大学で、「広告付きの」無料の教科書を利用する

大学の時に買った教科書は全部取ってあるマイスターです。

日本の大学で、半ば当然のこととして行われている行為の一つに、
「授業担当者が、自分の書いた本を教科書に指定して、学生に買わせる」
というものがあります。マイスターもこれまで多くの教科書を買ってきました。もちろん、自分の教える授業なのだから自分の書いた本が教科書に一番適しているわけで、それは全然問題ありません。

しかし中には、5,000円以上する教科書を買わせておきながら、授業中は「ほんの2ページくらい」に触れただけで終わり、という教員もいました。これはマイスターが学生として経験した例ですが、最初の授業で教科書を購入しなければ単位がつかないことを伝え、2回目の授業中に教室で「直接販売」し、3回目の授業で2ページ紹介し、それで終わりという授業がありました。これはかなりあからさまな「商法」の例ですね。
ここまで露骨でないまでも、大学教員が自分の本(必ずしも授業に必要がないものを含む)を学生に買わせるのは、周知の事実です。適切に使われる教科書ならいいのですが、そうでない本を買わせるのは、学生にとっては大きな負担となりますから、問題であるように思います。

さて、アメリカで、こうした問題に対し、一石を投じた企業があるみたいですので、ご紹介します。
(今回、海外の話題につき、英文のリンクが多いのはご容赦ください)

【教育関連ニュース】—————————————–

■「This Tome for Rent(英文)」(The Chronicle of Higher Education)
http://chronicle.com/wiredcampus/article/1498/this-tome-for-rent
※要ID、パスワード

■「広告掲載で教科書無料 学生歓迎、大学『品位落とす』」(産経web)
http://www.sankei.co.jp/news/060817/sha073.htm

■「Ads coming to texbooks(英文)」(seattlepi.com)
http://seattlepi.nwsource.com/national/1110AP_Textbooks_Advertising.html

■「Freeload Taps Campus Media Group For Ad-Supported
E-Textbooks(英文)」(MediaPost Publications)
http://publications.mediapost.com/index.cfm?fuseaction=Articles.showArticle&art_aid=46909

・freeloadpress.com(英文)
http://freeloadpress.com/
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マイスターなりに各メディアの記事をまとめると、概要は大体こんな感じです。

○アメリカのミネソタ州セントポール市に拠点を置くE-book出版社「Freeload Press」が、大学生向けに、広告付きの無料教科書ダウンロードサービスを始めた。

○秋までに、ビジネス関連のものを中心に100タイトル以上の教科書が提供される見込み。

○利用者は、記入に5分程度かかるフォームを送った後、(広告が含まれた)教科書のPDFファイルをダウンロードできる。データは自分達のパソコンに格納することも、印刷することも可能。

○現在、すでにダウンロードは可能になっており、これまでに2万5,000人が登録、5万部がダウンロードされた。今後Freeload Press社は、ダウンロードできる教科書の種類を急速に増やすと言っている。来年までに、25万冊の教科書を提供・流通させるための方法を検討しているとのこと。

○現在、コミュニティ・カレッジからミシガン大学のような有名大学に至るまで、少なからぬ大学で、このサービスが利用されている。秋にはミシガン大学やジョージア工科大学などを含めた150の大学・短大に対応するように、教科書が提供される見込み。

○Freeload Press社によれば、広告は、教科書の本文ページなど学生の注意を奪うような場所には掲載されず、あくまでも途中の「中断部分」に、自然に配置される。アルコール製品やたばこなどの広告は掲載されず、またどのような広告が不適切であるかについて大学から相談も受け付ける(例えばモルモン教徒によって設立されたブリガム・ヤング大学では、カフェイン製品のための広告が掲載されないようにしたとのこと)。

このサービスモデルについて、産経の記事は「大学の品位を落とす」という部分に焦点を置いているようですが、英語の各メディアの記事は「既存の教科書産業のモデルを崩壊させる」という部分にクローズアップして書かれているように思います。

学生1人当たり年間900ドル(約10万4,000円)という教科書代。seattlepi.comの記事によれば、アメリカの大学教科書産業の市場規模は60億ドルに上るそうです。海外メディアの取り上げ方も納得。
確かにこれでは、既存の大手出版社が今回のFreeload Press社の事業を驚異に感じたとしても、不思議ではありませんね。

皆様はどう思われますか?
マイスターは、産経の記事を読んだときは「確かに教科書に広告が入るのは、学習上良くないよなぁ」なんて気もしましたが、広告の掲載方法などを詳細に見ていく限りでは、そこまで問題ではないんじゃないか?とも思えてきます。
少なくとも、学生の教科書代の負担がゼロになるのだとしたら、許容できる範囲なのではないかな、と個人的には思います。

seattlepi.comの記事によると、「全米大学書店協会財団による2005年の研究によると、学生の65%が、すべての必修科目の学習素材を購入していない」らしいです。学生だけでなく、教員にとっても不満の多いこの現状を、広告事業のモデルが少しでも変えられるのであれば、検討してみる価値はあるのではないでしょうか。

なお当然ですが、教科書は勝手にFreeload Press社によって無料公開されてしまうのではありません。おそらく著作権料は、企業から広告料を集めた同社が、著作者に対して支払うような形で契約がなされるでしょう。どうやら自分の教科書を授業で使いたい教員にとっても、この仕組みは悪いシステムではなさそうです。
(ただし、授業に関係ない教科書を載せたりしていると、学生からFreeload Press社に対して苦情がいくかもしれません。そうなると、同社が教科書データの掲載を打ち切ったりする可能性だってあるでしょうから、ご注意を)

ちなみに、「無料の教科書」というモデルとしては現在すでに、wikipedia財団による「Wikibooks」のプロジェクトが存在しています。

■フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』
http://ja.wikibooks.org/wiki/

(参考)■「Wiki、教科書業界に宣戦布告–新プロジェクト『Wikibooks』を立ち上げ」(CNET Japan)
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20087874,00.htm

こちらは、オープンソースな教科書を皆で作成しようという事業ですが、教科書産業を脅かす存在になるかも知れないという点では、今回のFreeload Press社の取り組みと同じです。
遅かれ早かれ、教科書産業は、こうした様々な動きに対応せざるを得なくなってくるのではないでしょうか。

以上、今回は深くはつっこまず、報道内容をご紹介するに留めておきます。
ただ、最後に一点だけ。

教科書が無料で読めるようになることで、メリットを享受するのは、大学生だけではありません。
Freeload Press社のサイトにも「for Lifelong Learner」の文字がありますが、これは社会人や高齢者の生涯学習にとっても、非常に大きな出来事であるはずです。無料の教科書が「高度な学び」に対するアクセスを容易にすることで、高等教育が社会により浸透していく可能性があるのですね。

こんな風に考えてみると、非常におもしろいトピックであるように思います。今後も、こうした動きは取り上げていきたいなぁと思います。

以上、マイスターでした。