大学の情報系学部を調査 人気や学生の質は維持できているか?

マイスターです。

90年代後半、アメリカではITベンチャーに異様な投資が行われた、「ITバブル」と呼ばれた時期がありました。大体その頃、アメリカの大学ではコンピューター・サイエンスを学ぶコースを設置する大学が急増したそうです。

日本でも、それをより小さくしたような形で、似たような動きがあったように思います。ITベンチャーが増え、大学に情報科学系の学部学科が増えました。
(既にアメリカでITバブルが終わった後で、情報科学系学部を開設した日本の大学もありました)

そして現在。
バブルと呼ばれたブームは去りましたが、しかし情報科学に通じた優秀なエンジニアが社会で求められているという事実は変わりません。本当に実力のあるシステムエンジニアにとっては、活躍の場はむしろ広がっているかも知れません。
また、高校生に希望の進路を聞いてみると、「プログラムを学びたい」、「コンピューターを学びたい」という答えが返ってくることは、結構あります。

一時期ほどの人気は無くなったと言われることもありますが、情報科学、情報工学系の現状は、そして将来は、一体どうなっているのでしょうか。

というわけで今日は、こんな話題をご紹介します。

【今日の大学関連ニュース】
■「学生の『人気』『質』低落傾向で大丈夫? 大学情報系学部を調査」(@IT自分戦略研究所)

情報処理推進機構(IPA)はIT人材育成の取り組みを行うための予備調査として大学、大学院の情報系学部・学科を対象にした調査を実施し、2月18日に結果を発表した。IT業界への人材供給源となる情報系学部・学科だが、学生の人気や学生の質は低落傾向にあるようだ。
(略)教育機関向け調査の対象は、国内大学、大学院の情報系学部学科・専攻。2007年10月にアンケートを配布し調査を実施した。対象は113の組織で、そのうち学部が61、大学院が52。国公立が79、私立が34となっている。全体のうち、有名大学・大学院の16校は「トップ校」として別扱いにした。
(上記記事より)

というわけで、情報処理推進機構(IPA)が、大学および大学院の情報系学部学科・専攻に対して、調査を行ったのだそうです。

■「プレス発表:IT人材市場動向予備調査(中編)の公表について」(独立行政法人 情報処理推進機構)

「IT人材にかかわる市場動向を多面的、継続的に把握する」ために進められている大規模な調査の一環として、大学での教育の実態を調べているのですね。
今回の教育機関向け調査は、計画されている調査全体の中では「予備調査」の部分に入るのだそうですが、なかなか興味深い調査内容も含まれています。
大学関係者の方々にとって、参考のひとつにはなるかも知れません。

ここに、報告書のPDFデータ一式があります。ダウンロードしたファイルを解凍すると出てくる「IT人材市場動向予備調査報告書_中編_抜粋版.pdf」で結果がわかりやすくまとめられていますので、ご興味のある方はそちらをご覧ください。
(なお調査に使われた調査票は、こちらのファイルの中にあります)

ちなみに冒頭の記事では、以下のように調査結果の概要を紹介しています。

調査対象の情報系学部・学科の卒業生は2004年度から微増傾向。2006年度の卒業生は7479人。
(「学生の『人気』『質』低落傾向で大丈夫? 大学情報系学部を調査」(@IT自分戦略研究所)記事より)

情報系の卒業生は増えています。
報告書の方を読むと、国公立より私立の方が、人数規模が大きいという結果になっています。

入学生は国公立では「ほぼ横ばい」との回答が約8割だが、私立では約4割。私立では「減少している」も3割あった。
(「学生の『人気』『質』低落傾向で大丈夫? 大学情報系学部を調査」(@IT自分戦略研究所)記事より)

調査票では「貴学科・専攻への入学者数は、5年前と比較して、どのように変化していますか」という質問になっています。受験者数ではなく「入学者数」です。入学者数が減っているというのは、つまり定員を減らしたか、定員を割っているかのどちらかだと思うのですが……。

ちなみに報告書の方を見ると、入学者が増えた理由に「担当教員の増減」と書いている大学が一定するあることから、「教員数の増加が、入学者数の増加、すなわち、高等教育機関の人材供給力の強化につながる可能性があると考えることもできる。」と分析しています。単に、定員を増やして教員を補充しただけなんじゃないかという気もするのですが、どうなのでしょうか。
もしかしてここは、「受験者数はどのように変化していますか」と聞くべきところだったんじゃないかという気もします。

次の質問が、「貴学科・専攻に対する学生の『人気』は、約10 年前と比較して、どのように変化していると感じておられますか」というもの。
結構、漠然とした質問ですね。
その結果が、↓こちら。

10年前と比較した情報系学部・学科の学生からの人気は、「変わらない」と「下がっている」が41.6%の同率。「上っている」との回答は5.3%で、10年前と比べると人気は低調のようだ。人気が特に下がっているとの答えは私立に多く、私立の52.9%が「下がっている」と回答。対して、国公立とトップ校では約半数の回答が「人気は変わらない」だった。
(「学生の『人気』『質』低落傾向で大丈夫? 大学情報系学部を調査」(@IT自分戦略研究所)記事より)

このように、「人気が下がっている」と感じている方が多いのだそうです。
ただ、10年前というとまさにITベンチャーがもてはやされ始めた頃ですから、そこを基準にしたら人気が落ちていると感じるのはやむを得ない、という気もします。
そもそも情報系に限らず、この10年の間に、日本全体の受験生が減っています。他の多くの学科も、ちょっとは「人気が下がってきたなぁ」と感じていそうです。
他の学部学科と比べて、相対的に情報系の人気が落ちたのかどうかは、これだけではなんとも言えません。
それに10年前と比べると、同じ大学の情報系でも、学科の名称やカリキュラムを少しずつ変えていたりするでしょう。10年前と純粋に比較するのは、難しいかも知れませんね。

