特に有名大学の学園祭となると、大企業のスポンサーをつけるわ、パンフレットは立派だわ、宣伝は本格的だわで、なかなか侮れません。
「口コミをいかに利用するか?」という彼らの作戦展開には、広告のプロも見ならうべき部分が多いです。
さて、今日は学校の広告や広報活動について普段感じていることを。
ブログで何度か申し上げたとおり、マイスターはかつて、企業の広報に関して、外部から企画を提案する仕事をしていました。
webの仕事が中心でしたが、ご存じの通り最近はテレビCMや雑誌広告、交通広告などとwebを組み合わせた試みが少なくありません。
各種のイベント行事やキャンペーンなどとの連携も、今では一般的に行われています。
おかげで結果的に、様々な広告メディアの仕事に関わることになりました。
思えば、非常にいい勉強をさせていただいたと思います。
現在、マイスターは残念ながら自分の勤め先の広報や宣伝に関われる立場ではないのですが、そんなバックグラウンドもありますので、大学に転職してから、大学の広報や宣伝を重点的にチェックするようになりました。
ここで、ひとつ、広告の用語をご紹介しましょう。
「シズル感」という言葉、聞いたことがあるでしょうか?
「シズル」というのは、sizzleと綴ります。
これは、英語で、「肉がじゅーじゅー焼ける音」を表現する言葉です。
実際に、肉汁あふれるステーキが、鉄板の上でじゅーじゅーいっている光景を目に浮かべてみてください。
「…うわぁ、うんまそうだなぁ、よだれがでるなぁ(ごくり)」
みたいな気持ちになりませんか?
簡単に言えば、そういう「そそる感じ」、それがシズル感です。
他にも例えば夏場、テレビや電車内でよく見るビールの広告では、
「水滴がびっしりついたビールジョッキ」なんてものが出てきますね。
しかも、真夏日の下で汗をたっぷりかいた後、みたーなシチューエーションだったりします。そんなのを電車の車内広告で見て、
「ちくしょう、おれもビール飲みてえなぁ、あ~、のど乾いたなぁぁ」
と、思わず仕事帰りにコンビニに寄ってしまいそうになるあの感じ、あそこで演出されているのもシズル感です。
ちなみに実際には、どれだけキンキンに冷えたビールでも、あそこまで水滴がバランスよくジョッキに浮くことはほとんどありません。
実はワックスやワセリンなどを使ってああいった見せかけを強引に演出して、広告用カットを撮影しているのですが、まあそれはここではおいておきましょう。
飲料、食品に多いですが、他にも、
・思わず欲しくなるクルマ
・思わず欲しくなるおもちゃ
・思わず欲しくなる高級カバン
・思わず行きたくなる旅館
など、様々な商品の広告でシズル感が演出されているわけです。
要は、とにかく「そそられる感じ」を表現するという、広告の手法の一つとお考えください。
で、ですね。
大学の広告を見て、
「うわぁ、こんなところで勉強できたら最高だなぁ」
と思うような広告って、あんまりないなぁと思うのです。
「えっウソ、こんな面白そうなプロジェクトに関われるの?すっげー楽しそうじゃん!」とか、
「こんなスタジオをいつでも自由に使えるの!? 最高!」とか、
「こんな贅沢なカリキュラムで、好きなだけ授業を選んでとっていいの?」とか、
「素敵な環境だなぁ、こんなところで4年間過ごせたら、どんなにいいだろうか…(ごくり)」とか、
こうしたシズル感を与える広告を、ほとんど見ないなぁと思ったのです。
もちろん、ビールやステーキと大学を一緒にしているわけではないのですが、
それにしても、お客の欲求に訴える力が弱いなぁと思うのです。
大学なら大学で、
「こんなに素晴らしい学びを提供しているのか!」とか
「うわぁ、厳しそうな学校だけど、行きたいなぁ」とか、
こういう欲求を感じさせる演出の仕方は、あるような気がするのですね。
で、これは、別にやって悪いことでもないと思うのです。
しかしそれが、ない。
これは、「大学の広報とはかくあるべし」みたいな掟があるのか、
それとも、広報に関わっている担当者が、広報について知らないのか、
のどちらかかなと思うのです。
(金沢工業大学の「夢考房」について紹介記事やパンフレットなどを読んだことがありますが、シズル感と呼べるものを感じたのは、あれくらいだと思います。
あれは、やる気のある学生なら、かなりそそられるはずです。
もちろん、元々の取り組み自体が、良くできているからこそですけどね。)
他にも、疑問を感じることは多いです。
例えば、
「○○大学は、変わりました!」
というキャッチコピー。
非常によく見かける、業界ではポピュラーな宣伝の仕方ですね。
でも、これ、本当にキャッチコピーと言えるのでしょうか?
