ニュースクリップ[-1/22] 「リスニング再テスト、453人に 『受けられず』の申し出も」ほか

「大学入試センター」を「DNC」と略すことがあるようですが、これって「NHK」と同じ発想ですよねぇ、などと、どうでもいいことを考えるマイスターです。

終わりましたね、センター試験。
受験生のみなさん、そして試験の関係者様、まずはおつかれさまでした。
機能に比べて、天気が回復した会場が多かったのではないでしょうか。

さて、今日は日曜日でしたので、ニュースクリップをお送りします。

センター試験のリスニング試験について、最新情報です。
■「リスニング再テスト、453人に 『受けられず』の申し出も」(Asahi.com)
http://www.asahi.com/life/update/0122/008.html

■「『ブーブーと機械音』 不安的中、初のリスニングテスト」(Asahi.com)
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200601210311.html

■「『不具合ゼロと思っていた』 大学入試センターが会見」(Asahi.com)
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200601210377.html

- センターによると、21日にあった英語のリスニングテストで、ICプレーヤーの不具合などのために再テストの申し出があったのは、22日午前10時50分現在、全国の301会場、461人。このうち、本人の意思で辞退した8人を除いて21日中に再テストが行われた。-上記記事より)

まだ「不服申し立て」をする方も要ると思いますが、ほぼだいたいこのくらいの数字で落ち着くのかな?
このうち、機器の故障がどの程度を占めるのかは、わかりません。
大学入試センターは、「故障した」ということになっている機器を回収・分析して、原因を究明するそうです。
実際には、50万個すべてを使ってみた訳ではないと思いますが、便宜上、50万個で400件程度の故障があったと仮定したなら、その割合は0.08%。
1250個に一つが故障しているという割合です。
…この数字って、大きいの? 小さいの?
(上記は超単純計算ですが、品質保証に関する学問では、きっともっと複雑な計算をするのだと思います。実際には再試験該当者が全く出なかったところと、数人出たところがあるのでしょうし、エラーが起きた要因が色々とあるのでしょう)

『ドラゴン桜』の影響で東大志望者増加?です。
■「受験生 華やか志向 起業家夢見て経済学部 「ドラゴン桜」東大人気」(西日本新聞 Yahoo!NEWS掲載)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060119-00000027-nnp-kyu

-昨年は景気回復とともに、「ヒルズ族」に代表される起業家が脚光を浴びた。「将来は会社をつくりたい」と夢を掲げる生徒も少なくなく、文系、理系を問わず、経済系学部を希望する受験生が目立つ。-(上記記事より)

…えー、これは1月19日付けの記事で、上記のようなご指摘だったのですが…。

16日には、六本木ヒルズの某企業に、例の一斉捜索が入っております。
そして18日には、ご存じの通り東証がシステムストップ。
そしてこの記事を書いている22日時点で…、ご存じの通りの窮地に立たされてます。

この一連の事件が落ち着いた後で、それでも「経営者になりたい!」と思える高校生がまだいっぱいいたら、それは頼もしいですね。さて一体どうなることか。

なお「ドラゴン桜」の影響で東大の受験生が増えている(っぽい)というのも、なんだか想像できなくはないですよね。
しかし「あおりで、模擬試験によっては、九州大を含む地方の国立大の志望状況が前年を下回る予備校もあった。」というところまでは、思いつきませんでした。
※ただしこれらはあくまで模試の時点で見られた傾向なので、実際の出願後にどうなっているかはまだわかりません。

障害を持った学生に対する支援体制、まだまだ整備の余地ありです。
■「障害ある学生、592校に5444人在籍・学生支援機構が調査」(NIKKEI NET)
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20060119STXKD050018012006.html

大学、短大、高等専門学校に在籍する学生のうち心身に障害がある人は2005年5月時点で5444人。
うち37%に当たる2029人が必要に応じて学校から支援を受けている、とのこと、

-この調査から障害者の進学率は17―20%と推計され、全体的な大学・短大進学率の52%に比べて低い。受け入れ態勢はまだ不十分で、支援ボランティアの確保などが必要だ-(上記記事より)

とのこと。
ここでは大まかにくくられていますが、障害にも色々あります。
いわゆるバリアフリーなどの取り組みは、全国で少しずつ進められていますよね。
ただ、今回の「心身の障害」に含まれているかどうかマイスターにはわかりませんが、一部の発達障害のように、素人にはわかりにくいニーズを持った方もいると思います。
こうしたケースも含めて、学ぶ能力のあるすべての方が、大学レベルの教育を選択できるようにしなければなりませんね。
それは今後、大学人が達成しなければならない課題の一つなんだと思います。

