米軍ヘリ墜落から4年 沖縄国際大学

マイスターです。

今から4年前、平和な大学キャンパスに、突然、米軍の大型ヘリコプターが墜落するという、衝撃的な事件が起きました。

ヘリが墜落したのは、沖縄国際大学のキャンパスでした。

本館ビルに激突したヘリは爆風で窓ガラスなどを吹き飛ばし、そのまま炎上。
奇跡的に学生・教職員には死傷者が出なかったものの、もっとも危険から遠い場所であるべき教育機関の安全が脅かされたことで、米軍に対して日本中から批判の声があがりました。

そして大学周辺をヘリが飛び回る日常は、事件から4年経った今でも基本的に変わっていません。

というわけで、今日はこちらの話題を取り上げたいと思います。

【今日の大学関連ニュース】
■「沖国大『飛行禁止』要求/普天間ヘリ墜落4年」(沖縄タイムス)

二〇〇四年八月に米軍のCH53D大型輸送ヘリが墜落、炎上してから十三日で満四年を迎える沖縄国際大学の富川盛武学長は十二日午前、隣接する米軍普天間飛行場の閉鎖と離発着する米軍機の一切の飛行停止を求める声明文を発表した。大学上空を飛行する米軍機に抗議の意志を表すため本館屋上に「NO FLY ZONE」(飛行禁止区域)の文字をペイント、常時表示する。
富川学長は、ヘリ墜落後に飛行中止を米軍や国の関係機関に求めたにもかかわらず、大学の上空を飛行する現状を指摘。
「いかなる国際政治論、安全保障論で飛行を正当化しても、大学の静寂、安寧を脅かし、生命すらも脅かす飛行は認められない」とし同飛行場の閉鎖、返還とともに、米軍機の飛行停止を求めている。
同学長は十二日までに首相、防衛相、駐日米国大使、在日米軍司令官など国と米軍の関係機関十一カ所に飛行中止を要求する抗議文を送付したことも明らかにした。
(上記記事より)

事件を風化させまいとする、沖縄国際大学の取り組みです。

沖縄国際大学は、これまでもアドバルーンや横断幕で「NO FLY ZONE」の抗議メッセージを出してきましたが、それらは期間限定の取り組みでした。
今回、米軍ヘリ飛行の現状が変わらないまま、4年目を迎えたことに際し、「常設」のメッセージを屋上にペイントすることに決めたとのことです。
また、あわせて理事長・学長による公式の声明を発表し、米軍や政府機関にも、飛行中止を求める抗議文を送付したそうです。

■「沖縄国際大学への米軍ヘリコプター墜落後、4年を迎えて(声明)」(沖縄国際大学)
■「米軍ヘリ墜落事件から4年を前に理事長・学長が報道関係者向けに会見」(沖縄国際大学)

なお沖縄国際大学では、米軍ヘリ墜落事件に関する特設webコンテンツを作成し、事件の経緯や各種の資料などをアーカイブ化して公開しています。

■「米軍ヘリ墜落事件」(沖縄国際大学)

事故直後の写真などもありますので、大学関係者の方はぜひご覧下さい。
もし自分の大学でこんな事件が起きたら……と考え、恐怖や憤りを感じる人も多いと思います。

■「米軍ヘリコプター墜落事件 現場写真」(沖縄国際大学)

ヘリが墜落した本館は、職員の方々が業務を行う事務局棟でした。
事故当日、たまたま出張中だった職員の方の席が爆風で吹っ飛んでいたり、室内にヘリの部品が飛び散っていたり、コンクリートの壁が焼けこげていたりと、少し違っていたら死者が出ていてもおかしくない状況です。

■「事故現場室内画像」(沖縄国際大学)

これらのページに紹介されているような写真は、事故当時、新聞報道等でご覧になったと思いますが、今、様々な記録とともに改めて見直してみることで、浮かぶ思いや考えもあるかと思います。

今回、沖縄国際大学は声明を発表しましたが、教育機関の関係者は、学生・生徒達の安全を守る立場として、同じようにこの事件のことを振り返った方がいいのではないか、と個人的には思うのです。
安全保障上の問題など、様々な背景があるのは承知ですが、教育関係者としてのマイスターは、すべての学校で、安全な学習環境が保障される状態を願います。

以上、マイスターでした。

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マイスターは、事故が起きてから1年半ほど経った2006年1月、実際に沖縄国際大学を訪問させていただいたことがあります。
ぜひ自分の目で事故の現場を見てみたい……と思っていたところ、たまたま沖縄に行く機会があり、その際、見学させていただいたのです。
沖縄国際大学の職員の方々のご厚意で、墜落現場を案内していただいたり、当時の様子を教えていただいたりもしました。
皆様、その節はありがとうございました!

※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。