マイスターです。
9月も後半に近づきました。
そろそろ後期の授業が始まったところ、という大学も多いでしょうか。
学部4年生や修士2年生など、最終学年の学生さんにとっては、論文の追い込みです。
卒業論文や修士論文など、出すべきものを出し、発表などの審査をくぐり抜けられなければ、学位は得られません。そろそろ必死になっている頃だと思います。
マイスターも経験しましたが、論文は普通、ただ提出しただけではダメです。
提出後、自分の指導教授だけでなく、学科全体の教授が居並ぶ中で研究発表を行い、聴衆からの鋭い質問や突っ込みに耐えきらなくてはなりません。
何しろ相手は研究のプロ。
専門外の内容であろうとなかろうと、こちらのしゃべった内容は本人以上に理解しますから、甘い論理展開があればすぐに指摘されます。
大学教授のすごさを思い知る時間です。
さらに博士ともなると、また格別の緊張感を持って、学位審査に向かうことになります。
学問領域にもよりますが、「3年では学位を取れないのが普通」みたいな研究科もあります。
何年もかけて行った研究がけちょんけちょんにされたら……とか、予想もできないような質問が飛んできたら……とか想像するだけで、気が滅入る人もいるのではないでしょうか。
さて、日本でもそんな緊張感を持っている学位審査ですが、さらにとんでもない国があります。
それはフィンランド。
PISAで高い成績を上げていることもあり、教育改革の関連で、よく名前が挙がる国です。
(PISAについて知りたい方はこちらをどうぞ:過去の関連記事)
■OECD、国際的な大学教育評価方法の策定に向けて
このフィンランドの博士号(Ph.D)の学位審査の方法が、何ともユニークです。
少し前に書かれたものですが、この学位審査の方法を紹介してくださっている記事がありますので、そちらをご紹介したいと思います。
■「フィンランドにおける Ph.D. Defence」(Wataru’s memo)
フィンランドの学位審査の厳しさを象徴するものが、Ph.D. 最終口頭試問、いわゆる「Ph.D. Defence」である。Ph.D. とは、Doctor of Philosophy の略であり、万国共通で「博士号」として通用する(哲学だけを意味するのではない)。
審査を受ける当の本人を「candidate」、審査員を「opponent」、そして彼らの仲裁役を「custodian」と呼ぶ。
これらの言葉からイメージできる通り、最終口頭試問はアカデミックな「戦い」なのだ。
この栄誉ある戦いは、大学関係者だけでなく、candidate の親族・友人・恋人も含めた 一般大衆も参加可能な公会堂で行われるが、3人は燕尾服着用でうやうやしく入場する。
この様子は http://eve.physics.ox.ac.uk/Personal/suominen/promootio.html を見ると、よく分かる。正式には、燕尾服に加えて、特注のシルクハット、そして大学のエンブレムが打ち込まれた「刀」の三点セットが必要なのだそうである。学位審査は、本来研究者の命をかけた戦いなのだ。実際、この最終弁論で失敗した candidate は、その後の研究者人生を諦めることもあるという。
candidate は自分の学位論文の内容を「専門家以外」にも分かる言葉で、約20分をかけて「presentation」を行い、その後 candidate vs opponent の戦いが始まる。
(略)大学の既定によれば、この戦いは「4時間以上は続けるように」とあるらしい。この長丁場を candidate が乗り切り、opponent も十分と判断すると、「final statement」に入る。この中で opponent は「私は candidate が学位論文を成功裏に defend したことを認め、彼に Ph.D. を授与することを Faculty に進言する」と言い渡す。
(上記記事より)
4時間以上の学位審査。
中世ヨーロッパさながらの真剣勝負。
読んでいるだけで、緊張感が伝わってきます。
記事の中でも紹介されていますが、↓こちらのページで、この「Ph.D. Defence」参加者の格好が紹介されています。
■「Academic doctoral dress for formal occasions in Finland」(The University of Oxford Physics Department)
正装ということで「The doctoral hat」、「The tail-coat」などはわかりますが、「The sword」とあります。もちろん飾りでしょうが、帯剣しているのですね。
剣を携えて学位審査に臨む国。
伝統なのだと思いますが、この審査のあり方を象徴的に表しているようで、興味深いです。
リンク元の記事、さらに↓この文章の元になっている別の教員の方の文章で、より詳細を知ることができます。
■「愛媛大学学報 Vol.479 平成15年8月号 pp.8-11:フィンランドで学位審査を体験して」(愛媛大学)
こちらの記事では、実際に candidate を迎え撃つ opponent の教授が、どのようなことを考えてこの「Ph.D. Defence」に臨んでいるのかがわかり、これまた興味深いです。
ご興味のある方は、ぜひリンク元をご覧下さい。
これらの記事では、学位取得に成功した例が紹介されていますが、もちろん大勢の聴衆の前でけちょんけちょんにやられてしまった candidate も少なからずいるわけで、見ている家族にとっても、とても緊迫する時間です。
博士が尊敬される国、とのことですが、この「アカデミックな決闘」を知ると、フィンランド国民が学位に敬意を払うのも納得です。
ご紹介した2つの記事でも書かれていますが、この審査方法には、舞台の厳粛さや厳しさの他に、
「一般の方を含む専門外の方々にもわかるように、自分の研究を説明する」
「学外の人間が審査にあたる」
……といった、非常に重要なポイントが含まれています。
日本でもこういった点は大事だと言われていますが、学位審査のプロセスでこれらを徹底している大学は、そう多くはないかもしれません。
「博士号」という学位にどのような価値を見出しているか、それぞれの国の考え方の違いが表れているようで、興味深いです。
とは言っても、もちろん、日本の学位審査が楽というわけでは、まったくありません。
甘く考えていると、胸元をひと突きされるかもしれません。
論文の仕上げに入っている日本の学生の皆さんは、帯刀した武者みたいな教授達が審査会場で待ちかまえている様子を想像すると、作業によりいっそう身が入るかもしれません。
(※返り討ちにするのに武器は要りません。ちゃんと研究発表の準備さえできれば。)
以上、マイスターでした。
※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。