「社会を変える」を仕事にする

マイスターです。

このブログでは、何度か「社会起業家」についての情報をご提供してきました。
社会起業家がどういった存在であるかについては、↓このあたりの記事をご参照ください。

(過去の関連記事)
・ソーシャル・アントレプレナーを目指す学生を支援するNPO、「ETIC」(2006年10月12日)
https://unipro-note.net/wpc/archives/50252913.html

さて、日本でも実は既に、様々な分野で社会起業家と呼べる人達が活躍しています。
そんな中、マイスターが以前から特に尊敬している方が、最近、本を出版されたようですので、ご紹介したいと思います。

「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方

ご存じの方も多いかも知れません。
筆者の駒崎さんは、病児保育問題を解決するためのNPO「フローレンス」を立ち上げ、現在も活躍されています。

ニューズウィーク誌の特集「世界を変える社会起業家100人」にも選出された、日本を代表する社会起業家です。

上記の本は、学生だった駒崎氏がITベンチャーの経営者となり、やがて病児保育の問題に出会って、このフローレンスを立ち上げていく過程と、その中で氏が悩み考えた様々な想いを綴ったものです。

■病児保育・病後児保育のNPOフローレンス
http://www.florence.or.jp/

病児保育問題。
それは、今まであまりメディアがクローズアップすることもなく、公的機関が実施する社会制度からはこぼれ落ちていたトピックです。

例えば小さな子供を育てながら、仕事に行っている保護者の皆様。
ある朝、子供が熱を出してしまったら、どうしますか?

子供ですから、突然病気になるなんてことは、普通です。
熱だって、出るときは出るでしょう。そうやって、少しずつ子供は成長していくのですから。

でも、普通の保育園は、病気になった子供は預かってくれません。

もし、貴方の周りに、一日その子の面倒を見てくれる親や親族がいれば、そこで問題は解決するでしょう。あなたは朝、「今日一日、お願いね」といって子供を託し、仕事に行けばいいのです。
でも、そういう対応が可能な方が、果たして今、どのくらいいるでしょうか?
昔なら存在した「同居する親」や「近所の面倒見の良いおばちゃん」。
今は、残念なことに、そういう方は身近にはいないことが多いです。

で、どうするかというと保護者……大抵は母親の方が、仕事を休むことになるわけです。

子供が病気だから親が看病する。これは当然のことのように思えます。
しかし理由はどうあれ、しょっちゅう突発的に仕事を休む人間を、現代の日本の会社組織は信用しません。
その結果、どれだけ仕事をがんばっていても、子供を抱える母親は派遣社員から正社員になれなかったり、ひどい場合「しょっちゅう休むから」という理由でクビになってしまったりするのです。

私達が暮らしている現代日本は、「子供が熱を出したら仕事をクビになる社会」なのです。

これは、果たして正しい社会のあり方でしょうか?

私達は本当に、こんな社会に生きることを望んでいるのでしょうか?

駒崎氏の身近にも、こういった体験をした働く母親の方々が、好くなからずいらしたようです。
この問題を解決するにはどうすればいいだろう……と考えた駒崎氏は、様々な試行錯誤、失敗や挫折の末に、フローレンスの事業モデルを考えだし、組織を立ち上げてサービスを展開していくのです。

フローレンスの事業のコアである「非施設型病児保育事業」については、以下で説明されていますので、ご興味のある方はご覧ください。
お金のかかるハコモノではなく、地域で暮らす様々な人間のネットワークの力を使って病児保育の問題を解決するこの発想と、それを事業化までもっていった社会起業家としての実現力には、教育業界の私達も見習うべきところが多いと思います。

■「非施設型病児保育事業」(フローレンス)
http://www.florence.or.jp/rescue/flrp/

そして、このフローレンスの活動の根底にあるのは、明快で、はっきりとした問題意識の上に立っているビジョンです。
このビジョンのもとに、引退された保育士の方々や、子育てを経験したベテランママ、小児科医や弁護士、マーケターなどのプロフェッショナルなど、地域の様々な方々が結集し、病児保育の問題を解決しているわけです。

■「ビジョン:フローレンスについて」(フローレンス)
http://www.florence.or.jp/about/vision/

【アイデンティティ 〜私たちは何か〜】

私たちは「社会的問題を事業によって解決する」という「ソーシャル・ベンチャー」である。日本ではまだ生まれたばかりのこの概念は、まさにフロンティアであり、私たちはそのパイオニアたらんと志している。社会を変えるのは政治家や官僚だけの仕事では既になくなったのだ。「気づいた人間」が事業を起こし、既存の仕組みにはなかった発想を形にし、社会的イノベーションを起こすのだ。

そんなことは絵空事と思うだろうか?

私たちはそれが本当のことであり未来への潮流であることを、自らの事業によって証明しよう。

【名前の由来】

NPO法人フローレンスは、フローレンス・ナイチンゲールのファーストネームから名付けられました。

NPOフローレンスが病児保育という看護と保育の融合した領域に挑戦することから、看護の代名詞であるナイチンゲールの名を借りました。

しかしながらNPOフローレンスが彼女を尊敬したのは、それだけではありません。

ナイチンゲールは当時の非科学的な軍隊の衛生管理によって戦地で数多くの若き兵士が病気で死んで行った事を、数学統計を駆使して遠く本国に初めて証明してみせました。また、それまで病院内の召使という職に過ぎなかった看護婦という職業を、専門教育を受けたプロという存在に変える学校を創り出しました。そう、ナイチンゲールはイノベーター(革新を起こす人間)だったのです。

私たちNPOフローレンスも、わが国の子ども達に関わる古い、硬直した制度や価値観、仕組みなどを変え、新たな価値を創造するイノベーターにならんという志の証として、想いを名前に刻み付けました。

(上記記事より)

いかがでしょうか。しびれますでしょう?

