「ロングテール」を捕まえろ

興味の幅だけは広いマイスターです。

いわゆる学際系の人間なので、人文科学、社会科学、自然科学の全領域から、ちょっとずつおいしい学問をつまみ食いして生きています。

それが俺の生きる道さ。

そんなマイスター、web業界で働いていたこともあり、ITビジネス系の情報はけっこうチェックしています。

現在は「Web 2.0」というキーワードが、世間を騒がせています。
まだ、言葉の定義自体が定まっていないような感じですので、この「Web 2.0」は、
いつかの機会にご説明しましょう。

今回、ご紹介したいのは、

「ロングテール」

という言葉です。

この「ロングテール」、
webの世界でもまだ使われ始めて1年程度の、新しい言葉です。
まして、教育の分野では、あまり聞かれないでしょう。

異業種出身の大学職員として、こうしたワードをご紹介するのも意義あることかなと思いますので、ちょっとだけお付き合い下さい。

世の中には、

「売り上げの8割は、全商品のうち、もっとも多く売れる2割が生み出している」

という法則があると言われています。
これを、「パレートの法則」と呼びます。

経済学部や経営学部で学ばれた方なら、ご存知かもしれません。

「売り上げの8割は、優秀な2割の社員の働きによって得られる」など、さまざまなところでこの2:8の法則性が働いていると考えられています。

たとえば、あなたが本屋の店長だったら、どのように商品を仕入れますか。

「あまり多くは売れないけれど、わかる人にはわかるレア本を、本好きな人のために売りたい!」

なんて動機で本屋を開く人も、世の中には少なからずいそうです。
それはそれでいいのですが、売り上げを伸ばしたいなら、

「世間で最も売れている本、上位20%をいかに売るか」

…ってことを考えた方が、ずっと効率がいいのです。
街中にある普通の書店も、一見、多種多様な本を陳列しているようですが、店の売り上げの大部分を占めているのは、全国どこでも買える「売れ筋20%」なわけです。

売れてない80%の本は、極論すればお客を店内に呼び込むためのオマケ。
こうした法則を知っている経営者なら、レア本を売って生計を立てることは考えないのですね。

ではここで、あるグラフをイメージしてみてください。

縦軸は、売れた部数です。

そして横軸には、左から「多く売れた順」に、本を並べていきます
去年なら、『バカの壁』、『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』、『世界の中心で、愛をさけぶ』、あたりが最も売れたでしょうか。

そのまま4位、5位、6位…と本を並べていきましょう。
グラフは、どうなりますか?

トップセラーの本は、ずば抜けて多くの部数を売りました。
グラフは、左上の隅からスタートします。

売り上げ2位、3位から10位と書き進める間に、ぐぐぐ…っと売り上げの値は落ち込んでいきますね。それにしたがって、グラフも下に落ち込んできます。

そしてパレートの法則に従えば、ある地点で、売り上げの値がガクン!と急降下しているはずです。
グラフも、ジェットコースターのごとく急降下。

その後は、悲しいかな、すっかりグラフは低空飛行。
さらにグラフを書いていくと、売り上げはさらにさらに低下しますので、
グラフが横軸スレスレのところを通りはじめます。「超」低空飛行です。

一年間に数冊しか売れなかった本だって、いっぱいあるでしょうから、この超低空飛行状態が、えんえん右に続いていくわけです。
最後は、一年間に1冊しか売れなかった本がずらーっと続きます。これがまた、右に長い。

できあがったグラフを想像してみてください。

本の売り上げに対して、売った本の「種類」はやたら多いので、
結果として、ものすごーーーーーく横に細長いグラフができるはずです。
紙に書いたら、縦と横の比率が1:100、みたいなグラフになるかもしれませんね。

このグラフの形、まるで「すんげー長いしっぽを持った恐竜」です。

この、「売り上げにあまり貢献しない長大なしっぽ部分」が、
今回のワードが指す「ロングテール」です。

一年間に1冊しか売れないような本は、まっとうな経営者なら、そもそも仕入れようとはしません。

たまに、熱心な読者が本を取り寄せたり、店長が自分の趣味まるだしでマニアックな本を仕入れたりしないかぎり、店頭に陳列すらされないはずです。

なぜなら、商売にならないからです。
店の面積は限られているわけですから、パレートの法則に従い、「恐竜のアタマ」の部分を集中的に売ろうとするでしょう。
「ロングテール」に属する本を書店の棚で探すのは、至難の業なのです。

と・こ・ろ・が。

この「パレートの法則」を破り、「ロングテール」の部分で稼ぐ店があるのです。

それが、有名なネット通販の本屋さん、「Amazon.com」です。

Amazon.comのようなオンライン小売店は、在庫や、物流にかかるコストが従来の小売店と比べて遥かに少ないのです。
そのため、リアル店舗に比べて、非常に多くの種類の製品を販売リストに入れられるのですね。
マイスターもよくAmazonで本を注文しますが、かなりマニアックな本も買えます。

お客さんから注文を受けると自動的にプログラムが在庫を確認し、
なければ出版元に少量単位で注文する、といった流通システムができあがっているのでしょう。
世の中で数冊しか売れない本でも、Amazonでなら、「いつでも陳列されてるよ」となるわけですね。

こうしてAmazonは、「ロングテール」に対応できる仕組みを作り上げたのです。

結果、なんと、米国のAmazon.comの本の売上げの半分以上が、販売部数ランキングの4万位から230万位までのロングテールから稼ぎ出されている、という話を聞いたことがあります。
パレートさんもびっくり。

今まで見過ごされてきた「パレートの法則」の80%の部分、細かいニッチなアイテムを数多く集めることによって、必ずしもヒット商品に依存しすぎずに売り上げを出すことができているわけです。

