えたことは、「なぜ、広告は必要か」でした。
例えば小さな島で暮らす人々がいて、その島の商品はすべて、ある1軒の雑貨屋からしか買えないとしたら、一切の広告は不要です。だって、モノが欲しかったら、お客さんの方からやってきますからね。
2件目の店が出現した時点で、初めて、広告が誕生するわけです。
広告が釈迦の中で果たす役割や機能は多様化していますが、原点を考えると、広告は競争であり、他との差別化なのです。
だから、「他とどう違うか」を知らせることが、広告でもっとも大切なことなんだろうな、ということを思った記憶があります。
学生時代は、「建築とは何か」「都市とは何か」ということを考えていました。
こうして、「○○とは何か」「○○はなぜ必要か」ということを考える時間は、楽しいですよね。
今、最も考えていて楽しい問いは、やっぱり「なぜ、教育は必要か」です。
「学校はなぜ必要か」という問いも、面白いです。
(面白い、なんて表現すると、なんだか不真面目な姿勢と思われそうですが、面白いのだから仕方ない)
教育の歴史や起源を調べるという学術的なアプローチも良いのですが、
逆に一切の資料を使わず、目の前の人間を見て、
「この人はなんで学校に通ってたの? 学校に通ってなければ、学べなかったの? 通ってなければどうなってたの?…」
と思索を深めていく行為も、いいもんです。
「学校ってなんで必要なの? 学校ってどうあるべきなの?」
ということを原点から考えられる、ちょっと面白い記事を雑誌で見つけましたので、ご紹介します。
COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 2/2号 [雑誌]
マイスターは、この『クーリエ・ジャポン』という雑誌が好きで、よく買ってます。
厳選された全世界1000メディアが、地元でどのようなニュースを、どのように報じているかを紹介する雑誌です。
フランスの国際誌『COURRiER INTERNATIONAL』の、日本版です。
今日ご紹介するのは、このクーリエ・ジャポンの2006年2月2日号の特集記事、[世界に学ぶ“理想”の教育]で取り上げられていた事例です。
記事のタイトルは、
<牛を世話して、ハイデガーを読む
ネバダ荒野の超難関校「カウボーイ・カレッジ」>
です。
(ほら、ちょっと読みたくなってきたでしょ?)
記事で紹介されているこの学校は、アメリカ、ネバダ州の砂漠にある、「ディープ・スプリングス・カレッジ」という、2年制の短期大学です。
■「Deep Springs College」webサイト
http://www.deepsprings.edu/
・[Deep Springs College](Wikipedia)
http://en.wikipedia.org/wiki/Deep_Springs_College
詳しくは、クーリエ・ジャポンを買って、記事をお読みください。
ここで、簡単に学校の特徴だけ箇条書きでご紹介しておきますと…、
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○1917年、独学の末、億万長者になった事業家が創設。
1学年の定員は約10名。
現在も20人の男子学生が学ぶ。学費は無料。
○学べるのは、人文学、総合科学、ヘロドトス、プラトン、フォークナー、ヘミングウェイ、プルースト、古代ギリシャ語、政治哲学、倫理学、量子力学。
(「希望者は、最先端の学問も専攻可能」とのこと)
○7週間おきの定期休暇以外は外出禁止。
アルコールは厳禁、テレビは無し、インターネット設備は貧弱。
唯一のニュースソースは、4日遅れで届く『ニューヨーク・タイムズ』紙。
○キャンパスは、砂漠にある広大な農場。
馬、牛、鶏、豚、兎などがいて、1000ha以上の畑を備える。
○家畜の世話と畑の耕作は学生の仕事。地元の市場で野菜や畜産物を売って自活する。この農場の収入が予算の4割で、残りは寄付金。それで学生、事務管理職4名、教授6名の生活が賄われる。
○年間予算は1億2,500万円。学校運営は学生に任されている(学長や副学長は指導を行う)。
教務課長も学生。新入生の入学試験も、教授の採用も(!)、すべて学生達の責任でなされる。
○学内の問題や、学校運営に関することはみな、金曜夕方の集会の討議で決められる。
○2年間の課程を終えた卒業生達の8割が、コロンビア、イェール、ハーバードの各大学に進学。
OBには大学教授やNGO指導者、外交官、作家、フェアトレード企業社長などが名を連ねる。
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…とまぁ、ちょっと並べただけで、とっても風変わりな学校だとおわかりいただけるのではないでしょうか。
ハーバードやイェールなど、超名門大学の合格を蹴ってディープ・スプリングス・カレッジに入ってくる若者。
その理由は、「ここの教育内容が全米一だから」です。
実際にどのようなレベルの学問が、どのようなスタイルで教えられているかということに関しては、残念ながら雑誌の記事ではあまり詳細に書かれておりませんでしたが、
しかし学生達の生活と、学校の運営に関する記述は、かなり面白いです。
雑誌には写真が多く掲載されていますが、どれをどう見ても完全に、
カウボーイの生活風景
です!
