安倍構想の元ネタ? イギリスの「ギャップイヤー」とは

マイスターです。

8月末に、↓こんな記事をご紹介しました。

・総裁選の結果次第で、国立大学が「9月入学」に!?
http://blog.livedoor.jp/shiki01/archives/50238868.html

国立大学の入学時期を9月にし、それまでの約半年を奉仕活動等に充てるという、安部氏のかなり大胆な案。
マイスターも、無理があるところが多いんじゃないかなとは思いつつ、でもこうして大胆な構想が世の中で議論されるのはいいことだとも考え、毎日ニュースを見てます。

この構想に対して、周囲も反応し始めました。

【教育関連ニュース】—————————————–

■「『大学は9月入学に』安倍氏、討論会で提唱」(読売オンライン)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060914ia02.htm

■「安倍氏提唱の大学9月入学、実現へ根強い慎重論」(読売オンライン)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060914i318.htm?from=main3
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自民党総裁選に立候補している安倍官房長官は14日午前の自民党青年局主催の公開討論会で、教育改革について「大学入学(時期)を世界の慣行に合わせる」と述べ、国公立大学の入学時期を9月に変更することを検討する考えを示した。
そのうえで、「(高校卒業後の)4月から9月までの間は、例えばボランティア活動をやってもらうことも考えていい」として、高校卒業から大学入学までの約5か月間に社会奉仕活動などを奨励する制度を導入したいとの方針も打ち出した。
日本の大学では、現在、基本的に4月が入学時期だが、帰国子女などに配慮して一部で9月入学も行われている。しかし、国公立大学が原則9月入学になると、私大も追随すると見られる。さらに、企業の採用、人事計画などに影響が及ぶほか、社会奉仕活動の位置づけも難しいことから、今後、大きな議論になることが予想される。
(「『大学は9月入学に』安倍氏、討論会で提唱」(読売オンライン)より)

安倍官房長官は14日、自民党総裁選に向けた「教育再生」の一環として、国公立大学の入学時期の9月への変更と、高校卒業から大学入学までの一定期間の社会奉仕活動を奨励する制度の導入を提唱した。
社会性が豊かで、高い規範意識を持つ若者を育てる狙いがある。ただ、いずれも慎重論が強く、実現するには多くの課題を抱えている。
(略)
安倍氏は、党総裁選の政権構想に「すべての者に高い学力と規範意識を身につける機会を保障する」と盛り込んだ。高卒後の学生に奉仕活動を促すのは、「社会の規範、ルールを知る良い機会になる」(安倍氏周辺)との判断がある。
14日の街頭演説でも、「『公』の概念を(若者に)持ってもらうことが大切だ」と強調した。首相に就任すれば、首相直属の「教育改革推進会議」(仮称)を新設し、学力向上策とともに、検討する方針だ。
大学の9月入学と社会奉仕活動は、2000年12月に森首相の私的諮問機関「教育改革国民会議」がまとめた報告書に盛り込まれたが、実現していない。
9月入学には、「欧米と入学時期が同じになるというだけではメリットが少ない」と慎重論が根強い。
社会奉仕活動にも、「本来、自発的なもので、上から押し付けるのは筋が違う」(自民党幹部)、「奉仕活動が目的なら、4月入学のままでも、大学のカリキュラムに奉仕活動を盛り込めばいい」(文部科学省幹部)との意見がある。今後の意見集約は容易ではなさそうだ。
(「安倍氏提唱の大学9月入学、実現へ根強い慎重論」(読売オンライン)より)

「9月」という点もさることながら、「奉仕活動」の部分も色々と批判を集めそうです。
(相変わらず「ボランティア」と「社会奉仕活動」が記事の中でごっちゃになっているような気がしますが、この二つの言葉が持つ意味は本来、全然違いますよね……)

