【大学入試の現状】指定校推薦制度の形骸化

マスメディアでも、Webメディアでも、色々な立場の方が様々な視点から「学力」についての意見を述べられています。自分とまったく異なる視点から、気づかされることも少なくありません。
特定の技術や業界に関する話題と違い、すべての人が自分の実感を持っているというのが、「教育」という営みの特徴であり、それはとても大事なことだと思います。

特によく見かけるのは、大学入試に関する議論や意見です。

入試というのは、大学教育を構成するごく一部の要素に過ぎないのですが、いまでも「大学生のレベル=入試の難易度(偏差値)」という図式で大学教育が語られることは多いです。そうした記事などを見かける度に、私達は入試に特別な意味を持たせる教育を受けてきたんだよなあ……と改めて感じます。(「学歴ロンダリング」なんていう言葉は、そんな意識が感じられる典型的な例ですね)

ただ、中には「実際にはこんなことも起きています」「それは誤解です」と感じることも、もちろんあります。
そこで、(大学関係者にとっては周知の事実だと思いますが)一般の方々を対象に、大学入試の現状をご説明したいと思います。

■大学入試の現状

平成22年度大学入試を経て、大学に入学した学生についてのデータがあります(文部科学省による)。
これによれば、私立大学の入学者のうち、一般入試(冬から始まる、昔ながらのスタイルの大学入試)で入学した者は48.1%です。

センター試験当日の朝には、テレビのレポーターが「いよいよ今日から、受験生の戦いが始まります」とコメントする様子をよく見ますが、あれは嘘です。およそ半数の受験生は、一度は受験を体験するか、または既に終えているのです。

AO入試での入学者は、私立大学入学者の10.5%です。「大学をダメにしたのはAO入試」と断言する人もいるようですが、平均で見ればまだ全体の1割に過ぎません。もっとも実際には、大学によってこの比率は大きく異なり、全体の数パーセントという大学もあれば、過半数という大学もあります。

残るは推薦入試で、これは全体の40.9%。この中には付属校からの持ち上がり、公募制推薦、指定校推薦などが含まれています。

■実は危うい指定校推薦制度

「いまの大学生」に何かしらの問題があり、かつ、その原因を大学入試に求めるのであれば、AO入試をどうこういう前に、一般入試と推薦入試についても、機能しているのかどうか疑ってみるのが筋というものでありましょう。

意外と知られていないのが、指定校推薦制度の現状です。

指定校推薦制度は、昔からあるのでご存知の方も多いでしょう。ある高校からの進学者が継続的にあり、かつその学生達が入学後も良い成績をとっている……という場合に、大学が高校に対して設定する、特別な推薦枠のことです。
「高校在学中の成績が、評定平均で3.5以上」のように条件のついた枠が少なくありませんし、校内で複数の生徒が1つの枠を争うこともあります。しかし校内でこの枠を勝ち取りさえすれば、余程のことがない限りは合格します。

「一発勝負」の一般入試に対し、指定校推薦では、日常的に努力を積み重ねられる「コツコツ型」の学生を入れられるとされてきました。
いわば高校と大学の間の、信頼関係に基づく究極の入試スタイルだったのですが、ここにいま、危うさが生じてきています。

私立の高校では、「特別進学クラス」(名称はそれぞれですが)を設けるところが少なくありません。名門大学への進学を目指すという主旨で編成されたクラスです。高校入学時の成績でクラス入りを許可されたり、入学後の成績によって振り分けられたりします。
こうした特進クラスの生徒に対し、推薦入試やAO入試への出願を禁止する高校が、実は少なくないのです。生徒にとっては、進学の機会は多い方がいいはずですが、高校が受験自体を認めないのです。

こう書くと、「受験の厳しさが教育上、必要だと思っているからだろう。良い高校だ」と語る方も出てきそうですが、残念ながらそうではありません。
要は、高校の進学実績を伸ばすために、特進クラスの生徒には一般入試で「聞こえのいい大学」をたくさん受験して、合格実績の数字を築いて欲しいからなのです。

こうして進学クラスの生徒が一般入試であげた実績をもとに、大学から指定校制推薦枠を獲得します。その推薦枠を、進学クラス以外の生徒が使うのです。そのために「3.5以下の評定平均点は生徒につけない」という方針をとっている学校の話も聞きます。3.5あれば、多くの大学の指定校制推薦枠の出願条件をクリアできるからです。高校にとっては合理的な「役割分担」です。でも、本来の趣旨から大きく外れる実態であることは、言うまでもありません。
(高校の先生も、別に好きでこんな指導をしているわけではありません。中学生(中高一貫校の場合は小学生)の保護者や関係者から、「大学進学実績」という軸だけで評価されてしまう事情が、こうした指導方針の背景にあります。先生も気の毒です)

特進クラスを持たない高校でも、指定校推薦は微妙な使われ方をしています。

私もかつて、大学のスタッフとして「高校まわり」をしていました。自校のパンフレットを持って、高校の進路指導担当教員のもとに「うちへの受験を生徒さん達に勧めていただけますよう、よろしくお願いいたします」と挨拶に行くわけです。
その際、「うちから入学して欲しいのなら、まず指定校枠を持ってこい。でなければ話にならない」と言い放つ高校の教員が、結構いました。
貴校から私達の大学への進学者はこれまでゼロですので、指定校枠のためにもまずは1人でも進学実績をつくって……とお話すると、「同じ条件で、おたくのライバル大学は枠をよこしたぞ」と言われました。

少しでも多くの入学者を集めたい大学にとって、指定校枠は確実性の高い手段であり、同時に最後の手段です。そのことをわかっているのでしょう、高校と大学の間のやり取りは、高校優位になりがちです。

入学後もひどい成績を取り続けるような生徒を送ってくる場合、大学は高校に対して「枠を与えない」という措置を行えるのですが(だからこそ信頼性の高い入試だったのですが)、大学側も経営危機で、一人でも確実に入学者を集めたいと考えていますから、仮に入学後に伸び悩む入学者ばかりだったとしても、一度割り振った指定校制推薦枠をそう簡単には取り消せない現状があります。
「日本のすべての高校を指定校にする」という、大胆過ぎる方針をとっている大学もあるほどです。

結果、指定校推薦制度は形骸化しつつあります。少なくとも、学力の評価という、入試の本質となる部分の信頼は、失われつつあります。

もちろん、すべての大学や高校において、とは言いません。機能している例も多いでしょう。もっともそれはAO入試も同じで、機能しているAO入試もあれば、安易に人数を集めようとしているAO入試もあります。当たり前です。
ただ指定校推薦制度は、「高校での定期テストによって一応、各教科についての学力を判断しているはず」という一点によって、そうした批判を免れているようです。

AO入試への批判が叫ばれているようですが、実のところ安易なAO入試以上に、安易な指定校制推薦の方が、大学生の水準低下の原因につながっているのではと私は思います。

AO入試についても、「学力を評価できる」とされている一般入試についても、意外と実態は(教育関係者以外には)知られていないように感じますので、そのあたりを次回以降でも、自分なりに補足していければと思います。

とりあえず私がお伝えしたいのは、「大学入試に対する批判は、とても単純化されたものが多いけれど、実際にはそんなに単純でもないですよ」ということです。