日本で、人文科学系と社会科学系の博士号が少ない理由は?

博士課程に進学するかどうか、迷える子羊、マイスターです。

さてこの数日間、そんな自分のための調べものという目的もあって、
「博士号」についての記事を連続でお送りしています。

・「単位取得後退学」って? 博士号と課程制大学院
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50122590.html

この26日の記事では、博士課程に進んだけど学位を取れないまま去っていく学生が「単位取得退学」「満期退学」を名乗るという、日本独特の慣習についてご紹介しました。
法的な裏付けがないこれらの呼称を学歴説明に使う人が、日本には少なからずいるということをご説明しました。

・博士号はどんな学問分野に多い? 各国のデータを比較します!
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50123351.html

そしてこの27日の記事では、日本と欧米諸国および韓国の、博士号の授与分野の違いについて、
「日本では、人文科学系と、社会科学系の博士の割合が圧倒的に少ない!」
という事実があることをお伝えいたしました。

3日目の本日は、

「じゃあ、何で、人文科学系と、社会科学系の博士が日本には少ないの?」

ということについて考えたいと思います。

さっそく、論理的に考えてみましょう。
理由には以下の2点が考えられるかと思います。

1:そもそもこれらの分野の博士号を取りたがる人が非常に少ない
2:大学院に進学しても、これらの学位を取ることが非常に困難である

では、このあたりが実際どうなっているのか、それぞれ見てみましょう!

<1:人文科学、社会科学の分野の博士号を取りたがる人が非常に少ない?>

これを検証するために、「文部科学統計要覧」という、文科省のデータを使って、実際の大学院の学生数を調べてみました。

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<2002年度の、博士課程入学者数(人)>

人文科学: 1,661
社会科学: 1,594
理 学: 1,769
工 学: 3,524
農 学: 1,063
保 健: 5,756
家 政: 107
教 育: 412
芸 術: 177
そ の 他: 1,881

(「文部科学統計要覧」より)
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人文科学と社会科学の博士課程入学者数は、いかがでしょうか?

工学や保健(医学含む)と比べると、見劣りしますが、思ったほど少なくはありませんね。
意外ですが、理学分野とそれほど人数が変わりません。
これだけを見れば、もっと人文・社会科学系の博士が世の中に多くいたってよさそうなものですよね。

それと、

「学部生や修士課程の学生のうち、博士課程に進学するのはどのくらいか?」

ということも、確認しておかなければなりませんね。

↓そこで、おもしろいビジュアルを作ってみました!

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博士号に進学する割合

(←クリックで拡大します)

(以上、「文部科学統計要覧」を元に作成)
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すんげー見にくい非常識なグラフですが、数字だけ挙げるよりもこうしてビジュアル化する方が実感しやすいと思い、載せてみました。

いかがでしょうか?

(データはいずれも2002年度の入学者、卒業者ですので、「○○人のうち○○人が進学した」という正確なデータではありません。
また、必ずしも同じ学問分野で進学をするわけではありません。マイスターが理工学部から社会科学系の大学院に進学したように、専攻を替える方もいます。
上記のようなことをふまえ、あくまで、目安としてご覧ください。以降のグラフについても同様です)

人文科学と社会科学の領域は他分野に比べて、学部の卒業生が多いのです。
特に社会科学系は圧倒的です。

先ほど、博士課程の入学者数が理学分野とそれほど変わらないと申し上げましたが、理学分野はそもそもの学部生数が、人文・社会科学に比べてかなり少ないのです。
比較すると、人文・社会科学分野は、大学院への進学率が非常に低いということになります。
細かい数字を見てみましょう。

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<【2002年度 学部卒業者数/2002年度 修士入学者数】の割合>

人文科学 6.2%
社会科学 4.0%
理 学 34.4%
工 学 32.6%
農 学 25.8%
保 健 16.7%
商 船 10.0%
家 政 4.6%
教 育 17.0%
芸 術 12.0%
そ の 他 40.3%

(以上、「文部科学統計要覧」を元に作成)
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目安の数字ですが、社会科学の分野ではだいたい4~5%前後の学生しか修士課程に進学していない、とおおまかに推測できます。
これは家政学と並び、全分野を通じて、かなり低い割合です。

ただし家政学については、学べる大学の大半が女子大で、女性の大学院進学が(増えてきたとはいえ)まだまだ低いという事情があるでしょう。
その点、社会科学系は、統計によると大体2:1で男子学生の方が多いわけで、何か進学率がふるわない理由がありそうです。

さて、これが<修士課程→博士課程>となると、またちょっと違った数字になってきます。

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<【2002年度 修士卒業者数/2002年度 博士入学者数】の割合>

人文科学 34.2%
社会科学 17.0%
理 学 29.5%
工 学 12.2%
農 学 28.9%
保 健 138.8%
商 船
家 政 24.5%
教 育 8.2%
芸 術 11.4%
そ の 他 37.3%

