マイスターです。
■ノーベル賞受賞 大学の報道あれこれ(1):各大学の反応は?
■ノーベル賞受賞 大学の報道あれこれ(2):日本の大学が追求すべき「成果」は?
盛り上がったノーベル賞。
本ブログでも、メディアや大学の反応などをご紹介させていただきました。
ところで、受賞報道で感心したのは、各メディアが、「受賞の対象となったのは、どんな研究成果か」ということを素早く記事にまとめていたことです。
既にノーベル賞受賞候補として名が知られている研究者については、ある程度、事前の準備もしていたのだと思いますが、受賞が決まってから調査班が調べた部分もあったと思います。
難解な理論を一般の方々にもわかりやすくかいつまんで伝える能力は、さすが新聞社、と感じました。
化学賞の受賞成果につながったオワンクラゲはいま水族館で大人気と聞きますが、どんな形であれ、まずは世の中の多くの人に、科学研究に関心を持ってもらえたという証だと思います。
大手の新聞社にはたいてい、科学研究分野の記事を担当する部署があるようですが、その底力を見たように思いました。
では、大学はそのあたりで、どのように貢献したのでしょうか。
今日は、そんな話題をご紹介します。
【今日の大学関連ニュース】
■「ノーベル賞の『原典』探る 精華で、益川氏らの論文展示」(京都新聞)
京都ゆかりの4人の科学者が今年のノーベル物理学賞と化学賞に輝いたことを記念し、京都府精華町の国立国会図書館関西館で、受賞者の軌跡をたどる展示会「ノーベル賞をうみだした原典」が開かれている。
同館総合閲覧室の一角に設けられた展示コーナーには、南部陽一郎・米シカゴ大名誉教授や福知山市出身の下村脩・米ボストン大名誉教授らの、受賞対象となった論文が掲載された米科学雑誌などが並んでいる。
4氏の博士論文も合わせて展示され、うち京都大名誉教授の益川敏英・京都産業大教授と小林誠・高エネルギー加速器研究機構名誉教授の論文は、リポート用紙に手書きされている。英語も交えた丁寧な文字でびっしり埋まった論文を、来館者は興味深そうにのぞいていた。
(上記記事より)
↑とても良い企画だと思いましたので、まずこちらをご紹介します。
大学ではなく、京都にある国立国会図書館関西館の取り組み。
今回のノーベル賞の対象になった論文を展示しているとのことです。
おそらく来場者のほとんどは、論文を見ても理解はできないでしょう。
しかし、文字通り一組の「ペーパー」が世の中を変えるというインパクトは、実際の論文から感じられると思います。
今回、「紙とペン」から生み出された理論が世界を驚かせた、と多くのメディアが報じましたが、本当に、研究者の頭脳と「紙とペン」の組み合わせなんだということを、原典展示によって一般の方々に感じてもらおうとした国立国会図書館関西館、なかなかやるなぁと思います。
で。
ふと思ったのです。
これって、大学の付属図書館がそれぞれの大学で行ったら、大いに意義がある企画だなぁ、と。
1本の論文が持つ力の大きさを一番感じて欲しいのは、学生です。
「巨人の肩の上にのれば、巨人よりも遠くが見通せる」といった格言がありますが、得てしてそんな巨人はあまりにも縁遠く、自分の存在とは違う、伝説上の出来事のように感じられてしまうもの。
論文の展示は、実際の巨人達の成果を、想像しうるくらい身近なところに引き寄せるチャンスでもあります。
大学生なら、論文の意味も、(一般の方々よりはまだ)理解できるでしょう。
展示だけでなく、自由に持ち帰れる論文のコピーを配布するなどして、各自で「解読」に挑んでもらうようなこともできます。
メディアでおおよその内容は解説されているのですから、もう一歩、学術的な作法に踏み込んだ読み込みを、大学生には期待したいもの。
ノーベル賞受賞論文は、学生にそういった行動を起こす刺激を与えるには、一番良い仕掛けなのではないかなと、上記の記事を読んで思いました。
ちなみに、ちょっと調べてみたら、すでに取り組みを行っている図書館もありました。
■「益川・小林氏ノーベル賞論文を公開 京大図書館HP」(京都新聞)
ノーベル物理学賞に決まった京都大名誉教授で京都産業大教授の益川敏英氏と高エネルギー加速器研究機構名誉教授の小林誠氏の受賞対象となった京大時代の論文を、京大図書館機構がホームページ(HP)で公開している。
益川氏と小林氏が1973年に共同で発表した論文で、湯川秀樹博士たちが創刊した理論物理学の学術誌に掲載された。「たった6ページ」の英文で、宇宙の始まりに粒子と反粒子がぶつかっても、すべてが消滅することがないという「CP対称性の破れ」を説明する理論を記している。
iPS(人工多能性幹)細胞の作製で「近い将来にノーベル賞」と期待が集まっている山中伸弥京大教授の論文原稿も今年2月に掲載され、3000件を超える閲覧があるなど人気を集めている。「若い学生が読み、研究への興味を深め、励みにしてもらいたい」(京大付属図書館電子情報掛)としている。
(上記記事より)
「本人が在籍していた大学」ならではの、素早い取り組みを見せたのは、京都大学図書館機構。
「京都大学学術情報リポジトリ(KURENAI)」にて、論文を公開しています。
小林氏、益川氏の論文は、「たった6ページ」の英文なのですね。
両氏が大変なディスカッションを重ねて生み出したという、まさに知が結集された6ページです。
↓こちらが、その論文になります。「49_652.pdf」というリンクをクリックして、ご覧ください。
メディアでも報じられていましたが、益川氏は、著者名を英語風に「MASKAWA」とつづっているのが確認できます。
理論物理学ってこういうものなんだなぁ、と思わせる、数式の並び。
理学系の皆様は、解読にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
行列式や三角比なども登場するので、高校などで配布し、「ほら、みんながいま学んでいる数学は、ノーベル賞の研究でも使われているんだぞ」と生徒に実感してもらうのにも使える……かもしれません。
(逆に引いちゃう?)
