大学院時代は女性の先生に研究指導を受けていたマイスターです。
その大学院では、学生の男女比率は半々くらいでした。
教員の方も、半々とまではいかないまでも、やはり女性教員が少なからずいたように思います。いわゆる学際系分野の大学院でしたが、普通に授業を履修していたら、結果として女性教員が担当している専門科目をいくつも受講することになっていました。
そんな環境に身を置いておりましたので、「女性教授」「女性研究者」は身近な存在だったのですが、そうでもない大学もあるようです。
【教育関連ニュース】—————————————–
■「東大、女性教授の割合がわずか3%台 経済、薬学部はゼロ」(読売オンライン)
http://www.yomiuri.co.jp/komachi/news/mixnews/20060905ok04.htm
————————————————————
東京大学の全教授に占める女性の割合は3・8%にすぎず、全大学平均の3分の1にとどまっていることがわかった。
男女共同参画の観点から女性教官の増加が求められているが、東大はほとんどの学部が5人以下で、経済学部と薬学部はゼロ。最高学府の後進性が浮き彫りになった。
東京大学人事部によれば、今年7月1日現在の全学の女性教授の数は47人(総数1253人)で、全体の中で占める割合は3・8%。国立大学平均の6・6%、全大学平均の10・5%に比べ、ずっと低かった。学部別にみると、10人を超えたのは教養学部だけ。医学部の3人はいずれも看護学系だった。
1995年の東大女性教授の割合は2・0%だった。東大は2003年に「男女共同参画基本計画」をまとめ、女性教員増加に努めているが、もともと数が少ないため、短期間で急増させるのは難しいという。
(上記記事より)
この通り、東京大学の学生さんは、女性研究者を身近に感じにくい環境におかれているようです。
国立大学の平均値と比較しても、女性比率は非常に低いですね。
女性が少ない理由は、この記事だけではわかりません。
例えば女性の大学院生のうち、教員に登用されるまでになる研究者が少ないのかも知れません。だとしたら、それはなぜでしょうか。
また、東大クラスの研究大学なら本来は、自校出身者に限らず、海外の女性研究者を登用することも十分に可能だと思います。それをやらない理由はなんでしょうね。
自校出身者を教員にする率が非常に高い上、さらにその中で、女性が登用されにくい何らかのメカニズムが働いているのではないか、なんてマイスターは想像しますが、具体的な数字が見つからなかったので、真相は不明です。
ただ、日本では女性研究者の数がそもそも少ないというのは事実です。
まだまだ我が国は、女性研究者が働きやすい環境を十分に整備できているとは言えません。そんな中、研究者を目指す女性がそもそも少ないというのもあるでしょう。したがって、女性教員をそう急激に増やせないというのは、東大に限らず、全国の大学で共通の問題だと思います。
自然に待っているだけでは、女性教員は増えない。
ということで、積極的に女性を登用する政策を打ち出している大学もあります。
【教育関連ニュース】—————————————–
■「人材確保で女性教員増へ 名大環境学研究科で新『運用ルール』」(中日新聞)
http://www.chunichi.co.jp/00/sya/20060907/mng_____sya_____004.shtml
————————————————————
名古屋大環境学研究科は6日の教授会で、教員に女性を優先的に採用する「運用ルール」を決めた。今後2年間で6人を採用する。同科の女性教員は現在、120人中3人(2・5%)と、名大全学で最低水準。これを3倍に増やし、女性比率の改善を狙う。
名大の全学平均は約1割。環境学研究科は発足6年目の若い部署で、もともと男性が多い工学、理学両研究科出身の研究者が中心になっていることから、女性比率は両研究科と並んで低い。国立大協会が2010年に女性教員の比率を2割にすることを提言していることもあって、比率是正を迫られていた。
新運用ルールでは、大学の教員採用で一般的である公募制はとらず、研究科の中にある3つの専攻が、それぞれ狙いをつけた優秀な女性を一本釣りする。採用した女性教員には、今後5年間に空く予定の教授などのポストも「保証」する。
環境学研究科は学生の3割が女性。林良嗣・研究科長は「女性が輝いていない組織は衰退する。新しい学問である環境学には女性の発想が欠かせないが、先輩がいなければ女子学生が研究者の道を選ばない。意識的に優遇することでトップレベルの優秀な女性の人材を集め、研究科の魅力を高めたい」と話している。
(上記記事より)