カウボーイハットをかぶった若者達が討論している写真などは、「牧童達の集会」そのもの。あとはほとんど、農作業をしている写真でした。
アメリカのリベラルアーツ・カレッジというのは、人里離れた郊外の広大なキャンパスで、古典を含んだ教養教育を行うスタイルが一般的と聞いていましたが、
それを、「超」極端に実践しているのが、このディープ・スプリングス・カレッジなのかもしれませんね。
限りなく、中世の修道院に近いキャンパスライフです。
↓以下のリンクの記事にも、学校の紹介や、写真などが掲載されています(いずれも英語)。
■「Little school on the prairie」
http://www.guppylake.com/~nsb/deepsprings.html
■「Twenty-six Renaissance Men」
http://www.guppylake.com/~nsb/deepsprings-csmonitor.html
■「Obscure ranch is one of nation’s most elite colleges(PDF
http://www.guppylake.com/~nsb/DS-SeattleTimes.pdf
↓日本で活躍されている方にも、同校で学んでいた方がいるみたいです。
■「私の複雑なキャリア形成」(WEB CREO
http://www.shc-creo.co.jp/webcreo/bn/e19990201.html
この学校についての記事を読んでいると、「学校って、元々はこういうものだったんだろうな」と、学び舎の原初の姿を考えます。
学生中心の、ほぼ完全な「自治」。
牧畜による利益の創出から、その配分まですべてを学生が仕切るというのは、すごいです。
教授の採用まで学生が行う大学というのは、ボローニャ大学の時代ならともかく、現代では聞いたことがありません。
20人の在学生全員による討議で、学内のすべてが決定されるというのも、なんだか民主主義の原初的な姿を思わせます。
ディープ・スプリングス・カレッジでは、学生が全員、大学職員であり、大学アドミニストレーターなのです。
つまるところこの学校の教育の魅力というのは、
机上の学問だけではなくて、
学校のガバナンスと、キャンパス内のライフスタイルそのものにあるのですね。
学校の自治を通して過ごす大学生活が、そのまま学生達の学びであるわけです。
それが、「全米一」とも評される、この学校の教育を形作る重要な要素なのですね。
大規模に、かつ複雑化した現代の近代的な大学組織では、こうしたことは実現できません。
小規模、かつ、シンプルな学校組織に自らを抑えることで、同校はこうした学びのスタイルをを維持してきた…ということができるでしょう。
繰り返しになるかも知れませんが、同校のすごさの一つは、体験ではなく、本当に日々の生活の一部として学校運営をさせるというところだと思います。
「キャンパスライフ自体から学んだことが、就職後、一番役に立ちましたぁ♪」
とか、
「大学生活の中で、実践的なインターンシップを体験!」
とかいう文章なら日本でも見かけますが、ディープ・スプリングス・カレッジの場合、砂漠の中で、学校運営の全権を20人の学生が実際に行っているところにあります。
学生達がしっかりと学校を存続させていかなければ、学生も教職員も路頭に迷うことになるわけです。
また畜産物や作物を効率的に生産できなければ、やはり、同校の90年の歴史はすぐに終わることでしょう。
そのためには、全員が自治体のメンバーとなって、社会の指導者としての能力を発揮しなければなりません。それはもはや、一つの社会の運営です。
そういう教育を行うことで、同校は存続してきたわけです。
現代の我々から見ると、かなりアバンギャルドでエキセントリックな学校ですが、
OBの活躍を見る限り、確かに全米トップレベルの教育成果を上げているし、
学校はつぶれることなく今も存続し続けています。
こういう例を見ると、「学校って何だっけ?」と、根本から考えちゃいます。
誰が、何のために、学校を作ったのか。
人それぞれ、様々な「学校像」をお持ちでしょうが、このディープ・スプリングス・カレッジは、そのイメージの幅をを少しだけ、広げてくれるかもしれません。
今現在も、ここから遠く離れた砂漠で、牛の乳を搾りながら、学校の運営のことや、プラトンのことを考えて過ごしているエリート学生がいる。
そんなことを想像するのも、また楽しいのです。
以上、ちょっとおもしろい、変わった事例のご紹介でした。
しつこくてすみませんが、詳しくはCOURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 2/2号 [雑誌]をお読みくださいませ。
以上、マイスターでした。