広報活動において犯してしまいがちなミスは、
「組織の内部の人」の視点で広報を設計してしまうことです。
例えば、伝統ある学校が、30年ぶりに新学部を作るなんて場合。
その大学でずっと働いている人は、もう、「○○大学は変わった!」ということをアピールしたくてしょうがありません。
なんたって、30年ぶりですからね。
自分たちにとっては大変な一大事でしょう。
いかに、○○大学が以前と比べて変わったか、ということを何とかして伝えようとします。
新学部の名前をばんばんパンフレットに印刷し、
大規模な交通広告にウン千万円の予算をつぎ込みます。
おそらく学内のエライ人達からも、
「もっと、本学が変わったということを世間に知らしめなければダメだろう!?」
という圧力がかかることでしょう。
その結果できあがるメインのキャッチフレーズが、「○○大学は変わった」です。
しかし、冷静に考えてみてください。
その大学が、「以前と比べて変わった」という事実は、受験生にとってどれほどの意味を持っているのでしょうか?
大学というサービスの特徴は、基本的に「一期一会」のお客を捕まえなければならないという点だとマイスターは思います。
社会人が増えたとはいえ、大多数の受験者は10代の若者です。
彼らのこれまでの人生において、こちらの大学が意識されたことは恐らくほとんどないでしょうね。
受験を迎える時期になってはじめて、「どんな大学があるのかな」と考え出す若者が、大部分だと思います。
そして受験が終わってしまえば、もうそこで、他の大学とのコミュニケーションは終了なのです。
今でも高校生にとって、世の中の95%以上の大学は、一生で一度も接点がないままに終わる存在だと思います。
つまるところ私達大学関係者は、高速道路の真ん中で、通り過ぎるドライバー達に声をかけて製品をアピールするような戦いをしているのです。
これが、大学という産業が、他の産業と圧倒的に違う点です。
お客さんにとって、大学という商品を意識するのは、一生に一度か二度なのです。
(だからこそ、メールマガジンやオープンキャンパスで、早くから、長い期間のコミュニケーションをとっていこうとどの大学も考えるわけですね)
さて、そんな大多数のお客さんに対して、
「○○大学は(以前と比べて)変わりました!」
というコピーの打ち方は、果たして有効なのでしょうか?