余談ですがこの論文は、「Progress of Theoretical Physics」という、湯川秀樹氏などが創刊し、朝永振一郎博士のノーベル賞論文も載ったという学術誌に掲載されたもの。
京大への掲載は同誌の協力によるものだそうで、「Progress of Theoretical Physics」のサイトでも、同じ論文が公開されています。
■「ノーベル物理学賞受賞論文 小林・益川論文は、本誌から発行されました! 」(Progress of Theoretical Physics)
↓ただ、この「Progress of Theoretical Physics」は、赤字により廃刊の危機にあるのだとか。
■「小林・益川両氏も論文発表、伝統の学術誌が赤字で廃刊危機」(読売オンライン)
公的な補助金の削減が、その要因だそうです。
ノーベル賞受賞の際、首相や文部科学大臣は、日本の成果だとして褒め称えるコメントを出していましたが、政府の実際の行動にはつながっていないのかもしれません。
受賞が、同誌存続のきっかけになることを祈るばかりです。
さて、ノーベル賞論文を探して、さらに調べてみたところ、京都大学オープンコースウェア(OCW)で、湯川秀樹氏の論文が公開されていました。さすが京大、ノーベル賞に関しての取り組みが、他よりも目立っています。
■「湯川先生のノーベル賞論文の手書き原稿と印刷版」(KYOTO-U OPENCOURSEWARE)
手書き原稿と印刷版のそれぞれが掲載されていますので、よろしければ両方ご覧ください。
(論文を見ても、一般の方にはさきほどの小林氏、益川氏の論文と見分けがつかないと思いますが)
ちなみに手書き原稿は、「OSAKA IMPERIAL UNIVERSITY」と印字された原稿用紙に書かれています。
小林氏、益川氏の論文とは、また違ったインパクトがありますね。
湯川氏から下村氏まで、ノーベル賞の原典をずらっと大学図書館などに並べたら、学生は興味深く見るかもしれません。常設展示にしてもいいような気もします。
以上、ノーベル賞論文を公開する取り組みを、いくつかご紹介させていただきました。
大学の図書館やwebサイトにも、ノーベル賞受賞者の研究成果をわかりやすくまとめたコーナーは、あったりします。
それは良いのですが、しかしマスメディアのノーベル賞報道と同じことを大学が行っても、仕方がありません。
さらに一歩踏み込み、「これがその論文だ!」と提示すると、大学ならではの取り組みとして、より意義があるのかなと思います。学生だけでなく、一般の方でも、原典を見てみたいという人はいるでしょうし。
今回のノーベル賞受賞を、「科学を身近にするチャンス」と捉える人は少なくないと思います。
もし、まだ皆様の大学の図書館が、ノーベル賞受賞論文を展示していないようでしたら、良い機会ですから、ぜひやってみてください。
最後に、ふと思ったことを。
通常のインターネットと学術的なデータベースは、「違うユーザー」がアクセスするものだと考えられています。一般の人は論文を読まないし興味もないだろう、もし本当に興味があるなら学術データベースにアクセスして自分で探すはずだ……という認識です。
確かに全体的にはそうなのですが、しかし実際には、オープンにされている論文もあるわけです。
学術論文も最近は、結構インターネットで公開されていたりします。京都大学の「学術情報リポジトリ」のように大学が公開している場合もありますし、学会など、学外の公的な機関が公開しているケースもあります。
そして大学に所属していなくても、論文を読めるくらいの知的スキルを持ち合わせた人は、世の中にたくさんいるわけです。大学院を出て、普通の企業に勤めている人も大勢います。
日本は今や、大学・短大への進学率が5割を超えるくらい、高等教育が普及した国なのです。
ですから大学は、自校の研究成果をプレスリリースでPRしたり、あるいはメディアが取り上げたりした際、既にオープンにされている論文に関してはリンクを張るなどして、積極的に原典を読んでもらうような工夫をしてもいいのかもしれません。
少なくともメディアに報じられるような研究成果に関しては、大学側が、「論文にアクセスする仕掛け」を積極的に設けてもいいのかな、なんて思いました。
実際には、掲載に関して色々と許諾が必要だったりするケースも多いと思いますが、それも図書館のスタッフなどが手間を惜しまずに取り組めば、可能になることも結構多いと思うのです。
以上、マイスターでした。
※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。