マイスターです。
今日は、昨日の続きで、歴史教科書と組織統制について書きます。
なにしろセンシティブなテーマなので、メディアと組織統治という視点に絞ります。
(なお、歴史教科書問題について取り上げるのは、たぶんこれが最後です。
組織メディアとしての教育、について考える題材としては最高なのですが、
本ブログのメインテーマは大学教育なので…)
検討の素材として使用したのは、入門 中国の歴史―中国中学校歴史教科書です。
中国の歴史教科書が、共産党宣伝のためのメディアとして使われているのではないか?という感想は、昨日述べました。
根拠として、
・歴史を共産党統治に都合よく編成している点があること
・共産党を讃える記述が多いこと
などをあげました。
まず教科書の最初、第1課の1ページ目を開きます。
すると、本文は、次のような文章で始まっています。
私たちはみんな社会主義の祖国に貢献したいというすばらしい願いを持っている。どうすればこの願いを実現できるのか。第一に、自覚して良い思想と品位を身につけた自分を養成しなければならないが、歴史の勉強は思想、品位の養成に重要な役割を持っている。祖国の悠久で輝かしい歴史は、私たちの強い愛国の熱情と民族の誇りを高めてくれる。近代以後、祖国が貧しくたち遅れ、しばしば外国の侵略にあってきた歴史は、奮起して前進し、強くなり、現代化建設に献身しようとする私たちの決意をうながしてくれる。新中国誕生以来、日進月歩で急速に発展してきた歴史は、私たちに中国共産党に従って社会主義の輝ける道を歩む信念を確信させてくれる。
マイスターは一文字も略したり、修正したりしていません。
この教科書は、中国共産党に従って、社会主義国家の建設に貢献できる思想と品位を身につけるために作成されている、と、教科書の冒頭で宣言されています。
この文章の後も、「社会主義国家建設」といった言葉が登場します。
で、3ページ目。
歴史上の人物や事件に関する人々の見方はしばしば非常に異なっており、まったく逆の見方になることさえある。どのような見方が正しいのか。マルクス主義の観点を用いて、史実を分析することによってのみ、正しい結論を得ることができるのである。歴史を勉強することによって、史的唯物論の観点で問題を観察し、また問題を分析する私たちの能力は高められる。
マルクス主義以外からの歴史見解は、間違いであると宣言しています。
この文章が終わって、歴史の記述が始まるという構成です。
教科書は全体を通じて、「社会主義国家建設のために」「中国共産党に従って」という表現が見られます。
日本人はびっくりするかもしれませんが、これが政党が一つしかない国の、国定教科書という意味です。
別に驚くことはありません。
たとえば宗教の歴史をひもとけば、上記のような記述の教典をもつ信仰はいくらでもあったはずです。
読者と、特定の信仰対象をひもづけるような記述です。
中国はこれを、歴史教科書で展開しているだけのことです。
マイスターが分析するまでもなく、冒頭から、共産党のメディアであることは宣言されているわけです。
これで終わってしまうとおもしろくありませんので、もうちょっと先を見てみましょう。
昨日書いたとおり、「元寇」など、中国が他国に攻め入った記述はすべて抜け落ちています。
「長征」で出た死者についての記述、天安門事件、など、共産党に都合の悪い記述もありません。
また、階級闘争史観というのでしょうか、虐げられる民衆と、圧制者という組み合わせで時代が語られることが多いです。
近現代に入ると、その圧制者の代表として、2つ、他とは全く扱いの違う組織が登場します。
一つは、日本。
もう一つは、国民党です。
日本の扱いについては、もう日本のメディアでさんざん報道されていますし、想像がつくのではないでしょうか。
国民党がどうして共産党の教科書で、圧制者として目の敵にされるのかは、近現代史や政治史、現在までの中台関係ををご存じの方なら、おわかりだと思います。
教科書なので、「考えてみよう」とか、「説明してみよう」みたいな欄外の問いがそこかしこに設けられています。日本の教科書にも、ありますね。
以下に、ちょっと抜き出してみます
<考えてみよう。1931年「九・一八」事変の開始から、日本帝国主義はどのように一歩一歩中国を侵略していったのか、まとめよ。>
<考えてみよう。日本帝国主義の侵略に反抗する闘争における英雄の実績について話そう。>
<説明してみよう。日本の侵略者は占領区に対して、主としてどのような側面から残虐な統治を実行したか。例を挙げることができるか。>
<共産党の全面的な抗日路線と国民党の不徹底な抗日路線にどのような本質的な違いがあるのか分析せよ。例を挙げて自分の考えを説明できるか。>
一体、上記の問いに対してどういう回答をすれば、教員は生徒をほめるのでしょうか。
また、どういった回答は、「誤りだ」ということになるのでしょう。
普通の中学校の教室で、「はい、日本軍はこんなに残虐でした」「はい、よくできました」という指導が行われているわけです。
