「大学冬の時代」と言われる昨今、大学改革案と称するアイディアの数々が、全国の大学で議論されていることでしょう。
で、どの大学でも一度は提案されていそうなのが、「○○大学出版会の創設」。
教育や研究活動における機能もさることながら、教員の皆様には「自校で出版社を持つ」ということに対して一種のロマンというか、憧れのような想いもあるんじゃないかという気がいたします。
でもそこで必ず課題となるのが、採算性。大学の出版社となると通常、専門書がほとんどです。果たしてそれで採算がとれるのか。さすがに、赤字が出るとわかっている出版事業を立ち上げようとは、誰も考えませんからね。
そんな大学出版会について、興味深い報道記事を見つけました。
【教育関連ニュース】—————————————-
■「著者への補助が奏功 弘前大学出版会」(河北新報社)
http://jyoho.kahoku.co.jp/member/news/2006/05/20060515t25010.htm
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弘前大学出版会が、全国の大学出版会の間で注目を浴びている。2004年6月の設立から2年弱で16冊を出版したのは、駆け出しの出版会では異例のペースという。やる気のある精鋭で出版会を運営し、著者への金銭補助を取り入れた出版制度などが、好調を後押ししているようだ。(上記記事より)
というわけで、立ち上がって間もない弘前大学出版会、好調なスタートを切っているようなのです。
■弘前大学出版会
http://www.hirosaki-u.ac.jp/hupress/index.html
冒頭の記事で紹介されている、この出版会の特徴は、だいたい以下のページに書かれています。
■「弘前大学出版会の特徴」(弘前大学出版会)
http://www.hirosaki-u.ac.jp/hupress/tokutyou.html
平成16年4月の法人化以降は国立大学法人の中に大学出版会を設立することが可能となった。その場合、出版会の大学内の位置づけとして大学の教育研究活動の補助活動とする場合と収益事業とする場合とがある。弘前大学出版会設立準備会(責任者:真下正夫)で種々検討した結果、弘前大学出版会は大学組織内に置き、教育研究活動の補助活動として位置づけることに決定した。(略)著者負担分を除く出版会経費は学内予算に計上し、販売による回収分は大学に還元されることにした。(上記リンクより)
この通り、収益事業ではなくて、最初から「教育研究活動の補助としての出版会」という位置づけにしたのですね。
それでもし売り上げが出たら、その分は大学に還元させてもらう、と。
こういう手法を採る場合は当然、「良質かつ売れる出版物」を厳選する必要が出てきますよね。
その点、冒頭の河北新報社記事によりますと、教職員から集まった出版企画案は40件以上。そこから厳選して16点を出版した結果、地元の書店で4冊が週間ベストセラーに入っているとのことです。
なかなかいい感じではないですか。さぞ、出版計画が良く練られているのでしょう。
Amazon.co.jpを見てみますと、この弘前大学出版会、いわゆる学術専門書だけでなく、一般向けとして売れそうな写真集なども出版しているのが面白いです。Amazon.co.jpの売り上げデータを見る限り、同出版会のベストセラーも、このあたりからいくつか出ているようです。
【↓弘前大学出版会の出版物の例】
あっぱれ!津軽の漆塗り
津軽の華―弘前大学所蔵ねぷた絵全作品
ようこそ、フランス料理の街へ。
これらは確かに、世間一般でも興味を持つ方が一定数おられると思います。
その他の出版物の情報は、↓こちらにまとめられています。
■「書籍案内」(弘前大学出版会)
http://www.hirosaki-u.ac.jp/hupress/syoseki.html
※5/15現在、「津軽の四季」が最新刊として紹介されていますが、よく見ると画面が下にスクロールでき、過去の出版物を見ることができます。惜しいかな、このページ設計だと、見に来た方は最初の刊行物にしか気づかないかも知れません。
「書籍案内」を見ると、読者層が限定されそうな学術専門書もいくつか出版されています。大学の出版会である以上は、必要に応じてこうした活動も行っていかないと存在意義がありませんからね。
このあたりの採算のバランスを、出版会のスタッフメンバーがうまくコントロールしているのでしょう。
ただ、「バランスをとる」と一言で言ってしまいますが、大学という組織でこれを実践するのがいかに難しいか、業界の皆様はおわかりでしょう。
大学は、誰かが何かの功績でメディアに取り上げられると、
「ウチの学科でもこんなことをやっているから、ぜひ紹介して欲しい」
「○○学科だけ取り上げられるのは不公平で、不適切だ」
とゴネ…もとい、主張される方々がすぐ出てくる組織です。
したがって学内に設けられた大学出版会ですと、その出版計画に関して、
「学内の出版会なのだから、全学の専攻領域からバランス良く出版物を出すべきだ」
という理屈がどこかから飛び出してくるのが、容易に想像できます。
もちろん学校予算を投入している以上、ある程度はそういう配慮も必要でしょう。でも、過度に学内の政治力学に配慮なんてしていると、採算のバランスを考えた適切な出版計画にとって、障害になることもあるのではないでしょうか。
弘前大学出版会では出版案内のページがweb上に用意されており、こちらから企画提案書を送信できるようになっていました。
■「弘前大学出版会出版企画提案書」(弘前大学出版会)
http://www.hirosaki-u.ac.jp/hupress/teiansyo.html
こうして企画を集めて、その中から内容の良いものを出版しているのですね。オープンでいいと思います。ヘタに学内で研究室をまわって要望伺いなどをしていたらおそらく、健全な出版計画はできませんからね。このあたり、出版プロジェクトを成功させるためには、とても重要なところだと思います。
(逆に、赤字を垂れ流している大学出版会は、悪平等主義や、おかしな横並び意識が反映された結果の出版計画になっていないかどうか、今一度分析されてみるといいかと思います)
なお上記の企画提案書フォームですが、
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15 「テキストとしての使用可能性」
□ある (予想受講者人数 人)
□ない
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という質問が、大学っぽくてなんだか面白いです。そうですよね、受講者人数とか、大事ですもんね。
学生としては、「教員達は、自分の書いた本の採算をとるために、学生にテキストとして買わせている」という周知の事実を、改めて目の当たりにしてしまうようで、微妙な気分になるかも知れませんけれど…。
上記の企画提案書フォームの開設に加え、弘前大学出版会では、書籍の製作費のうち上限100万円までを、著者に対して補助する制度も持っています。これも、教職員の企画提案を後押しする、良い仕組みですね。
こうした工夫が功を奏し、学内から多くの企画提案を集めることに成功しているのでしょう。
企画が多ければ、そこから良質の出版物が生まれる可能性も高まるというもの。
弘前大学出版会の成功を支えている要因としては、
●誰もが出版企画を提案できるようにする
●集まった企画を厳選し、採算のとれる出版計画にする
という2点に尽きるのかなと、個人的には思います。
(うむむ、書いてみたら、なんだか当たり前の結論になりました)
というわけで本日は、弘前大学の例を見てみました。
新しく大学出版会を立ち上げる場合でも、良い企画が集まるような工夫をし、採算バランスをとれるような体制で進めれば、やりようはあるのかも知れませんね。
まだ出版部をもたれていない大学様で、検討されているところがありましたら、ぜひ大学を効果的に活性化するような出版会を構想してみてください。
以上、マイスターでした。