キャンパス内の近代建築 解体すべきか、残すべきか

マイスターです。

歴史のある大学は、歴史的に価値を持つ建築物を持っていることが少なくありません。

例えば同志社大学今出川キャンパスや、龍谷大学大宮キャンパスなどは、国が重要文化財に指定した建物がそこら中にあります。
設計水準が高く、歴史的にも貴重であるなど、客観的に価値を認められている建築物ということですね。

■「国指定文化財 データベース」(文化庁)

↑こちらで大学保有の重要文化財や登録有形文化財を調べられます。

同志社大学や龍谷大学はいくつもの国指定重要文化財(建造物)を保有している、希有な例。
早稲田大学大隈記念講堂も、国指定の重要文化財のひとつで、2007年12月に登録されています。
ほか、慶應義塾の三田演説館や図書館、明治学院インブリー館、自由学園明日館などが重要文化財に指定されています。

登録有形文化財になると、さらに数は増えます。
例えば東京大学大講堂(安田講堂)や一橋大学兼松講堂、東京女子大学講堂・礼拝堂など、これまた大学のシンボルになっている建築が多いです。
(ちなみに同志社は重文の他、同志社大学で3、同志社女子大学で2と、登録有形文化財も多いです。文化財だらけの学園です)

興味深いのは、北海道にある星槎大学。
「頼城小学校」という、歴史ある学校の施設をそのまま利用する形で2004年に開校。旧頼城小学校の校舎と体育館が登録有形文化財なのですが、星槎大学は通信制課程しかない大学なので、スクーリングの時にしか学生はこれらの文化財に触れられません。
ある意味、非常に贅沢なスクーリングです。

こうした文化財に指定されることは、大学にとっては名誉なことでしょう。
指定されると、文化財保護法により様々な制約がかかりますが、学園のシンボルにもなるわけですし。

ただ、歴史的な建築物を保存するというのは、何かと難しい面があります。

というわけで、今日ご紹介する話題は↓こちら。

【今日の大学関連ニュース】
■「東京女子大『旧体育館』解体 やまぬ『待った』の声」(Asahi.com)

築85年になる東京女子大学(東京都杉並区、湊晶子学長)の通称・旧体育館の行方が注目される。この解体を前提にした新研究室棟・体育館棟が完成した。しかし、瀟洒(しょうしゃ)な外観を保ち、懐では今も授業やクラブ活動で、おてんば娘がとびはねる現役を、うば捨てにはやらない、との声は学内外に高まるばかりだ。
旧体育館は、チェコ出身の建築家A・レーモンドが設計を手がけた同大の建築群のひとつとして、1924年に完成。鉄筋コンクリート2階だて一部瓦葺(かわらぶ)き。多角度からの視線を意識し、採光に配慮した千平方メートル余の館内は明るい。屋外通路を兼ねる2階バルコニーには花鉢が並び、優美なたたずまいだ。
創立90周年記念キャンパス整備計画の一環として、老朽化などを理由に大学が解体を機関決定したのは06年5月。一方、08年、田代桃子さんらが学生論文「東京女子大学の旧体育館を中心とする校舎の研究」を発表。体育館を構内の中央に配置し、精神と身体が出あい、美しい人間の所作を涵養(かんよう)する場、と重んじた新渡戸稲造、安井てつら創立者の教育哲学の具現化が旧体育館、としたのである。
この論旨に心動かされた教職員有志は、解体再考を求める署名簿を大学側に提出し、保存交渉を開始。今年3月には森一郎教授(哲学)らが公開シンポジウム「東京女子大学旧体育館の解体を再考する」を開催、44年の卒業生で作家の永井路子さんらが参加した。1級建築士の松嶋晢奘さんは、席上、旧体育館の健康状態を「コンクリート強度を相当低く設定しても耐震性に問題なし」と語った。
(略)新装なったキャンパスを内外にお披露目する90周年記念式典は、16日に行われる。「建学の理念を継承しつつ、大学は将来像をにらみ生まれ変わっていかねばならない。新校舎の建築確認の条件だった2施設の解体は不可避」と原田明夫理事長。
だが「私たちはあきらめない」と森教授。建築確認条件の変更が可能であること、補修費用捻出(ねんしゅつ)策など対案を示しつつも平行線をたどりつづけた大学側との交渉だが、学外の支持を励みに今後も、教授会などを通じ「解体待った!」を働きかけるとしている。
(上記記事より)

建築の保存を巡るこうした話は、珍しくはありません。

特に20世紀以降に作られた近代建築は、歴史的な価値に関する評価があいまいなことも多く、このように建築物の保存を求める市民や研究者と、再開発などを計画する保有者との間で対立が生じることもしばしばです。