(以上、「文部科学統計要覧」を元に作成)
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意外な数字が出ました。
これまたあくまで目安ですが、人文科学で修士→博士に進学する割合が3割を超え、保健(医学含む)に次いで非常に高い数字となりました。

逆に工学は、修士への進学率は高かったのに、博士となるとガクンと率が落ちましたね。

以上のデータからは、人文科学で学部から博士課程まで進学する学生はおよそ2%前後、社会科学では1%前後ではないかと推測できます。

ここまで、色々なデータを見ましたが、以下のようなことが、実態として見えてきました。

○人文科学、社会科学の分野において、博士課程に入学した学生の数は、他の分野に比べてそれほど少なくない。(理学と同程度である)
したがって、人文科学と社会科学の博士号授与数が理学などに比べて少ないのは、
「大学院に入っても学位が取れない」ということに原因があると考えられる。

○学部段階での学生数は多いが、これら人文・社会科学系の大学院進学率は非常に低い。
これには、こうした分野を専攻する学生が、大学院に進学するメリットをあまり感じていないということが考えられる。

どうですか?
やっぱり、こうした分野を志しても、博士号を取るのは難しそうですか?
でも、それは他の分野も同じだ、って気もしますよね。

さて、じゃあ、今度はそのあたりを検証してみましょう。

<2:人文科学、社会科学の分野では、大学院に進学しても博士号を取れる可能性は低い?>

というわけで、いきなり結論。

↓こんなビジュアルを作ってみました!
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博士課程で学位が取れる割合

(←クリックで拡大します)

<2002年度 課程博士/2002年度 博士課程入学者数>
人文科学 28%
社会科学 33%
理 学 80%
工 学 85%
農 学 85%
保 健 72%
教 育 31%

(「博士学位授与数の推移と授与率」(文部科学省中央教育審議会)および「文部科学統計要覧」を元に作成
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いかがでしょうか?

人文科学系の博士課程に入学して、課程博士として学位を得られる確率は3割以下です。
社会科学系も、順調に学位を得られる確率は1/3程度。

残りの方は、学位を得られないまま大学院を去ることになります。

理学、工学、農学などの分野では、8割程度が課程博士として修了できていますから、これはかなり低い確率です。

日本で、人文科学系と社会科学系の博士号が少ない理由はどうやら、

「博士課程に入学しても学位がとれない」

というところに直接の原因がありそうです!

じゃあ、大学院の単位をすべて取ったのに、課程博士になれなかった残り7割程度の人はどうなるのか?

これが、

「単位取得退学者」や、

「博士課程満期退学者」になるのですよ!

ようやく、26日の記事と話がつながりました。

「単位取得退学」「博士課程満期退学」を学歴として名乗る方が多いのは、
人文科学や社会科学の分野で、
課程を終えても学位が与えられない学生が多いからだと推測されます。

というか、ナニゲに教育学の博士課程も3割程度しか課程博士が生まれていません。
なんということでしょう!
マイスター、教育学の博士課程を進路の一つに考えていましたが、これじゃマイスターも「単位取得退学」になる可能性が高いではありませんか。
26日の記事であれだけボロクソにけなしておいて、自分がなったら悲しすぎます!
本ブログのプロフィール欄に、「マイスター。○○大学博士課程単位取得退学」と書くのだけは、なんとしても避けたいところです。

ところで、どうして、これらの分野では課程博士が生まれにくいのでしょうか?
その理由は色々と考えられますが、マイスターに思いつくのは以下のようなところです。

<博士号を授与する審査員達が、学位を与えたがらない>

現在では、学校教育法第68条の2の規定により、学位を授与するかどうかは、各大学の裁量に任されています。

しかし、もともと学位というのは、大学が与えるものではなかったのです。
大正9年に改正学位令が施行されるまでの間、学位を出すか出さないか決めていたのは、各学問分野の「博士会」という組織でした。
博士会規則(明治31年勅令第345号)には、

-第四条 学位授与ノ議事ハ出席会員三分ノ二以上学位褫奪ノ議事ハ出席会員四分ノ三以上ノ多数ニ依リ之ヲ決ス-

と定められています。
博士会で、「こいつは、我々の仲間にふさわしい、よし、博士にしてやろう」と多数決をとって、三分の二のメンバーが賛成すれば博士になれるという仕組みでした。

無記名投票ですから、気に入らない人には学位を与えないなどの意地悪もできます。
文豪の夏目漱石は、博士会に文学博士号授与を拒まれたひとりです。

-流行作家の夏目なんぞに文学博士号はやれない、とわかりやすいジェラシーで推薦を拒んでいた博士会の面々が、漱石が重病で死にかけてると耳にするや、一転して博士に推薦しました。どうやらそれで漱石はヘソを曲げたらしく、博士号を辞退します。すると授与する立場の文部省は、学位を辞退する方法は法律で定められていない。よって、学位を発令した時点であんたはすでに博士になっており、取り消すことはできない――と賞をあげる側の都合とメンツしか考えていないヘリクツで突っぱねます。-(以上、反社会学講座より)

