アメリカで流通する「ニセ学位」

プロフィール欄に、学位を記入してみたマイスターです。
日本の大学で取得した修士学位ですが、大学の公式表記に基づき、英語で書いてみました。

   学位:Master of Media and Governance[M.M.G.]

マニアックな学位ゆえ、[M.M.G.]とか略されても、なんのことだかわからないですね。
略さなくてもわからん、と言われたら、ううむ、返す言葉もない…。

ちょうど今、アメリカの学位に関する本を読んでいるところなのですが、
しかし学位表記って、結構、アヤシゲですよね。
[Ph.D]が何の略かよく知らない日本人も、いっぱいいると思います。

あぁ、マイスターの持つこの学位、果たして世界で通用するのか。

そんなわけで、今日ご紹介するのは、主にアメリカで販売され、問題となっている、「ニセ学位」についてです。

【教育関連ニュース】——————————————–

■「『ディプロマ(ディグリー)・ミル』問題について(文部科学省:国際的な大学の質保証作業部会 国際システムWG)」
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/024/siryou/04010803/006.htm
■「【INTERVIEW】米国にみるディプロマミルの問題 教育の質を保証する仕組みの機能不全が背景に」(Between)
http://benesse.jp/berd/center/open/dai/between/2005/03/01toku_34.html
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「ディプロマ・ミル」という言葉、ご存知ですか?

ディプロマ、というのは、学位のことです。
ミルは、製造工場のこと。

つまり「ディプロマ・ミル」=「学位製造工場」ですね。

きちんとした教育を行わず、お金さえ払えば学位を発行する、
そんな「自称」大学が、アメリカには数多く存在するのです。
それらを、ディプロマ・ミルと呼ぶのですね。

日本の大学は、文科省から認可を受けて設立されますが、アメリカでは、中央政府は、大学の設立や認可、認可取り消しなどには、直接は関わりません。
政府ではなく、「大学を認証する機関」が存在していて、そこが、

「この大学はきちんとした教育を行っていると、我が機関が認証しました」

と、認めるのです。

例えば、以下は代表的な6つの地域認証団体です。
これらが認証をしているようなら、ちゃんとした大学だと思っていいでしょう。

 MSA:Middle States Association
 NASC:Northwest Association of Schools & Colleges
 NCA:North Central Association of Colleges & Schools
 NEASC:New England Association of Schools & Colleges
 SACS:Southern Association of Colleges & Schools
 WASC:Western Association of Schools & Colleges

このような団体からきちんと認証された大学で学ぶ限り、そこで得た単位は他の大学でも認められますし、卒業して得た学位も、社会的に通用します。

ところが、「○○大学」と名乗っていても、
認証をどこからも受けていなかったり、
大学とつながりのある、アヤシゲでいい加減な認証団体からしか認証されていなかったりするケースが、あるのです。

AllAboutガイドによる以下の記事は、こうした状況を一般生活者向けにわかりやすく紹介しています。

■「ニセ学位に注意(1)日本人購入者も続々…。 お金で買える学位ディプロマミル」(AllAbout:社会人の大学・大学院)
http://allabout.co.jp/study/adultedu/closeup/CU20050801A/index.htm

■「ニセ学位に注意(2)あなたの学位は大丈夫? ニセ学位製造大学を見分ける方法」(AllAbout:社会人の大学・大学院)
http://allabout.co.jp/study/adultedu/closeup/CU20050801B/index.htm

不幸なことに、こうした大学で学んでしまうと、
単位も、学位も、ただの紙切れ同然に扱われてしまう、なんてことに。

つまり、「ニセ学位」というよりは、「ダメな学位」という感じでしょうか。

あまりにいい加減な基準で学位を発行するものだから、
学位が、その人の知識や努力を保証するものではなくなってしまっているのです。

こうした「無認証大学」「ニセ大学」などの悪質な大学を見分けるのは非常に難しく、特に日本企業の人事担当者などは、気づかない可能性があります。

ディプロマ・ミルも、全米紙に広告を出したり、立派なwebサイトを公開していたりしますから、素人は、まず、気づきません。
悪質なことに、「アクレディテーション・ミル」といって、大学の認証を出している団体もニセモノだったりしますから、手に負えません。