マイスターは、ちょっと疑問を感じます。
もちろん、大学のステークホルダー(利害関係者)は受験生だけではありませんから、「以前とは違うよ」とアピールするのは全く無意味でもないでしょう。
学生を採用してくれる企業のリクルーターなどに、大学の変化を伝えることにはなると思いますし、「改革に積極的な大学」というイメージを、社会にアピールすることにはつながるかも知れません。
しかしそうではなく、受験生を集める局面でこうしたコピーを見かけますから、やはり何かがうまくありません。
「変わった」という言葉を使うのに必死で、何がどう変わったかを十分に説明できてない広告も、見かけるほどです。
「変わった」ということは、アピールすべき点ができたということでしょう。
なら、そのアピールすべき点、自慢の点を印象的に見せることに、まずは注力した方がいいと思います。
どれだけ学部の増設が、その大学の関係者にとって重大なことでも、
ほとんどの受験生から見たら「だからどうした」としか思えないでしょう。
むしろマイスターとしては、「変わりました」という言葉は禁句にするくらいの姿勢で広告を考えた方がいいと思います。
でないと、広報担当者が、アタマを使わなくなってしまいます。
最近も都内某所で、おそらく一千万円単位のお金がかかっていると思われる、大規模な交通広告を目にしました。
とにかくその大学の学部名称を、ずらーっと並べるという手法でした。
担当者としては、何より新学部の名前を社会に印象づけようという思惑があったのでしょう。
業界の人間なら、「お、あの大学、学部作ったんだ」と意識するでしょうが、しかし受験生にとっては、残念ながら何の意味もない広告でした。
広告の内容は、「覚えるべくして覚える」のです。その広告には、覚える理由がありませんでした。
印象づける内容と手法がずれていては、せっかくの費用も台無しです。
「早稲田大学が医学部を新設!」や「東大が芸術学部を新設!」なら成立する手法だったかも知れませんが、その大学は世間的には無名に等しい大学でしたので、見ていて、非常に残念なものを感じました。
マイスターはこういうキャッチコピーや広告展開を見ると、
「あぁ、この広報の担当者は、学内や、他大学の関係者の方ばかりを向いて仕事したな」
と思うのです。
自分がお客さんだったら、どういうことに惹かれるんだろう?とか、
数百校ある大学の中で、自校の広告に興味を持たせ、じっくり読ませる手法とは何だろう?とか、
どうしたら、この大学に入りたい!と思うのだろう?
とかいう考えよりも、
部長や役員が喜ぶからとか、
声のでかい偉そうな教授が要求したからとか、
OBを無視できないとか、
他大学の関係者に「○○大学さん、新学部つくるんですって?その話題で持ちきりですよ」とほめられたからとか、
そんな理由が優先された結果、こういう広告になったのかな、と思うのです。
広報に責任を負う担当者なら、こうした視点に影響を与えないよう、何より注意しなければならないのに、です。
「いやぁ、訪問先の高校で、新学部を知ってますよって言われたよ。もう、知名度は結構あるんだなぁ」
なんて自慢する学内関係者を見かけますが(特に教員)、それはこちらが訪問に行くから調べたんだろうと考えるのが理性的な広報担当の判断でしょう。
大学の人間は平和で前向きな考え方をしがちです。前向きなのはいいのですが、悪く言えばただの世間知らずですから、広報担当者はつられて浮かれてはいけません。
学内のエライ人や、教授陣がぶーぶー言ったとしても、学外からの視点で広報を設計するのが、本来の姿なのです。
「冷静になろうぜ、ウチの大学内の経緯とか事情とか、学部増設にかかった苦労とか時間とか、そんなものには誰も興味ねぇよ」
と言ってあげるのも広報担当部署の仕事です。
「だって○○センセイが言ったから」、というのは、大学職員が好んで用いるフレーズの一つですが、外部を相手にする広報担当部署には、使うことは許されません。
こうした間違いが起こるのは、大学組織の在り方にも原因があるのだろうと思います。
まずすべての部署にも言えることですが、一般的に大学職員はなぜか、公務員のように数年のローテーションで部署を移ります。
ローテーション人事で、本当の広報プロフェッショナルは育ちません。
せいぜい、毎年同じメディアにつつがなく広告を打ち、
ちょっとだけキャッチコピーを変えてみる、くらいが関の山です。
