大学は企業の人材育成機関か:キャリア教育について

大学院1年生のとき、建築と都市デザインに関する、院生レベルの設計授業を受けていたマイスターです。

担当していた教員は、世界的に有名な超一流建築家でしたが、

「建築士試験なんてくだらないものを受けるヒマがあったら、一秒でも長く、スケッチや模型を作っていなさい。」

と言っていました。
曰く、「一級建築士」といった資格は、センスや能力がない人間が仕事をするためにやむを得ず取得するものであって、本当に能力があるのなら、そんな資格がなくても仕事は来るし、できる。ゆえに、世界で活躍できるデザイナーを目指す気なら、資格のための勉強に時間を割くより、デザイン能力のための勉強をしろ…とのことでした。

背景には、建築家という職能が抱える特殊な事情(日本の建築士資格は、海外の「建築家」資格と比べると、かなり性格が異なる)もあるのですが、それをさっ引いても結構、極端な考え方ですよね。

マイスターは、この建築家の方のように「資格のための勉強なんて不要だ!」と言い切ることは、とてもできません。
でも、この言葉をはじめて大学院で聞いた時、それまで聞いたことのない、ある種の説得力を感じたのも事実です。

日本の大学では、「建築学科」はたいてい、理工系学部に設けられています。
普通は「一級(二級)建築士の受験資格」が得られるという前提でカリキュラムが設計されていますので、技術系の授業がかなりあります。
日本は地震国ですから、技術的な素養を建築士に求めるわけですよね。
その分、デザインの考え方に関する授業や、人文科学系の授業、社会科学系の授業、そしてデザインや設計の演習に費やされる時間は、欧米の建築家養成コースと比較すると短いはずです。

しかし実際には、デザインから構造設計までのすべてを自分で行う建築士というのはほとんどいません。現場では、分業です。
設計を行う人は、詳細な構造計算まではしません。
(冒頭でご紹介した、某一流建築家氏の言葉は、そういう実態に即した発言でもあるわけです)

そんな実情を考えたら確かに、
「あれ? 俺、なんで資格にこだわってたんだろう?」
と、思えてしまった大学院生のマイスターなのでした。

自分が学部生だったころ、大学は、学生に資格を取らせようとしていました。
(カリキュラムも、建築士という資格にあわせたものでしたし)

それは、私達学生の将来を案じた大学が、よかれと思って講じてくれていた措置であるわけですから、ありがたいのですが、でもよく考えると、資格を取ることを前提に組み立てられた大学での勉強と、(当時自分が目指していた)建築の設計者として身を立てていくことには、ズレがあったのです。

考えてみれば当たり前なのですが、

大学が、学生のためにやってくれること(やらせること)と、
自分が将来のために必要と考える勉強は、必ずしも一致してないのですよね。

きめ細かで手厚いサポート、でも人にとっては「余計なお世話」。
そんな風に、意見が分かれがちな施策のひとつに、
大学の「キャリア教育」があるようですよ。

【教育関連ニュース】——————————————–

■「新教育の森:大学は企業の人材育成機関か 『キャリア教育』に賛否両論」(毎日新聞 MSNニュース掲載)
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/mori/news/20060206ddm004040161000c.html
・「存続の危機、改革急ぐ大学 独自の講座で人材育成強化」(毎日新聞 MSNニュース掲載)
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/mori/archive/news/2006/01/20060116ddm004040130000c.html
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キャリア教育というのは、文字通り「自分のキャリア形成を考えさせる」ことを目的とした教育であるとマイスターは思うのですが、今のところ日本のほとんどの大学では、キャリア教育は「就職対策講座」とほとんど同義です。

大学によっては、そんな就職対策に熱心になるあまり、「就職訓練の押しつけでは?」という批判を受けることもあるようです。

もちろん、就職対策を目的としたものであっても、キャリア講座が受けられるのは、良いことだと思います。
特にインターンシップ・プログラムは、学生が自分のキャリアを見つめ直すのに、いい刺激になりますので、個人的にも大賛成です。

ただ、こうしたキャリア関連の授業がみんな必修だったり、
キャリア関連の授業が卒業に必要な単位の1~2割を占める、なんてことになると、
確かに論争を起こすのも、無理はないでしょう。

本当に、幅広くキャリアを考えるキッカケになるような時間であれば反発も受けないのでしょうが、実際には、

一方的に資格の取得を全員に求めたり、
公務員試験を受けるように学生を説得するような内容だったり、
就職戦線を勝ち抜くノウハウをたたき込むだけの内容だったり、
あたかも就職が勉学の目的であるかのような言い方をしてしまう時間だったりすることも、多いようです。

これではむしろ、将来について主体的に幅広く考えるキッカケを、学生から奪ってしまうかも知れませんね。

就職率を上げることは、ほとんどの大学にとっては、大きな目標の一つ。
しかし、就職「率」さえ高ければいいというものでもないでしょう。
今は、終身雇用も年功序列も崩れつつある時代。
そして、新卒入社した若者の多くが、入社後数年で辞める時代です。

