高校生の時、一番学びたかったのは建築だったので、建築学科に進学しました。でも実を言うと、建築を除けば、高校時代の自分の関心は明らかに文学部系統でした。父親が文学部出身なので、その影響が色濃く出たのかも知れません。
今は教育学とか、経営とか、広報とか、大学経営とかを勉強する方が大事なので、そちらを優先させています。でもいつかおじいちゃんになり、自分のためだけに時間を使えるゆとりが出てきたなら、そのときは大学の文学部で哲学や歴史学の勉強をしたいなぁ、なんて思っています。
老後の大学通い。最高の贅沢です。
ところで、ある大学職員の方から、「大学と老人ホームの連携」に関する話を聞いたことがあります。ホームに入居する条件が「学び続けること」だという、アメリカで行われている事業です。
ホームの入居者は全員、近所の大学の好きな科目を履修していて、ホームに戻っても勉強を楽しんでいるのだそうです。ですから、普段の住人同士の会話も、学術談義だったりするわけです。
頭を使うし若者とも接しますから、シニアの皆さん、活動的になります。結果として医療費を抑えられます。大学にとっても、多様が学生が刺激し合う状況をつくれるというメリットになりますよね。ホームにとっては、サービスの差別化につながります。全員が得する事業、まさにアイディアの勝利です。
その話を聞いた時、「なんて素晴らしいんだろう!」と、思いました。
自分だったらぜひ入居したい、と。
もちろん世の中のすべてのシニアがそう考えるわけではないでしょうが、自分のように、「学びのある生活」に魅力を感じる方は絶対にいる! と思ったのです。
日本でもそのうち実現するか……? と思っていたら、先日、ついに初のケースが出ました。
【教育関連ニュース】—————————————-
■「カレッジリンク型シニア住宅への教育プログラム提供について」(関西大学文学部)
http://www.kansai-u.ac.jp/Fc_let/topics/college-link/college-link.htm
■「カレッジリンク型シニア住宅/関西大学・株式会社アンクラージュとの共同運営」(社会開発教育センター)
http://sdrc.jp/project/collegelink.html
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このたび、学校法人関西大学の文学部は、財団法人社会開発研究センターと連携して、株式会社アンクラージュが神戸市の御影山手(神戸市灘区土山町)に建設中のシニア住宅(高齢者施設)「アンクラージュ御影」の入居者を対象に、施設の入居後に、関西大学で科目等履修生・聴講生・社会人学生として学ぶ「オンキャンパス・プログラム」、シニア住宅で開講される「オンコミュニティ・プログラム」を提供することに合意し三者の間で覚書を結んだ。また、2006年秋から、関西大学の吹田市千里山キャンパスにおいて、アンクラージュ御影の入居予定者にたいして、シンポジウム、公開セミナーを開催し、2007年度には10程度の講座で構成される「プレコース」を開設する。大学と高齢者施設との協力で展開されるカレッジリンク型シニア住宅事業は、すでにアメリカで先行して始まっているが、日本で本格的に実施されるのはこれが初めてである。
2007年に始まる団塊の世代の大量退職時代を目前にして、少子化の進行の中で厳しい競争を迫られている日本の大学の将来を展望する時に、カレッジリンク型シニア施設の創設に最初に取り組むことは、日本社会に対する大きなメッセージであり、関西大学文学部としてもきわめてインパクトのある試みである。現在、日本社会は世界史的にも稀なほどに急速な高齢社会の到来を経験しつつあり、いわゆる老人ホームに代表される高齢者施設にたいする需要が増大するとともに、アクティブシニア層の生涯学習需要の高まりを背景に、知識をキーワードとする「生活のクオリティ」を重視する施設が望まれるようになってきている。その中で、最も将来性のある事業は、近年、アメリカにおいて注目されている大学の高等教育機能を組み込んだ「カレッジリンク型」のシニア住宅施設である。
