文系・理系の賃金格差は5,000万円?

マイスターです。

2003年に出版された『理系白書』という本をご存じでしょうか。

その後、続編も登場、現在は文庫版が出ています。

この『理系白書』、出版時には結構、話題になりました。
日本が「文系王国」であるというデータを盛り込み、理系が報われていないという事実を提示。
日本の理系特有の問題点などを様々な点から紹介したのです。
専門家からは色々と突っ込みもあるものの、「理系ってなんだろう」と考えさせる良書として評価されました。
マイスターは普段から、日本における理系・文系という分け方そのものに疑問を感じているのですが、そういったことを考える上でも、参考になる本ではないかと思います。

この『理系白書』の冒頭で紹介された衝撃のデータが、「文系と理系の生涯賃金格差」でした。
ある国立大学の文系学部、理系学部を一つずつ選び、その卒業生すべてに対して年収などを尋ね、試算を行った結果、生涯賃金において文系が理系を大幅に上回るという事実が明らかになったのです。

その差、実に5000万円。
家一軒に相当する「格差」でした。

この調査結果が、最近の「工学部離れ」を受けて、また話題になっているようです。

【今日の大学関連ニュース】
■「日経ビジネス リポート 「文系理系の生涯賃金格差は5000万円」~さらば工学部(6) 大阪大学大学院国際公共政策研究科・松繁寿和教授に聞く」(NIKKEI NET)

理系学科の卒業生と、文系学科の卒業生との間の生涯賃金の格差はおよそ5000万円――。これは私が1998年に行った調査のデータに基づいて、毎日新聞の記者の方が試算したものでした。ある国立大学の卒業生を対象として、名簿に基づくアンケートを行ったのです。回答者は理系約2200人、文系約1200 人となり、かなり大規模な調査でした。
日亜化学工業の元研究者で、青色LED(発光ダイオード)開発の対価に報酬を受け取った中村修二氏に代表されるように、優秀な技術者に高額の報酬を支払う動きは出ています。しかし、最近、公開情報などを基に調べてみたところ、98年の調査から10年が経っても、金融に身を置く人と製造業にある人との間の賃金格差は大きくは改善していませんでした。
(上記記事より)

というわけで、『理系白書』でも引用されていた調査を行った、大阪大学大学院国際公共政策研究科・松繁寿和教授(『理系白書』出版時は助教授)が、日経「さらば工学部」シリーズでコメントされていました。

以前の調査から10年たった今も、「金融に身を置く人と製造業にある人との間の賃金格差は大きくは改善していません」とのこと。
理系離れ、工学部離れが問題視されている現状を考える上で、参考になりそうな内容です。

理系と文系の間に格差が出てくる理由は主に2つあります。
1つは、就職先の違いです。文系出身者は金融業や商社に就職するケースが多いのに対して、理系出身者は製造業に就職する場合が多い。産業間の賃金格差が、そのまま文系、理系の間の賃金格差として出てくるのです。
もう1つは、昇進スピードに差があることです。理系出身者の方が課長になるのが遅い傾向があります。技術者などは上級職のポストが限られていることが関係しています。
(上記記事より)

というわけで、正確には、出身学部というよりも、その後の「進路」に起因する部分が大きそう。
つまり、同じ工学部出身でも、例えば経済アナリストとして金融業界に就職した人と、技術者としてメーカーに就職した人とでは、大きな差が出るということです。

そういう意味では、高校生のうちから

「本当は工学部で学びたいけれど、理系って儲からないらしいから、文系にしようかなぁ」

……なんて悩む必要はあまりないということなのかも知れません。
大学で学びたいことを学びながら、どの道に進むかを考えればいい、という風にも受け取れます。
むしろ、本人次第で理工学系からも金融分野に進めるという事実は、理工系志望者にとっては追い風かも知れません。
(法学部や経済学部から技術者を目指すのは極めて困難です)

しかしそうはいっても、日本で技術者が冷遇されているのだとしたら、それは大いに問題です。

個人的には、あまり「日本はモノ作りだ!」と言い過ぎるのもどうかと思っています。
経済界の重鎮や、年配の方は、「モノ作りで繁栄した日本」の復権をよく口にされますが、過去に当てはまっていたストーリーが今後も当てはまるとは限りません。
勤勉で優秀な技術者が良質な製品を開発、生産するという点は、もはや日本の専売特許ではないわけですし、日本国内の状況も、世界における日本の位置づけも、かつてとはまるで違います。
その点で、「製造業の国」という位置づけにこだわり過ぎるのも危険だと思います。