こういう時代だからこそ、自分のキャリアを主体的に考える能力が必要なはずなのです。
大学だけが、時代遅れの就職「率」向上策ばかりに走っているというのは、考えものです。

必修科目に設定して単位を出せば、確かに学生は受講しやすくなりますが、こうした単なる就職対策程度の講座では、押しつけと感じる学生も出てくるのではないでしょうか。

【キャリア教育「否定派」の学生の意見】————————–

「どこの大学も企業や国家のニーズに沿った人材育成を始めたら、この国は年寄り(経営者や政治家)の価値観に沿った人材で埋め尽くされる」

「入学直後から就職を絶対視する雰囲気をつくるのは学生の選択の幅を狭くする」

「大学ではたくさんの人と出会い、新しい体験ができる。自分なりに自由に使える貴重な時間を就職訓練に費やすのは疑問」

「企業の求める人材育成を推進することで学生の没個性化が進む」

「大学が就職をゴールとする通過点になってしまう。自分で模索する力が落ちるのではないか」

「いい大学に進学するために受験勉強をする。いい企業に就職するためにキャリアデザインをする。やっていることは結局同じだ」

「大学が学生を使って「個性」をつくり、大学を輝かせるために学生を縛り付けている」

「果たしてどれだけの企業が、就職活動だけに力を入れてきた学生を求めているのか。これからの日本にとって、そうした学生はプラスになるのか」

(立命館大学文学部の講義「コミュニケーション心理学」を受けた学生が、毎日新聞「存続の危機、改革急ぐ大学 独自の講座で人材育成強化」の記事を読んで、同紙に投稿した内容から)
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上記の「否定派」さん達のご意見の中には、もっともな内容も多いと、マイスターは思います。

就職率を上げたい大学の思惑に対して、なかなか手厳しい批判もあるようで、大学に勤めるマイスターの立場としては、けっこうフクザツでもあります。

個人的には、どベンチャー野郎で、かつてはNPOの有給職員として働こうかと思っていたこともある(結局勤め口がなかったので諦めた)ので、こうした学生さんの意見にも、共感できます。
でも、就職率や就職先の内容が大学の社会に対する重要なアウトプットであるのも事実ですから、キャリア教育を必修にして就職対策をたたき込みたいという、大学側の都合もわからなくはありません。
うーん。

結局、内容次第ですよね。
マイスターとしては、

「キャリアを考えさせることで、学生さんの将来に対する視野を広げる授業」

は、必修として早い段階に位置づけ、就職に直接関わる対策講座などは、選択オプションとして用意すればいいんじゃないかと思います。

それが、最も学生さんにとって、いい環境なのでは。

「インターンシップ」で色々と調べていたら、「企業インターンシップ」と、「非営利組織インターンシップ」という二つの科目を、同じ選択科目の扱いでともに開講しているところがありました。
学生さんにとっては、こういうのは理想的かも知れませんね。

・企業インターンシップ(慶應義塾大学SFC:講義案内)
http://vu.sfc.keio.ac.jp/course/summary/class_summary_by_cid.cgi?2005_14937
・非営利組織インターンシップ(慶應義塾大学SFC:講義案内)
http://vu.sfc.keio.ac.jp/course/summary/class_summary_by_cid.cgi?2005_14915

あと、以下の二つは、キャリア教育と大学の役割について、それぞれ参考になるかも知れない記事です。

■「高知大学の『CBI(コラボレーションベースドインターンシップ)』」(チャレンジ・コミュニティ)
http://www.challenge-community.jp/soken_ikeda_01.html

■「岐路に立つ日本のIT教育:産業界から突きつけられた“現実”に、教育現場はどう対処すべきか」(CIO Magazine)
http://www.ciojp.com/contents/?id=00002778;t=0

前者は、高知大学の大胆な取り組みです。
最大六ヶ月間のインターンシップで、14単位の単位を発行というのは、下手をすると「教育の丸投げ」という批判も浴びそうですが、それでも実に興味深い実験的な試みです。どのような成果が上がっているのか、詳細に知りたいところです。

後者は、IT業界の記事。
「大学教育が実務と乖離しているために、採用の段階では、技術力ではなく、入社してから伸びそうか否かで学生を選ばざるをえないのが実情だ。(略)では、学校教育と企業ニーズとのギャップを埋める役割を果たす研修活動やOJTによって、採用した新卒者たちが期待どおりに伸びてくれているのかと言えば、これにもまた疑問符がつく。」
と、手厳しいご意見。
専門知識がないだけでなく、学習のベースとなる基礎的素養にも疑いがかけられているわけで、これでは、大学は何をやっていたんだと言われても仕方がありません。かなり深刻です。

以上、今日はキャリア教育に関する最近の報道をご紹介しました。

マイスターは、自分が学生の時はキャリアに関する教育を受ける機会がなかったのですが、自分のキャリアについては、自分なりにしっかり考えてきたつもりです。
(それだけに、悩むことも多いのですが…)

キャリアを考える視野を広げる教育なら、大学にあってもいい思います。
ぜひ、全国の大学には、「そんな考え方もあったのか!」と学生さん達を感動させるようなキャリア教育を行って欲しいなと思います。

以上、マイスターでした。