大学では、様々な研究が行われています。
それぞれの研究には、様々なストーリーがあります。
なぜこの研究を行うことになったのか。どのような問題意識によって始められたのか。
どの部分が画期的なのか。どの部分が、現在の課題なのか。
社会の、どのような場面に応用されそうなのか。
研究者から話を聞くと、そんなストーリーのひとつひとつに、刺激を受けます。
私たちの生活にも、学術研究の応用によって生まれた技術は多く使われているのですが、残念ながら、そうした興味深いストーリーを、一般生活者として知る機会はほとんどありません。
研究活動のプロセスや成果はだいたい、学術論文の形で発表されるからです。
例えば大学進学を考える高校生にとっては、そんな研究のストーリーを知ることが、進路選択のきっかけのひとつになるんじゃないかと、いつも思います。
そんな自分が、ぜひ高校生に勧めたいのが、しばしば行われている「大学は美味しい!!」フェアです。
大学によって開発された食品を全国から集めたイベント。
新宿髙島屋で5回目となるこのフェアが、現在も開催中。6月5日(火)までです。
■第5回「大学は美味しい!!フェア(PDF)」(新宿タカシマヤ)
長年にわたる学術研究の結晶から、学生参画のプロジェクトで企画されたものまで。
大学の「知」を、具体的な食品として身近に感じられる、とても楽しく、好奇心くすぐられる催しです。
デパートの催しなので、各ブースの食品が、実際に販売されているというのが魅力。
買って、その場で食べられるものも少なくありません。
各ブースで販売員を務めている教授や学生さんから、開発に至った過程や、使われている技術などの説明を聞くことができるので、知的な刺激も得られます。そこが普通の、デパートのイベントと異なるところです。
大学が主催しているオープンキャンパスよりも、よっぽど大学の面白さが伝わるんじゃないだろうか……と、個人的には思っています。
過去に実施されたときも、ほぼ毎回、取材させていただきました。
その様子は、↓過去の記事からご覧いただけます。
■大学は美味しい を含む過去の記事一覧
今回も、行って参りました。
本記事では会場の様子を、写真付きでご紹介したいと思います。
↑毎回のことながら、大変な盛況ぶりです。
第一回目は、フロアのごく一部で行われていた小さなフェアでした。
今では参加大学も数倍に増え、講演会場あり、イートインコーナーありと、規模がすっかり大きくなりました。
↑北里大学では以前から、附属の牧場で生産された牛肉の製品などを販売していますが、今年の目玉は「福香」ビールです。
同大学の海洋バイオテクノロジー釜石研究所では、樹齢360年を超える「盛岡石割桜」など、岩手県内の木々から酵母を採取し、保存してきました。
しかしこの研究所も、3.11の津波で壊滅的な被害を受けてしまいます。
酵母も全滅かと思われましたが、瓦礫に埋もれていた冷蔵貯蔵庫から、奇跡的に残されていた酵母を発見。その酵母によって作られたのが、ビール「福香」です。もちろん、「復興」とかけた名前でしょう。
売り上げの一部は、三陸沿岸地域の漁業復興にあてられるそうです。
詳細は、↓こちらのページに掲載されています。
■「北里大学海洋バイオテクノロジー釜石研究所が採取した酵母から生まれた、「福香(ふくこう)ビール」が発売」(北里大学)
↑東海大学阿蘇キャンパスのブースでは、ブルーベリーのジャムなどを販売されていました。
学生が実習でつくっているジャムがとても美味しいので、それと全く同じ製造法で、企業に生産してもらっているそうです。
ブルーベリーと砂糖以外の添加物などは、一切入っていないのだとか。
↑りんごの未熟果実には、成熟果実の5〜10倍の天然ポリフェノールが含まれている。
その機能に着目した様々な商品を販売しているのが、弘前大学のブースです。
詳細については、↓こちらのページをご覧ください。
■医果同源りんご機能研究所
もともとはジュースとして製品化されたのが最初ですが、ビールなど、毎年新しいラインナップが増えています。
