大丈夫か、このブログ…。
「大学 冬の時代」でスペースを空けてみると検索結果がちょっと変わるけど、やっぱり1ページ目だし。むう。
ところで、大学は学生さんに対して質の高い教育を提供する代わりに、決して安くはない学費をいただいているわけですよね。
学費をいただき、教育をして、卒業したら学位を発行しているわけです。
となると、
どんな学位に需要があって(つまり、どんな教育にニーズがあって)、
現在市場にはどんな学位がどのくらい供給されており、
またその学位がどのような価値を生むものとして認識されているか、
ってことを考えるのは、大学の経営陣にとっては結構重要なことですよね。
しかし考えてみると、大学職員として働き初めて以来、
どなたからも、そういった話を聞いたことがありません。
あんまり市場に媚びすぎるのも、学術の世界にはふさわしくないのでしょうが、しかしだからといって「誰も口にしない」というのも、それはそれで思考停止である気がします。
各大学の理事や理事長さん達は考えているのかも知れませんが、トップだけが考えればいいというものでもないですよね。
例えば自動車業界で働いている人なら、販売員も開発陣も工員もみんな、一応は日経新聞を読んで自動車業界の売れ筋やら競合の動きやらを知っておくでしょう。
でないと、社会に対して、自分達の商品を説明できませんよね。
それに、自分の会社が市場で優位なのか不利なのかを知っておかないと、イザというときの転職のタイミングを逃します(あんまり考えたくありませんが…)。
市場を知っておくことは大事です。
というわけで、3日間に渡って、博士号と博士課程に関する情報をいくつかご紹介してきました。
今日は最後に、「博士号をとるメリット」について考えてみたいと思います。
博士号にも色々ありますが、アメリカなどでもっとも一般的な学位は「Ph.D」です。
これは、研究者としての基礎的な能力、すなわち
○問題を発見し、自ら研究テーマを設定する能力
○研究に必要な情報を収集する能力
○自ら主体的に調査を設定し、遂行する能力
○情報を分析する能力
○データのモデル化、構造化する能力
○調査結果を元に適切な提案を行う能力
:
などを持っていることを証明する学位です。
専攻していた研究分野とあわせ、
「歴史学を専攻してPh.Dをとった」
「エンジニアリングでPh.Dをとった」
などと言っていたりしますねー。
ただ、実際にはPh.Dを持っているからといって必ずしも研究者になるわけではありません。
上記で挙げたような能力は、コンサルタントや経営者、評論家、ライターなどの文筆業、政治家などなど、様々な分野で求められますからね。
少なくとも、Ph.Dを持っていて、何か不利になるということはない、と聞きます。
翻って、日本の博士号です。
かつては、
「文学博士」
「経済学博士」
「法学博士」
「理学博士」
「工学博士」
「教育学博士」
「医学博士」
などなど、それぞれの学問分野の名前が冠されておりました。
現在は、
「博士(文学)」
「博士(経済学)」
「博士(法学)」
「博士(理学)」
「博士(工学)」
「博士(教育学)」
「博士(医学)」
……といった表記に変わっておりますが、実質、意味するところはあまり変わっていないように思われます。
さて、これらの博士号は一体どんなときに役に立つのでしょうか?
やはりアメリカのPh.Dと同様、○研究者になるというのが、最もわかりやすい進路でしょう。
ここで、博士課程修了者の進路に関するデータを見てみましょう。
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<2002年度 博士課程修了者の就職先>
(←クリックで拡大します)
(以上、「文部科学統計要覧」を元に作成)
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すみません、「その他」と分類されている項目が多そうで、いまひとつわかりにくいですよね。
文科省の元データがそうなっているから仕方がないのです。
もう少し、詳細に職業を特定したいのに、残念です。
これを見ると、
理学、工学、農学、保健(医学含む)の博士課程修了者の進路が、
比較的、複数の職種や産業に分散しているのに対して、
人文科学、社会科学、教育、芸術の博士課程修了者の進路が、
「教育、学習支援業」という産業、「教員」という職種に偏っていることがわかります。
人文科学や社会科学などの分野で博士課程に進学するということは、「教員を目指す」ということに他ならないのです。
これは世間一般に言われていることですが、こうしてデータを見ても、そうした傾向が何となく掴めますね。
これは、突き詰めて考えていくと結局、