(関西大学文学部プレスリリース「日本初の「カレッジリンク型シニア住宅」創設に向けて」より。強調部分はマイスターによる)
大学と高齢者施設の本格的な連動事業としては、日本初のケースであるとのこと。
今回の取り組みは、関西大学文学部、財団法人社会開発研究センター、株式会社アンクラージュの三組織によるものです。
社会開発研究センターのプレスリリースによれば、この三者の役割は、↓以下の通り。
<「アンクラージュ御影」事業での、各組織の役割>
【関西大学文学部】
(1) オンキャンパス・プログラム提供
(2) オンコミュニティ・プログラム提供
(3) プレコース実施
(4) シンポジウム実施 など【財団法人社会開発研究センター】
(1) カレッジリンク型シニア住宅の企画
(2) 講座カリキュラムの開発
(3) 講座運営ノウハウの提供
(4) 米国情報の提供【株式会社アンクラージュ】
(1) シニア住宅の提供
(2) シニア住宅全体の運営
(3) 入居者講師の派遣 など
マイスターは、こういうコラボレート、大好きです。今回の「アンクラージュ御影」の事業モデルはアメリカのカレッジリンク型シニア施設だということですが、上記のような役割分担を事業化し、日本型のサービスとして実現させた今回の三者は、すばらしい。
「産学連携で大学の知を社会に役立てる」
こういった時、日本では「大手メーカーと手を組んでの研究」に、話が限定されがちである気がします。研究だけではなく、教育の面でも、大学は様々な形で提供できるのですよね。
関西大学文学部が提供する教育プログラムは、↓こちらです。
【1.オンキャンパス・プログラム】
(1) 文学部または大学院文学研究科の科目等履修生または聴講生としての受け入れ
アンクラージュ御影の入居者を対象に、科目等履修生または聴講生として開講クラスに希望者を受け入れる。(2) 文学部または大学院文学研究科の社会人学生としての受け入れ
アンクラージュ御影の入居者を対象に、試験、面接、研究計画書の審査等の条件で、社会人学生(あるいは3年次からの社会人編入学生)として希望者を受け入れる。(3) 各種の公開講座、講演会など大学主催行事への参加
アンクラージュ御影の入居者に、大学が提供する各種の講座、講演、行事の案内と自由な参加を認める。【2.オンコミュニティ・プログラム】
(1) アンクラージュ御影での講座等の実施
アンクラージュ御影の入居者を対象に、当該施設内で講座等を提供し、講師の派遣や指導者の斡旋を行う。【3.プレコース】
(1) プレコースの実施
文学部と社会開発研究センターが協力して、アンクラージュ御影の入居予定者を対象に、2007年度に千里山キャンパスで10程度の講座を「プレコース」として実施する。
オンコミュニティ・プログラムでは、講師を施設に派遣してくれます。これなら、施設の方々の興味関心に基づいた教育プログラムも用意できるでしょう。移動に困難を伴う方などにとっても、来てくれるとありがたいですしね。
オンキャンパス・プログラムの方のメリットも見逃せません。若者達とのふれあいや、キャンパス内での学生生活を送ることが刺激になるというのは、このプログラムの最大の魅力でしょう。
もう一点、オンキャンパス・プログラムの場合、科目等履修生または聴講生として授業を履修する、または正規の学生として入学するといった方法を採るとのこと。
つまり、試験に合格すれば、正規の単位が出ると言うことです。
当然その先には、学位があります。
これがシニア達にとって大きな生きがい、やりがいになるのは、容易に想像できます。ぜひ、卒業してもまた入学して学んでいただき、「生涯で500単位を取得」とか、「文学部全学科制覇」とかいった挑戦をしていただければと思います。あ、修士→博士の道もありですね。
さて、こうした事業が生み出すメリットについては、冒頭でもご紹介した通りです。
今回、三者が合同で出したプレスリリースにも、事業に対する熱い想いが書かれています。
