大学でひろがる 文系のための科学実験

マイスターです。

科学技術振興機構が、小学校の教員に対して2005年に行ったアンケート調査の結果をご存じでしょうか。
回答者の62%が、理科の授業に苦手意識を持っていると答えた、というものです。

子どもの「理科離れ」が深刻化するなかで、この結果は、教育関係者には大きな衝撃でした。
教える先生が苦手なら、そりゃあ、子ども達も興味を持たなくなるだろう……と。

理科の楽しさを教えるには、教科書を使って「教え込む」だけではなく、実験や実習、フィールドワーク、生き物の観察などなど、手を動かして実際に自分で確かめる作業が必要不可欠です(少なくとも、マイスターはそう思います)。
しかし考えてみれば、いわゆる「文系」の科目を中心にして入試を突破し、大学でもほとんど科学の実験や実習に触れないまま、教員になるという方は確かに、少なからずいます。
そんな状況を放置していては、理科に興味を持てない子どもが増える一方です。

小学校の教員だけの問題ではありませんよね。
政治家も官僚も、記者やライターも、メーカーの営業さんも、状況は同じです。
そもそも、消費者として市民生活を送る上でも、あるいは保護者として子どもの教育にあたる上でも、最低限の「科学体験」は、しておいた方が望ましいように思います。
(どの程度の体験なら十分なのか、という点では意見が分かれそうですけれど)

さて、今日はこんな取り組みをご紹介します。

【今日の大学関連ニュース】
■「(15)科学実験 文系学生も」(読売オンライン)

科学に対する視野を、文系の大学生に広げる取り組みが続く。
赤、黄、紫、黒。色とりどりの液体が入った容器が並んだ。東北大学(仙台市)が昨年度から開講する「文科系のための自然科学総合実験」の授業。対象は、文、教育、経済、法学部の1年生だ。
(略)大学も、新たに器材を購入するなど、講義全体で約5000万円を投じる力の入れよう。太陽電池だけでなく、地球温暖化や胚(はい)性幹細胞(ES細胞)」など現代的テーマが並び、理系教員19人が「とことん、文系学生の視点で練り上げた」と自負する。
エネルギーがテーマの今回は、資源の少ない日本が、世界有数の太陽電池生産・利用国であることを紹介。DNA鑑定の回は「コメの産地偽装は可能か」、受精の瞬間を顕微鏡で観察する回では「体外受精や遺伝子治療はどこまで許されるか」と問いかける。
「毎回、社会問題について考えさせられる。生命の誕生は、法律とも関係が深く、貴重な経験になった」と法学部の葛西彩子さん(19)。まとめ役の須藤彰三教授(53)は「現代社会の基盤である科学的手法を知り、それぞれの専攻で役立ててほしい」と願う。
今年度の受講者は50人。ただ、設備や費用の面から、受講は文系学生の1割に当たる80人が限界だという。
慶応大学日吉キャンパス(横浜市)では1949年の新制大学移行以来、文系学生に実験講義をしている。受講者は現在約3000人。文、商、経済、法の4学部の1年生の7割に当たり、他大学をはるかにしのぐ。物理、化学、生物のどれかを選び、講義と交互に隔週で実験に挑む。毎日、どこかで実験が行われており、指導する教員らスタッフは総勢160人と、まさに大学挙げての取り組みだ。
(略)費用と手間をかけた実験講義には、「専門教科を教えることに力をいれるべきだ」という声もあるが、講義を統括する表實教授(64)は「学生に伝えたいのは科学的な視野や思考方法だ」と反論する。
「実験を通して科学を知ることが文系学生の財産になる」。両大学の思いは同じだ。
(上記記事より)

人文科学系・社会科学系の学生を対象にした、科学実験教育。
一部の大学では、以前から行っていたようですが、最近、この手の話題が少し増えてきたように思います。

■「文系の学生が改めて楽しむ理科実験 ──法政大学自然科学センターのサイエンスコミュニケーション活動」(大学プレスセンター)
■「実験授業 / 法政大学 自然科学センター」(法政大学)

