大学非常勤講師の憂鬱 不安定な仕組みの上に成立している大学

マイスターです。

「大学教員」とひとくちにいっても、実際には労働体系などで、2つの種類に分けられます。

一つは、専任教員。
一定の給与を大学から得ながら、研究活動と教育活動、それに大学運営に関わる業務を担っており、学部学科の定員規模などにあわせて、一定人数の専任教員を置くことが定められています。
一般的に、「大学教授の○○氏が……」なんていったら、たいていの場合、こちらのことを指します。

一度専任教員として職を得れば、大学によほどのことがない限り、勤続年数などに合わせて、

・専任講師
 ↓
・准教授
 ↓
・教授

……と、キャリアが上がっていきます。
研究費の獲得や、教育、および受験生獲得に関する業務の増大など、様々なところで厳しい環境にさらされるようになってきていることは、昨今、ニュースなどが報道している通り。
でも基本的には、安定した職業です。

一方、もうひとつの大学教員である「非常勤講師」の場合、状況はかなり異なります。
単年度契約のもと、自分の専門に応じていくつかの授業を担当。授業のコマ数にあわせて、報酬を受け取るのが基本。研究費は出ませんので、研究活動をしたい場合は実費で行わなければならず、資料集めや学会への参加などにもサポートはナシ。
受け持ちの授業のコマ数を増やしても、専任教員の給与水準には遠く及ばないというのが現状です。
そして非常勤講師である限り、ポストが上昇したり、コマ当たりの報酬が大きく増えたりということは、基本的にはありません。専任教員にならない限り、キャリアを積み上げることは難しいのです。

そんな非常勤講師の方の、こんな取り組みが話題になっています。

【今日の大学関連ニュース】
■「流しの講師 非常勤ブルース」(Asahi.com)

大学など10校を掛け持ちし、年収は200万円ちょっと。東京都内に住む宗教人類学者、佐藤壮広(たけひろ)さん(41)は非常勤講師だ。その悲哀を「非常勤ブルース」という曲にした。教壇でギターを抱えて熱唱。学生にも自分の心を見つめた歌詞をつくってもらう。異色の授業が好評だ。
沖縄の民間巫者(ふしゃ)ユタの研究が佐藤さんの専門。教えている私立大のほとんどで、契約は1年ごとの更新だ。「おつかれさまでした」のひと言もなく、メールで「来年度の任用予定はありません」と告げられたこともあった。
事情を知らない学生がよく尋ねる。研究室は何号館ですか、と。そんなものはない。卑屈になりかけたが、これを歌にしようと開き直った。
♪先生いつも どこにいるんですか?/聞かれるたびに おれは答えるよ/おれはいつも お前らの目の前だ
非常勤ブルース ひとコマなんぼのおれの生活!(※繰り返し)/アルプス1万尺/おれはひとつき3万弱(※)
大教室では数百人の学生が山場のフレーズを叫ぶ。
メッセージは「他者の痛みを聞く耳を持て」。ブルースは、アフリカ系米国人の間で生まれた音楽だ。佐藤さんは人々の重い歴史を語り、ブルースを実際に聴かせる。
世間は高学歴ワーキングプアと呼ぶ。だけど、「パートタイムでも教育者としての誇りをもってやっているぞ、というところを見せたい」。
(上記記事より)

まるで自虐ギャグのように、非常勤講師が置かれている状況を歌詞にして熱く歌い上げる。
そんな「非常勤ブルース」を取り上げた記事です。

紹介されている佐藤壮広さん。
ご専門は宗教人類学とのことですが、授業の中で学生に歌詞を作らせたり、自らギターを演奏しながら歌ってしまったりと、音楽に関しても並々ならぬ情熱をお持ちの様子。

上記の歌詞を、授業中に、学生達から一緒にシャウトするとのことですから、なかなかユニークです。
知らない人が教室の前を通りがかったら、デモ隊でもいるのかと思うことでしょう。

この佐藤さんは、歌という手段でこんな風に現状を表現されています。
同じことができる人はなかなかいないでしょう。

実際には、佐藤さんと同様の立場に置かれている人は少なくありません。

■「大学非常勤講師の実態と声 2007 大学非常勤講師実態調査アンケート報告書 (2005-2006調査)」(関西圏大学非常勤講師組合)

