大学入試センター試験のトラブルは誰の責任?

先日行われた、平成24年度大学入試センター試験。その志願者数は、事前の公式発表によれば、実に55万5,537人。この55万人以上の受験生が、全国709箇所の本試験場で受験したことになります。

大学職員として働いていたときは、私も所属する大学で、センター試験運営の末端を担当しました。経験したのは、事前の試験問題冊子の搬入や、試験答案の枚数チェック、試験監督(補助)などです。

以下、大学関係者には改めて言うまでもありませんが……。
大学入試センターが用意するマニュアルはきわめて詳細で、試験会場の監督官が試験問題を取りに来る時間まで指定する徹底ぶり。問題が発生した場合の対応も、複数通りのフローチャートで説明されています。また各会場の担当者は、本部に設置された電話で、大学入試センターに随時、指示をあおげる体制になっています。

他の会場がどうかは知りませんが、私がいた大学では試験が行われるすべての教室に、秒単位で時間を合わせるための電波時計を配置していました。全国数百カ所の試験場に、数十ずつは設けられているであろう試験会場(教室)で、文字通り「一斉」に試験開始の合図が出されているというシチュエーションは、想像すると、ちょっと異様にも思えるほどです。

センター試験が、我が国の中では他に類をみない、国を挙げての特殊なイベントだということを実感しました。

センター試験は、大学入試センターの事業ですが、実際に受験会場を運営するのは、会場に指定された施設のスタッフ達です。709箇所ある本試験場の9割は、国公私立の大学や短期大学。残りの1割は、公私立の高等学校や、全国8カ所の大学に設けられた点字問題試験場になります。

組織にもよるでしょうが、私が勤めていた大学では、ほぼすべての教員、職員がセンター試験当日の運営に動員されていたようです。教員は主として試験官・試験監督。職員は、一部が試験監督の補助にまわり、そのほかのスタッフは試験全体の運営、会場まわりの案内やチェック、試験答案などのチェックなど、運営に必要な業務を担当していました。

試験当日が近づくにつれ、幾度かの事前説明会や研修が運営スタッフ向けに行われます。これには試験監督向けのものもあれば、それ以外の業務を担当する者を対象にしたものもあります。
マニュアルの作成や事前の情報共有の仕組みなど、55万人に一斉に試験を受けさせるためのシステムは実によくできており、よほどのことがない限り運営上の問題は起きないだろうと感心させられたものです。

……にもかかわらず、本年度のセンター試験では、トラブルが続出してしまいました。

社会の試験開始は14日午前9時半。2科目受験者には開始前に「地理歴史」1冊と「公民」1冊の問題2冊が配られ、1科目目は60分後に答案用紙が回収される。

今回影響が出た4565人の大半にあたる48会場4053人は、試験官が2冊を配布するまでに時間がかかったり受験生に試験方法を説明するのに時間を要したことから開始が遅れ、終了時間を繰り下げたものだ。全容が把握されたわけではなく、影響範囲が増える可能性もある。

もう一つが配布ミス。10会場の大半は試験官が試験開始時点で地歴のみを配布し、その後に誤りに気づき、試験開始後に公民を配った。このため、試験時間は公民の配布が遅れた分、延長されることになる。
「「社会」新方式でトラブル 運営側の対応“予習”足りず」(MSN産経ニュース)記事より)

センター試験は、少しずつ制度変更が加えられながら、運営されてきています。これまでで特に大きかった変更は、2006年度から導入された、ICプレイヤーによる英語のリスニング問題でした。それ以降、毎年「プレイヤーの動作不良が何件あったか」が話題になっているのは、皆さんもご存じでしょう。

一方、本年度は運営側のミスが目立ちました。原因は、地歴および公民の制度変更にあるようです。

本年度は、「地理歴史」6科目、「公民」4科目があり、この計10科目から最大2科目を受験できる仕組み。
これまでと違うのは、受験教科事前登録制といって、「地歴から2科目」、「地歴と公民それぞれ1科目ずつ」など、地歴、公民それぞれの受験科目数を事前に登録しておく必要があるという点です。
この制度変更により、「日本史と世界史」のような、地歴2科目という選択ができるようになりました。これは国立大学協会が国立大学に実施したアンケート調査の結果などをもとにしたもので、受験生にとっては、選択の幅が広がったということになります。

