「『観光系大学』看板倒れ 授業内容にギャップ」の報道から考えたこと

マイスターです。

ここ数年の間に設置が相次いだ学部学科のひとつが「観光」。
受験生にも、大学経営者にも人気のようです。

その観光系学部・学科を巡って、こんな報道がありました。

【今日の大学関連ニュース】
■「『観光系大学』看板倒れ 授業内容にギャップ 求む!マーケティング能力」(毎日jp)

「観光立国」を目指し昨年10月に発足した観光庁が“旗振り役”として期待する「観光系大学」で、観光業界に就職する卒業生が2割にとどまっている。経営能力を期待する業界に対し、大学のカリキュラムは歴史や地理重視とギャップがあるのが要因。観光庁は「業界が求める人材を育てられていない」として、大学のモデルカリキュラム作りに乗り出した。
「観光系」としては昭和42年度に立教大学が初めて観光学科を設置した。比較的新しい分野のため大学間の競争激化に伴い、ここ数年は学生集めの目玉として観光系の学部・学科を新設する大学が続出。平成4年度に240人だった観光系学部・学科の入学定員数は、20年度には3900人に増加。21年度は4000人を突破する見込みだ。
一方、景気悪化の影響で苦戦を強いられている観光業界からは「経営が厳しい中で、一人でも専門性のある人材がほしい」という声が寄せられ、「人材ニーズはむしろ高まっている」(観光庁)。
しかし、国土交通省が平成16~18年度に観光系学部・学科を卒業した学生に行った進路調査では、旅行業が8%、宿泊業が7%、旅客鉄道業が5%。観光業界全体でも23%という寂しい結果だった。
こうした背景について、観光庁観光資源課では「まだ新しい分野のため、企業が欲しがる人材像を、大学側がつかみきれていないため」と分析する。
観光庁が観光関連企業を対象に「求める人材像」を調査したところ、管理職・リーダーとしての素質・適性▽どの部門にも対応できる基礎能力▽社会人としての常識・マナー-などの回答が多く、同課は「経営全般について学んでほしいというニーズが見られる」。
しかし、国内の観光系学科・学部のカリキュラムでは歴史、政治、地理などの社会科学系分野を重視する傾向にあり、経営に関しては軽く触れる程度。卒業生の約半分が観光業界に就職する米コーネル大学が、カリキュラムの66・7%を経営分野に割いているのとは対照的だ。
(上記記事より)

というわけで、観光系の学部・学科を卒業したにも関わらず、観光業界に就職する人があまりいない、ということに関し、観光業界の関係者から大学に対する注文があがっているようです。

マイスターは、↓この部分がちょっと気になりました。

観光業界に就職する卒業生が2割にとどまっている。経営能力を期待する業界に対し、大学のカリキュラムは歴史や地理重視とギャップがあるのが要因。
(略)国土交通省が平成16~18年度に観光系学部・学科を卒業した学生に行った進路調査では、旅行業が8%、宿泊業が7%、旅客鉄道業が5%。観光業界全体でも23%という寂しい結果だった。
こうした背景について、観光庁観光資源課では「まだ新しい分野のため、企業が欲しがる人材像を、大学側がつかみきれていないため」と分析する。
(上記記事より。強調部分はマイスターによる)

「就職した後に活躍できていない」ということなら、大学のカリキュラムに問題があるという指摘もわかります。
しかし「観光業界に就職する学生が少ない」というのは、果たして観光系大学だけの責任でしょうか。

マイスターなどは、観光業界に就職する学生が伸びないのは、純粋に、観光業の人気がないからではないかと思うのですが。
カリキュラムの問題と、就職人気の問題を安易にひもづけない方がいいように思います。

学生を対象にした就職人気ランキングでは、必ずと言って良いほど、大手の旅行代理店が上位に入ります(特に女子学生に人気のようです)。
しかし旅行代理店というのは、その華やかなイメージとは裏腹に、(ごく一部の部署を除けば)実は各種の手配や連絡など、非常に地味な業務で成り立っている世界。
マイスターの知り合いにも、人気の旅行代理店に就職した方がいましたが、入社前に抱いていたイメージとのあまりのギャップに悩んでいました。

「観光」と名のつく学部学科に入学している以上、そこで学んでいる学生が、一般よりは観光業に強い関心を持っている、あるいは観光業に対して人並み以上の知識を持っている方々であることは間違いありません。
そして、世間一般ではイメージ先行で就職人気を集める観光業ですが、観光学部などで学んでいる学生なら、普段の関心事や研究を通じ、より深い「業界の実態」を知ることもあるでしょう。