↑これは宮崎大学による、宮崎マンゴーラガービール。
マンゴーの酵母で発酵させているほか、果汁も少し入っています。
↑こちらは、鳥取大学の商品。
地元の名産である二十世紀梨を使った、酢やドレッシングです。
この酢、なんとフランスにも輸出されているそうです。
↑佐賀大学では「バラフ」という、南アフリカ原産の植物が研究されています。
地中の塩分を吸い上げるという性質があるため、元々は塩害対策に持ち込まれたものらしいのですが、食用としても改良が進んでいます。
そのまま地面から引っこ抜いた時点で、ほどよい塩味がきいているので、新しいブランド野菜として商品化したのですね。現在、東京や京都でも流通しているそうです。
表面に水滴のようなものがついていますが、これはプチプチした、「海ぶどう」のような食感のツブツブです。水滴ではありません。この部分や、茎の内部に、塩分が蓄積されているみたいです。
で、このバラフが、新しい展開を見せていました。
↑バラフの化粧品です。コラーゲンを含み、保湿効果も期待できるとのこと。
野菜としてもまだ珍しいバラフが、同じ名前で、すぐ隣では化粧品になっている。
大学の積極的な姿勢が伺えます。
↑宇都宮大学のブースでは、乳製品を主に販売されています。
中でもイチオシなのは、「モッツァレラのたまり漬け」。
これ、いちど食べると、やみつきになります。
夕方、ブースを訪れたときには、既にラスト1個でした。そのラスト1個は、すみません、私が押さえました。
毎日、新しい商品が補充されると思いますので、見つけた方は早めに購入されることをお勧めします。
↑帯広畜産大学は、乳製品を中心に販売していました。
毎日、学生が搾乳し、学内の向上で製造される「畜大牛乳」は、50年にわたるロングセラー製品。
しかも日本を代表する酪農地帯である帯広市で愛されているというのですから、その評価の高さは折り紙付きと言えます。
会場では、この牛乳を用いたソフトクリームも食べられます!
↑水産大学校の最新作は、「完熟トラフグ」を使った食品です。
ふぐは、「うまみ」が出てくるまでに時間がかかる魚なのだそうです。
だからといって、生のままで長くねかせていると当然、傷んだり、くさったりしてしまいます。
だから生で食べる場合は、熟す前に調理されます。
熟していないので、歯ごたえも固い。だから薄切りにするわけです。
そこで、超高圧の圧力でふぐを殺菌することにより、「完熟」するまで生のまま、ねかせることに成功したのが、水産大学校・食品科学科の「完熟トラフグ」です。
うまみが濃縮されるとともに、ふぐの身もやわらかくなるため、薄切りにしなくても美味しく食べられるとのこと。
会場では、この完熟トラフグをサイコロ状に切ったカルパッチョなどが販売されていました。
もともとは「古川聡宇宙飛行士に、ふぐの刺身を宇宙で食べて欲しい」と考えたことが、開発のきっかけなのだそうです。
宇宙に持ち出すためには、無菌にする必要があります。
そのために考案された超高圧での殺菌技術が、新しい味覚という恩恵をも、もたらしたわけです。
機能性食品などが多く出品されているフェア会場で、「殺菌技術」というアプローチの個性が光っています。
この「大学は美味しい」フェアは、食品の展示販売会という性質上、農学部の参加がやはり多いのですが、一方で、独自のアプローチをされている大学もちらほら。
↑日本大学国際関係学部は、以前からこのフェアに参加している団体の一つです。
地元企業などと連携して毎年、学生の企画を製品化し、その売り上げをカンボジアの給水塔建設などに充てています。
産学連携によって、国際協力と地域振興をつなげる試みが、毎年ユニークです。
今年の新製品は、鰹節ならぬ「さば節」を使ったラーメン。
沼津の漁業関係者とのコラボです。
スープを試飲させていただきましたが、新しいラーメン業界の流行になりそうなくらい美味しいです。
↑ちょっと前まで「武蔵工業大学」という校名だった東京都市大学。
