岐路に立たされる歯学部

マイスターです。

最近、歯の矯正に関する広告をよく見かけるようになりました。
「大人になってからの矯正」なんてコピーを見かけることも多いですし、週刊誌などで、矯正歯科の人気ランキング特集などが組まれることもあるようです。
なんだか、ここ数年で著しく成長しているサービス業であるように見えます(実際にどうなのかは分かりませんが)。
日々メタボの影に怯えるマイスターですが、歯だけは丈夫で、小一の時から虫歯は一本もありません。しかし矯正には興味津々です。

さて、矯正関係の話題は盛り上がっている歯科ですが、色々とやっかいな問題も抱えているようです。

【今日の大学関連ニュース】
■「歯科医師試験、合格率低い大学は定員削減…有識者会議提言」(読売オンライン)

歯科医師の質の向上を目指すため、文部科学省の有識者会議は30日、歯科医師国家試験の合格率が低い大学などに対し、入学定員の削減を求めていくとする提言をまとめた。臨床実習の終了後に実技試験を必ず行うことも求めている。
歯科医師を目指す学生が学ぶ大学は現在、27大学(29学部)あるが、昨年までの5年間に10大学で入学志願者がそれぞれ3分の2に減少。昨年入試では3大学が定員割れだった。学生が集まらない大学は歯科医師国家試験の合格率も低迷しており、昨年は合格率が40%台という大学も二つあった。
学生の歯学部離れが進んでいるのは、患者の数に対し、歯科医の数が多すぎるためだ。有識者会議は「志願者の減少で優れた学生が確保できなくなっている」と指摘したうえで、国家試験の合格率が毎年低い大学や臨床実習に必要な患者を確保できない大学について、定員削減を提言。これを受けて、文科省は各大学に対し、自主的な定員見直し計画を来年度中に提出するよう求める。
また、有識者会議は、質の高い教育を実現するため、臨床実習に必要な単位数を国が明確化することや、臨床実習後に実技試験を行う必要性も指摘した。
(上記記事より)

■「文科省:『歯学部の定員削減を』 29大学に改善要請へ」(毎日jp)

報告書は「歯科医師が過剰になり、この数年で志願者が著しく減少するなど、選抜機能が大きく低下した大学がある。歯科医療の信頼性にかかわる」として、国家試験合格率が低迷▽臨床実習に必要な患者の確保が困難▽留年が多い--などの大学に、定員を見直すよう求めた。適性を欠く学生には、進路変更を勧めることも提言した。
さらに「国家試験対策に追われて、臨床実習が減っている。実際の医療に携わらない見学型実習にとどまる傾向もある」として、臨床能力試験の実施も求めた。
歯科医師の新規参入は、旧厚生省の検討会が86年に20%以上削減すべきだとし、98年にはさらに10%程度の削減を提言。しかし同年以降の入学定員削減は約2%にとどまる。過去5年で志願者が3分の2以下になったのは10校。昨年の国家試験合格率は40・4%~91・2%で大学ごとにばらつきがある。
(上記記事より)

歯科医師が供給過剰だという話は何年も前から聞きます。
また、経営が不調な歯科医院が少なくない他、安定しない働き方を選択せざるを得ない歯科医師も多く、歯科医師達の生活が苦しいといった話題も、しばしば新聞や週刊誌などで取り上げられます。

(例)
■「『月収20万以下』が急増」(AERA.net)

こうした歯科医師供給過剰問題と連動しているのが、歯学部の卒業生数です。
ざっくりまとめると、歯学部の定員は、国公立大学が約500人、私立大学が約2,500人。
合計3,000人が、大学で歯学を学んで卒業することになります。

そして、彼らが受験することになる歯科医師国家試験の受験者および合格者数は、以下の通り。

【2008年歯科医師国家試験 受験者および合格者数】
受験者数 3.295名
合格者数 2.269名

つまり全体の合格率 は、68.9%程度。
上記の記事にあるように、大学によって4割台から9割以上まで、合格率には大きな差があります。

では、この試験に合格できなかった1,000人以上の方々はどうなるのでしょうか。

専門職である歯科医を養成する歯学部は、6年制教育。短くありません。
私学の場合、学費も高額です。
このように時間とコストをかけてきたわけですから当然、翌年に再チャレンジすることになるわけです。