↑こちらは、大学の非常勤講師で構成される組合がまとめた、非常勤講師の生活の「実態」です。

■平均年齢は,45.3歳.
■平均年収は,306万円で,44%の人が250万円未満.
■そのうち授業・研究関連の支出の平均は,27万円で,ほとんど公費は出ていない.
■平均経験年数は,11年
■平均勤務校数は,3.1校,平均担当コマ数は,週9.2コマ.
■専業非常勤講師の96%が,職場の社会保険に未加入で,75%が国民健康保険,15%が扶養家族として家族の保険に入っている.国民健康保険料は,平均26.4万円 (平均年収の8.6%) と高額で,国民年金保険料 (年166,320円) とあわせると,年収の13%.非常勤先で社会保険加入を希望する人は,79%.
■雇い止め経験のある専業非常勤講師は50%.
■専業非常勤講師のうち,非常勤講師に労災保険が適用されることを知っているのは27%,年次有給休暇の制度がある大学もあることを知っているのは24%.
■大学非常勤講師の労働・教学条件について不満のある専業非常勤講師は95%で,特に,雇用の不安定さ,低賃金,社会保険未加入,研究者として扱われないことなどに,不満を持つ人が多い.
(上記ページより)

……などなど、ショッキングな数字が紹介されています。

平均年齢45.3歳で平均年収は306万円、44%の人が250万円未満」というのは、大学で働いていたマイスターが実際に知っている大学非常勤講師の方々の実態と比べても、そう離れていない数字です。

大学によって、授業担当者における非常勤講師の比率には差があります。
非常勤講師がほとんどいない大学もあれば、授業のかなりを非常勤に頼っているという大学もあります。

担当する授業の種類も色々。

「一般教養」と言われる科目を担当されている非常勤講師の方は、少なくないでしょう。
こうした授業は、カリキュラム上、ある程度幅を持ったバリエーションをそろえる必要もありますから、専任教員だけでカバーするのは困難です(特に、理工系の学部における人文科学系の授業など)。

逆に、実践的な専門科目を、非常勤講師の方が担当されることもあります。
この場合は、現場に近い知識や視点を持った方が、実践的な内容を教えるために担当されるというケースでしょうか。
芸術系や工学系などでは、多いかもしれません。社会的に知名度の高い作家やクリエイターなどを、非常勤講師として招聘している大学もあるでしょう。
制作活動に追われて多忙だけれど、ひとコマくらいならなんとか担当したい……という人もいるでしょうから、使いようによっては、学生にとっても教える側にとっても便利です。

いずれにしても大学からすれば、かなり安価な金額で、授業のラインナップを充実させたり、ちょっと足りない部分を補ったりできるわけですから、メリットが多い仕組みです。

ただ、非常勤講師の側から見れば、かなり安価なギャラで授業を受け持っているということ。
他に職がある人はいいでしょうが、これだけで食べていこうという人にとっては、かなり厳しいです。
年収300万円を切っている3~40代となると、給与の額だけ見ればいわゆる「ワーキング・プア」と言われる層に該当するでしょう。

非常勤講師の方々は、大学で授業を担当されるくらいですから、修士又は博士の学位を持ち、いくつかの大学での研究業績があるという方々が多いはず。それが、どうしてこうなってしまうのでしょうか。
講義を担当するとなると、そのコマの間だけでなく、準備やアフターケアにもそれなりの時間をとられます。これでこの水準の報酬では、割には合わないでしょう。
正直言って、企業に務めた方が、経済的にははるかに恵まれた生活を送れるはず。それでも、非常勤講師をやりたいという人は常にいます。それは何故でしょうか。

教育が好きだとか、学問に関わっていたいとか、非常勤講師を続ける理由は人によって様々でしょう。
ただ、「研究者を志す多くの人達にとっては、避けて通れない道だから」という人も多いのかなという気はします。
誰だって、最初から専任教員の職を得たいでしょう。しかし実際には、すぐにそんな縁を得られるとは限りません。この求職期間中、せめて大学に関わる職をと考え、講師をされている方も多いのではないでしょうか。