その結果、受験の運営は多少、複雑になりました。
地歴と公民1科目ずつを受験するケースは、以下のようになります。

●最初に解答する科目を「第1解答科目」、二つ目を「第2解答科目」とする

●試験の流れ
・地歴、公民それぞれの問題用紙を最初に2冊とも配付。解答用紙は、第1解答科目のみ配付。
・第1解答科目の試験開始
 ※受験生は、それぞれの問題冊子を見てから、どちらを第1解答科目にするか決めてよい
 ↓ (60分後)
・第1解答科目の試験修了。解答用紙回収
・第2解答科目の解答用紙を配付
・第2解答科目の試験開始

複雑と言えば複雑ですが、事前に確認しておけば、別にどうということはありません。
それに地歴か公民のいずれか1科目で済む受験生は、受験させる教室を分けておけば済みますから、該当する教室の監督者が、この試験を実施する130分間だけ、きちんとわかっていれば良いだけの話です。

トラブルが起きた会場の大半は、試験冊子の配付や試験の説明に時間がかかったため、試験時間を繰り下げたというものですから、まだ理解できます。今年は、昨年の京都大学カンニング事件を受け、説明の内容も増えたようですので、それも時間がかかった一因でしょう。進行上の課題ではあるものの、これは、致命的な問題だとは私は思いません。
リハーサルを繰り返せば遅延は減らせますが、携帯電話の電源を切って鞄にしまわせる、などの行為に時間がかかってしまうことも、場合によってはあるかもしれません。対策として、次年度からは少し時間の余裕を多めにとれば済む話です。

一方、試験問題の配付方法を間違えたという会場は、試験官が理解不足のままで会場に向かったわけで、これは大いに問題です。709ある本試験場の中で、このミスが発覚しているのは10会場程度に過ぎません。他の大多数の会場ではミスは起きなかったのですから、これは大学入試センターの責任ではなく、運営を担当する大学側の責任でしょう。

配布ミスで受験生4人が解答を書き直した鹿児島純心女子大(鹿児島県薩摩川内市)は、試験前に研修会を5回開きうち2回は冊子の配布方法を指導したがミスが起き、「確認が十分でなかったのかもしれない」と悔やむ。(「大学入試:センター試験 トラブル「予想された」 4500人影響、受験生「ずっと動揺」」(毎日jp)記事より)

大抵の大学では、上記の鹿児島純心女子大学のように、事前に複数回の研修を行っているはず。試験当日も、それなりに確認・共有をしながら運営を行っていると思います。(中には、研修に参加していない教職員もいるでしょうけど)
試験官に説明を徹底しきれなかった大学内の運営チームにも責任はあるのでしょうが、常識的に考えれば、自分が担当する130分間の流れを把握・確認しないまま会場に行ってしまう試験官に問題があります。

大学関係者からは、「制度の変更」をトラブルの原因として挙げる声が出ているようですが、私はむしろ、「どうせこれまでとほとんど同じだろう」と考え、惰性で試験監督をしてしまう教職員の存在が原因だと感じます。
自分の担当する試験の注意事項くらいは読もう、と思えば済む話ではないでしょうか。