農学部が多く集まるこのフェアの中では、ここも異色かもしれません。
参加しているのは、都市生活学部の方々。
まちおこしなどを学ぶ学部として、酒田市の「庄内柿」を使った製品を企画・開発しています。
このプロジェクトには、東京都市大学の学生のほか、晴海総合高校に通う高校生達も参加しているそうです。
面白いコラボレーションですね。
ちなみに、ブースでプロジェクトの説明をしてくださった都市大の学生さんも、晴海総合高校の卒業生。
東京都市大学に進学したきっかけのひとつが、高校時代に関わった、このプロジェクトなのだそうです。
偏差値や、学部学科の名称だけで進路を選ぶ人も少なくない中、こうした出会いは素敵です。
いま、どこの大学もオープンキャンパスなどに力を入れていますが、たった1時間程度の模擬授業では、やりたいことは見つかりませんし、その大学の魅力も伝えられません。
大学の学びで、一番面白いのは、答えのない課題に取り組む「研究」です。
オープンキャンパスの動員人数を増やすのもいいですが、それよりも、高校生を研究の現場に誘った方が、双方にとって良い効果を生むんじゃないかなと個人的には思います。
↑山形大学も、農学部ではなく「工学部」の研究チームが参加している、ユニークな大学です。
以前から、発泡成形技術を使って米粉をパンに加工した米粉パンが人気でしたが、今回はさらに新しい製品が。
乾燥技術を使って、野菜をクッキーにしたもので、小麦と野菜の粉の割合がなんと3:7。
食べてみると、ほとんど野菜そのものを食べているような感じです。
野菜嫌いな子どもはもちろん、忙しくて食生活が乱れがちな大人の方にも良さそう。
↑松本大学も、農学部ではなく、総合経営学部・観光ホスピタリティ学科の参加。
コンビニチェーンの「サークルK」と一緒に、地元の名物「山賊焼き」を弁当として商品化するなどの取り組みを行っています。会場でも、山賊焼きをPRされていました。
最終的には、山賊焼きを目当てに、外から地域に人が訪れるようになることも期待している、とのこと。
↑今回は、早稲田大学もブースを出していました。
↑100度を超えない低温の蒸気で食材を蒸す「ソフトスチーム技術」による温野菜。
細胞を壊さずに、えぐみなどを消し、甘みを引き出せるのだそうです。
詳細は、↓こちらをご覧ください。
■株式会社T.M.L
さて、会場でひときわ人気を集めていたのが、フロアの一角に設けられたイートイン。
以下、三種類の食事が、その場で食べられます。
・近畿大学 完全養殖マグロを使ったマグロ丼
・信州大学 「サンルチン」による蕎麦
・青森県立保健大学 もち小麦の「ひっつみ」
↑ご飯な気分でしたので、自分は近畿大学の中トロ丼を食べました。
↑イートインコーナーの壁には、水産分野の功績をPRする、近畿大学のパネル。
広報に対する姿勢は、さすがです。
↑ちなみに、50食限定で「三大学セット」というお得なセットも販売されていたようなのですが、お店の人に効いたところ「11:30の段階で売り切れました……」とのことです。
三大学の研究成果をいっぺんに味わうためには、そうとう早くに行かなければならないようです。
↑玉川大学は、ミツバチの研究で世界的に知られています。
そんな大学の研究成果を象徴する、はちみつを使った製品が同大学の自慢です。
今回はそれに加え、鹿児島県にある農学部の農場で収穫された「ぽんかん」がイチオシ。
↑自慢のはちみつと、手絞りのぽんかんを使った玉川大学のシャーベット。
果汁50%で、濃厚なおいしさです。
↑地元の名産品である奈良漬けを使った食品の開発に取り組んでいる、奈良女子大学。
一連の「奈良漬プロジェクト」は、「地域の変革を促す女性人材育成プログラム」の一環として、現代GPにも採択されています。
これまで、「奈良漬けアイス」などのヒット作が話題を呼び、テレビなどでもたびたび取り上げられてきました。
えっ!? と思う組み合わせですが、これが美味しいです。