アメリカの先行事例によれば、こうした「カレッジリンク型シニア住宅」の入居者は、他の高齢者施設と比べ総じて生活の満足度が高く、寝たきりになる割合も低く、生活の充実度が極めて高いとされている。十分な時間を生かして新しい知識を吸収することが日々の生活にリズムと張りを与えるとともに、若い大学生と触れ合い学ぶことが、高齢者の生活を若く生き生きとしたものに保たせている。また、キャンパスにおいては、若い学生の相談役として人生経験を生かせるなど、学生と高齢者の双方にとってメリットがある。こうした点で今回の試みは、若い世代と隔離されがちな従来の日本の「老人ホーム」が持っている既存概念を、完璧に打ち崩すものとなる。
本来、高等教育機関としての大学は、年齢で区切られた人生のある段階に一律に通過する場所ではなく、年齢にかかわらず「知的好奇心」をもつ人の縁で結ばれた「知縁コミュニティ」である。キャンパスが知のネットワークの結節点として有効に機能することで、日本における大学のイメージが大きく転換し、大学が本来的な知の拠点として再生することが大いに期待される。
(プレスリリース「日本初の『カレッジリンク型シニア住宅』を創設」より)
いかがでしょうか。マイスターなどは、プレスリリースを読んでいるだけで、わくわくしてきます。
さて、各社のプレスリリースを読んでいる限り、今回の事業のビジネスモデルの骨格を提案したのは、おそらく「財団法人社会開発研究センター」なのではないかと思われます。
「財団法人社会開発研究センター」の理事長である村田裕之氏は、シニアビジネスの世界でよく知られた方。アメリカの事例をよく研究しておられるようで、以前から福祉業界に対して、各メディアを通じてカレッジリンク型シニア住宅のメリットをアピールされていたようです。
(実を言うと、今回の報道で盛んに使われている「カレッジリンク」という言葉は、村田氏の会社が商標登録しています)
つまり、欧米の事例にも通じた、シニアビジネスの本当のプロなのですね。
こういう方がビジネス側に絡んでいると、事業はうまくまわるものです。大学側がすべてのモデルを考えて提案しようとしても、そうそううまくは行きません。
ちなみに、「産学連携」といったとき、大学の教職員達の中には「自分達がブレーンだから、全体の構想は私達が考える」と考えてしまう方って結構いそうですが、その事業に関して本当のプロがいる場合は、思い切って知恵を借りましょう。大学に期待されていることは別にありますからね。
ところで、商標登録まで済ませているということは、この「財団法人社会開発研究センター(&村田氏)」は、今回の1施設だけで事業を終わらせるつもりはないんだろうなと思えますよね。そうなると今後の展開としては、
○関西大学の周辺に第2第3の施設を建設し、同大学にアクティブ・シニアをいっぱい送り込む
○別の地域で、今度は他の大学と手を組んで新たなカレッジリンク型シニア住宅を建設する
…といった動きが考えられますよね。
(「アンクラージュ御影」の住人達のためにプログラムを拡張し、関西大学文学部以外のプログラムも受けられるようにする……なんて展開も可能性としては考えられますが、なんとなくそれは行われない気がします。それをやってしまうと、関西大学にとってのメリットが減少しますからね)
財団法人社会開発研究センター(&村田氏)は、今回のカレッジリンク型シニア住宅を、単なる実験ではなく、シニア住宅の新たな形として捉えているようですから、最終的には全国で同じ取り組みを展開しようとするでしょう。
となると、関西大学だけではなくて、各地域でパートナー大学を探す必要が出てきます。
同財団の方では、既にマーケティングリサーチを行い、パートナーとなりうる大学をリストアップしているんじゃないかなぁと、マイスターは想像します。
ちなみに今回の提携パートナーは、関西大学「文学部」だったわけです。大学全体ではなく、文学部が単体で提携を行っていて、プレスリリースも学部名。
ってことは、この事業で大学側が得た利益は、もしかして学部の予算になるということかな? なんて考えちゃうマイスターです。
もしそうだとしたらこの事業は、全国の人文科学系学部や教育学部、美術学部にとって、大きな可能性を秘めているのではないでしょうか。
事業のパートナー大学として、先に名乗りを上げてみるのも手かも知れませんよ。
以上、老後は自分もカレッジリンク型シニア住宅に住みたいと思った、マイスターでした。