そんな学生達の支持を集められていないということであるのなら、まず企業は、自社の問題点を振り返ってみる必要があるのではないでしょうか。

ちなみに、

「業界が求める人材を育てられていない」
「経営が厳しい中で、一人でも専門性のある人材がほしい」

……という声は観光業界に限らず、工学系でも、経済学でも、それこそマーケティングなどを含む経営学系の学部学科でも、あらゆる分野の方々からしばしば言われることです。
ただ、これらはいずれも、「入社後に伸び悩む」という点から出ている意見であり、「就職してくれる学生が少ない」という点で大学のカリキュラムに文句を言っている例はあまり聞きません。

……というわけで、観光業を目指す学生が少ない原因を、「まだ新しい分野のため、企業が欲しがる人材像を、大学側がつかみきれていないため」とする観光庁観光資源課によるコメントは、個人的にはちょっとしっくりきませんでした。

学部と進路が直結しているのは、医学部などをはじめとする、高度専門職養成の位置づけが濃い分野でしょう。
医学部を卒業した学生のほとんどは医師になると思いますが、それは「医師」という職業に求められる能力が極めて高度専門的であり、他の職業のそれと著しく異なるからです。

もし、「観光業のプロ」として求められる明確な専門能力や職能としてのモデルがあるのなら、観光業界はまずそれを打ち出した方が良いと思います。
「観光学部で高度専門的な内容を学んだのなら、観光業でのプロを目指さないと損!」と、学生が思うくらいの状況を、業界の方が作り出してみてはいかがでしょうか。

記事では、アメリカの大学の例が引き合いに出されています。
観光がどうであるかはわかりませんが、アメリカでは、例えば法曹の職能団体がロースクールのカリキュラム策定に関わり、それが大学認証評価などの仕組みと連動するなど、プロ達が積極的に大学に関わろうとしています。

それに対し、単に就職希望者を送り込んでくれることを求めるだけというのでは、あまりにも日本の観光業界や観光庁は、大学に安易に責任を押しつけすぎなのではないでしょうか。
良い人材を育成するために、手を組んで協力していくような役割が、観光業界の方々には期待されていると思います。
まずは寄付講座のような形から始めてみてはいかがでしょうか。

※ついでに書いておきますと、

卒業生の約半分が観光業界に就職する米コーネル大学が、カリキュラムの66・7%を経営分野に割いているのとは対照的だ。

とありますが、コーネル大学にあるのは「School of Hotel Administration」であり、そもそも日本の大学の観光系学部・学科とは、目指す方向性もミッションも違うと思われます。

しかしながら、大学の方にも改善の余地がないとは言えません。

例えば、観光業に就職するかどうかはさておいても、「観光」について学び考えるのであれば、経営やマーケティングに関する勉強は不可欠だろうと個人的には思います。
そういった分野があまり教えられないカリキュラムは、就職だけにかかわらず、学術活動の点でも「偏っているのでは」と感じます。

観光学というのは比較的新しい学問分野。歴史や地理、企画や広報、経営やマーケティングなど、多くの学問が関わっている点がポイントです。

これは大学側から見れば、既存学部の教員を観光学部の教員にまわしやすい、という利点にもつながります。一言で言えば、「開設しやすい」ということです。
そして観光系の学部学科は、大きな設備投資を必要としません。

極端に言ってしまうと、経営学部しかなかった大学でも、文学部しかなかった大学でも、既存学部の教員をベースに追加の増員を行うことで、観光系学部を開設することが可能です。
同じ「観光」と名のつく大学であっても、どういった教員がベースにされたかという違いにより、教えられる内容は大きく異なってくるでしょう。

ゼロから真摯に組み立てれば非常に面白い勉強ができる環境が整えられるでしょうが、安易にやろうとすれば、手持ちのリソースで安易に作れてしまうのが、観光系の学部学科だと思います。
受験生に対するイメージの良さ、ウケの良さを背景に、そんな安易な学部学科が増えている可能性は否定できません。

観光業界が指摘する「カリキュラムの偏り」が、そんな大学経営上の都合に端を発しているということも、ないとは言えないのではないでしょうか。

観光系の学部学科は、受験生に対して打ち出している広報内容と、実際にそこで教えている教員の専門分野やカリキュラムが一致しているか、見直してみても良いかもしれません。
そういった視点で、例えば観光業界から客観的な意見を求めるというのは、アリだと思います。

以上、記事からそんなことを考えたマイスターでした。

※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。