マイスターです。
大学は、知が結集した学術組織であり、権威の象徴のような存在。
最近では、そんな大学のリアルな「経営」問題がメディアなどでも大きく扱われるようになりました。
日本の高等教育の黎明期から、私学がつぶれたり、経営危機に陥ったり、別の大学に統合されたりといったことは何度もあったのですが、戦後、いつの間にか「大学はつぶれない」ことが半ば常識のように。
18歳人口が進行する少子の時代に来て、再び、「大学だって経営が破綻することはあるんだ」という事実を私達は思い出したわけです。
大学の経営破綻というと、
「人気のない大学が、受験倍率を低下させ、やがて定員割れを起こし、最終的に廃校」
……みたいなストーリーを想像される方が、世間的にはほとんどかと思います。
実際、こういった例は非常に多いです。
しかし実際には、人気や知名度があり、学生を十分に獲得できているにもかかわらず、深刻な経営危機に陥っている大学だって、ないことはありません。
具体的には、定員は満たしているけれど、ずさんな経営を続けていたために収支のバランスが崩壊し、赤字を垂れ流すようなケースなどです。
経営的にはすぐにでも手を打たないといけないのですが、支出を絞ろうとしても、なまじ学生が集まっているだけになかなか学内の理解を得られなかったり、「学問の自由を脅かすのか」といった反発を受けてしまったり。
表に出にくい危機であるだけに、かえってやっかいです。
さて今日は、こんな記事を見かけましたので、ご紹介したいと思います。
【今日の大学関連ニュース】
■「運用の基本は『安全運転』 大学は『投機』やめるべきだ (連載「大学崩壊」第4回/「早稲田のゴーン」關昭太郎さんに聞く)」(J-CASTニュース)
――ここ10年ほどで、経営が厳しくなっている大学が目立っています。それはなぜでしょうか。
關: 実は、90年代から大学経営は大きく変わらないといけなかったのです。18歳未満の人口の減少、受験生の奪い合いが、この時から始まったんです。もっとも、人口構成を見ればこの事態は予測できたのですが、大学はそれに対応できなかった、ということです。大学は、一度文部省(現・文部科学省)の認可を受ければ、その監督下で外部影響をほとんど受けずにすむ「護送船団方式」と「先送り主義」でやってきましたし、その結果生まれた既得権益にも守られてきたんです。教職員の人件費は上がる一方だし、様々な無駄もなくならない。明治時代からの古いDNA、これを次世代に持ち越してはいけない。
結論は、マネジメントの欠落ということです。
――94年に早稲田の財務担当理事に就任しましたが、当時の経営状態はどうだったんでしょうか。
關: 前任者からこう言われたのです。
「もうすぐ赤字額は1000億を超えるだろう。財務は『後追い』なので、予算や新規計画についての発信・発言力はない。権限はない」
組織が金属疲労を起こしていると思いました。
この時点で早稲田は390億円の有利子負債を抱えていて、年間約22億円の利息を払っていました。有力13私立大学の状況を比較すると、13校の平均の、収入に対する負債比率は19.8%だったのですが、早稲田は何と55%。他大と比べても、財務体質が非常に悪かった。有利子負債は「複利の資金」として見る必要があります。つまり、390億円というのは、借り入れ金利が6%~6.5%でしたから、10年間というスパンで見れば、およそ2倍の800億円の財政負担になります。
――危機感はなかったのでしょうか。
關: 学内には無駄を平気で放置する精神が蔓延していました。スクラップ・アンド・ビルドができない集団なんです。全体として高コスト体質で、支出の全体に占める人件費など経費の割合が高かった。さらに、意味のない支出も多くありました。教員が大学と雇用契約を結んでいるケースはほとんどないのですが、何故か雇用保険料を大学と教員が折半している。電気・水道・印刷など、基本的な無駄使いも多くありました。
(上記記事より)
關昭太郎氏は、早稲田大学の財務を立て直した方として、業界ではよく知られています。
「早稲田のゴーン」という呼び名も、学内の反発にあいながら改革を断行し、組織を救ったという経緯からつけられたものでしょう。
2005年に出版された『早稲田再生』は、ビジネス書コーナーにおいてある、数少ない大学関連本のひとつ。
証券会社の社長であった關昭太郎氏が、早稲田大学前総長の奥島孝康氏に財務担当常任理事として招かれ早稲田大学の財政改革を進めた過程を紹介している本です。
大学関係者にとっては、必読の一冊だとマイスターは思います。
早稲田大学はおそらく、我が国を代表する大学の一つです。
しかしそれは学術レベルや、社会への貢献度、偏差値ランキングの上でのこと。
90年代の早稲田大学は、
「組織としての存続力」や、
「自己改革力」や、
「財政の健全度」では、
実は様々な問題を抱える、病人のような大学でした。
少なくとも、民間の証券会社を経営していた關氏には、そう見えたようです。
關氏が財務担当常任理事になった94年当時、早稲田大学の借入金は390億円。
帰属収入額に対する負債額の比率は55%で、有力私立大学13校平均のおよそ3倍。
借入金利息比率は3%。
これは、放っておいたら10年後には借金が倍にふくらむという状態です。
誰が見ても危機的状況に間違いなく、このままでは経営破綻も時間の問題という事態に陥っていました。
しかし早稲田大学がそのような状態に陥っていたことをご存じの方は、多くはないと思います。
(そのこと自体が、大学経営の特殊な一面を表していると思いますが)
