AO入試の評価(1):AO入試を失敗させる大学

元・大学職員のマイスターです。

大学職員として働いていた頃、とても不思議に思っていたことがあります。
それは、「AO入試」の、大学関係者達のとらえ方。

曰く、

○AO入試での入学者は、入学後の成績が悪い。
○AO入試は、選抜の手間ばかりかかる。

この2点は、少なからぬ大学関係者が、AO入試に対して持っているイメージのようです。

ただ、個人的には、これがどうも、納得できませんでした。

いち大学関係者として、上記のような意見に納得できなかった理由は、いくつかあります。

●AO入試というのは、大学のアドミッションポリシーに基づいて、「入学後にその学科で活躍できそうな学生」を選ぶ入試ではないのか。

そもそもAO入試というのは、学力試験では選べない、キラリと光るポテンシャルを秘めた学生を確保するための入試という位置づけで、日本に取り入れられました。
「キラリと光るポテンシャル」というのは、わかりやすく表現すれば、「入学後に授業で活躍し、他の学生にとって刺激になるような成績を修める学生かどうか」ということです。
(アメリカでは日本と少し認識のされ方が違うのですが、それはまた後で。)

もし、AO入試で合格させた学生が、入学後に活躍できず、むしろ他の学生の足を引っ張る結果になっているのだとしたら、それはAO入試の本来の目的に合っていないことになります。

にも関わらず、大学の方々は、「選抜の仕方に工夫や改良が必要だ」とか、「やり方を見直してみよう」とかいう議論には、なぜかならないのです。
毎年、同じやり方(例えば、面接だったり、資格の有無だったり、その大学によって色々ですが)を繰り返し、「AO入試で入った学生は、やっぱり良くないねぇ」なんて繰り返すだけです。
これが、大学職員のとき、とても不思議でした。

いかなるスタイルであれ、入試というのは手段に過ぎないのですが、そういった大学にとっては、AO入試を実施すること自体が目的となってしまっているのではないかと、マイスターは感じます。

東京工業大学は、「数学1教科だけ。超難問を5時間で解く」というユニークなAO入試を導入して話題になりました。
論理を導く力が問われる「超難問」にチャレンジし、それを乗り越えられる知的体力を持っている学生を取りたい。いかにも東工大らしいなぁ、とマイスターは感じました。
「こういった問題に挑戦できる学生なら、東工大の教育に耐えられる。入学後に活躍し、優れたエンジニアや研究者になる可能性がある」ということでしょう。
こういうAOが出てきたっていいと、個人的には思うのです(ただし、この場合、試験の日程には制限が出ます。これも後でご説明します)

でも、東工大のような大学ばかりではありません。
余所のAO入試のやり方を形式的に真似ただけで、「自分達にはどんな選び方が合っているか」という議論のないまま、AO入試を行っている大学も少なくないように思います。
本当に、これが自分達にとってベストだと議論した結果の入試なのかと、外から見て心配に思ってしまうようなAO入試だってあります。
(多くの大学は最初、慶應義塾大学SFCのAO入試を参考にしたのだと思いますが、SFCは入学後の学びの仕方がそもそもかなり特殊なのです。その事実を見ずに入試だけ真似たって、うまくいくわけはありません)

大学というのは、実はけっこう横並びの世界で、ライバル校がやった大学改革は、自分のところでもやらないと、安心できないという業界です。
思うに、「AO入試を実施している」という事実をつくっただけで、世の中の時流に遅れずに乗れたという気になり、安心してしまっている大学も多いのではないでしょうか。

大学で働いていた頃から、様々な大学の教職員から直にホンネ話を聞いてきたマイスターの感想です。

●AO入試というのは、現時点の学力よりも、「今後の伸びしろ」を評価して学生を選ぶ入試ではないのか。

筆記による学力試験ではなく、わざわざ長い面接や小論文、志望理由書、プレゼンテーションなどを何度も実施し、受験生と向き合う理由。
それは、「学科試験の点数以外で人を見る」ことに、何らかの意義を感じているからです。

学科試験をすれば、数学や英語、理科、社会といった科目の問題の解き方をどれくらい知っているかがわかりますよね。
一方、AO入試で評価されるのは、学びに対する意欲や、発想の豊かさ、社会に対する問題意識など。
つまり、「現時点での学力」ではなく、「今後、どれくらい伸びていく可能性があるか」「リーダーに化ける・覚醒する可能性があるか」という点を見ているのだと、マイスターは思います。
先ほど書いた、「キラリと光るポテンシャル」です。

逆に言うと、AO入試の合格者というのは、極端に言えば「キラリと光るポテンシャルを持っており、今後、大化けする可能性はあるけれど、現時点での学力に保証はない」学生です。
もしかすると学力も高いのかも知れないし、あるいは数学の問題が全然解けないような学生かもしれないけれど、学力審査をしていないから現時点ではそれはわからない、という意味です。当然ですね。
(※大学によっては、評定平均などの制限を付けてここを担保しようとしています)

こういったAO入学生をのばすためには、入学初期のケアがとても大事です。
もし、入学後に数学や英語の学力が求められる学科なのだとしたら、最初は、AO入学生が必要な学力を付けられる機会を設ける必要があります。
一般入試組と同じようにスタートを切らせても、成功しません。

理屈の上でもこれは当たり前だと思うのですが、ところが、「AO入試生はダメだね」なんて言っている大学の多くでは、こういった対応が不十分です。
AO入試という新しい考え方を導入しておきながら、自分達は一切変わる気がないのか、入学後の教育を全然変えていなかったりします。
それじゃ、AO入試生が伸び悩むのは当然でしょう、とマイスターは突っ込みたくなります。

特に、理工系の学部学科を見ると、それが顕著です。
理工系では、入学後、すぐに数学や物理、化学などの基礎学力が必要になります。そういう学問領域だからです。にも関わらず、意欲や入学動機だけで選抜したAO入試生を、なんのケアもなしに、最初から一般入試生と同じ授業だけで教育しようとしているような大学があったりします。

十分な対応ができる体制を整えるか、あるいはそれができないような大学ならAO入試を実施すべきではないんじゃないか、
ということを、(現時点のAO入試に対しては)思ったりもします。
(ただ、これにもちょっとした例外があります。入学後の学習が、高校までの教科の成績とあまり直接に結びついていないような学部学科なら、AO入試は機能するかもしれません。これも後ほど。)

最近はようやく、学習支援センターのようなサポート組織を学内に設ける大学が増えてきましたが、まだ十分でない大学も多いです。
そういう大学の方に限って、「AO入試生はダメだね」なんて言っていたりするのを聞くたびに、受験生だけではなく、大学の方にも問題があるんじゃないか、と思ってしまうのです。

今は、AO入試を大学の教育システムにうまく組み込めている大学と、上述したように失敗している大学とに分かれていているように思います。

で、上述したように、「AO入試生はダメだ」と言っている大学にはたいてい、AO入試が機能しない理由が隠れているというのが、大学内で働いていた頃からの、マイスターの感想です。

AO入試を機能させられていない大学の関係者は、その責任を学生や高校、文科省などにしばしば転嫁しがちです。
でも、そもそも大学側に、学生の能力を正しく選抜する力や、その力を伸ばすだけの教育能力があるのかという疑問も、マイスターはしばしば感じます。

……と、ここまで書いた時点で、ちょっと長くなってきました。
この続きは明日、お送りします。

以上、マイスターでした。

※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。