重要文化財や登録有形文化財に指定されているものには、明らかに「保護すべきもの」だというお墨付きがあるわけですが、今回のようにそうではない建築の場合、法的には、持ち主が壊すのは自由。
しかし一方で、「まだ評価が定まっておらず、公的な保護指定を受けたわけでもないが、将来に向けて残す価値がある」と、多くの方々に考えられている建築物は、実際にあるわけです。

例えば最近では、東京駅前の「東京中央郵便局庁舎」が、再開発のために取り壊したい経営者側と、建築的な価値を評価し保存を求める識者達との間で議論になっていました。
東京女子大学の旧体育館も、まさに同じです。

■「東京女子大学レーモンド建築 東寮・体育館を活かす会 」

↑このように、体育館の保存を求めるグループも活動を行っています。
しかし経営者側にも、生き残りをかけて再開発を決断するだけの理由があるのだとは思います。

■「キャンパス整備計画」(東京女子大学レーモンド建築 東寮・体育館を活かす会)

最終的には↑こうした計画に沿って再開発を行うのが目標なのですね。

「建学の理念を継承しつつ、大学は将来像をにらみ生まれ変わっていかねばならない。新校舎の建築確認の条件だった2施設の解体は不可避」と原田明夫理事長。
だが「私たちはあきらめない」と森教授。建築確認条件の変更が可能であること、補修費用捻出(ねんしゅつ)策など対案を示しつつも平行線をたどりつづけた大学側との交渉だが、学外の支持を励みに今後も、教授会などを通じ「解体待った!」を働きかけるとしている。
(上記記事より)

……と、議論は平行線。
保存を求める側も、補修費用の捻出方法など対案を出しているとのことですから、非常に建設的なアプローチをされている様子ですが、計画が変わる気配は今のところないようです。

■「キャンパス案内 」(東京女子大学)

キャンパスの歴史的建造物群は、建築家アントニン・レーモンド(1888-1976)の設計によるものです。いずれもレーモンドの戦前の作品として知られる貴重な建築で、全7棟が文化庁登録有形文化財に指定されています。
(上記記事より)

↑アントニン・レーモンドは、日本の近代建築史に大きな足跡を残した建築家。
彼が東京女子大学に設計した建物の多くが登録有形文化財に指定されていることからも、建築家としての評価の高さはおわかりいただけることでしょう。
大学も、上記のように公式サイトで思いっきりPRしています。

■「キャンパス案内:歴史的建造物 」(東京女子大学)

↑このように登録有形文化財に指定されたレーモンドの建築を、大学のwebサイトで大きく打ち出しています。

しかし、同じレーモンド建築である旧体育館には、大学側の関心はないようで、すでに公式のキャンパスマップからも「消滅」しているという扱い。

■「 キャンパスマップ 」(東京女子大学)

↑こちらのキャンパスマップの、「オープンスペース(2009年10月完成予定)」という部分が、旧体育館の建っている場所です。

体育館も、登録有形文化財に指定されていたら、取り壊しの「悲劇」を免れたのかもしれません。
同じ建築家の作品なのですが、公的なお墨付きがあるかないかで、「大学の自慢」と、「大学の邪魔者」とに、運命が分かれてしまいました。

ちなみに、旧体育館の取り壊しを前提にして建設した新研究室棟、および体育館棟は、「新しい建築物」として紹介されています。

■「キャンパス案内: 新しい建築物のご紹介」(東京女子大学)

個人的には、保存を求める側の意見も、大学経営陣の意見も、わからなくはありません。
おそらく、どちらもそれぞれの立場で、まっとうなご意見を主張されているのだと思います。

ただ今回、旧体育館が取り壊される理由は、「大学が将来も生き残れるよう、キャンパスを整備しなければならないから」でしょう。
その問題が解決されない限り、どれだけ建築的な価値を訴えても、経営陣としては計画を撤回できないように思ったりもします。

建築的な価値は、学外の有識者の方々がもう十分に語ってくださっているようです。
今度はさらに、「経営的にも旧体育館を残した方が良い!」という理由や、「取り壊さなくても大学経営は十分成立する!」という根拠を、学内の教職員で議論し、考えるべきときなのかもしれません。

以上、マイスターでした。

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※学習院大学の「ピラミッド」校舎も、取り壊しの計画があると聞きます。
今回の東京女子大学と同じような議論が起きるかもしれません。

↑追伸
既に学習院大学のピラミッド校舎は、既に解体されていたのですね。
学習院大学の卒業生の方に教えていただきました。ご連絡ありがとうございました。
個性的な建物で、惜しむ声も多かったようですが、解体前には見学会なども開催されていたようです。

※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。