この「環境学研究科」は、元々女性が少ない工学、理学系統の学部だそうです。でも、「だから女性が少ないのはしょうがない」とは考えず、積極的に女性を増やしていこうと考えているのですね。
実はこの環境学研究科に限らず、名古屋大学は全学でこうした方針を採っているのです。
■「業績同等なら女性優先、教員採用で名古屋大が新方針」(読売オンライン)
http://www.yomiuri.co.jp/komachi/news/mixnews/20051228ok05.htm
↑こちらは、以前のニュースクリップでご紹介した記事です。
この通り、名古屋大学自体が、「女性教員の多い研究大学」を目指しているのですね。ですので今回の環境学研究科に関する報道も、学内各組織の取り組みの中で、環境学研究科の女性比率が低い水準にあることを受けてのことなのではないかな、なんて想像します。
女性を増やすということはいいのですが、ただこの名古屋大学のような方針は、同時に批判も集めやすいと思います。「女性だから採用する」というのは、本来の研究者の能力とは関係ない部分を判断基準にしている、ということでもありますからね。
「同程度の能力なら、女性を採用する」というのが名古屋大学の方針ですが、本当にすべてにおいて同じ能力を持っている二人というのはいませんよね。「少しずつ違いはあるけれども、どちらも甲乙つけがたい」という二人の人材から、一人を選ばなければならない、なんてことは、普通にあるわけです。そういうときは、どこかしらで差を見つけて、良い方を選ぶことになります。
名古屋大学の場合、そういう際に、「性差」を理由に落とされてしまうことがあるということです。
それに数字のノルマがあると、どうしても
「今回は男性の応募者の方が若干優れているような気もするが、女性教員の比率を上げる必要もあるから、女性応募者を採用しよう」
という判断も働いてしまうと思われます。
こういった方針に、抵抗感を覚える方もおられるのではないでしょうか。
……と、批判を受ける余地はあるものの、個人的には名古屋大学がこういう方針を打ち出すのは、別に悪いことではないと思います。
「優遇してでも、女性を採用する」かどうかは、最終的には名古屋大学の考え方次第です。この方針によって、最終的には男女が刺激を与え合って協働できるレベルの高い研究大学が実現できる、と名古屋大学の方々は考えたのでしょうから、それがうまくいくかどうかは、当事者達の問題です。
例えば、研究者として身を立てたいと考える女性の大学院生がいたとしましょう。果たして彼女が、東京大学と名古屋大学のどちらの門をたたくでしょうか。
男性なら、もしかすると東京大学を選ぶ方が多いのかも知れません。ただ、女性なら、名古屋大学に魅力を感じる方も多いと思うのです。
結果として名古屋大学が、国内外の優秀な女性研究者がこぞって来たがるような大学になるのなら、これはこれで学園経営方針の一つなんじゃないかな、とも思えるのです。(そう考えると、例えば「外国人研究者を積極的に採用する」っていう方針と、本質的にはあまり違わない気もします)
倫理的には問題がないわけではありませんが、経営の点から言えば、一つの政策になり得るということです。
また、「そもそも日本の研究者社会が、男性優位の構造になっていた」という事実もあります。
これまで、女性が研究者として働ける環境ができていたかというと、必ずしもそうではありませんでした。出産などでキャリアが途切れてしまうこともあったでしょうし、女性研究者の存在自体が、なかなか社会の中で肯定的に評価されてこなかったということもあったと思います。
その結果、(分野にもよりますが)大学の教員のほとんどは男性になってしまいました。すると、若い女子学生のロールモデルになる女性研究者が少ないことで、いっそう、優秀な女性を研究者の世界から遠ざけてしまうことになるわけです。悪循環ですね。
こういった現状を是正するためには、ある程度の強硬手段を用いてでも女性を増やさなければならない、という考え方が、名古屋大学にはあるのかも知れません。
以前、「アファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)」について、ブログでご紹介したことがありました。
・用語解説:「アファーマティブ・アクション」とは
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50211090.html
・四国学院大学が採用するアファーマティブ・アクション
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50213261.html