政府がすべてを管理する基準団体があっても、実質的には政府がほぼすべてを管理してきた日本とは、発想が違います。

アメリカでは大学の自治という歴史もありますから、ディプロマ・ミルの問題があるとしても、政府による一元管理体制に統一する、なんてことにはならないでしょう。
今はいい加減な大学でも、教育内容を改善して認証を受け、きちんとした大学になったらそれはそれでいい、という文化なのかな、と思います。

ところで日本では、アメリカの学位が人気ですよね。
冒頭でご紹介した、文科省のページでは、

○海外の大学への留学ブーム
○90年代後半のインターネットの普及とEラーニングの登場
○日本国内の資格ブーム、大学院進学者増加
○高次の資格としての専門職学位の登場(MBA、MOT等)

など、日本でディプロマ・ミルが浸透してしまう要因が挙げられています。

<アメリカの学位=評価が高い>
という安易な見方でいると、痛い目を見ることになるかも知れません。

アメリカでも、学位に寄せられる関心は、高いです。
ひょっとすると、それは日本以上かも知れません。
仕事を得るのに、学士、修士、博士といった学位のハードルが設けられていたりしますし、
学位の有無で収入も変わってきます。

その大学が「ディプロマ・ミル」だと知った上で、学位を買う人も、おそらく相当数、いるのです。

マイスターのメールアドレスには、海外からの英語スパムメールが山ほど届きますが、例えば実際、こんなメールがあります。

diploma

※注:モザイクは、マイスターが入れました。赤い部分には、電話番号がズバリ書かれています。大胆すぎ。
※注:これは、実際にマイスターのメールアドレスに送られてきた、いわゆる「迷惑メール」です。

中央には、

”もしあなたに資格があるなら、テストや授業、テキストや試験は一切求められない。

というコピーが踊っています。その下には、学士、修士、MBA、博士、Ph.D、といった文字が。
んで、

”機密は保障します”

”2週間以内にあなたの学位をお届け。今すぐ電話を。”

”24時間 週7日、日曜祝日も受け付けています”

と。
なんだか、資本主義社会、アメリカのすさまじさを物語っています。

もはや教育機関ですらありません。
見てのと下り、認証とかそれ以前の問題として、詐欺だろう、っていう行為です。

なんと、アメリカ政府の上級職員にも、ディプロマ・ミルによって学位を取得した人々がいたようで、問題となっています。

■「ニセ学位のネット販売が横行:はびこる学歴詐称」(HotWired JAPAN:WIRED NEWS)
http://hotwired.goo.ne.jp/news/culture/story/20040322206.html

■「ニセ学位問題――米政府職員に大量の該当者」(HotWired JAPAN:WIRED NEWS)
http://hotwired.goo.ne.jp/news/culture/story/20040527202.html

ディプロマ・ミルのように学位を売る機関は、19世紀には既にアメリカに存在したということですから、根は深いです。

しかし!
ディプロマ・ミルの学位販売を「違法」として取り締まれるのは、いくつかの州だけなのだそうで、ビジネスとしては、実はちゃんと成立しているのだそうです。
学位を発行するのに、規制などはありませんからね。

でももちろん、学位を買うことに罪がなかったとしても、ディプロマ・ミルが発行する学位や単位の社会的信用性はゼロですので、こうした学位は役に立ちません。

禁止するのではなく、
適切な認証の仕組みや格式を整備して、それを通っていない学位を社会的に通用しなくさせる、
というのが、ディプロマ・ミルを封じ込めるためにとられている対策
のようです。

中央政府が「禁止」をする日本と比べると、とてもアメリカ的な対応の仕方と言えるかもしれません。
そのため、

「この大学については、○○年以前に発行された学位は認めるが、それ以後は認めない」

なんてややこしいことも生まれているようです。

こうした学位、買ったのが政府の役人となれば、議会でも問題が糾弾されますし、最終的には職を失うことになるでしょう。
一般企業においても、その人の学歴を誰も認めなくなるばかりか、ヘタをすると「カネで学位を買った奴」ということで、人格まで疑われることになりかねません。