それだけにこの『早稲田再生』の内容は、多くの大学関係者や、ビジネス関係者達に衝撃を与えました。
まさか母校ワセダがこんなことになっていたなんて、と初めて知った早稲田大学卒業生も多かったようです。
『早稲田再生』によれば、そんな状態であるにも関わらず、前任の財務担当理事は
「数年後には膨大な赤字、おそらく1,000億円を超える赤字になりますよ。こんな内容の財政改革の仕事をよく引き受けますね」
……などと他人事のように話すだけで、何の手だても打っていなかったそうです。
この担当者は、後に学生新聞のインタビューで『財務は後追いですから』と答えている。つまり、財務の仕事は教学に求められた金額を金融機関から調達し、返済することだというのだ。さらに、予算の作成や新規計画の策定に関して発言する権限はないから自分の責任ではない、と弁明したのだ。これでは借金がふえるしかない。借金の額を管理して次代に備えるなどというマネジメントの思想はさらさらなかったのだ。
(早稲田再生より)
自分が買いたいものを買うだけ。
みんなが買いたがっているものを買うだけ。
「これは必要だから」という論理だけが通って、お金のことに誰も責任を持たない組織。
そんな状態だったのかなと想像します。
それは、いつかやってくる精算の日のことを考えず、問題を先送りしているだけです。
これはおそらく、早稲田だけに起きている問題ではなかったのだと思います。
今でこそ、大学経営のあり方がメディアでも取り沙汰されています、民間経営者の視点も採り入れられるようになってきていますが、かつてはむしろ、そういった取り組み自体がタブーのように思われている大学も少なくなかったと思います。
冒頭の記事は、そんな「大学経営」の現場で奮闘した關氏へのインタビュー記事です。
組織の閉鎖性や危機感の無さなど、大学の経営に関する指摘は様々なところでされていますが、關氏の場合、実際にそれを改善させた実績があるだけに、説得力があるように思います。
今回の金融不況では、巨額の損失を出した大学もありました。
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資産運用に失敗した大学については、
關: 金融機関は、金融商品を販売した際には手数料収入が入ります。ですから、大学にも金融機関から「オイシイ話」が持ち込まれます。円建て預金、特約のあるもの、円建てからドル建てにシフトするもの、問題化している金融派生商品(デリバティブ)も多様化が進んでいます。債権とデリバティブを組み合わせた「仕組み債」も出回っている。
そうなると、市場実勢からかけ離れた商品も多数出回るようになっています。高利回り商品については、十分内容を確認して、投資コスト・手数料・為替手数料などを確認して「うまい話はない」ことを念頭に意志決定をしないといけません。ですが、今の日本の大学の財務担当責任者には、こういうことが分からない人が多い。
だから、私のところには、怪しい商品の勧誘は来ませんでした。金融機関の方も、私の(証券会社社長という)経歴を知っていますからね。そういうことを分からずに、資金投下をしてしまう例が多いんです。商品の性質が分かっていなかったんでしょう。
リーマンショックは、私たちの予想をはるかに超える出来事ですが、レバレッジをかけるかかけないかによって、マイナスの谷底に落ちたら、元も子もないぐらいに(資産を)はき出さないといけない結果になります。そもそも、そういう勉強をした上の投資なのか、きわめて疑問です。そこで、早稲田でも(現在、自分が理事を務めている)東洋大学でも、資本市場で、株価形成の仕組み、債券・その他諸々の金融商品について勉強させるために、財務担当者は金融機関又は運用会社に出向させています。
(「運用の基本は『安全運転』 大学は『投機』やめるべきだ (連載「大学崩壊」第4回/「早稲田のゴーン」關昭太郎さんに聞く)」(J-CASTニュース)記事より)
……と、大学側の財務担当者の知識・経験不足を指摘されています。
大学の教育・研究活動は、すべて健全な財務の上に成り立っています。
關氏の言葉を借りれば、「財の独立なくして学の独立なし」。
ですから財務担当者の皆様は、大学の学問を守るという、極めて重要な役割を担っていることになるわけです。
しかしそんな財務担当者も、多くの大学では、大学職員の方々の、ローテーション人事の一環に組み込まれています。
財務のことを知る職員が多く生まれるのはいいことですし、また、学内の様々なノウハウが財務の場に入るメリットもあるでしょう。
ただ、大学職員の方々からは、「とは言え、この時代において、そんなのんきな発想で良いのかという不安もある」……なんて声も聞かれます。
全然違う部署から財務に異動された職員の方も、不安に思われるのではないでしょうか。
インタビュー記事によれば、關氏が関わっている早稲田大学および東洋大学では、財務担当者は金融機関又は運用会社に出向されているそうです。
これは、大学の「財務力」をアップさせる具体的な方法の一つかもしれません。
首都圏にも地方にも金融機関はありますから、人材を出向させあう提携を結ぶと、お互いにとって勉強になりそうです。
そのあたりも含め、冒頭の記事は『早稲田再生』を読まれた方にとっても、まだの方にとっても、興味深い内容だと思いますので、ぜひリンク元をご覧になってみてください。
以上、マイスターでした。
※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。