東京大学が、「秋入学」制度の導入を検討していることは以前から報道されていますが、その中間報告が、早くも話題になっています。
入学時期の見直しを検討していた東京大学(浜田純一学長)の懇談会が、学部の春入学を廃止し、国際標準である秋入学への全面移行を求める中間報告をまとめたことが17日わかった。入学試験は現行通り春に行う。国際化の推進と、入学前の学生に多様な経験を積ませることなどが狙い。中間報告は早期実現を求めており、東大は学内論議を活発化させ最終方針を決める。
中間報告(まとめ)が、他大学の入学時期や企業の採用活動、国家試験の実施時期などの論議に一石を投じるのは確実で、既に一部大学に追随の動きがある。懇談会は「検討と行動に『待ったなし』のスピード感が求められている」としているが、東大内には異論もあり、学内の合意形成に向け執行部の指導力が問われる。合意が得られた場合、実現は数年後になりそうだ。
(「東大、秋入学に全面移行 懇談会が早期実現提言」(日本経済新聞)記事より)
「秋入学」と「春入学」とを併存するかたちで運用しているケースは、国際教養大学やいくつかの私立大学などに見られますが、今回の報道では「秋入学への全面移行」とあります。春入学を廃止した大学は、日本にはまだ1校もありません。
平成23年度入試での、東京大学の入学者は3,095人でした。全大学の入学者およそ60万人の中に占める割合は0.5%に過ぎませんが、それでもこれだけ話題になる理由には、「東大だから」というところもあるのでしょう。
報道によれば、東大が秋入学への全面移行を検討している理由は2つ。順に見ていきましょう。
懇談会は、現行の4月入学を「国際的に特異な状況」と分析。欧米の主要大学と同じ9月か10月にすれば、留学生の送り出し・受け入れをはじめとして学生・教員の国際流動性が高まるとした。
(上記記事より)
確かに日本の4月入学が珍しいのは確かで、大学の留学担当窓口などでも、学生から時期に関する相談や問い合わせがあるとは聞きます。ただ、セメスター制をとり、春入学に加え秋入学の制度を併存させることでも、受け入れ上の問題はクリアできますし、実際にそうしている大学は少なくありません。
そもそも、「入学時期を変えたら国際流動性が高まる」とは、個人的にはあまり思えません。たとえば、日本人が海外に留学しない最大の理由は、入や卒業の学時期がズレるから、なのでしょうか?
読売新聞が行っている「大学の実力」2011年度調査によれば、東京外国語大学を4年間で卒業する学生の割合は、43.4%。国際教養大学は、39.7%です。これらの大学で、多くの学生が4年を超えて在籍している理由は、留学する学生が多いから。海外に興味がある学生は、入学時期が春であれ秋であれ、海外には出ているのです。
秋入学制度は、確かに、こうした学生の背中を後押しする要因の一つにはなるでしょう。ただ、決定的な要因だとは思えません。それなら私は入学時期をずらすより先に、まず学費のシステムを変えるべきだと思います。
多くの日本の大学では、学費は在籍期間に応じて支払う仕組みになっています。1年間、あるいは半年間の区切りで数十万円の学費を納めるシステムなので、取得するのが40単位でも1単位だけでも、必要な学費は同じ額。また、休学中も多額の在籍料・学費を要求する大学が未だに少なくなく、これも学生の負担になっています。
取得する単位ごとに学費を納める学費単位従量制の採用の方が、留学に限らず、休学してNPOで働きたい、途上国を見て回りたいなど、学生が外に飛び出そうとする際に大きな後押しになるのではないでしょうか。
また、海外から学生が入ってこない理由も、入学時期ではなく、教育環境の水準だろうと思います。大人数での一方通行の講義ではなく少人数による議論を組み込んだ授業、夜まで図書館にこもらないとこなせない大量のreading assignment(読書課題)、チューターによる充実したサポート、学生を様々な面で支える専門スタッフ達など、海外の名門大学と比べたらまだまだ見劣りする面は少なくありません。
そもそも準備期間として1〜2年間、日本語学校で学んでから入学する学生だって多いでしょうから、入学時期が半年ずれたところで、留学生がそれほど増加するとも思えません。
