千葉大学園芸学部 どうなる移転問題

マイスターです。

研究、教育に加え、大学には「地域貢献」という役割があると言われます。

行政関係者や政治家にとっては、大学は、その存在自体が地域活性化のために重要だったりします。
若い学生を中心に、一定のボリュームの人間を外部から呼び込めることによって生まれる様々な経済効果に期待をかける人は、少なくありません。産学連携による産業の活性化も考えられます。
また、キャンパス内の良好な環境が、市民にとって一種の公園のような役割を果たしているケースもあるでしょう。

そんなわけで、都市計画マスタープランに大学を絡めたりする自治体は多いですし、大学の誘致(または新設)を公約に掲げる地方政治家もしばしば見かけます。
「大学」が持つイメージの良さというのもあるのかもしれません。たいていの場合、大学がひとつでも存在すると、市の都市計画マスタープランには「学園都市」とか「文教地区」とかいった謳い文句が入ります。

昨今では、大学側も様々な形で地域貢献を意識するようになり、市民や行政との接点も増えています。
地域と大学との関わりは、いっそう密になっていくでしょう。

ただ、それだけに、大学がよその自治体に「移転」するようなときには、もめることも少なくありません。

【今日の大学関連ニュース】
■「千葉大:園芸学部の西千葉キャンパスへ移転構想、松戸市長が反対要望書 /千葉」(毎日jp)

千葉大学の園芸学部(松戸市)が、大学本部のある西千葉キャンパス(千葉市稲毛区)に移転する構想が持ち上がり、松戸市の川井敏久市長が斎藤康学長と菊池真夫学部長に今月相次いで面会し、移転をとどまるよう求める要望書を提出した。
移転構想は、西千葉キャンパスに隣接する東京大学生産技術研究所千葉実験所が移転の計画を打ち出したことに伴い、昨年夏、東大側から実験所の敷地約9ヘクタールの購入を打診され、持ち上がった。
千葉大によると、東大側にはすでに「敷地の全部または一部を取得する意思がある」と伝えた。6月末までに園芸学部が移転についての賛否を斎藤学長に提出し、来年3月までに最終結論を東大側に返答するという。
(略)同学部は1909(明治42)年、県立園芸専門学校として設立。来年は100周年を迎え、記念事業も企画されている。要望書の中で川井市長は「地域に根ざした歴史と伝統のある大学の移転は非常に大きな損失」としている。
同学部の移転は10年前にも持ち上がったが、松戸市の強い反対もあって中止になった経緯がある。
(上記記事より)

そんなわけで、松戸市が揺れています。

千葉大学園芸学部のキャンパスは、JR松戸駅からあるいてすぐのところにあります。

1909年に千葉県立園芸専門学校として発足。その後、文科省に移管され、官立でただ一つの高等園芸学校になり、現在も国立大学で唯一の園芸学部。全国的に見てもかなりユニークな教育機関です。
もうすぐ100周年を迎える歴史を、ずっと松戸市で刻んできました。

■「写真でみる松戸キャンパスの歴史1:昭和3年千葉県立高等園芸学校 卒業記念アルバムより」(千葉大学園芸学部)

この通り、長く、松戸市の方々に愛される存在であったことは事実だと思います。
(実際、マイスターも休日に、散歩目的でこの松戸のキャンパスを訪れたことがあるのですが、庭園がきれいで、のどかで、とても落ち着くところでした)

今回の移転反対運動で掲げられているのが、経済的な損失などではなく、どちらかというと「市民の憩いの場が失われる」という点であるのも、特徴的だなぁと思います。

ただ、千葉大学の他の学部から、ぽつんと離れた場所にキャンパスがありますので、正直、学部間の横の連携は取りにくかったことと思います。

千葉大学の他の学部は、すべて千葉市にあります。
特に、大半の学生が通う西千葉キャンパスは、ひとつのキャンパスとしては国立大学の中でも比較的、大きな規模。

建築学科などもありますから、園芸学部が移転したら教育的にプラスの効果は生まれるでしょう。
また、園芸学部ならではの環境(美しい緑や庭、園芸場など)が移転することで、千葉大学全体の、キャンパスに対する満足度は上がるでしょう。

