日本に「ギャップイヤー」は根付くか?

マイスターです。

かつて安倍政権が発足させた、教育再生会議。
そこで議論されていたトピックの一つが、「大学の9月入学」でした。

日本の高校は3月に終わるわけですから、9月に大学に入学する場合、半年の空白期間が生まれます。その間の時間の過ごし方ということで、以前の教育再生会議では、「社会奉仕活動に従事させる」なんて案が出ていました。
イギリスなどで行われている「ギャップイヤー」をモデルにしたアイディアです。

実際には、このときに日本で議論されていた内容と、イギリスのギャップイヤーはまったくの別物だったのですが、「ギャップイヤー」の議論がされること自体は、そう悪いことではありません。
大学入学前に、視野を広げ、目的意識を明確にすることは、その後の学びにとって大いにプラスになると思われるからです。

ですので安倍政権終了後、「9月入学」の話題と同時に、この手の議論が消滅しかかっているのをちょっと残念に思っています。

今日は、このギャップイヤーに関する話題をご紹介します。

【今日の大学関連ニュース】
■「抱け向学心 国際教養大がギャップイヤー制導入」(河北新報)

国際教養大(秋田市)は本年度、入学資格を得た学生に社会的見聞を広げるための猶予期間を与える「ギャップイヤー制度」を導入した。欧米では一般的な9月入学を前提に、新入学の学部生と大学院生の男女合わせて6人の学生が制度適用を受け、海外でのフィールドワークやボランティア活動を各自計画し行動している。学生らにとっては、入学前に見聞を広める貴重な機会となる。単位認定を目指す新制度で、今後の運用と定着が注目される。
ギャップイヤー制度を導入するのは全国的にも珍しく、東北の大学では国際教養大が初めて。
同大がギャップイヤー制度を採用した背景には、目的意識を持った人材確保の狙いがある。中津将樹広報・入試室長は「学生が学外での社会的活動を通して社会的視野や人間性の幅を広げ、その経験を入学後の生活の中で生かしてもらおうという試みで、学内全体のグローバルな人材育成につなげたい」と説明する。
9月に入学する男子2人、女子3人の学部生5人と、女子大学院生1人に制度が適用されている。いずれも海外でのボランティア活動などを計画しており、入学後の最終報告が認められれば、学部生はインターンシップ、大学院生は共通科目としての単位を取得する。
制度適用者は各自、事前に行動計画を提出している。インドでホームステイしながら、ノーベル平和賞受賞者マザー・テレサの関連施設でボランティア活動を行ったり、国内でチャイルドケアに携わった後、オーストラリアに短期語学留学するなど多彩だ。既に日本をたった学生もいるが、渡航費用がすべて自費のため、3月の合格発表後にアルバイトを始め、今後の出国に備えている学生もいる。
激しい“受験競争”に勝ち抜き、大学入学を果たした日本の大学生たちは、学業より遊びやアルバイト活動に精を出し、しばしば海外の識者から、目的意識のない学生と指摘されることがある。
ギャップイヤー制度は、学生の向学心や向上心を前提としている。源島福己キャリア開発室長は「目的意識が薄い学生たちもいる中で、帰国後に彼ら彼女らがキャンパス内で在学生たちに与える影響は少なくない」と指摘する。キャリアデザインの授業を受け持つ源島室長は、授業の中で、ギャップイヤーでの経験を学生たちに報告させる計画だ。
(上記記事より)

そんなわけで、秋田県にある国際教養大学が、ギャップイヤーの制度を実施するそうです。
国際教養大学の学長は、教育再生会議のメンバーだった中嶋嶺雄氏ですので、
「国をあげての計画がいっこうに進まないから、ご自身のところでまず実施したのかな」
なんて気もしますが、どうなのでしょうか。

日本では、早くからギャップイヤーを取り入れている高等教育機関として、名古屋商科大学、光陵女子短期大学があります。

■「NUCB Gap Year Program」(名古屋商科大学)
■「The KORYO Gap Year」(光陵女子短期大学)