ナイチンゲールは「白衣の天使」の異名から、献身的で愛情あふれる女性というイメージが強いかも知れませんが、上記で説明されているとおり実際は統計学の専門家で、数々のデータをまとめ、国を動かした凄腕の実務家でもあります。
衛生的な環境を整備することが、どれだけ戦場の兵士達の生存率を高めるか、ということを数字で証明することに、生涯、力を注いだのだそうです。
なおかつ、自分一人でできる範囲ではなく、広く世の中の問題を解決するために、看護学校を設立し、近代看護学を確立させたのです。
その功績が、彼女を「白衣の天使」たらしめているわけですね。

マイスターは学生時代、そんなナイチンゲールの話を何かで読んで「これぞ社会起業家だ!」と感動したのですが、まさに、駒崎氏達の事業に相応しいネーミングだと思います。

冒頭でご紹介した『「社会を変える」を仕事にする』は、読みやすく、親近感のあふれる文体で綴られています。
偉ぶることもなく、ただ現代に生きる一人の若者としてどんなことを感じ、考え、行動に移していったかが、語られています。

これから巣立っていく大学生はもちろんですが、教育業界で日々、様々な問題に向かってうんうんと唸っている皆様にも、お勧め。
前向きになること、請け合いです。

この本には、駒崎氏がぶつかった様々な「カベ」についても、記述されています。
それらの記述についても、ひとつひとつに、考えさせられます。

例えば、病児保育事業を始めようと思い立った氏は最初、企画書を持って様々な保育園の園長や小児科医、ベビーシッター会社の方々を訪ねるのですが、ことごとく、拒絶されます。

そういった方々は、保育に長年携わってきた女性ばかり。
独身男性で、まだ20代の氏が何かを提案しても、「自分が三十年保育園の園長をやってて、それでもできないことを、なんであんたができるわけよ」と露骨に嫌な顔をされたりしたそうです。
またそういったプロの方々から「そんな事業は親を甘やかす」「だから親がダメになるんだ」と激怒されたこともあったとか。
でも果たして、本当にそうでしょうか? 彼女たちだけで、「子供が熱を出したら仕事をクビになる社会」が変えられるのでしょうか?

この辺りの件を呼んで、なんだか教育の問題と同じだな、とマイスターは感じました。

「子育ての経験がない人間に、教育を語る資格はない」といったことを言う人は、実は教育業界にもいます。大学職員にも、います。ベテランの方に、結構多いような気がします(これも、保育の世界と同じでしょう)。
また、すべての問題が「愛情」だけで解決すると考える人も、意外に業界のベテランの方にしばしば見かけます。
SNSなどで、そういう自説を披露している方を見る度に、高等教育の未来が心配になり、マイスターは暗澹たる気分になります。

資金も人も少ない中、長年にわたってうんうんと現場で踏ん張ってきた経験は、大いに評価されるべきです。非営利事業を支えてきたプライドもあるでしょう。
また実際、子育ての経験があるのとないのとでは、違ってくる部分も大きいと思います。もちろん言うまでもなく、子供達への愛情は必要不可欠で一番大事な要素です。

ただ、保育でも教育でも、

「狭い範囲の人間だけが関わっていては解決できない重要な問題が、実は社会にまだ結構残っている」

のではないかと、マイスターはいつも思っています。

子育て経験のある方だけが、教育や保育に携われるのだとしたら、世の中の問題は解決しないでしょう。また、その道で長く勤めたベテランだけがいても、やはり現状はよくならないでしょう。
そこには、限られた視点、限られた発想しかないからです。

そして愛情「だけ」では、問題は解決しません。
ナイチンゲールがいくら献身的に病人を看病しても、ひとりでは世の中を変えられなかったでしょう。

限られた範囲の人では気づかないこと、できないことも多いのです。
専門外の人でも別業界のプロでも、若者でも老人でも、行政でも企業でも、気づいた人が力を出し合い、それぞれできる方法を持ち寄って解決策を探していけばいいのではないでしょうか。
少し前ならともかく、現代は、というかこれからは、そういう時代なのではないでしょうか。

フローレンスの「ビジョン」でも、

社会を変えるのは政治家や官僚だけの仕事では既になくなったのだ。「気づいた人間」が事業を起こし、既存の仕組みにはなかった発想を形にし、社会的イノベーションを起こすのだ。

と謳われています。
「フローレンス」が実際に活動してきた軌跡は、このことを、改めて私達に考えさせてくれるように思います。

というわけで、お勧めの本です。
ご興味を持たれた方は、ぜひ読んでみてください。

以上、マイスターでした。

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(おまけ)

※駒崎氏は、フローレンスの病児保育事業に取り組みながら、
「子供の病気で仕事を休んでも、会社をクビにならずに済む社会」
の実現に向けても、様々な活動を行っています。

「社会の問題を解決する」ために広い視点で考えて、時にダイナミックな手を打っていく。これも、社会起業家の特徴なのかもしれません。

※駒崎氏はブログも書かれています。マイスターが愛読しているブログのひとつですが、こちらも、お勧めです。

■Days like thankful monologue 病児保育のNPO法人フローレンスを運営している駒崎弘樹のblog
http://komazaki.seesaa.net/