■「文系学生のための理科実験講習会(PDF)」(大阪教育大学・科学教育センター)

冒頭の記事で紹介されている、東北大学の「文科系のための自然科学総合実験」のシラバスは、↓こちら。

■「シラバス:文科系のための自然科学総合実験 」(東北大学)

見てみると、実験のテーマが目を惹きます。

・[地球科学・環境科学]に関するテーマ:3回
    地球温暖化のしくみ,地球の気候変化,環境にある放射能
・[生命科学]に関するテーマ:3回
    生命の始まり(受精と初期発生の観察),DNA鑑定
・[エネルギー]に関するテーマ:2回
    光の電気エネルギーへの変換(太陽電池の製作と特性の実験)
・[数学の論理性]に関するテーマ:2回
    現代の暗号,空間と平面の幾何学(すべての地図は間違っている)
・[身の回りの科学]に関するテーマ:1回
    犯罪捜査における血痕の検出と蛍の光
・[科学と文化]に関するテーマ:1回
    弦の振動と音楽(自然法則の普遍性と音階の関係)
(上記シラバスより)

「放射能」や「DNA鑑定」や「血痕の検出」、「暗号」などなど、高校までの理科とは少々趣を異にするテーマがずらり。
社会問題への関心とも結びついた実験になるよう、かなり意識して構成されているのがわかります。とても面白そうで、マイスターもぜひ体験してみたいです。
なるほど、こういった社会的なテーマの中での「科学の使われ方」を自ら体験するというのは、なかなか意義のあることなのではないでしょうか。

慶應義塾大学の講義要綱(塾外用)には、「物理学 I 」「物理学 II 」「化学 I 」「化学 II 」「生物学 I 」「生物学 II 」といった科目が並んでいます。いずれも、「実験を含む」という注釈付き。

それぞれ複数の講座が開講されており、担当教員によってテーマが異なります。
例えば物理学ですと、「ミクロの世界と量子力学」、「宇宙物理と相対性理論」、「地球環境物理学概論」といったものから、「素朴な疑問に答える物理学」なんてものまで、多種多様。

生物では、「二ュースの中の生物学」、「生きもの(植物)の暮らしに学ぶ」、「生態系の構造と仕組みを理解する」、「遺伝子の基本機能とヒトの遺伝」、「地球環境危機と生物多様性」といった感じ。
種類や数の充実度は、さすが、長く取り組みを続けてきた大学だからこそでしょうか。

ただ高校までの理科をおさらいするのではなく、より現代社会のトピックに近いテーマを設定し、高校までの理科と普段の学びを繋げる体験にしようとしている点は、東北大学と慶應義塾大学に共通するところだと思います。

科学技術が発達した結果、油断すると、何の実感のないまま技術を語ってしまうことも多い現代。
将来、メディアやビジネス、政治・行政など、社会の広い範囲で活躍される学生の皆さんに、実験を通じて科学を学んでもらうという取り組みは、非常に意味のあることだと思います。

ところで、実験教育を行うには、どうしてもコストがかかります。

東北大学は、記事にあるように、特別の予算を計上している模様。
慶應義塾大学ではどうしているかと思って調べていたら、「履修案内」に、「実験費(半期ごと2000 円)を納付する必要があります」という記述がありました。大学でもある程度の予算は計上しているのだと思いますが、履修者の方にも若干の負担をさせているようです。
(実験機器は大学が用意し、実験で消費する材料の費用は学生負担、とかでしょうか?)

また冒頭の記事にあるように、実験は時間もとりますから、「文系にはそんな実験など要らん、専門を学ばせた方が有意義だ」といった学内の声もあるでしょう。

こういったコスト負担や反対意見をおしてでも、実験教育が必要だと考えるかどうか。
そこは、大学や学部学科の教育方針次第です。
でも個人的には、こういった取り組みを行っている大学は、社会から評価されて良いのではないかと思います。

以上、マイスターでした。

※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。