■「西千葉地区 建物配置図」(千葉大学)

↑こちらが西千葉地区の配置図ですが、工学部の右側が、三角形にえぐれていますよね。
ここが今回、千葉大学が購入を検討し始めた、東京大学生産技術研究所の跡地です。

ここなら、他の学部と合わせて「一つのキャンパス」として無理なく整備できるでしょう。
大学としては、買わずにはいられない立地です。

そんなわけでおそらく、千葉大学も、揺れているのです。

松戸では、移転に反対する運動が盛り上がっています。
というか、正確には、おそらく市が中心になって盛り上げています。

千葉大学が、西千葉キャンパス(千葉市稲毛区)に隣接する東京大学の研究所の敷地を購入し、園芸学部(松戸市)の移転を検討している問題で、松戸市の商工会議所や観光協会、文化団体連盟など10団体が3日、「園芸学部の移転に反対する市民の会」を発足させた。今後、参加団体を増やしながら、10万人を目標とする反対署名活動を行うという。
この問題で、松戸市は「移転は市行政のみならず市民にも非常に大きな損失」として、存続を求める要望書を千葉大に提出。活動をさらに強化するため、市民団体に会の設置を提案し賛同を得た。
会長には市政協力委員連合会長の山室一雄氏が就任。9日に市内約100の市民団体に呼びかけて拡大会議を開き、活動を広げていく方針だ。
「千葉大の園芸学部移転:反対する会、松戸の商議所など10団体で結成 /千葉」(毎日jp)
記事より)

松戸市の市民団体でつくる「移転に反対する市民の会」(会長=山室一雄・松戸市市政協力委員連合会会長)は9日、同市内で拡大代表者会議を開いた。7月末までに10万人を目標とする移転反対署名を集め、千葉大学などに移転をとどまるよう要請することなどを決めた。
同会は商工会議所や社会福祉協議会など10団体で発足し、この日新たに54団体が加わった。加入団体をさらに増やしながら、街頭活動などで反対署名を集め、団体ごとに移転反対を千葉大などに表明していくという。
■「千葉大の園芸学部移転:反対する会に新たに54団体 /千葉」(毎日jp)
記事より)

↓地元のケーブルテレビが、移転反対集会の様子を放映した様子です。

■「千葉大園芸学部の移転に反対する市民の会」(BBコアラ)

この通り、市が中心になって、反対運動を拡げていく流れを作っています。

「10団体+54団体」が、いったい何人くらいで構成されているのかは謎ですが、千葉大学に対する圧力にはなるのでしょう。

↓市長も熱心です。

さて、5月14日に、「与謝野晶子の歌碑を建てる1000人の会」が発足しました。歌人・与謝野晶子が、大正13年に戸定が丘の千葉大学園芸学部(当時の千葉県立高等園芸学校)を訪ね、59首の短歌を残したことを記念し、皆さんからの募金で歌碑を建立しようという計画だと聞いています。
来年創立100年を迎える園芸学部。その記念式典に併せて歌碑の除幕式を、との希望もあるようです。私も、全面的に応援します。
園芸学部は、松戸の緑の保全にも重要な役割を果たしています。戸定が丘歴史公園から浅間神社の極相林、保全へ一歩を踏み出した矢切斜面林へと続く緑は、市民の憩いの場としてだけでなく、電車で江戸川を渡ると目に飛び込んでくる、魅力的な眺望となっています。また、この緑の中で、小動物や小鳥、昆虫など、無数の生物が育まれています。
その園芸学部が、千葉市への移転を検討中です。明治以来近隣住民と交流してきた園芸学部は、自然や文化の面でも松戸になくてはならない存在です。私は、先日、学部長や学長にお会いした際、松戸での存続を要望してきました。皆さんも力を貸してください。園芸学部という松戸の宝を、次の世代の子どもたちに残しましょう。
「市長室・発 No.160 松戸の宝を未来へ残そう」(松戸市)
記事より)