高校卒業から入学までの半年間(ギャップターム)に、多様な体験活動を積む「寄り道」を設けることで、受験競争で染みついた偏差値重視の価値観をリセットし、大学で学ぶ目的意識を明確化できるとした。(上記記事より)
理由の二つ目はこれです。
こちらの理由には、賛同できる部分があります。イギリスなどをはじめ、各国で普及しているギャップイヤー制度は、まさに入学前の数ヶ月間、途上国で働いたり、企業でインターンをしたりしながら、自分の目的意識を高めるというものです。
(↓このギャップイヤー制度の普及・推進に力を入れて取り組んでいる団体もありますので、ご興味のある方はご参考までに)
■一般社団法人 日本ギャップイヤー推進機構協会(JGAP)
前述の学費の点や、休学・留年などを過度にマイナスととらえる風潮もあり、こうした活動にも二の足を踏む学生は東大に限らず、少なくないはず。しかし本来なら、偏差値教育を受けてきた日本の学生にこそ必要な経験です。東大の入学者がこぞって社会に飛び出していくことが、こうしたギャップイヤーについて考えさせるきっかけのひとつになるのなら、それは喜ばしいことです。
話がそれますが、大学を入学難易度の偏差値順に並べた表や、就職時の人気企業ランキングなどを見ていると、日本人は「自分の外」に生き方の評価軸を持つよう、教育されてきているのだなとつくづく感じます。親も教員の話を聞いて、何よりも「失敗が少ない選択肢」を選ぶよう、無意識にすり込まれて育つのが、日本社会なのだろうと思います。
最近では少し状況が変わってきたかもしれませんが、成績が良く、優秀な学生から順番に、大企業や公務員などの安定した椅子に座っていこうとする傾向も、そんな意識の表れなのかもしれません。結果として、多くの日本人は、自分の選択のリスクをとることに不慣れです。
海外に飛び出すということは、そんなリスクの最たるものでしょう。日本人が世界に出ない一番の理由は、これだと私は思っています。入学時期が春だから、ではなく。
でも、だからこそ、強制的にでもギャップイヤーのような期間を与えられ、背中を押されることには、プラスの部分もあるかもしれません。ひいては、「大学から与えられた、決まった4年間」を過ごすのではなく、「自分の評価軸をつくるために、自分でもっと柔軟に学びを組み立てても良いんだ」という考え方が広まる、きっかけになれば良いなとは思います。
これだけ大きな変更が、東京大学の中で、順調に検討されているとも思えません。おそらく賛否両論あるのでしょう。実際に実現させるとすれば、大変な調整や制度変更が必要になるはずですから、すんなり全面移行されるとは考えにくいところです。そもそも、本当に全面移行が必要なのかというと、前述の通り、個人的には疑問を感じる部分も多いです。
ただ、本来なら国のレベルで議論されるようなトピックに、一大学が真っ向から取り組もうとしている姿勢には敬意を表します(他大学が同じことをしても東大ほどは話題にならない、という不公平さは感じますが、それはそれとして)。国際的に見て、日本の大学生の学びのあり方に、色々と改革すべき点が多いのも事実。プランが実現するかどうかはさておき、今回のような発表(リーク?)には、「改めて、今後のあり方を考えてみましょうよ」と、社会に対して挑発するような東大の姿勢も感じられて、個人的には好感を覚えました。
保守的に思われて、実は新しい取り組みを率先して行おうとしているのも、東大だったりします。
なお、こうした議論では、「学生を採用する企業側の体制が変わらないと、学生が不利になる」という意見もよく耳にします。大手企業の人事責任者には、「今年は東大卒の学生を採用できました」と役員に報告できるかどうかを大きな関心事にしている方もいるので、今回の中間報告は、そういった組織に「もしも東大の卒業時期がずれたらどうしようか」とシミュレーションさせる程度の影響はあるんじゃないでしょうか。
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せっかくなので、実現する際には、単に卒業時期が半年ずれたというだけではなく、「4年間で卒業しようと考える学生が半減した」くらいのインパクトがあったら面白いのに、と勝手に期待したりします。