ただ報告書を見ると、国公立では人気が「変わらない」とする回答が約50%を占めるのに対し、私立では「下がっている」という回答が50%を超えています。逆にトップ校では、人気が「下がっている」と回答した割合は25%程度。
なんとなく、「流行に乗って安易に情報系学部を設立した一部の大学が、人気低下にあえいでいる」というストーリーが頭に浮かびますが、さて、どうなのでしょうか。

人気がいまいちなことを反映してか、入学生の質や水準も低調。調査対象の全体の66.4%が学生の水準や質が10年前と比べて「下がっている」と回答。「変わらない」は22.1%で、「上っている」は1.8%しかなかった。学生の水準が「下がっている」と答えたのは私立が最も多く、70.8%。国公立は 64.8%。トップ校は最も少ない37.5%。トップ校は学生の水準が「変わらない」も37.5%と同率。「上っている」は6.3%だった。入学生の水準や質で変化したのは「理数系の学力」が最多で、「国語力を含む基礎学力全般」「学問に対する興味・意欲」「コミュニケーション能力」が続く。
(「学生の『人気』『質』低落傾向で大丈夫? 大学情報系学部を調査」(@IT自分戦略研究所)記事より)

ここでも、 【トップ校】 → 【国立+公立】 → 【私立】 ……の順に、「質が下がっている」の割合が高まっていきます。
うーむ。

学生の「理数系の学力」や「国語力を含む基礎学力全般」、「学問に対する興味・意欲」、「コミュニケーション能力」といった点が低下したと感じている大学関係者が多いそうです。
もっともこの辺りは、工科系学部をはじめ大学全体に通じる指摘として、よく目にするような結果です。
情報系に限った話ではないかも知れません。

でも理数系の学力というのは、システムエンジニアにとっては、ダイレクトに重要なものですから、それが低下しているのだとしら、大変です。
大学の関係者の方々にとっては、やっぱり危機感を覚えてしまう結果ですね。

……と、冒頭の記事ではこのあたりまでしか紹介されていないのですが、情報処理推進機構(IPA)が公開している報告書の方には、さらに色々と、面白い結果が並んでいます。

●半数以上の私立が、情報系の教員数の「変化はない」と回答しているのに対し、国公立の約40%が、教員が「減っている」と回答している。

●国公立と比較して、私立の方が、企業に属した経験を有する人材を情報系の教員に登用している割合が高い。

●最も重視するカリキュラムについて、トップ校では、「研究者の育成」を挙げる回答が多く、それ以外の国公私立大学では「産業界を支える技術者の育成」を挙げる回答が多い

●「貴学科・専攻のカリキュラムでは、就職後の実務(IT関連の業務)を、どの程度意識しておられますか」という質問に対して、私立の中で「まったく意識していない」と回答した大学が17.6%あった。

ね、面白そうでしょう。
上述した結果と合わせて見てみてください。結構、考えさせられそうな結果が並んでいます。

この他にも調査では、

「貴学科・専攻では、情報システムやソフトウェアの開発に関する一連の工程(要件定義からテストまで)を学習できる科目(演習等)は開講されていますか。」

「貴学科・専攻では、実顧客が存在する状況下で、学生が、情報システムやソフトウェアの開発を体験できる機会はありますか。」

「貴学科・専攻のカリキュラムの一部として、1ヶ月以上の長期的な企業インターンシップは実施されていますか。」

といった様々な質問を用意し、全員必修なのか、選択なのかといったところまでを回答させています。
産学連携の取り組みに関しても、詳細に調査されています。

……と、長くなってきましたので、この辺りの回答に興味がある方は、元の報告書をどうぞ。

というわけで今日は、情報処理推進機構(IPA)による調査結果を少しだけご紹介しました。

官僚や研究者とはまた少し違った視点での調査ですが、こうして、色々な切り口で大学教育を分析するというのは、悪いことではありません。
たまに、ちょっと違うかな、と思う分析もありますし、またこうした業界視点の結果が絶対というわけでもないとは思います。でも、やっぱりエンジニアを養成する学問でもある以上、産業界からの意見は大事です。それに、大学関係者や官僚が気づかなかったような視点が、こうした分析の中に隠されているかも知れません。
そんなわけで個人的には、他の業界の方々にもぜひ、こういった調査をしていただきたいなぁと思ったりするのです。

以上、マイスターでした。

※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。

2 件のコメント

  • 理数系の学力というのは、システムエンジニアにとっては、ダイレクトに重要なもの」ではありません。
    ソフトウェア関連の仕事において理数系の学力が必須な職種ももちろんありますが、プログラムは文系出身者でも組めますし、要件定義等を行うSEに重要なのは「論理的に考える力」や「コミュニケーション能力」です。
    誤解している方が多いですし、文系だけどSEに興味を持っている学生が断念などなさらなぬよう念のため投稿させていただきました。

  • 仕様書に沿ったプログラムを作成すればよい場合や,あまり高度なアルゴリズムを考慮しないでよいプログラム作成では理数系の知識がなくてもなんとかなるかもしれません.しかし,高度なアルゴリズムは理数系の知識がないと理解できないでしょう.また,データ構造とアルゴリズム,ソフトウェア工学,OS,コンパイラ,データベース,計算機構成論,ネットワーク,形式言語,情報理論などの基盤的知識や,画像処理や自然言語処理などの応用的知識など,情報系ならではのものもあります.すなわち,プログラミングといっても様々な分野があると思います.元SEさんとは違う視点でのコメントで,情報系は情報系で専門としての強みがあるということを知っていただければと存じます.