・(参考)発達障害のある学生支援ガイドブック
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50051115.html

幼保一元化、その最初のビジョンです。
■「幼稚園と保育園を一元化 「認定こども園」法案提出へ」(Asahi.com)
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200601200400.html

↓以前のニュースクリップで、幼稚園の義務教育化に関する動きをご紹介しました。
・ニュースクリップ[-1/1] 「幼稚園から義務教育、延長幅1~2年…政府・与党方針」ほか
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50124775.html

一方、それと同時並行的にこれまで議論されていた、幼保一元化。
どのように全体の話がまとまるのか、まだわからない部分はありますが、とりあえず政府のビジョンが伺えるその第一案が出た、というところですかね。

「認定こども園」、いかにもお役所の考えそうなネーミングで個人的にはしっくりきませんが、全体的な方向性は悪くないように感じます。
「教育・保育を一体的に提供」というのが具体的にどのような感じになるのか、ぜひ詳しい案を知りたいですね。
それと、厚生労働省と文部科学省の2省庁が「認定こども園」の創設に関わっているわけですが、今後の管轄はどう分かれるのか、そのあたりも気になります。

既存の認可幼稚園や保育所が連携したり機能を拡張したりして認定を受けることもできる、とのことですから、これはなかなか面白い展開になるかも知れません。

別枠扱いだった養護学校の教職員給与、一本化へ。
■「小中と養護学校の教職員、給与の国庫負担一本化へ」()
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060121i201.htm?from=main2

今まで根拠法が別だったのですね。知りませんでした。
これが、一本化されるそうです。

-(現状では)例えば少人数学級実施のため小学校に配置された教員を養護学校の発達障害児支援に充てることはできない。一本化すれば、こうしたことも都道府県の裁量で可能になる。-(上記記事より)

…とのこと。
以前のニュースクリップでもご紹介しましたが、現行の盲・ろう・養護学校については、障害種別を超えた「特別支援学校」に転換することが適当だという提言が、中教審から出されたりもしています。
あまり大きな報道はされませんが、静かに大きく動いている部分です。

公立学校の外部評価、前進してますが、課題も残っています。
■「公立校の外部評価、実施率78%に増加 公表は進まず」(Asahi.com)
http://www.asahi.com/edu/news/TKY200601160322.html
■「学校自己評価制 9割導入 乏しい内実、公表進まず」(産経新聞)
http://www.sankei.co.jp/databox/kyoiku/etc/060117-2etc.html

少しずつ、公表する学校が増えてきているのは前進ですね。
とは言え、まだまだ課題も多いみたいです。

-児童生徒の「満足度調査」などを外部評価に含めていた学校は42・5%。外部評価のために「評価委員会」などの評価組織を設置している学校は全体の15%だけで、自己評価の評価書が未作成だったという学校は一割を超えた。-(産経記事より)

評価の仕方に課題があるのならまだわかりますが、評価を受ける姿勢がないのはいただけません。
地域差が大きいとありますので、地元の学校の情報を調べてみてはいかがでしょうか。

ニューヨークでは、学校ごとの成績ランキングが新聞に載るみたいです。
■「公立小学校の成績ランキングが発表されるニューヨーク」(Asahi.com:子育て応援エッセー)
http://www.asahi.com/edu/column/ikuji/TKY200601190221.html

Asahi.comのエッセーコンテンツにあった、ニューヨークの公立学校に関する文章。
「成績順の学校ランキングが、ニューヨーク・タイムズやインターネットの市の教育関係サイトに発表される」とのことです。
これが教育的にいいことなのかどうか、日本で同じことをやっていいのかどうかは、議論がわかれるところでしょう。

エッセーの内容だけでは、確実な詳細情報はわかりませんが、日本と比べると、学校経営についても、評価主義が徹底しているような印象を受けますね。
それが、果たして理想的な方法で行われているかどうかはまた別ですが。