ただ一方で、日本が世界で強みを発揮している分野は、やはりまだまだ製造業です。
グローバル市場で競争できる企業には製造業が多いですし、多くの雇用を生み出しているのもメーカーなど。
優秀な技術者を育成し、より良い製品を世界に送り出すシステムも、成熟しています

それに、理系離れが叫ばれているとは言え、日本では優秀な研究者やエンジニアが数多く活躍されています。そのタマゴを育てる大学にも、国内外から学生が集まっています。

そんな日本なのですから、高度な技術者教育を受けた学生が、技術者として存分に活躍できるように体制を整えるのは、非常に大事です。

冒頭の記事で、松繁教授は次のようにコメントされています。

今は、賃金面で製造業の従事者よりも金融の従事者が優遇される傾向が強いですが、日本にとって好ましいとは言いきれません。金融というのは、あるところに余っている資金を、必要なところに投資していくもので、これは大切ではありますが、金融だけで価値を生むわけではありません。経済成長に寄与する、付加価値を生んでいるのは、むしろ製造業でしょう。
(略)米国を見てみると、技術的な基盤を持った人々がマイクロソフト、アップル、グーグルなどを積極的に起業してきました。ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズなど「スタープレーヤー」が生まれています。日本では、同じように理系人材が活躍する土壌が十分に整っていない。背景には、文系的な仕事をしている人々の問題があります。
政治家や官僚など、政策ビジョンを作る人々の能力を問うべきだと考えています。資本市場の規制緩和を進めて、金融商品の売買で巨利を稼ぐマネーゲームを促進した半面で、技術者の業績に報いるための資金が流れづらい側面がある。日本において、文系的な仕事をしている人は、研究者や技術者の力を引き出す能力を備えていたとは言えません。
日本に優秀な技術者が生まれるためのお膳立てをするのは文系的な仕事です。理系の人材を育てるのと並行して、文系の人材育成にも課題はあるでしょう。果たして、理系と文系の分け方も正しいのでしょうか。新しい技術を生み出す人材を育てるためには何をすべきか。まずは教育改革から着手していくことが大切なのではないでしょうか。
(上記記事より)

マイスターは、新しい価値を生み出すのが理系だけとは思いません。
経済や経営、政策系などを中心にした社会科学の成果からも、世の中を変えるような発見や発明は生まれています。
理系の方が語る、「価値を生むのは理系」という言い方は少し言い過ぎの観があるように思いますし、「理系」にも「文系」にも様々な学問領域があるのに、一言で片付けるのは乱暴だと思います。

ただ、「理系が活躍できるような仕組みを世の中に作り出すのは文系」というコメントには、共感できる部分があります。
技術のマネジメントを知り、技術者の能力を活かす方法や、技術を経済価値にする方法などに精通した人材は必要で、これはむしろ、工学教育というよりも、経済学や経営学などの分野が得意としてきた教育に近いように思われます。

賃金の格差は、ある程度はどうしても生まれてしまうもの。
しかし、様々な社会科学的アプローチによって、それを縮めるなどし、技術者が報われる社会システムを整備できたら、日本は技術立国として、第二の繁栄を向かえることになるのでしょう。

というか、そういったシステムが生み出せなかったら、いくら工学部への進学者を増やしても、結局、技術者として活躍する人材は増えません。
そうなったら、どれだけ技術者や研究者が「工学部離れを防ごう!」とか、「理系離れは問題だ」とか叫んだところで、問題は根本的には解決しないのです。

「理系」だけの問題、「文系」だけの問題ではなく、両方が連携しなければ事態は動きません。
現状を放置していたら、どちらにとっても良い結果にはならないでしょう。

社会科学系と理工学系を備えた総合大学などで、こういった問題の解決に関わる研究や取り組みを、どんどん進めていただきたいと、個人的には思います。

以上、日経の記事を見て、そんなことを考えたマイスターでした。

※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。

1 個のコメント

  • 理系あるいは技術系、ようするに設計する側で働いて40年がたちますが、同じメーカーのなかでも、同様のことは感じます。
    例えば、今クレーム問題で騒がれている某自動車メーカーでも、
    問題の背景は同じ文系理系の格差(正確には専門性の違い)にあるのではないかと感じています。
    プロ野球やサッカーチームの監督はプレイヤー出身がほとんどですが、現実の社会では、
    そのような経験を有する監督はほとんどいません。
    経験豊富な選手が優れた監督であるような、スポーツの例は、製造企業では稀です。
    正直なところ、製品の出来不出来等で評価がわかりやすく比較されやすい理系、技術系はマネジメントなど考えている余裕も権限もありません。
    このような現実で、縦割りにせよ横割りにせよ、組織を考えぬいて構築しないと、いつまでも同じ男女の違いのような話に終始してしまます。