この「ロングテール」の話、

Amazonにとっても、競合のいない部分から利益を上げるすばらしい仕組みですが、

メリットを一番享受しているのは、ほかならぬ消費者であるとマイスターは思います。

従来なら、「自分くらいしか欲しがらない製品」を手に入れるのは、大変でした。
自分が価値を認めた製品を探そうとしても、お店では

「そんな変わり者に用はない」

という扱い。それどころか、かえって迷惑がられることすらあったと思います。
だって、たった一人のために仕入れを行うわけですからね。商売として効率が悪いわけです。

けど、そうしたロングテールにしがみつくお客さんも、情報技術の発達によって、自分の希望通りの製品を入手できるようになったというわけです。
Amazonが、そうした消費者にとって、どれだけ心強い存在であることか。

以上が、ネットビジネスの世界で使われている「ロングテール」という言葉のおおまかな説明です。

書籍に限らず、あらゆる製品やサービスにこうした「ロングテール」があるはずですから、そこにうまく対応できる組織は、成長できる可能性があります。

さて、マイスターがこの「ロングテール」という言葉に思うことは、
「社会人教育」での活用の可能性です。

冒頭で申し上げたとおり、マイスター、かなりレアな分野に対して学習意欲を持っています。

こんな学問を勉強したいと思うのは俺だけか?
いや、日本に数人くらいはいる?
そもそも、どこで学べるのかもわからないぞ!?

といった、「隠れた学びの欲求」をいっぱい持っています。

でもこれ、別にマイスターだけの話じゃないと思うのです。

どなたでも、何かひとつは

「これ、ちょっと興味があるなぁ。
 でも、こんなの教えてくれる学校なんて、ないや」

と思っている分野があるんじゃないでしょうか?

大学の「学部学科」は、ある関連学問領域をパッケージにしたものです。
ゼロから、体系だった学問を身につけてもらうためには、こうしたパッケージ販売に意味があると思います。

ただ、自分の学問基盤の上に自分で新たな知識を上乗せしていきたい社会人の場合は、必ずしも学問をパッケージ売りする必要はないんじゃないかな、とも考えています。

大学は、学問をイイ感じにまとめて売ってくれる便利な組織で、
大学がデザインしたコースは非常によくできていると思いますが、それでも

「自分のキャリアは自分で設計したい」

という方は、社会人には少なからずいるんじゃないでしょうか。

そのときに、近所の大学でそれを学べない、とか、
採算があわないからどの大学でも開講されてない、とかいう理由で、
学ぶ機会を逃している方々が、いるんじゃないかと思うのです。

遠隔地でも、e-Learningで学べる環境は整いつつありますが、せっかくのe-Learningでも、「日本で10人くらいしか興味がない講義」というのは、なかなか開講されていません。
現状ではe-Learningも、結局は学位に直結する、パッケージ化された学問の提供に使われているからだと思います。つまり、ロングテールの方ではなく、恐竜のアタマを対象にしているのです。

しかし主婦や夜間学生、学習意欲の高い高校生やフリーター、
高齢者の方なども含めると、

おそらく、「ロングテール」な学問欲求を持っている方々が、
現時点で既に、日本全国津々浦々にいるんじゃないかとマイスターは思っています。

マイスターは自分自身が、そうしたことに不満を感じている一人なので、
こうした問題を解決したいとも考えています。

大学の講義は、ネットで大量にコピーを売りさばける製品ではありませんから、
Amazonそのままのモデルには絶対にならないと思うのですが、

何か、「欲しい教育を誰もが受けられる社会」を作り出すヒントが、この「ロングテール」に隠されているんじゃないか? という気がしています。

というわけで、以上、しっぽに注目するマイスターでした。

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※ところで、放送大学とか、NHK教育のコンテンツって、どういう風に決められてるんでしょうか?

放送大学の場合は、放送大の教授とか理事会かな?
NHK教育は、権威があるエライ学者の意見を聞きながら、教養あるプロデューサーとかが決めてるのかな?

4 件のコメント

  • はじめまして、いつも拝見しております。
    面白く読ませていただきました。
    通信教育(授業映像配信を絡めたe-learning)の科目等履修としてなら結構使えそうですね。
    定員を考えることなく受講生を集めることができそうですしね。

  • はじめまして。クワタといいます。ひろさんのところから来て、ときどきこちらにもおじゃましています。
    e-learningといえば、外国語学習に関して最近とてもいいサイトを見つけました。すでにご存じかも知れませんが、「TUFS言語モジュール」というサイトです。
    東京外国語大学が開発した「第二外国語学習のためのプログラム」が公開されています。
    17言語が収録されていますが、すごいのは、カンボジア語やラオス語もあるということです。まさにニッチなところでの勉強の欲求を満たすものですね。
    トラックバックもさせて下さい。

  • パキラ☆さま:
    マイスターです。遅くなりましたが、コメント、ありがとうございました。
    私も、通信教育のe-learningが一番、現状では近いモデルなのかなと思います。
    e-learningについては、
    「コストを下げるためにそんなことをするのは反対だ」
    「そんなのは教育ではない」
    というご意見をお持ちの方も世の中には多いと思いますが、ロングテールに対応できるようになる、というメリットは、社会にとっても大きいですよね!

  • クワタオフィスさま:
    マイスターです。情報、ありがとうございます!
    さっそく、TUFS言語モジュールを体験してみました。まださわりを確認した程度ですが、確かにこれはすごい!
    特に、第二外国語の充実度は、さすが外語大ですね。これこそ、ロングテールかもしれません。