↑最新作は、こちらの「奈良漬しょこら」だそうです。
↑東京家政大学は、江戸時代の酒米「白藤」を復活させ、その栽培や、白藤を使った食品の開発などに取り組んできました。以前にも、この白藤を使った日本酒などを、このフェアでPRされています。
今回は、この白藤を使ったスイーツを販売されていました。
実はこれ、3.11の東日本大震災に関係があります。
震災後、多くの子ども達が、避難所や仮設住宅などでの暮らしを余儀なくされました。
そんな子ども達のために、お菓子やスイーツを配付しようという取り組みが起こるのですが、小さな子どもの場合、アレルギーが心配です。
それなら、「卵、小麦、乳製品」という主要アレルギー源を一切使わずに、スイーツを作れないか。
そこで東京家政大学のチームが取り組んだのが、米粉にした白藤を使ったスイーツ開発だったというわけです。
この取り組みは、農林水産省「フード・アクション・ニッポンアワード2011」において、プロダクト部門優秀賞を受賞しています。
未曾有の災害を目の当たりにし、「自分も、被害にあった人たちの力になりたい」と考える高校生は、少なくありません。特に、医療系や理工学系などの学部を志望する方に、多いような気がします。
そんな中、「誰もが安心して子どもに食べさせられるスイーツの開発」というアプローチも、医療や技術とは違った形で、多くの方々を支える力になるのだということを、東京家政大学のチームは教えてくれます。
……と、この通り、どの食品にも研究者や学生の皆さんの、様々なストーリーがあるのです。
これだけ多くのストーリーを、実際の食品を通じて体感できるイベントなんて、他にはないのではないかと思います。
他にも多くの大学が参加しているフェアなので、近場の方はぜひ会場に足を運んでみてください。
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このフェアの主催者であるNPO法人「プロジェクト88」の理事長、高橋さんからも、お話を伺えました。
(もともと小学館の『DIME』などが主催されていたこのフェアですが、今回から、このNPO法人に運営が引き継がれました)
高橋さんは現在、東京家政大学の4年生です。
2008年に第一回の「大学は美味しい」フェアが行われたときは、まだ高校生。
その後、大学に入学され、同大の「白藤」プロジェクトに参加。途中からブースの販売員として、このフェアにも参加されていたそうです。
自分も楽しみにしてきたこのイベントをもっと広めていきたい。何か自分にできることはないだろうか……と考える中で、これまでのフェアを運営されていた方々との縁もあり、NPO法人の理事長としてフェアを主催することにしたとのこと。
来年には大学を卒業されるわけですが、今後は理事長として、このフェアの展開に従事されるとのことです。
もともと「食の学園祭」というコンセプトを掲げて始まったこのフェアを、いずれは「食の甲子園」のようにしていきたい。お互いに刺激を与え合い、競い合うような場として、甲子園並みに盛り上げたい、とのことでした。
そんな出会いも生んだこのフェア、私も大好きです。
「大学の強みをアピールする」
「大学の取り組みの実態を知ってもらう」
「学問の意義や楽しさを理解してもらう」
これらの観点で、「大学が美味しい」フェアが発揮してきた影響力は小さくありません。
大学にとっては、一般の方々と大学の研究者を繋ぐこのような場があることは、とても喜ばしいことでしょう。
高校生の進路発見にも大いに役立つことと思いますし、大学生にとっても、他の取り組みに触れることで、刺激を受ける場になると思います。
このフェアは、6月5日まで行われていますので、ご興味のある方は、ぜひ。
以上、「大学は美味しい!!」フェアの様子でした。
※↓当日の、個人的なお買い物の一部です。
ご覧の通り、酒とつまみの組み合わせです。すみません。
取材にご協力くださった各大学、および主催者の皆様に御礼申し上げます。ありがとうございました。