この2校は同じグループに属する学校ですから、学園として、こういった取り組みに熱心なのでしょう。

国際教養大学も、名古屋商科大学および光陵女子短期大学も、「事前に計画を提出し、終了後に報告を行うことで、卒業単位として認められる」という点は同じ。

大きく違うのは、活動期間です。

名古屋商科大学および光陵女子短期大学では「入学直後」の、1年生前期の部分が充てられています。ギャップイヤープログラムに参加しても、卒業時期が延びないようにされているのです。
つまり厳密に言えば、日本の社会通念の範囲内で、なんとか制度のエッセンスを取り入れようと工夫した結果の、「ギャップイヤー的なプログラム」なのですね。

通常の授業の代わりにギャップイヤー・プログラムに参加するわけですから、単位取得にも配慮が成されています。こういった配慮がないと参加しづらいだろう、ということなのでしょう。

本プログラムの修了により教養教育科目として2~10単位が認定されます。本プログラム修了者には特別に1年次後期の単位取得上限を26単位まで緩和します。その他、夏期休暇中リメディアル科目、春期休暇中集中講義からそれぞれ2単位ずつ取得可能とします。
「NUCB Gap Year Program」(名古屋商科大学)より)

これに対し、国際教養大学は、(かつて教育再生会議で議論されていたように)9月入学までの半年間を利用するというもの。留学生が多いということも関係してか、本当に「ギャップイヤー」です。
「学部生はインターンシップ、大学院生は共通科目としての単位を取得する」と冒頭の記事にはありますが、なにぶん入学前のことですし、それほど大きな単位にはならないんじゃないかな、という気もします。

どちらも気になる取り組みであることは違いありません。
もっとも、そう簡単にマネできる仕組みではないので、他大学がどのくらい後に続くかはわかりません。
他の大学の動向に注目したいところです。

ところで、ついでに興味深い話をご紹介します。

【ギャップイヤー】
イギリスでは、習慣として、大学入学資格を得た18~25歳までの若者に、入学を1年遅らせて社会的な見聞を広めるための猶予期間が与えられる。
ギャップイヤーを利用する若者の多くは、高校が終了する6月から大学が始まる翌年の10月までの16か月間のうち、まず5か月間はアルバイトで資金をつくり、5か月間はボランティア活動をし、残りの6か月間を世界旅行をしたり会社で職業体験をしたり等の期間にあてる。大学入学までの猶予期間をどのように使うかは若者次第であり、その選択肢のひとつがボランティア活動である。
ギャップイヤーの利用者とっては、大学で何を専攻したいかの目的が明確になる等の効果があるとされている。ギャップイヤーをとった若者は、大学を中退する割合が少ない。イギリスでは、大学の途中退学者は20%程度いるが、ギャップイヤーを利用した若者に関しては3~4%に途中退学者の数が減ると言われている。企業も、ギャップイヤーによって様々な社会体験を経た若者を評価している。
(「平成13年9月 社会奉仕活動の指導・実施方法に関する調査研究」(株式会社日本総合研究所 文部科学省委託調査)より)

↑こちらは、文科省の委託調査結果に記載されている、イギリスのギャップイヤーの説明です。

イギリスの場合、「制度」ではなく、「習慣、慣習」だっていうところが目を引きます。
つまり、「必ず長期休みを取ること」と誰かが定めているのではなくて、「なんとなく、ギャップイヤーを取ることが社会的に奨励されている」というような位置づけらしいです。

したがって、その期間も厳密に決まっているものではありません。

「ギャップイヤーを利用する若者の多くは、高校が終了する6月から大学が始まる翌年の10月までの16か月間のうち、まず5か月間はアルバイトで資金をつくり、5か月間はボランティア活動をし、残りの6か月間を世界旅行をしたり会社で職業体験をしたり等の期間にあてる。」

……とあります。
高校が終わるのは6月で、大学が始まるのは10月なのですから、本来なら、そんなに間が空いているわけではないのです。
それを、まるまる1年、「自らの意志で遅らせて」ギャップイヤーにするということなのです。