留学を考える方は、宣伝に騙され、誤って被害を受けないよう、くれぐれもお気をつけてください。
日本人による、ディプロマ・ミル被害を扱っているブログもありますので、ご参考にされてみるのもいいかもしれません。

■ブログ:「学歴汚染(ディプロマミル=学位工場による被害、弊害)」
http://degreemill.exblog.jp/

大学人としても、こうしたアメリカの状況から、学ぶところは多そうです。

最後に、とってもおもしろい文章を見つけたので、ご紹介します。

フィンランドのPh.D(博士号)を授与する時の、様子を紹介した文章です。

■「Opponent vs candidate:フィンランドにおける Ph.D. Defence」(Wataru’s memo)
http://www.wnishida.com/~wmemo/?date=20031010

帯剣して望む、4時間以上の学位審査。
中世ヨーロッパさながらの真剣勝負。
読んでいるだけで、緊張感が伝わってきます。

博士が尊敬される国、とのことですが、この「アカデミックな決闘」を知ると、フィンランド国民が学位に敬意を払うのも納得です。

ディプロマ・ミルのことを知った後でこの文章を読むと、学位の価値って何だろうとか、大学ってなんだろう、とか、学位を尊重する社会ってなんだろう、とか、考えてしまうのです。

日本は、学位をもっているからといって、尊敬されない社会であるように思います。

それは、大学に勤める者としては、正直、悲しいことです。

学位を持っていることが、尊敬の証になるような社会を目指して、がんばろうと思う大学人のマイスターでした。

6 件のコメント

  • 「政府がすべてを管理する日本」とありますが、基準協会は戦後直ぐから存在しますし、現在は第三者機関による認証評価が義務付けられているので、(一応、カタチの上では)すべてを管理するとまでは言いきれない気がするのですが…。
    その直ぐ後ろの「発想」に関しては、日本はアメリカを後追いしていますね。
    英国もセルフスタディを重視する方向にシフトしてきているみたいです。
    いま一番、熱い話題ですよね、質保証。
    何の本を読まれてあるんですか?
    差し支えなければ、紹介して貰えると嬉しいです。自分も読みたいので。

  • 贋学位のメール僕のところにも毎日のように送られてきます。
    こんな仕掛だったんですね。

  • papiko様、マイスターです。
    コメント、ありがとうございます。
    確かに基準協会がある以上、すべてを管理する、というのは、やや表現が過ぎたかもしれませんね。
    というわけで、取り消し線で若干、本文を修正しました。
    ご指摘、ありがとうございます。
    今読んでいる本は、大学認証をメインに扱ったものではないのですが、
    ○山田 礼子著『プロフェッショナルスクール―アメリカの専門職養成』玉川大学出版部
    です。
    まだ読みかけですが、この本の中で、専門職大学院の認証機関についてや、社会での専門職学位の扱われ方についての記述があります。
    アカデミック系大学院とは、認証のされ方にも若干違いがあるようですし、学位の扱われ方が変わっていった歴史的な経緯なども、非常に興味深いです。
    ちょっと高い本ですが、ぜひ、どうぞ。
    ※ちなみに私は、大学図書館にリクエストして買ってもらいました(^_^;)お金がないので…。

  • 山田礼子さんの著作だったんですね。実は自分もこの本が読みたくて、大学図書館に捜索しに行ったことがあります。結局、探し当てられなくて断念したままになっていたところでした。
    確かに高いですよね、この本^^;。
    もう一度、探しに行ってみようと思います。紹介、ありがとうございました。

  • 今さらながらなんですが、今日、ウェブをウロウロ
    していたら、こちらの記事を発見しましたので
    トラックバックさせていただきました。
    ず~っとディプロマミルネタのブログをやっている
    者です。
    しかし最近思うんですが、おっしゃるとおり日本では
    学位というものの社会的評価(重要性)が低いです
    よね。
    大学などもディプロマミル出身の職員を平気で雇って
    いるあたりからして「どーでもいい」という
    空気が伝わってくるような気がします。

  • マスコミももっと取り上げて欲しいですよね。
    悪質なニセ学位を野放しにしていると日本の教育が汚染されてしまいます。