また、広報や入学課といった部門だと、責任者として教員が入ることがありますが、これも大きな間違いの一つです。
研究者の視点というのは、広報にとっては邪魔なだけです。
論文のように、
「みんなが読んでくれることが前提で」
「文章主体の」
「正確であることを一番重視した」
…という、そんな都合のいい宣伝なんて成立しません。
にも関わらず、こういう大学の広告が目につくのは、研究者の視点が影響を与えているんじゃないかと感じることが、よくあります。
(できれば、学者出身の学長や理事長にも意見を聞かない方が望ましいくらいですが、それはさすがに無理でしょうから、トップだけは広報の基礎をうまいこと教育してあげてください。
広告代理店の人間に、学内向けの講演をやってもらうのも手かも。)
また、広報担当部門に
「成果主義じゃないし、必要以上にがんばらなくてもまぁ、
なんとか去年と同じ広告を出していればいいや。
教員に逆らってもいいことないし、どうせ数年で他部署に移動だし。」
という甘えの姿勢がないとも言い切れません。
冒頭でご紹介した「シズル感」という言葉の意味、試しに広報部の人に聞いてご覧なさい。
この言葉は、広告の専門用語でも、最も基本的な部類に入ります。
広告代理店の新人の研修なら、一時間目か二時間目に登場するでしょう。
何しろ、糸井重里の「オトナ語の謎。」にも掲載されているくらいですから。
もし万が一この言葉を知らない人間がいたら大問題です。公式を知らない人間に数学の問題を作らせているような状態です。
それで仕事がまわるのだとしたら、その広報部は去年と同じことをするだけの部署かも知れませんので、注意しましょう。
「うちの大学の広告で、シズル感を意識したのってどんなのがある?」
と質問してみるのもいいかも知れません。
この質問に対し、自分の学校のみならず、他大学の取り組みまで説明できたらとりあえずは合格です。ただ業者や上司の言うままに働いているだけの人は、答えられません。
大学を長く相手にしている業者は、大学組織の内部事情を意識して、教員にウケのいい案を作ってきたりしますから、いっそう問題は深くなります。
こんな業者に騙されないためにも、基本的な知識は知っておいた方がいいです。
以上、
大学の広告を普段目にしていて、どうも、大学の関係者というのは基本的なイロハを知らないんじゃないのかな…と思うことがあるので、今日は試しに、こうした疑問を提示してみました。
広告のテクニックなどは、知っていると楽しいものが多いので、
担当者でなくても勉強してみるといいですよ。
飲みの席で「あれって、シズル感が今ひとつだよね」なんてさらっと口に出すと、ちょっとかっこいい…かも知れません。
広告については今後、いい取り組みなども具体的にご紹介していきたいと思います。
大学広告ウォッチャーのマイスターでした。
こんにちは。チャップです。
マイスターさんのブログいつも楽しく読んでマス。
前職でマイスターさんにはお世話になりました。
シズル感。。。
そういえば、仕事してはじめてマイスターさんから教わった言葉でした。
(当人は覚えてないかもしれませんが・・・)
私が某ショッピングサイトの運営を任されたときこの言葉は非常に役立ちましたよ。
嗚呼!あの頃がなつかし・・・
こんにちはチャップさん、マイスターです。
ブログを読んでいただいていて、ありがとうございます!
私も、店長のメルマガが懐かしいです。
シズル感、私がお教えしたんでしたっけ…すみません、すっかり忘れていました。店長にそういっていただけると恐縮です。
あの名ショップに、ちょっとでもお役に立てていたのだとしたら、うれしいです。
おっすマイスター。
前職を離れてしばらくたつと思うんですけど、
今でもそんな視点をちゃんともっていられるってのは
すごいなーと思います。
で、大学の広告ですけど、割と同じようなことを感じてました。
予備校はちょっとレベル高いですよね。早稲田塾とかけっこう好き。
ユーキさん、ちわっす。
前職から離れたら、かえって広告が気になり始めた…というのも、あるかもしれませんねー。
大学業界の広告は、見ての通りです。
それに比べると、専門学校とか予備校とかは、守るべきしがらみが学内にないからか、目をひくクリエイティブが多い気がしますねー。
大学の場合は、本文に書いたように、学内でぶーぶー好き勝手にクレームをつける人が非常に多く、しかも事務職員がそれを無視できない、という問題があって、これがやっかいなのですわ。