数日前のニュースなので、SNS上などで既に多くの方が言及されていますが、重要な話題なので改めてご紹介します。
■「中退・留年率公表、大学に義務化へ…進路状況も」(読売オンライン)
政府は大学改革の一環として、大学に義務づけている情報公開項目を見直す方針を固めた。
中退率や留年率、卒業後の進路状況などを中心に、公開項目を追加することを検討している。文部科学省の関係省令を改正し、2020年度にも実施したい考えだ。
大学の学習状況や成果に関する情報を公開することで、受験生が進学先を選ぶ際の指標が加わり、教育の質を確保する狙いがある。政府の「人生100年時代構想会議」(議長・安倍首相)が夏までにまとめる基本構想にも反映させる。
大学の情報公開は学校教育法で定めており、省令で項目が決まっている。
今回の見直しでは、学生が大学でどのような能力を身に付けて卒業していくかに焦点を当てる。一般的に4年間(医学部など除く)とされる修業年限期間内に卒業する学生の割合、中退率、平均学修時間、満足度のほか、進学先や就職先に関する情報も公開対象とする方向で調整している。
(上記記事より引用)
非常に大きな一歩だと思います。
先に申し上げておくと、大学の中退や留年は、別に悪いこととは限りません。
理由にもよりますよね。たとえば留学をした結果、4年で卒業しなかった……なんてケースは、個人的にはむしろ推奨したいくらいです。
やりたいことを他に見つけたから中退する、という人も世の中にはいるでしょう。それはそれで、健全なことです。
しかしその是非とは関係なく、中退や留年の状況を示すデータは、やはり公開されて然るべきです。
受験生や学生にとっては、志望校の選択や、今の学生生活のあり方を考える上で、重要な情報であることは間違いありません。
まして現在は、大学入学者の半数が貸与型奨学金を活用していたり、その返済ができず経済的に追い込まれてしまう方が増えて社会問題になったりしていますから、なおのことです。
しかし、これだけ重要なデータでありながら大学は長い間、自校の中退や留年状況を開示してきませんでした。自校に都合の悪い実態データが出回り、志願者獲得などに影響を与えることを恐れるからでしょう。
(実際には、中退率の高い大学は、むしろ教育困難な層の学生を多く引き受けている、社会的な意義の大きい学校である可能性もあります。でも経営側としてはやっぱり、数字が一人歩きすることを恐れるのですよね)
こうじた状況に風穴を開けたのが、読売新聞が2008年から行っている「大学の実力」調査です。
全国の大学に対して独自にアンケート調査を行い、
・4年間での中退率
・入学から1年後での中退率
・標準年限卒業率(入学から4年で卒業した学生の比率。医・歯・薬学部は6年)
・卒業後、正規雇用された学生の比率
……など、これまでならタブーとされてきた各種のデータを明らかにしました。
現在はその調査結果を冊子として市販しているほか、ウェブ上から学部ごとのデータを検索できる、データベースも公開しています。
その後、この流れに後押しされるように、2011年に学校教育法施行規則が改正され、教育情報の公表が義務付けられました。ここまででも、かなりの快挙なのですが、残念ながらいまなお、教育情報の開示をしていない大学も沢山あります。
今回の報道は、その「残り」を含めた全大学へも、情報開示を迫るものです。
読売新聞が2008年に社会へ投げかけた問いが、情報公開の波を起こし、10年かけてここまで到達したのだとすれば、素晴らしいことですね。
2020年度に実施とのこと。個人的には「学科別」の情報公開を願います。大学職員ならよくご存じでしょうが、中退や留年の数字は学科によって千差万別です。
読売新聞の調査でも、学部単位での情報までしか追っていません。ぜひとも学科別のデータが欲しいです。
以下、大学と高校生側、それぞれに求められることをまとめました。
■大学に求められること
今後は、「中退や留年の理由」を説明する努力が一層重要になると思います。
前述の通り、数字は勝手に一人歩きします。読売の「大学の実力」調査は、担当されている松本美奈記者の強いポリシーにより、一切のランキング表示をしておりません。でも公的な調査結果となれば、誰がどのように参照しようと自由です。「中退の多い大学ランキング」なるものを独自に集計する個人やメディアも出るでしょう。
その際、「どのような学生に、どのような理念・考え方のもと、どのような教育を行った結果、この数字なのです」といった説明を大学が自ら積極的に発信しているかどうかで、数字の意味はまるで違ってきます。
まさに「3つのポリシー」ですね。
「この程度の中退は、本学の教育趣旨としては適性な範囲だと思っています」という発信もアリです。それを判断するのは社会の側ですし、別に中退・留年=悪いこと、だとは限りませんし。
いずれにせよ、大学の入試広報担当者は、志願者数の多さだけではなく、その後の活動についても説明を求められることになるでしょう。これを機会にして、入試広報や、入試システムのあり方にも見直しが進むことを個人的には期待します。
■高校生や保護者、高校教員に求められること
こうしたデータは、解釈のプロセスが大切です。進路指導にも、データを読み解きながら考えさせる工程が必要になると思います。「数字を教材にしながら、本人の進路意識を育てるリテラシー教育」が、生徒の進学後の状況に大きな影響を与えるようになるでしょう。
たとえば「中退率20%」というデータがあるなら、それを教材にして、
「80%は卒業しているんだな。20%の人達との違いは何?」
「中退した理由は何なの?」
「自分はこのまま進学したら、どっち側にまわるだろうか?」
「やりたいことを見つけたのなら、自分の場合は卒業を伸ばすのもアリかも……」
……などと、進路観を養う学びを行う機会にできるはず。
20%というけれど、本人にとってはゼロか100%かです。何のために大学へ行くのか、そのために高校生の段階で調べておくべきことは何なのか、考えさせる教材になるでしょう。
(逆に言えば、現時点でこうした指導を実施していない高校の多さが、実は深刻な問題です)
情報公開が進めば、大学のみならず、高校の進路指導のあり方も試されることになります。
繰り返しますが、中退や留年イコール悪いこと、とは限りません。それを判断し、考えるのは受験生の側です。ただ、高校生の側が進路を検討するためにも、全大学がすべての必要情報を公開している必要はあります。
日本の高等教育システムを次のステップに進めるためにも、情報公開の義務化は大事な施策と思います。
以上、倉部でした。
【補足】
読売新聞が「大学の実力」調査の結果を、初めて紙面で報じたのは2008年です。
この調査結果を初めて見て考えたことは、当時のブログにも書き残しています。
■読売調査「大学の実力」(1):大学の教育方針を知るには、卒業率や退学率の数字が必要
■読売調査「大学の実力」(2):今後は自主的な情報公開が望まれる
■読売調査「大学の実力」(3):報道の後、大学内で何が起きたか?
当時、予備校スタッフだった私は「高校3年生が具体的な出願先を決めるガイダンスの場で、コピーを配りたいんですが。ちなみに3年制だけで5千人ほどいます」と、読売新聞へ問い合わせました。
そうしたら、すぐに記者の方から取材の電話がきました。この問合せが後押しになり、抜刷版の制作が決まったそうでした(当時は書籍版が存在せず、紙面で読むしかなかったんです)。
進路について考える教材のひとつにして欲しかったので、生徒達に独自の解説文を制作し、抜刷版と一緒に全校舎で配付しました。
その様子は、読売新聞「教育ルネサンス」でも取り上げられました。
あれから10年、しみじみします。
■大学の教育・研究内容をもとに進学指導する塾 (読売新聞「教育ルネサンス」で紹介されました)