「理学や工学、保健、農学などの分野で博士課程を出たことは、
いくつかの産業や職種に対して、何らかのアドバンテージになる。」
「人文科学、社会科学、教育学などの分野で博士課程を出たことは、
教員職以外に対しては、アドバンテージにはならない。」
ということを意味していると思います。
例えばもし、文学博士を持っていることがあらゆる産業で評価されるのであれば、もっと進路が分散してもいいはずでしょう。
需要と供給という、最も基本的な経済学のシステムです。
博士号を評価し、相応の仕事と報酬を与えてくれる産業が他にあるなら、そちらに行く人間は現れます。
ましてや、教員職の数なんて限られていますから、職にあぶれるくらいなら他に行こうという人間は(全員ではないにしろ)出てくるはず。
そうなっていないということはつまり、
教員職以外では、文学博士号はほとんど評価されていないので、他に行こうにも行けない…ということではないかと思われます。
昨日もご紹介した、↓このグラフをもう一度ご覧ください。
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(←クリックで拡大します)
(以上、「文部科学統計要覧」を元に作成)
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このグラフを見て、
「へえ、理学や保健の分野では、博士まで行く人が多いんだなぁ。
きっと勉強好きが多いんだなぁ。
その点、社会科学は勉強嫌いが多くて、ダメだなぁ」
なんて感想を持つのは的はずれ。
(教育関係者ほど、実はそういうイメージを持っていたりします)
このグラフで読みとれるのは、単に
「博士を持っていると報われる学問領域、産業領域」
「博士を持っていても報われない学問領域、産業領域」
がそれぞれどれか、という情報です。
博士号の取得には膨大な時間と労力がかかります。それはあらゆる学問ジャンルで共通です。
であるからこそ、「学術を極めたい」「勉強が好き」というただそれだけの理由で、理学や保健、工学分野でこれだけの博士号取得者が生まれるとは、マイスターには思えないのですよ。
マイスターは、社会科学の分野で、学士が非常に多い割に博士課程入学者が少ないのは、社会科学の博士号が一部の職を除き、世の中でほとんど評価されていないことの表れだと考えます。
学位が世の中で何らかの評価やチャンスにつながるなら、常識的に考えて、もっと学位を取る人は増えるはずでしょう。
それどころか、これらの学位はマイナスに評価されることすらあると聞きます。
みなさんも一度は耳にしたこと、あるでしょ?
<博士号を持っている=プライドが高くて使いにくい>
なんて図式が日本社会には依然としてあるということを。
一般に言われることですが、日本では、博士号を持っていることが能力の保障にならないばかりか、何か「雇い主にとってマイナスとなる、余計な何か」を持っていると見なされる原因になるのです。
さて、長く書いてしまいましたが、結論として博士号は取得すべきなのか?
もしあなたが博士課程に行くべきかどうかで悩んでいるあなたには、まず、以下のことをお伝えしておきます。
○日本の各分野の博士号の発行状況を見てみましょう。
市場が大きい分野と、そうでない分野があることがわかります。
発行数が少ない、人文科学や社会科学、教育学などの博士は、
受け入れてくれる市場もそれだけ小さいので、要注意です。
(これらの博士号で職を得たいなら、他の国に行った方が確率は高まります)
○もしあなたが大学院博士課程への入学を果たし、
単位をすべて取得して3年間を終えられたとしても、
人文科学、社会科学、教育学の分野では、
課程博士として学位を得られる可能性は1/3以下です。
○苦労の甲斐あって、めでたく学位を得られたとしても、
学位によっては、活躍の場が限られることがあります。
例えば人文科学、社会科学、教育学の博士号取得者は、
現在のところ、教員以外の職にはほとんど進出していません。
以上です。
今回申し上げたのは、アカデミックな大学院の話であって、専門職大学院(プロフェッショナルスクール)がこうした事情に当てはまるかどうかはわかりません。
日本では、プロフェッショナルスクールの歴史がまだ非常に浅いので、データがないのです。
ただ、「自称プロフェッショナルスクール」の関係者に話を聞いたりすると、やっぱり現状の大学院と、状況はあまり変わらないんじゃないかなぁ、なんて思ったりします。
とまぁ、散々な感じで書いてしまいましたが、最後に。
マイスターは、博士課程に進学することが無意味とは、一言も申し上げてません。
進学することが無意味であるか、意味を持つかは、人それぞれです。
博士課程に進学して学びたいと思った方は、ぜひ行っていただきたいです!