「学位=教育成果を保障するもの」というよりも、勲章のような、名誉称号的な与えられ方をしていたのですね。
現代でも、そうした名残が残ってしまっているのでは?というのが、マイスターの予想のひとつです。

もともと人文科学、社会科学の領域では他分野に比べて、指導する教員も博士号を持っていない確率が高いのです。そうした教員達が、

「博士学位=高い能力の証明」

という考え方をしているのかどうか、疑問です。
だって、学位が能力の証明なら、博士を持っていない自分より、教えた学生の方が能力が上ということになります。
だから博士というのは、「自分たちに匹敵するような」よっぽどいい論文を書いたと誰もが認める場合に限って発行してあげる「栄誉の証」でないと都合が悪いんじゃないでしょうか。

26日の記事でも申し上げたとおり、日本の大学の博士課程は、授業や演習などのコースワークなどをほとんど要求しません。研究指導が中心です。
つまり、3年間その学生がどんな成果を達成してきたかというのは、論文でしか判断されないわけです。

教授陣のお眼鏡にかなって論文が審査に通らなければ、何も3年間の学習に対して評価が残らない。

この仕組み自体に、そもそも問題があるような気もしますね。

学位というのは本来、「その称号に見合う能力を持っているかどうか」を示すものですが、論文一発で能力があるかないかが問われるというのは、なんだか極端な気もします。
研究能力を見るにしても、

「在学中に学会審査論文を通す」
「2年目の終わりまでに、国際学会で最低2回の発表を行う」

など、様々な評価の仕方があると思います。

最後の学位審査も、教授陣だけの会議ではなくて、フィンランドのPh.D. Defenceのようにするとか、様々な方法がありそうです。

というわけで、また長くなってしまいました。

明日は、博士号調査の最後のまとめとして、

「博士号取得を目指すことにはどのようなメリットがあるのか?」

ということを書きたいと思います。

以上、ここしばらくグラフばっかり作っているマイスターでした。

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(関連記事)
・「単位取得後退学」って? 博士号と課程制大学院
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50122590.html
・博士号はどんな学問分野に多い? 各国のデータを比較します!
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50123351.html

・博士号取得を目指すことには、どういうメリットがある?
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50123973.html

5 件のコメント

  • 丁寧な解説ありがとうございます。
    文系の場合の博士は一生かけて取得するもの、理系の場合の博士は研究者になるための第一歩という位置づけがあると思います。理系の場合には助手の公募でも博士がないと応募できません。私が関係するのは教育学と工学なのですが、近年、教育学は旧国立大学が連合大学院を設置して、以前よりは数多く博士(教育学)を出しているように思います。どちらを目指すかいつも迷うのですが、現在は社会人で博士(工学)を目指すのが一番近道だと考えています。単に学位がほしいだけならば、博士(学術)や外国の大学など裏技もあるようですが、それなりの大学に就職するのは難しいようです。私の場合は大学への就職の手段というよりは、取り組んでいる研究を認めてもらいたいという意味合いが強いのですが。

  • いつも詳細なる解説ありがとうございます。
    日本の学位制度は時期区分を細かく分けて解説しないと誤解の元となります。
    戦後に限っていえば、学術の学位の前後では意味合いが違っています。
    また、分野によっては変改のない分野もあります。
    結局は、学位授与権がある大学にあるので
    個別に見ていかないと分からないという状況です。

  • KADOTAさま:
    ご指摘の通り、文系と理系では、これまで博士の位置づけが違っていたのでしょうね。それで現在、「従来のままではいけない」という意見が出てきているのだと思います。
    http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/gijiroku/004/05051101/004/008.htm
    この10年あまりの間に文系の博士授与数、および課程博士の割合が増加しつつあるのも確かのようです。
    http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/05090501/021/003-17.pdf
    少しずつ、変わっていくのでしょうね。

  • ktさま:
    マイスターです。いつもコメント、ありがとうございます。
    ただ、今回の記事では、戦後のこと…というより「現状」に関することしか書いておりませんので、どのあたりのことについて「誤解の元」というご指摘をいただいたのかわかりかねるのですが、どのあたりでしょうか?

  • とても興味深く拝見させていただきました。
    日本で経営学の博士号をとりました。
    ご指摘の通り、大変な努力をしたのに、同期は皆教職につきました。教職も一つのも道ですが、もっと広く社会に貢献できないものかと思います。
    わたしは「ビジネススキルとしての博士号」を提言し、アメリカで大学院を創りました(リーダーシップに特化、日本語による講座)。日本に博士号取得のチャンスと、博士号取得者の未来を創るそういった活動者たちが増えればと期待しているのです。