「力を貸してください」
「園芸学部という松戸の宝を、次の世代の子どもたちに残しましょう。」

……と、市の公式webサイトで訴えています。

冒頭の記事にもありますが、松戸市は10年前、園芸学部がやはり移転を検討していた際に、強く反対して移転を取りやめさせたことがありました。

今回の積極的な反対運動の背景には、そんな「体験」も関係しているのかなと思います。

さて、個人的に、「よそ者」として客観的に見て感じることもあります。

署名を集めたり、市民団体を動員したりするのも悪いことではないでしょう。
ですが、それより松戸市が行うべきは、
「園芸学部が松戸に残った場合のメリットが、西千葉に移転した場合のメリットよりも大きい」
……ということを、説得力ある形で証明し、提案することではないでしょうか。

もしくは、千葉大学にとって、移転のデメリットがメリットよりも大きいことを説明することでしょう。

地域の声は大事ですが、それだけではもはや、大学の経営に関する決断は変えられません。
2004年に国立大学法人化も行われましたし、10年前とは状況がまったく異なります。

大学だって、別に松戸市に意地悪したくて移転を検討しているのではなく、今後のことを考え、移転によるプラスが後々に大学の競争力を上げると思うから、移転を考えているわけでしょう。
もし移転しなくても競争力が維持できるのなら、というか、むしろ移転しない方がメリットが大きいと思える要素が生まれるなら、移転しないかもしれません。

「力を貸してください」といって、署名を集めたところで、事態は変わらないと思います。

というか、市長がすべきアプローチは、こういうことではないでしょう。

「市民にとって憩いの場所が必要」ということなら、別に千葉大学の土地を松戸市が買い上げて、千葉大学の研究・実習と、市民のための公園としての両方の機能を備えたセンターとして維持させたっていいはずです。市民公園整備費用として、市が支出するのです。

あるいは、その買い上げのための費用を、市民や企業から寄付で集めるという選択肢だってあります。
民間に委託して、ガーデニングなどを中心にした新しい形の産学連携拠点にするなんてアイディアだって、考えられなくはありません。

そういった提案もなしに引き留めのための反対運動を展開したところで、いずれは移転してしまうでしょう。

以前、南九州大学が、長く活動していた「高鍋町」から「都城市」に移転する際に、似たような騒動が起こりました。
移転される側の高鍋町は、「40年近い関係をほごにするのか」「都城市のやり方も許せない」と怒りをあらわにし、署名集めなどを行いましたが、結局、南九州大学は移転しました。

南九州大学のケースは、大学が定員割れしたことを受け、より学生募集を行いやすい都城市に移ったという経緯でしたので、千葉大学の事例とは状況が異なりますが、参考にはなるでしょう。
今回の松戸市も、このままのアプローチですと、あんまり良い結果にはならないように思われます。
ここは10万の署名よりも、1つの説得力ある提案が求められているところだと思うのですが、いかがでしょうか。

もちろん、最終的には千葉大学が決めること。

西千葉、松戸両方のキャンパスと、地域のこと。
大学で学んでいる学生達と、今後、千葉大学で学ぶであろう将来の学生達のこと。
また、日本唯一の教育機関として、最善の教育・研究を行うにはどうするのがいいかということ。
そんなあれこれを、総合的に考えて、検討していくのでしょう。

冒頭の記事には、「6月末までに園芸学部が移転についての賛否を斎藤学長に提出し、来年3月までに最終結論を東大側に返答する」とあります。

6月末の時点で、どのような報道が流れるのか、気になるところです。

以上、マイスターでした。

※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。