名古屋大学の「女性優遇政策」も、この「アファーマティブ・アクション」としての一面を持っているように思われます。
もちろんこれは、まだ本当の意味での男女平等社会のあり方であるとは言えません。
男性優位な構造がなくなって、女性研究者にとっても働きやすい環境が整ったら、やはり能力だけで判断されるようになるのが理想だと思います。
あくまでも、大きすぎる「格差」を埋めるまでの、暫定措置であるべきでしょう。
人事をどのような方針で行うかは、大学によってある程度は違っていいと思います。
男女共同参画社会を目指すことは大切ですが、それをどのような形で実現させるかは、組織によって異なります。名古屋大学のようにダイレクトに採用方針に反映させるのは、一つの例に過ぎません。
(もちろんあまりに露骨な「逆差別」を生んでしまうものは問題だと思いますけれど)
簡単には理想の解決法を見つけられない課題だと思いますが、各組織で議論を尽くし、試行錯誤を繰り返しながら、それぞれの方針を決めていくしかないのでしょうね。
以上、マイスターでした。
———————————————————-
(過去の関連記事)
・女性を研究者に!
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50214766.html
・教育現場での、女性の比率
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/23597412.html
(参考)
■「第9表 学校管理職等における男女別状況」(男女共同参画白書 平成18年版 )
http://www.gender.go.jp/whitepaper/h18/web/danjyo/html/honpen/chap03_09.html
■「女性の参画指数(平成17年度委託調査)」(内閣府)
http://www.gender.go.jp/sankakushisuu/shisuu-index.html
↑125ページ以降に、研究者の状況が。
※名古屋大学環境学研究科の今回の報道に関しては、個人的に気になった点もないわけではありません。
新運用ルールでは、大学の教員採用で一般的である公募制はとらず、研究科の中にある3つの専攻が、それぞれ狙いをつけた優秀な女性を一本釣りする。
↑このあたりはなんだか、オープンな大学組織のあり方から遠ざかってしまう内容であるようにも思われます。女性を対象にした公募……だと、思うように欲しい分野の優秀な人材を募集できないのかも知れませんが、何かうまい手はないものでしょうか。難しいですかね……うーん。
アファーマティブアクションについてはこちらも参考になります。私もありがちな誤解をしていたので・・・。
■ 虚像の Positive Action
http://haseitai.cocolog-nifty.com/20/2006/07/_positive_actio_c836.html
女の大学院生です。これから研究者としての仕事を探そうとしているところです。
もし私だったら、「本来の研究者の能力とは関係ない部分を判断基準にしている」と考えられている「女性優遇政策」にのりたいとは思いません。女性であることを優遇してもらわないと採用されなかった、と周りに思われならが仕事をするのは屈辱的ですし、肩身の狭い思いをすることになるからです。
しかし、もし、この「女性優遇政策」が、女性が持つ特有の能力が研究組織にとって必要だということでとられているのであれば、喜んで応募するでしょう。
できれば、後者であって欲しいものです。
現在,国立大学工学系の准教授(女)です.出産,子育てで確かにその間生産性が落ちたのは事実です.ただ,このハンディを陽に主張することは「女がすたる」で一切これまで主張したことはありません.公募においても”小さいお子さんの面倒をみる人はいますか?”の質問を受けたこともあります.
ようやく成果がまとまって,少なくとも現在の男子教授らには負けない自信が出てきたところに,この政策.名古屋は”同等ならば女性”ですが,下記大学は”女性しか取らない”と明記しています.なおかつ,同大学では「既存の女子」は応募してはならないという但書きがあります.すなわち,一階級上を狙う場合には他大学に出る必要がある.出るのは構わないが,研究室の学生への措置などを考えれば”更なる負担”がのしかかる.
http://www.gakuzyutsu.chiba-u.jp/info/news100806.html
こういうシステムで出てきた女性教員が女子学生のロールモデルになるはずがない.また,「既存の」と表現された女性教員とうまくいくわけがない...所詮,男性の考える近視眼的な政策であるという感想です.