以上、今週のニュースクリップをお送りしました。

この季節、大学関係者の皆様には、入試業務のため休みなしで数週間連続勤務、という方もいらっしゃることでしょう。
この業界、これからが大変です。がんばりましょう。

一週間、おつかれさまでした。
来週もどうぞよろしくお願いいたします。
マイスターでした。

6 件のコメント

  • >評価の仕方に課題があるのならまだわかりますが、評価を受ける姿勢がないのはいただけません。
    まさか、同産経記事の
    「教職員による自己評価の評価項目に多数盛り込まれているのに、外部評価ではあまり盛り込まれない傾向がある。勤務実態や教育内容は自己評価で済ませ、外部の目で検証されるのを嫌う学校の体質が浮かんでくる。」
    に合わせた発言ではないですよね。
    受ける姿勢がないのか、できる体制が物理的にとれないのか、またはその他の要因を考慮しなければいけないのか、この悪意に満ちた記事からは読み取れないと思いますよ。
    (産経のいう「体質」の根拠は、単なる偏見というより言葉の暴力です。)
    だいたい、教育の施策に関する外部評価や当事者評価はないのだから、末端がどう身動きが取れなくてもかわまないのでしょう?叩きやすいですねぇ。

  • yoさま:
    マイスターです。
    いつも、記事を読んでいただき、ありがとうございます。
    それぞれ、こうして考えや認識を伝え合うことで、「実態はそうなのか」と、理解が深まっていくことが大切だと思っていますので、いつもいただけるコメントは、ありがたく拝読させていただいています。
    評価を受ける姿勢がないのでは、と私が指摘させていただいたのは、記事に含まれていた事実記載、
    「児童生徒の「満足度調査」などを外部評価に含めていた学校は42・5%。外部評価のために「評価委員会」などの評価組織を設置している学校は全体の15%だけで、自己評価の評価書が未作成だったという学校は一割を超えた」
    の部分に対するものですので、他意はありません。
    この点に対するyoさんのご意見としては、
    「現状では、とても自己評価の評価書を作成できる体制が整えられない」ということと理解してよろしいのでしょうか。
    その場合、どういうアカウンタビリティであれば、現場で実現可能だとおもわれますか? 私もぜひ、現場の方のお考えが聞きたいです。
    (おそらく、新聞報道からしか実態を知ることができない、他の大多数の市民の皆様も、知りたいと思います)
    よろしければ、お手すきの際にでも、お聞かせ下さい。よろしくお願いいたします。

  • いつも読んでいただきありがとうございます。
    >児童生徒の「満足度調査」などを外部評価に含めていた学校は42・5%。
    は、まず、児童生徒の評価をどう取り込んでいくのかのガイドラインがない中、苦心してやっている所ばかりです。実際上、どのような評価をとっていくのかは、これからの検討事項ではないかと思われます。それとも緊急にこのような評価を外部評価として含める意向が上から示されているのでしょうか?42・5%は現状では決して少なくない数字ですし、私も具体的にどのような形で出ているのか知りたいです。

  • >外部評価のために「評価委員会」などの評価組織を設置している学校は全体の15%だけ
    これはなぜ「・・・だけ」と記述されているのでしょうか?評価委員会を設置するだけの分掌の余裕は現在どこの学校にもありません。たいてい教務が取り仕切り、なんとかやっているというのが現状です。設置の有無を問うても、それが実のあるものかどうかは別問題だと思います。

  • ましてや
    >自己評価の評価書が未作成だったという学校は一割を超えた
    は、表現の問題を含んでいると思います。
    表現は「1割程度は作成しなかった。(以後の経過を見守る)」ではないでしょうか?この数字を楯に、直に姿勢がないと言われたら、他の9割近い学校は立つ瀬がないのではないですか?
    「なんでも評価から改善」の流れで、結局何も進んでいない学校の現実はどうするのでしょうか?(これについては私のブログのいくつかの記事を参照していただいてもよいと思います。)

  • アカウンタビリティにお答えしていないようなので、追加します。
    評価をするのならば、当事者との教育上施策遂行に関する折衝が必要なのではないかと思います。PTAはあれど、実質、教師はオブザーバー的であるのは公立教員が末端公務員であるからだと私は考えます。実質的にもリードは校長にあるのだが、それを管理する教育委員会には当事者意識を直接伝え、施策をプロデュースする場は実質皆無。校長に責任をなすりながら上からの教育施策を顕現かする機関に成り下がっている状況で地域や学校単位での評価が真の実効性をもつとは思えません。いい授業、学級運営をやってもそれだけに終わるのが関の山。そこに実態はないのに「評価せよ」という下りはおかしいと思います。極端なモデルでいえば、今や、校長は上意下達のためのパイプでしかないと思います。評価のための評価でいいのですか?