はっきり「学者を目指す」という方なら、いずれにしても博士は避けて通れません。研究したい分野が定まっているなら、迷うこともないと思います。
学者を目指すと決めていない方、他のプロフェッショナルを目指している方にとっても、やはり博士課程に在籍しながら、研究に没頭する時間は貴重です。
修士とはまた違ったレベルの高い研究指導を受けられることも魅力でしょうし、専門分野の中では、博士号が色々な仕事やチャンスを引き寄せることもあると思います。
ただ、今回の一連の記事でご紹介したような、事実や傾向が存在しているということは、いち社会人として認識しておいた方がいいと思います。
特に、取得した博士号が社会からどう認識されるのかということは、社会人学生には大変に大きな問題です。熱意だけで乗り越えられる話ではないと思います。
これはつまるところ、「博士課程での学び」に対する社会からの評価が高いか低いかにもつながる問題です。
例えば、人文科学系や社会科学系などの博士号に価値を認めれてくれるのは、今のところ、(同じ分野の)研究者達だけのようです。
それ以外の方々を相手にしたいのなら、専門職学位などを選択肢に入れた方がいいかも知れませんよと、マイスターは申し上げておきます。
マイスターも個人的にはいつか博士課程で学びたいという気持ちがあるのですが、進学が可能になったとしても、学問分野の選択には細心の注意を払いたいと思います。
そんなわけで、あれこれと博士号や博士課程について情報をご紹介いたしました。
博士に関するご自身の体験談や、各種のデータ、変わった大学院の情報などなど、お持ちでしたらぜひ教えてください。
マイスターでした。
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(関連記事)
・「単位取得後退学」って? 博士号と課程制大学院
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50122590.html
・博士号はどんな学問分野に多い? 各国のデータを比較します!
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50123351.html
・日本で、人文科学系と社会科学系の博士号が少ない理由は?
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50122978.html
こんにちは。連日、丁寧な解説ありがとうございます。ちなみに、しばらく前から、博士の記述方法が、工学博士という書き方ではなく、博士(工学)というように変わったようです。新しい方の名刺にはこちらの表記で書かれていることが多いです。個人的には以前の記述の方が気に入っていますが。それと最後にどの種類を選ぶかは本人に任されているというような話を聞いたことがありますが、本当でしょうか。例えば、博士(理学)と博士(工学)、博士(農学)と博士(学術)などで、厳密に境目がないような場合です。
KADOTA さま
マイスターです。
ご指摘、ありがとうございます。博士号の表記方法、確かにそうでした。
該当部分の説明を修正いたしました。
博士号の種類を選べる……のかどうかは私も存じ上げないのですが、確かに大学院によっては、2種類の博士号を用意しているところがあるようです。選べるのだとしたら、「どちらの博士が自分のキャリアに役立つか?」という視点も生まれてきますね……。
こんにちは。読んでいるうちにすごく同感しました。しかし、不勉強でやむを得ず満期退学しようと考えている私のような人間は、どのように人生をやり直したらよいか正直悩んでいるところです。
マイスターさま
現在、海外に留学している社会科学系博士課程の者です。
最近、企業から声をかけられ、ちょうどPh.D.を「それでも」目指すか、帰国のきっかけとしても就職するかで悩んでいました。
マイスターさんの「冷静な分析」で、色々と見えてきた気がします。
コチラ、いろんな国から学生がきますので、それぞれの国によってPh.D.の価値が全然違います。
日本は…特に私の属する社会科学系に関しては、愕然とするほどPh.D.取得者への対応がヒドイみたいです。
特にヨーロッパあたりは、Ph.D.取得者を非常に尊敬していて、
俗っぽいですが、飛行機の席がPh.D.もっているだけで無料でランクアップしたりするらしいです。
確かに、識字率ほぼ100%の日本ではBA,MAとの差がつきにくいのかもしれませんが…。
マイスター様
何と無く私も学位所得のマイナス要素を感じています。
お恥ずかしながら話します。
私は一旦は社会人に成りました、就いた職場は教育を受ける事に縁の無い方たちしか居ない職場です、
加えて、私は修士に成っただけ、それで職場から追い出されました。
これは人には話せません、
言えば、私の気位のみが高くなり、感情的な反発だけを受けたのだろうと、私の悪口に進みます、
私は博士では有りません、たかが修士です。
それなのに・・・・
とんちんかんな主張ですね
私は、化学物理のPh. Dを持っています。取得後、その専門を使った仕事を7年やりましたが、今は別の仕事をしています。では、役にたっていないかというと、そうではありません。
人間は、いろいろなルートを通って成長していくものではないでしょうか?その過程で、なにかを突き詰める経験は大切だと思います。
たとえば一流のスポーツ選手や、一流の役者さん。彼らはその職業における世界にどっぷりとつかって、他の世界はあまり知らないかもしれません。でも、その分野で何かをつかんだ人は、他のことをやっても応用がきくと信じています。
私は博士号を取り、仕事をした過程で身に付けた、論理的に考える力、論理的に書く力を活かして、今は問題解決や考える力の教育を仕事にしています。
博士号は、分野の専門知識だけでなく、その基盤となるしっかりとした考え方を身に付けることで、社会にでても役にたつと思っています。