この安部氏の構想ですが、

「大学への入学を遅らせて、若者が社会勉強のためにその時間を使う」

という点では、モデルになっていると思われるものが海外にあります。

それが、イギリスの「ギャップイヤー」という慣習です。

【ギャップイヤー】

イギリスでは、習慣として、大学入学資格を得た18~25歳までの若者に、入学を1年遅らせて社会的な見聞を広めるための猶予期間が与えられる。

ギャップイヤーを利用する若者の多くは、高校が終了する6月から大学が始まる翌年の10月までの16か月間のうち、まず5か月間はアルバイトで資金をつくり、5か月間はボランティア活動をし、残りの6か月間を世界旅行をしたり会社で職業体験をしたり等の期間にあてる。大学入学までの猶予期間をどのように使うかは若者次第であり、その選択肢のひとつがボランティア活動である。

ギャップイヤーの利用者とっては、大学で何を専攻したいかの目的が明確になる等の効果があるとされている。ギャップイヤーをとった若者は、大学を中退する割合が少ない。イギリスでは、大学の途中退学者は20%程度いるが、ギャップイヤーを利用した若者に関しては3~4%に途中退学者の数が減ると言われている。企業も、ギャップイヤーによって様々な社会体験を経た若者を評価している。
(「平成13年9月 社会奉仕活動の指導・実施方法に関する調査研究」(株式会社日本総合研究所 文部科学省委託調査)より)

上記は、文部科学省のサイトに掲載されている、英国「ギャップイヤー」の説明です。
どうです、安倍氏の構想に似てますでしょ?

このイギリスのギャップイヤー、「制度」というよりも「習慣、慣習」だっていうところが目を引きます。
文科省の説明によれば、「必ず長期休みを取ること」と誰かが定めているのではなくて、「なんとなく、ギャップイヤーを取ることが社会的に奨励されている」というような位置づけらしいです。(さすが慣習法の国……?)

このように安倍氏の構想の元ネタになっていると思われるギャップイヤーですが、しかし、違う部分もありますよね。

○取得は強制ではない
○ボランティアや社会奉仕活動をするとは決まっていない
○大学や企業が、ギャップイヤーの取得を肯定的に評価している

↑このあたりが、安倍構想とイギリスの「ギャップイヤー」との大きな違いでしょうか。

イギリスの様子について紹介したリンクをもう一つご紹介しましょう。

■「英国・学生生活の中休み:ギャップ・イヤー」(ブリティッシュ・カウンシル)
http://www.britishcouncil.org/jp/japan-trenduk-archive-studentlife-breaking.htm

学生生活の中休み「ギャップイヤー」は、進学や就職に問題があった学生が過ごす期間として、かつては否定的にとらえられていました。でも今は違います。

大学は、学生がギャップイヤーを過ごすのを積極的に応援し、雇用者もこの時期に得る経験を有意義なものとして評価しています。自主的に学ぶ姿勢、自分の力で問題を解決する能力、自立の精神、国際性といった資質が得られるからです。

ギャップイヤーは大学に入る前にとるのが普通ですが、別の時期にとってもよいのです。例えば、学部の途中、大学院進学の前といったように。毎年10 万人の18歳になる英国人がこのようなかたちで、大学生活を先送りしています。毎年およそ8人に1人の高校卒業生が、この選択をしているのです。

英国人学生に一番人気のある国はオーストラリアで、やってみたいことはバンジージャンプやシドニーのハーバーブリッジを歩いてわたること。ペルーやタイ、インドも人気があります。

ギャップイヤーの過ごし方
たいていの学生は、アルバイトで旅の資金を貯めます。目的地に着いても生活費を稼ぐために働き続けます。人気のある職種は、バーでの仕事、果物の摘み取り作業、ツアーガイドなど。

期間は1年と決まっているわけではありません。資金不足のため、3-6ヵ月で終わることも多いのです。ギャップイヤーの人気と資金をなるべく抑えたいという学生の要望に目をつけて、旅行会社はパッケージ商品を売り出しました。そのプログラムの内容は、次の3種類に分かれます。

○ 環境保全的色彩の濃い途上国への探検旅行
○ 言語などのスキルを学ぶコースを取ったり、ウィンドサーフィンなどの技術習得コースなど後には教えることも出来るようなことを学ぶ
○ ボランティア活動。外国である場合が多い
(上記記事より)