上記の「68.9%」という合格率は、実は以下のように分けることができます。

新卒:78.3%
既卒:39.7%

一度で合格できず、二度三度と受験を繰り返す人が、歯学部の卒業生には少なくないということです。
ただ、既卒の合格率は決して高くありません(合格できる人は、一発で受かっているということでしょうか)
新卒・既卒の合格実態については、↓こちらに詳しくまとめられていますので、ご興味のある方はご覧下さい。

■「歯科医師国家試験に関わるデータと歯科医師需給問題の考察(PDF)」

この「考察」では、2007年の歯科医師国家試験に関するデータが分析されています。
2~3回くらいまで受験するという人は、珍しくないようですね。
なお受験回数10回以上(!)という人が23人。受験回数7回以上の方が合わせて55人いますが、この55人は全員不合格という結果になっています。

政府による公式発表は見つけられませんでしたが、歯科医師国家試験においては近年、「○点以上は全員合格」という絶対評価ではなく、「上位○○人まで合格」という相対評価が採り入れられているのではないか……という意見があるようです。
これが事実なら、歯科医師の供給過剰をにらみ、既にある種の供給コントロールが政府によって行われていることになりますが、どうなのでしょうか。

さて、このような状況を受けて、政府の有識者会議は、冒頭の記事にあるような提言を出しているわけです。

■「歯学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議」(文部科学省)

↑おそらくこの会議のことだと思うのですが、記事で報じられている提言の内容はまだ公開されていませんでしたのでもう一度、新聞記事の方を見てみましょう。

国家試験合格率が低迷▽臨床実習に必要な患者の確保が困難▽留年が多い--などの大学に、定員を見直すよう求めた。適性を欠く学生には、進路変更を勧めることも提言した。
さらに「国家試験対策に追われて、臨床実習が減っている。実際の医療に携わらない見学型実習にとどまる傾向もある」として、臨床能力試験の実施も求めた。
「歯科医師試験、合格率低い大学は定員削減…有識者会議提言」(読売オンライン)記事より)

有識者会議は「志願者の減少で優れた学生が確保できなくなっている」と指摘したうえで、国家試験の合格率が毎年低い大学や臨床実習に必要な患者を確保できない大学について、定員削減を提言。これを受けて、文科省は各大学に対し、自主的な定員見直し計画を来年度中に提出するよう求める。
「文科省:「歯学部の定員削減を」 29大学に改善要請へ」(毎日jp)記事より)

これを見ると、

「志願者が減少したため、優れた学生が確保できなくなっている」
↓だから
「歯科医師国家試験合格率が低迷している」

という論法になっていることが分かります。

ただマイスターが思うに、

<高額な学費を払って6年も通ったのに、3人に1人は国家試験に通らないという現状>
<苦労して歯科医師になれたとしても、安定した収入を得られるとは限らない>

……という実態があるため、高校生達から歯学部が敬遠されているというのが実情に近いのではないでしょうか。
なんだか、卵が先かニワトリが先か、みたいな話です。

ちなみに、新規参入する歯科医師数の適正な水準として以前からあげられているのは、「1,200人」だそうです。1,200人というのは、「現状から、歯科医師数の伸びをゼロにする」ための数字です。
現在の歯学部の定員数がおよそ3,000人ですから、つまり、4割です。

上でご紹介した「歯科医師国家試験に関わるデータと歯科医師需給問題の考察」には、興味深いシミュレーション結果が紹介されています。
歯科大学の募集定員を今より30%削減し、さらに国家試験の受験回数を2 回までに制限したとしても、合格者1,200 人というのは、かなり実現が難しいのだそうです。

6年制で学費も高い歯学部では、1度、歯科医師国家試験に不合格になったら、ほぼ間違いなく2回目も受験するでしょう。そうなると、既卒の受験者が増えますから、新卒はより一層、受かりにくくなります。
そんな事態になったら、高校生は今よりも一層、歯学部への進学をためらうかもしれません。