そりゃあ、デモもするわ。
また、各課のタイトルも凝っています。
第7課 神聖なる抗戦の開始
第9課 日本侵略者の残忍な統治
第10課 抗日に消極的で反共に積極的な国民党
第14課 国民党軍の侵攻を粉砕する
第15課 蒋王朝の壊滅
歴史を知らない人が見ても、間違いなくこれは共産党が作った教科書で、国民党とは仲が悪いんだなぁとわかりますね。
教科書の巻末に「史料閲読」というコーナーがあるのですが、そこには
第5課 ただ中国共産党の指導があってこそ社会主義中国は存在しうる
という、これもう「史料」じゃないだろ、っていうかいいのかこのストレートな表題、みたいなページも。
中国の歴史教育は、昔は、これほど露骨に日本を敵扱いしていませんでした。
その方針が変わっていったのが、90年代初頭だと言われています。
1989年に起きたのが、かの天安門事件。
それ以降、歴史教育の中に、「残虐な日本」が登場していきます。
何が言いたいかというと。
現代の政治的な目的のために、歴史が編纂されているわけです。
中国の教科書を例に挙げましたが、こうした政治性は、韓国でも、日本でも、当てはまることです。
アメリカにも、当てはまります。
他の国々にも当てはまるでしょう。
主観的でない情報などありません。
が、その上、歴史教育は本来「誰を主語にするか?」「今の自分たちをどう定義づけるか?」という、客観的記述とはあまり相容れない目的の上に展開されるものです。
歴史教育は、おそらく「国家」というシステムと密接に関わっています。
世界が「国家」という単位で束ねられている限り、歴史教科書はその国家を語るためのメディアであり続けるでしょう。
歴史教科書には、今現在の「国家」の事情や状況が如実に表れるわけです。
(遺跡や寺から出てくる、あらゆる史料もそうですよね)
マイスター、情報メディアを扱う仕事をしていましたし、ガバナンスとメディアに関する学位を取りました。
なので、特定の組織や政治的理由のために、情報操作がいとも簡単に行われること、そして私たちは批判的に見ているつもりであっさりそれらを信じ込んでいることを、普段からわりと意識しています。
客観的な報道などないのだということも、さんざん、勉強したつもりです。
そのつもりで過ごしていても、つい、メディアを疑うことを忘れてしまいがちです。
教科書は、究極のメディアです。
その影響力は、この世のいかなる情報メディアもかないません。
きっと、毎日教壇に立っている教員の皆様も、その力の大きさに気づいていないと思います。
それゆえ、何よりも慎重に扱ってもらいたいと思います。
マイスターは企業広告をプロデュースしてましたが、歴史教育は、国家をプロデュースするに等しい行為です。
Adolf Hitler did say,
”give me control of the textbooks and then I will control the nation.”
(私に教科書が支配できたなら、次に、私は国家を支配するだろう)
5月26日の記事でも取り上げた言葉を、もう一度、ご紹介しておきます。
「メディアによるガバナンス」を、実践してはいけない方向で徹底させた人の言葉であるだけに、我々も、中国、韓国の皆様も肝に銘じておくべきでしょう。
結局、中国の教科書のことばっかりの記事になってしまいました…。
記事の中で、マイスターが紹介した教科書は以下の記事の中でオンライン購入できます。
■中韓の歴史教科書をネットで購入(本ブログ 2005/5/26)
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/23047942.html
ぜひ、ご自分の目で比較判断してみてください。
教育に携わる方なら、一度はやってみて損はない作業です。
マイスターと違う分析をされる方もいっぱいいらっしゃると思います。
最後に。
メディアは常に組織統治の仕方と関係しています。
歴史教育は、国家のあり方そのものと直結しています。
完全に公平で客観的な歴史教育はできませんが、ただ一つ思うのは、
国定で教科書が定められている国の教育は、間違いやすいのではないか、ということです。
上で述べたとおり、国家の政治的な理由や思惑の影響を強く受けるからです。
日本は、様々な批判をいただいたりもしていますが、少なくとも民間による複数の教科書と、オープンな議論があります。
そこだけは、胸を張っていいんじゃないかと思います。
<おまけ>
■米研究者、中国政府によるウェブ検閲の実態を報告
http://hotwired.goo.ne.jp/news/culture/story/20021206204.html
「サイバー版 万里の長城」によって、中国からのネット閲覧はかなり規制されています。
今回のこの記事のせいで、「俺の職場は大学キャンパス」も規制の対象になるのかな…と妄想し、何故かワクワクしてしまうマイスターでした。