大学入試センター試験初日の14日、気仙沼高(宮城県気仙沼市)に英語のリスニング試験で使う200人分のICプレーヤーが届かず、試験開始が2時間も遅れたトラブルは、試験運営を担当した東北大が機器を送付し忘れたのが原因だった。試験開始の約1時間前になって判明し、仙台市内から急きょ機器を運び入れたが、試験終了は午後8時を過ぎた。202人の受験生は疲れ切った表情で家路に就いた。
英語のリスニング試験は午後5時10分の開始予定だった。東北大によると、ICプレーヤーが試験会場にないことが分かったのは、外国語の試験中だった午後4時ごろ。気仙沼高からの連絡を受け、東北大は大学職員の車やタクシーで200個を搬送したが、試験は2時間遅れの午後7時10分にスタートした。
東北大は気仙沼高に239人分の機器を配置するはずだったが、実際に届いていたのは39人分だけだった。残る200人分は東北大の試験会場だった川内北キャンパス(仙台市青葉区)に運び込まれていたという。
ICプレーヤーは事前に大学入試センターから東北大に一括納品された。同大が大学分と気仙沼高分に仕分けをしたが、送付数の確認を怠った。担当者は「機器はジュラルミンケースに鍵をかけ、気仙沼高に送った後も厳重に保管していたため、送付忘れに気付くのが遅れてしまった」と言う。
「受験生「ただ待った」 東北大送付数確認怠る センター試験」(河北新報社)記事より)

上記も、前代未聞のトラブルです。事前の送付ミスもさることながら、気づいたのが試験の1時間前、という点も、普通はまずないでしょう。

実際、ソーシャルメディアなどでは、きちんと事前に準備、確認をすればこんなことは起きないはずである、という大学職員等の発言が散見されました。

55万人による一斉試験、という方法自体にも、問題やシステム上の限界がないとは言いません。センター試験のシステムが複雑化してきているのも確かです。いつかは、「全国一斉、一回だけ」ではなく複数回受験が可能とか、抜本的に違うやり方に置き換える必要もあると思います。
大学など、多くの組織や人員の力を借りないと成立しない運営方式も、もしかしたら、いつかは見直さなければならないかもしれません。

ただ今回のトラブルに限って言えば、運営を担当することになっていた以上は、各試験会場にも問題なく進められるよう努力する義務が発生しているわけです。「やることになっていた以上は、ちゃんとやるべき」なのです。そして実際、問題なく運営した会場が大多数なのです。それは、試験制度そのものとの是非とは、分けて議論した方がいいように思います。やはりトラブルが起きた会場では、担当した方々に何かしらの問題があったのではないかと個人的には思います。

最後に。
逆に言えば、こんな大規模で特殊なイベントを、これといった問題もなく運営した大多数の会場の担当者達は、もう少し賞賛されても良いんじゃないでしょうか。

今回のトラブルも、次年度には確実に、改善措置がとられるでしょう。初年度に批判を浴びたICプレイヤーの問題も、操作方法の説明に工夫が加えられたり、事前に機器の説明をWebで見られたりと、少しずつ日本的な「カイゼン」がされています。
失敗した事例にはブーイングが飛びますが、成功させる大変さは、あまり知られていません。試験内容の是非はさておき、全国一斉に行われる大学入試センターの「運営システム」を支えている多くの方々の苦労にも、たまには焦点を当ててもいいと思います。

7 件のコメント

  • >自分の担当する試験の注意事項くらいは読もう、と思えば済む話ではないでしょうか。
    注意事項があまりに膨大なのですよ。
    入試課でさえあれを頭に入れるのは不可能です。

  • たしかにそうもとれる。しかし、責任追及するにはまだ原因追求が不十分。2年前予告の原則をやぶり、半年前に全容が公開された2科目受験や第1回答科目を入試科目とするような変更推奨。各大学現場では、12月から毎日のようにセンターからの運営変更のFAXやメールの嵐で現場は大混乱だった。年々厚くなるマニュアルも監督用だけで、今回は30ページ増えて200ページ超。このマニュアルだけで4種類あり、Q&Aなど関連文書もある。肥大化したセンター試験のあり方を問われていると考える。

  • 「自分が担当する130分間の流れを把握・確認しないまま会場に行ってしまう試験官に問題があります。」と監督者を非難していらっしゃいますが、監督マニュアルを読んだ上で判断なさったのでしょうか?
    今回の監督マニュアルである「監督要領」33ページ(地歴公民2科目受験のページ)には「各受験者に『問題冊子等配布確認表』を参照しながら、登録した教科の問題冊子と第1解答科目の解答用紙(緑色)を配布する。」としか書かれていません。
    この表現自体は間違ってはいないのですが、問題冊子を最初から2冊配るということが直ちには読み取れません。
    勘違いする監督者が出るのは自然の成行きではありませんか。
    分からなければ質問できますが、勘違いで思い込んでしまえばどうにもなりません。
    200ページ超の難解マニュアルを正確に理解するのは至難の技です。
    前年からの変更点をまとめたページもありません。
    つまり、変更点を知るためには200ページ超の難解マニュアル全体を解読しなければなりません。
    監督者を悪者にして攻撃するだけでは本当の問題点が放置され、何度でもトラブルが繰り返されるでしょう。

