マサチューセッツ工科大学(MIT)、授業映像に加え、学術論文もWebで公開

マイスターです。

大学に入ると読むことになるのが「論文」です。
何しろアカデミックな研究成果はすべて論文の形で発表されているわけですし、学生も卒業論文を書いて卒業するわけですから、読まないわけにはいきません。

最初にそれに気づくのは、授業のレポートなどを書くときでしょうか。
様々な参考文献を調べているうちに、どうやら○○という論文が重要らしい……といったことに気づきます。
で、インターネットで検索してみるのですが、どうやっても論文本体に行き着かず、あれぇ~? と困惑。
大学生が最初のうちに通る関門です。

やみくもに普通の検索サイトで検索を繰り返しても、論文の本体は見つけられません。
通常、学術論文は、通常のwebサイトのようにバラバラに一般公開されているわけではなく、専用の学術データベースにアクセスして閲覧します。

それでも、直接サイトから本文を読めなかったり、刊行後1年は本文が読めないなど、閲覧するための期間が設けられているものがあったりして、なかなか本文に辿り着くのは大変。アクセスするために、何かとお金がかかることもあります。
その場合は検索結果をもとに、大学の図書館で印刷された論文を探すなどして探すわけですが、かなり苦労することもしばしばです。

こういったことは、研究者にとっては当たり前の行動なのですが、一般の方がふと興味を持って閲覧しようとするには、ちょっとハードルは高いでしょう。
インターネットはかなり便利になりましたが、それでも、ネットでアクセスできるのはまだまだ、人類が生み出してきた「知」の、本の一部でしかないんだなぁ……と、こういうときに実感します。

でも、そんな膨大な学術論文の「知」すらも、インターネットでどんどん公開しようという動きがあります。

【今日の大学関連ニュース】
■「マサチューセッツ工科大学、Webで論文を一般公開」(ITmedia News)

米マサチューセッツ工科大学(MIT)が、学術論文をWebで無償公開する方針を明らかにした。
同校は3月18日の教授会でこの新方針を承認。新方針は同日から施行されている。同校教員はこの方針の下、MITに「DSpace」ソフトを通じて論文を公開する許可を与える。DSpaceは、MIT図書館と米Hewlett-Packard(HP)が共同開発したオープンソースソフト。
DSpaceでは、MITの教員と研究者のデジタル研究資料が保存されており、全世界から検索、共有できる。MITおよびその教員は、論文を営利目的以外のあらゆる目的に使用、共有できる。執筆者は論文ごとにオプトアウト方式で利用拒否ができる。
現行の学術出版制度では、執筆者はほとんどあるいはすべての権利を出版社に委譲しなければならない。出版社は通常、論文の利用を厳しく制限し、大学に高額な購読料を課している。購読料は上昇しており、例えばMIT図書館が今支払っている購読料は1986年と比べて3倍以上に増えている。
(上記記事より)

■世界の有名大学の授業を視聴可能 編集の視点が新しい『Academic Earth』

↑昨日付の記事で、授業をwebでオープンにする取り組みについてご紹介しましたが、今度は学術論文。それも、「OpenCourseWare」に続き、またしてもMIT発の取り組み。
MITは、本当に徹底して、大学の知をオープンにしようとしているのですね。

記事で取り上げられているのが↓こちらのサイト。

■「DSpace」(MIT)

一見、シンプルですが、その「奥」は非常に深遠です。
いつ頃の論文から閲覧できるのかな、と思って実際にアクセスしてみたら、現時点で一番古いのは、どうやら↓こちらのようでした。

■「DSpace:Notes on some sulpharsenites and sulphantimonites from Colorado」(MIT)

1873年に書かれた、化学系の論文です。
上記のページから本文を閲覧できますが、表紙を除くと、すべて筆記体の手書き。
ぜひ一度、ご覧になってみて下さい。一見の価値有りです。

表も図も、すべて手書き。
この時代ですから、おそらくつけペンでしょう。味があります。

■「DSpace:Best type of airplane for minimum landing and getting away distances」(MIT)

↑戦前の、日本人留学生と思われる方の論文もありました。
1921年の発行とあります。

どういった方なのだろうと思ってちょっと調べてみたところ、↓こちらで公開されている過去の学生名簿の中に、「竹内 孝一郎」というお名前を発見。

■「ボストン日本人学生会の記録」(日本ボストン会)

上記の論文のタイトルも掲載されていますので、間違いありません。

海軍技師、海軍航空廠、中島飛行機、東大卒。『航空力学と飛行機の設計』(昭和9)
「ボストン日本人学生会の記録:日本人と日系人(学生、研究者と在留邦人)」(日本ボストン会)より)