イギリス風に行うのであれば、実は、日本でギャップイヤーを取り入れるのは簡単なのです。
何の制度改正も要りません。
ただ、「1年くらい、自分を見直す期間をとってもいいんじゃない?」……と、保護者や大学を含めた社会が、認めてあげればいいだけの話です。

ギャップイヤーの在り方を考えれば考えるほど、日本社会の横並び体質が見えてきます。

18歳前後で入学して、22歳前後で卒業することが当然と思われている大学。
「無駄」と思われる経歴があると不利になる、新卒一斉採用。
履歴書に一日でも空白期間があるとマイナス評価になる社会。

寄り道や回り道をしたり、ちょっと立ち止まって考えたりする時間を、(保護者も含めて)日本の社会は許容しません。
ひょっとすると実際には、意外に許容してくれるのかもしれませんが、少なくとも「こんな行動は、社会から許容されないだろう」と学生達に思わせてしまっている部分が少なからずあるのは、確かです。

日本でのギャップイヤーの議論が毎回、やけに大がかりな制度改正論争になるのも、結局、公の制度として認めてあげない限り、ギャップイヤーのような人生の過ごし方は日本ではマイナス評価につながりかねないという認識が広く存在し、それゆえほとんどの若者はそれを選ばないとい事実があるからなのでしょう。

ですのでギャップイヤーについて調べていくと、複雑な気分になります。

そう言うと、「横並びの採用しか行わない企業社会が悪い」という印象を与えてしまいそうですが、大学だって似たようなものです。
2~3月に合格通知を出した学生は、4月に入学しなければならないことになっているでしょう。合格した後に、「入学を1年遅らせても良いですか?」と言われたら、大多数の大学が嫌がるんじゃないかと思います。そうしないと、定員の管理などに支障が出て経営的に無駄が生じますし、管理も大変ですから。
で、それなら4月から休学手続きを取るかと考えると、大学によっては、休学者からも少なからぬ学費を徴収していたりします。迂闊な休学も許されません。
「休学は悪いこと」という意識が、大学関係者の間にも、学生の間にも、あるのだと思います

別にイギリスと同じ仕組みにする必要はまったくないのですが、そんなことを考えているうちになんだか、日本の社会って息苦しい仕組みなんだなぁと思えてきたりするのは、マイスターだけでしょうか。

ギャップイヤーについて考えることは、日本の社会の在り方について考えることに通じると思います。
何らかの形でギャップイヤーを取り入れる大学が増えたら、学生に対する社会的なプレッシャーが今より少しは減るだろうか……なんて思ったりもするのです。

以上、冒頭のニュースを見ながら、そんなことを考えたマイスターでした。

※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。

2 件のコメント

  • 息子が東大に入りこれで将来は安泰?と思っていたのですが、以前我が家にホームステイしていたイギリスの子がケンブリッジ大学に入学が決まり半年間日本に来ていました。一緒に食事をする機会がありました。彼は日本の教育はおかしい!なぜ東大(大学)に入学するための勉強をするのか・高校の勉強も学校にやらされている様でおかしいと言ってました。彼は自分の将来のために勉強し、大学に入り、将来やりたい仕事のために各国を旅行しネットワークを広げているのだと…。我が子と比べあまりの意識の違いに不安になりました。将来この子達が社会人としてスタートラインに立った時、どれだけの差ができてしまうのでしょう…今の日本の教育のあり方を否定するつもりはありませんが、イギリスの彼から考えさせられることを与えてもらい感謝しています。我が家のあと二人の子供たちはこのギャップ・イヤーという言葉を知り何か考えてくれただろうか?

  • NPO法人国際文化青年交換連盟日本委員会の理事をしています。大学入学前の高校生に対する制度では英国との差は激しいですね。9月入学制を日本で採用する大学ならさもあらんと思います。当法人は主に大学生、社会人対象の交換事業をしています。ギャップイヤ制度に近いものです。URLをご覧ください。