では、歯学部が定員をさらに減らし、現状の半分を切る水準にできるかというと、それもまた難しそうです。
歯学部の教育にはコストがかかります。必要な設備を充実させる必要もありますし、教育に当たるスタッフをそろえるのだって大変です。
定員を半分にすれば、こうしたコストを維持できなくなるかもしれません。私学などでは、ひとり当たりの学費が跳ね上がる結果になる可能性が高いです。
(そうなると、これもまた、志願者減につながることになりかねません)

そんな状況の中、教育を充実させつつ、定員も減らせというのは、かなり難しい注文。
現状の歯科医師過剰に合わせる形で、歯学部が定員を減らすのは、ほとんど不可能に近いです。

「適性を欠く学生には、進路変更を勧める」ことも提言されているようですが、例えば単科の歯科大学に入学した学生にこれをいつどのような方法で行うのかも、難しい問題です。
入学前にマッチングを行うのがベストですが、それはつまり現状よりも志願者を絞ることを意味するわけです。個人的には大事だと思いますが、歯学部の現状からすると、「今でも志願者が少なくて困っているのに、そんなことしたくない」という意見もあることでしょう。

実際には、何割かの大学が廃校になったり、歯学部の募集を停止したりしない限り、この問題の解決は望めないように思われます。

そもそも、「志願者が減少したため、優れた学生が確保できなくなっている」とのことですが、今後、歯学部全体の志願者が急増することは、政府が何か手を打ちでもしない限り、考えにくいです。
結局は、「現状の志願者に見合う水準まで、歯学部を減らしたい」というのが文部科学省のホンネではないかと思います。

また、「文科省は各大学に対し、自主的な定員見直し計画を来年度中に提出するよう求める。」とありますが、「自主的な」というのは一時的なことで、実際には「そこに達しなかったら結局、歯科医師を巡る問題は解決しない」というボーダーラインがあるわけです。
ですから、期間をおいてまた、同様の要請を各大学に出すのではないでしょうか。

これまでも政府は、各大学に何度か定員削減を呼びかけてきたそうですが、ほとんど実現はしませんでした。各大学が経営上の自主性、あるいは学問の自由を理由に、拒否したからです。
今後は、より強制力のある削減手段が講じられていくことになることと思われます。

合格実績が低迷している歯学部、あるいは歯科大学は、おしりに火が点いた状態。
でも、現状ピンチでも、生まれ変わった大学はあります。
今後、どのように事態を打開していくか。歯学部の今後に注目が集まっています。

以上、マイスターでした。

※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。

5 件のコメント

  • こちらは大学について総合的に考察されているサイトですので勉強させていただいております。
    せっかくそのようなサイトですので、この話題は職業教育と大学、大学定員を通じた職業への参入のコントロールという観点から、法科大学院や医学部(こちらは定員増の動きですが)などとも横断的に検討してみて下さると示唆的かと思われます。
    (より広くは薬学部6年制化や教職大学院なども関連するかも知れません。)

  •  初めまして!私は歯学部志願者です。
    歯科医師過剰の話は前から聞いていたので
    歯学部志望者にとっては何よりも関心が
    ありました。将来歯科医師になれないのでは
    と不安に思った日は多かったですがだからと言って夢は絶対に諦めません。どんなに
    低迷している歯科大の中にも夢を強く持って
    勉強に励む学生はかならずいます。
     そんな人たちをこれからも応援して生きます。

  • 現在、歯科医を開業しています。年々状況が悪くなっています。インプラントなどの高額治療費が取れる治療方針を採る方が多くなっています。お隣の韓国でも同じです。今後。歯科医は高収入でないと思って歯学部を選んでください。また、私立大学はやめ国立大学に絞ってください。私立は卒業生が多いとか、宣伝していますが学費がまったく違います。

  • どなたも、私は技術的に違うと思って開業しますが
    度の世界でも上には上がいるわけで
    これだけ増えてしまうと結局借金して開業も一か八か。順調に行っていても、すぐに近隣に新規開業者が来てしまいます。しかもインプラントの様な治療は、お金のある方しか患者としてきませんから絶対数としては多くありません。不況になればなるほどそんなに数はいないため、宣伝広告合戦になります。歯科大学が減らない限り、歯科医院の増加スピードは鈍るもののずっと過剰であることは間違いありません。保険財政の削減に不況がプラスされて3重苦です。

  • どうしても歯科医になりたいなら、国立にいくしかないですね。