……と、上記ページにはあります。
タイプライターで書かれた上記のMITでの研究成果が、「隼」戦闘機などにつながったのかな、などと想像をめぐらせると楽しいです。
なんだか、ちょっとした発掘気分を味わえますね。

MITは、有名人も多く輩出しています。

■「DSpace:International joint venture with a government partner case study: copper mining in Zambia」(MIT)

↑こちらの論文の著者は、「Annan, Kofi A.」。
そう、第7代国連事務総長を務められた、コフィ・アナン氏の修士論文です。

Advisor: Richard D. Robinson.
Department: Sloan School of Management.
Thesis (M.S.)–Massachusetts Institute of Technology, Sloan School of Management, 1972.
(上記ページより)

……とあります。
国連事務総長が学生時代に書いた論文に、こうして簡単に読めてしまうなんて、ちょっと刺激的。
このAdvisorの先生が世界に与えた影響とか、色々考えてしまいます。

■「DSpace:Forces and stresses in molecules」(MIT)

↑こちらはノーベル物理学賞受賞者、リチャード・P・ファインマン氏の、学士課程の卒業論文。
「ファインマンさん」シリーズなど、物理学の書籍などでもよく知られています。
1939年にこの卒論を書いているときは、後にノーベル賞を受賞することになるなんて、思ってもいなかったかもしれませんね。

■「DSpace:Standardized propaganda units for war time and peace time China」(MIT)

つい趣味丸出しで検索してしまいます。
↑こちらは、ルーブル美術館のガラスのピラミッドを設計したことでも知られる、世界的な建築家、I. M.ペイ氏の卒業論文。

世界的に活躍している方々が、学生時代にどんなテーマで研究を行っていたかというのは、とても興味深いです。

こういった調査は普通、科学史の研究者やジャーナリストならともかく、大学と縁のない一般生活者の方々にとっては、日常的に行えるものではないと思います。

まして、興味本位で戦前の論文から執筆者の素性を調べ、その人のその後の功績とひもづけるなんてことは、よっぽど時間のある人か、それを本職にしている人でもないかぎり、やろうとも思わないでしょう。
それが、「DSpace」のおかげで、たった10分程度でできてしまいました。
マイスター1人がお遊び感覚で使ってこれですから、世界中の人が本気で論文の中身まで読み始めたら、もっと面白いことができるかもしれません。

これらはちょっと特殊な活用例ですが、もちろん実際の研究活動においても、便利な存在となるでしょう。
例えば、理工系の論文が少ない人文科学系単科大学の関係者でも、MITの論文は読めるわけですから、非常に便利。
また本人のやる気次第で、大学1年生や高校生のうちから科学の学術論文にアクセスできるわけですから、学びの世界がひろがるでしょう。

何より普段、大学に接点のない方々が、こうした論文を簡単に参照できるというのは、刺激的です。
論文を読み、それに対する感想をネット上にアップしたり、別々の論文同士をひもづけたりするという行為を、様々な人が行うようになるかも……。
学術論文は、研究者以外の方にはあまり関係がないものと思われてきましたが、「誰もが簡単に、無料で、いつでも自由にアクセスできる」という環境が、もしかするとそんな垣根を少し壊してくれるかもしれません。
それは、とりあえずやってみないと分からないのです。

学術論文を閲覧するためのコストの削減という面で、大学関係者にとってもメリットがある取り組みですから、「OpenCourseWare」のときと同様、MITに続く大学が次々に現れる可能性はあります。

MITによる壮大な実験は、また学術世界を揺るがすことができるでしょうか。

以上、そんなことをふと思った、マイスターでした。

※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。

2 件のコメント

  •  Web2.0と言われるような仕組みの発達により、多くの利用者から知識を集め「正しいらしい」情報を組み立てられるようになりました。しかしその結果として情報が錯綜し、情報そのものの信憑性について疑問視する向きも出てきてしまいました。これをWeb2.0の限界として取り上げられることも多々あります。その意味でMITが始めた今回の論文公開の仕組みについては、Web情報のステージをワンランクアップさせることに繋がり、現在考えられる最も正しいとされる情報の掲載となるはずです。つまり、これらの情報こそが、人類が今こそ必要としている最も信憑性の高い情報ではないかと思います。そして、この情報が、例えばGoogleのトップの情報として表示されることが最も望ましいことではないでしょうか。となると、そのようになるための検索の仕組みがGoogleに求められる訳ですが、今の方法ですと・・・??? 次なる検索技術に期待したいものです。