例えば、大学で正式なポスト(=専任教員)を得る際、大学側はたいてい研究業績と、教育業績の二つの実績を問いますが、「非常勤講師を務めた」ということは、教育業績のひとつとしてカウントされます。
また非常勤講師を務めることで、その大学の教員達とネットワークができるということもあるかもしれません。
今は大変だけど、この「先」につながるのだと思えば一時期は仕方がない……そんな風に「あきらめ」の気持ちで授業を受け持っている方は多いと思います。
生活に困ってでもとりあえず非常勤講師をやっておかないと、研究者としての先のキャリアを構築できない、と考える方も少なくないのではないでしょうか。

それを裏付ける事実もあります。

マイスターは、大学の教務課職員として、次年度の時間割を作成する業務に当たっていたことがあるのですが、ちょうど今から3月にかけて、いつも困ることがありました。
次年度の授業を担当されることが決まっていた非常勤講師の先生方が、次々に辞退していってしまうのです。
おかげで、一度は担当者欄まできっちりできあがった時間割が、ほんのいっとき「担当者未定」だらけになる瞬間がありました。

この時期になって非常勤講師が授業を降りる理由はひとつ。
どこか他の大学で、専任の職を得られたのです。

非常勤講師をしながら専任の職を探していたところ、1~3月くらいに晴れてその職が見つかったのですね。それで、非常勤講師として「更新」をするはずだった大学に、断りの連絡を入れてくるのです。
もともと、専任の職を得るまでの準備手段だったと考えれば、この行動も納得できます。

非常勤講師はあまり恵まれているとは言えない環境に置かれていますから、正式なポストが得られたら、迷わずそちらに移動します。
3月に入ってからこういうことが起きると、大学としてはたまりません。最悪の場合、担当者不在で新学期を迎えることにもなりかねません。
でも教員本人のことを考えれば、不安定な非常勤講師をずっと続けるより、一刻も早く正式なポストに就いた方がいいのは明らかです。

こういった状況、どう考えても改善した方がいいのですが、そう簡単にもいきません。

非常勤講師をなくして、すべての授業を専任講師が担当すればいいかというと、そうでもありません。
前述の通り、非常勤講師の存在により、授業のバリエーションが豊かになっている面は大きいはず。
また、現場の最前線の知識を大学に持ち込んでくれるという点も見逃せません。

マイスターが思うに、おそらく少なからぬ大学で、非常勤講師がいないと授業カリキュラムが成立しない状態になっています。全部を専任教員だけでそろえようとしたら、色々な面で、リソース不足になるでしょう。

ただ、そこを支える非常勤講師が、上記のような経済状況での生活を余儀なくされているのも事実。
じゃあ、非常勤講師の待遇を上げればいいかというと、それもそう簡単にはいきません。
非常勤講師のギャラの上昇は、即、学費の値上がりにつながります。今、それに耐えられるだけの経営状況を維持している大学がどのくらいあるでしょうか。

なんだかこれって、飲食業やメーカーなどでしばしば議論される、

「派遣社員やパートタイマーの労働環境を正社員に近づければ、その分、コンビニやファミレスをはじめ、様々な商品の価格が跳ね上がりますが、いいですか?
結果的に、顧客離れを起こして企業そのものがつぶれてしまう可能性もありますが、いいですか?」

……みたいな話。
大学に限らずよく聞く話ですね。大学もそれと同じということでしょうか。

今の日本の大学の教育活動は、実はかように不安定な基盤の上に成り立っています。

でも日本が今後ポスドク問題を解決し、世界的な競争力を持つ知識基盤社会を構築する上で、こういった現状をそのままにしておくことはできないはずです。
例えば、非常勤の立場でも努力次第で公的な研究費を十分に受けられる環境を作るとか、大学以外にも活躍できる場を設けるとかいったことが必要になるでしょう。

留学生を100万人にするとか、博士を増やすとかいったことの前に、まだまだやるべきことがありそうです。

以上、マイスターでした。

※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。