この通り、安倍氏の構想のような、奉仕活動を「やらせる」という雰囲気があまりありません。
1年間という時間の使い方は完全に自由であり、社会奉仕活動のためにその時間を使う学生もいる、というのがギャップイヤーみたいです。
上記のように、バックパッカーとして世界各国を旅するなんていう過ごし方も、イギリスでは人気なのですね。
いっそう「安倍構想」との違いが明確に感じられます。

安倍氏の構想は、

「社会の規範やルールを知る機会を設け、『公』の概念を若者に持ってもらう」

という視点で作られているように思えます。

一方、イギリスのギャップイヤーは、

「自分が将来やりたいことについてじっくり考えるための1年間を、若者に与える」

という思想が核になっているように、マイスターには感じられます。

若者の教育のために考案されたという点はどちらも同じです。
長期にわたる猶予期間を若者に与える、という方法論も似ています。
でも、背景にある考え方には、結構違いがあるのですね。

どちらの方が優れている、と断じることはできません。
イギリスと日本では社会構成も教育スタイルも文化もみんな違います。目指している国家や社会のあり方が、そもそも違いますよね。
ですから、イギリスのモデルをそのまま日本に当てはめても、うまくいくとは限りません。

だからこそこれは、制度として一斉に導入する前に、慎重に議論を尽くして考えていただきたいものです。
「9月入学」への変更を決定したら、それをまた4月入学に戻すのは非常に困難です。半年間という時間の使い方の位置づけも含め、今回の構想にどのような意義があり、どのようなメリットが学生と社会に生まれるのかということを、明確に国民一人一人に説明できるようになってから、実行に移してほしいです。

そんなことを考える、マイスターでした。

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(おまけ)
日本でも、カリキュラムの中にこの「ギャップイヤー制度」を導入しようとしている大学があります。名古屋商科大学がその例です。

■「ギャップイヤー制度」(名古屋商科大学)
http://www.nucba.ac.jp/004_e12.html
■「キャンパスブログ:ギャップイヤー学生 現地レポート」(名古屋商科大学)
http://nucb.jp/index.php?ID=485

通常、前期全ての科目に合格すると20単位取得できますが、本プログラムによって教養教育科目2~10単位が認定されます。1年後期は受講科目数の上限が 26単位まで緩和され、リメディアル、集中講義を2科目受講することにより、1年次の終わりまでに他の学生と同じ単位数を取得することができます。(「ギャップイヤー制度」(名古屋商科大学)より)

このように単位として認め、4年間での卒業に支障がないようにアレンジされています。

イギリスのギャップイヤーとは少々異なる点もありますが、2ヶ月間、ヨーロッパで旅行、見学、調査、企業見学など自分の計画に従って生活する体験は、確かに自分の生き方を見つめ直し、その後の大学生活を変えるきっかけにはなるかも知れませんね。

3 件のコメント

  • 昨年、「社会に関するテーマを国をまたいで比較する」というゼミで、学力や大学生の就業意識についていろいろ調べたときに、ギャップ・イヤーのことを知りました。良心的な研究者の報告によると、この制度は、多くの理解あるNPO・NGO・市民団体が受け皿になっているそうです。まさに慣習として。この点日本ではとてもそのようなキャパシティのある組織が学外に準備されてはいません。この時点で、ギャップ・イヤーや空白の数ヶ月を設けることについて、これから議論とともに実際の動きが伴う必要があるように感じます。

  • さらに言うなら、「イギリス型がいい」「アメリカのここがいい」「フィンランドの…」と目移りする教育行政にはあきれてしまいました。もう少し腰を据えた、背骨のしっかりした態度で政策を提出してほしいものです。具体的に言うなら、長期のビジョンを論点の整理されたかたちで明確にして、それを評価・フィードバック・改善・議論する体制を
    取ってほしいということになるでしょうか(具体的かどうかはあやふやですが)。
    私が、興味を持ったたったの数年でここまでばったんばったんひっくり返されては、不安を通り越してあきれざるを得ません。とはいっても、無関心になれるわけでもないというジレンマ…
    以上長くなりました。

  • 私はどちらかというと、ドイツの選択制兵役システムがモデルかと思ってました。ご参考まで。