  • <200ページ超の難解マニュアルを正確に理解するのは至難の技です。>
    ・・・難解と仰っていますけど、具体的に何がどう難解なんでしょうかねぇ。
    試験自体は何も複雑な事をしているとも思えませんが。
    穿った見方をすると、それだけ関係者の文章読解能力が相当低いのかと思ってしまいます。
    まぁ、そのマニュアルを見た事が無い以上アレコレ言っても仕方ないかもしれませんが、何だか言い訳がましく聞こえました。
    それは大学入試より難しいのでしょうか(笑)。

  • <それは大学入試より難しいのでしょうか(笑)>
    釣りかと思いつつ、真面目に返答。
    一言でいえば「はい。段違い平行棒並みに難しいです」。マネジメント能力も問われますからね。
    マニュアルは分厚く手とり足とりですが、結局入試センターのシミュレーションがずさんなのだろうと想像します。だからマニュアルに不備が散見される事態が起こります。
    2科目分の試験冊子と解答用紙を配布するには試験監督官だけでは不足するので事務方も臨時出動しました。
    視聴覚障害の受験者は試験開始前に解答用紙に氏名・受験番号を打つのですが、解答用紙が10枚以上ありますから、説明時間だけでは不足し、結果として試験開始時間も遅れ、試験監督官は昼食休憩12分でした。もちろん科目と科目の間の休憩時間は取れませんよ。解答用紙のチェックと入試本部への受け渡し、次の試験科目の問題冊子と解答用紙の確認と移動で精一杯です。
    現場では2時間半〜3時間にわたる事前説明会を2回出席(義務)、当日朝30分の最終説明と最新変更点の確認、各科目試験開始直前の確認、と何度も確認します。それでも色々事態は起こりますね。
    大学入試センター職員もいろいろ言いたいことがあるでしょう。
    でも、もう少し末端の現場教職員の意見を聴く耳をもっていただきたい。
    これは日本の政治や行政全体に言える特徴でしょうね。
    とはいえ、これだけ大規模の一斉入試をさほど大きな事故なくやり遂げる日本人のマネジメント能力は、非常に均質で高いですね。これができる国は先進諸国でもそうそうないでしょう。
    誇りに思っていいですよ、みなさん。

  • どのような試験に対しても、大事なことの順番があるはず。開始終了時間や問題配布・回収などなど。
    肝心要をほっといて、どうでもいいことに、振り回されたという・・トホホな事件です。
    考えるに、たいした重要ポイントの数はない。
    あきれて、コメントは不能の大事件でした。

  • 実際に、二科目選択の試験会場にいた者です。私の関わった会場では、問題は一切、発生しませんでした。
    「マニュアルが膨大」という声があるようですが、会場の監督を担当する身からすれば、該当の部分を確実にしておけばいい話であって、議論になるほど膨大とも思えませんでした。試験監督全員が、全マニュアルを完全に読みこなしていないと試験が成功しないかのような意見には、賛同しかねます。
    私の会場では、試験運営に関わる全員で、試験前の数分間に流れを確認しました。マニュアルには、確かにわかりにくい部分もありましたが、ミスがあってはならないので全体の管理責任者などにも念のため確認を取りました。数分あればできる行動です。マニュアルにも問題はありますが、紛らわしい記述だと思えばこそ、確認するのが社会人でしょう。
    センター試験のシステムの是非と個人の責任は分けて議論すべきで、その点で「試験官の責任」とする本記事の主張には私も賛同します。大学関係者には、個人の問題も制度の問題に転嫁してしまう人間が多いと感じます。