マイスターです。
『プロパガンダ・デイドリーム』という戯曲があります。
劇作家・演出家の鴻上尚史さんによるもので、情報リテラシーや、メディアの報道姿勢などの問題について考えさせられる、個人的にオススメの作品です。
この作品の中に、特に考えさせられる場面があります。
(ご紹介しようと思ったら、手元にその本がなかったので、記憶を頼りに書かせていただいています。違うところがありましたらすみません)
ざっくりと説明しますと……。
劇中、「犯罪者の父親」という位置づけのキャラクターが出てくるのです。
彼の子供が、犯罪の容疑者としてメディアで報道されているのですね。
で、TVなどのマスコミは、この父親の自宅に押しかけて、親のコメントをとろうとします。
父親に向かってマイクを向け、お子さんがこんなことになりましたが、それについて何かコメントを! ……といったことを聞くのです。
父親の口から「世間様をお騒がせして、大変申し訳ありませんでした」……といったコメントを言わせ、その様子を全国に放映したいという意図があるわけです。
(実際に、こういう報道って、されていますよね)
でも父親は、それを拒否します。
自分の子供は、すでに成人だ。悪いことをしたのであれば、法律によって罰せられるべきだし、本人は社会に対して謝罪すべきとも思う。しかし、既に成人である子供の罪に対して、親である自分が謝罪することは、おかしい。
父親は、そう言うのです。
しかし、メディアは、納得しません。
「それじゃ世間様に顔向けできませんよ!」みたいなことを言うわけです。
で、TVでは、「子供が犯罪を犯したのに、謝罪しない、とんでもない父親」という報道がされます。
妻も、そんな夫をなじります。どうして謝罪できないのか、これじゃ世間様に対して申し訳が立たない。あなたの言っていることは正論だけど、それとこれとは違う、と。
そして、家庭は崩壊に向かっていきます。
……と、こんな内容です。
ご興味がある方は、実際の作品をご覧ください。
マイスターはこの話を読んで以来、「謝罪」の報道について、少しだけ敏感になりました。
さて、今日は、↓こんなニュースをご紹介します。
【今日の大学関連ニュース】
■「大阪電気通信大学が謝罪、「原田ウイルス」作者の大学院生逮捕で」(INTERNET Watch)
テレビアニメの静止画像を利用してウイルスを作成した大阪府の大学院生(24歳)が24日、著作権法違反の容疑で逮捕されたことを受け、大学院生が在籍している大阪電気通信大学が同日、コメントを発表した。「情報倫理教育を重視し実践していた本学としては、誠に残念でなりません」とお詫びし、今後も情報倫理教育を強化するとしている。
学内から逮捕者が出たことについて、学長の元場俊雄氏は「世間の皆様をはじめ、関係各方面の方々、および在学生、保護者、卒業生の皆様に深くお詫び申し上げます」と謝罪。大学院生の容疑の詳細は把握できていないとしたが、早急に事実確認し、適切な処分を行なうとしている。
(上記記事より)
既に多くのメディアが報じているので、事件については、ご存じの方も多いでしょう。
大阪電気通信大学で学んでいる大学院生が、ウイルスプログラムを作成し、「Winny」を通じて流していたという容疑で、逮捕されました。
報道を見る限り、容疑者が行ったことは確かに悪質です。
悪意を持って社会に被害を与えようとしていたのですから、きちんと法に応じた裁きを受ける必要があると思います。
そこは警察や裁判所にお任せするとしましょう。
マイスターは、むしろこの謝罪報道そのものに、興味を持ちました。
ズバリ、「どうして大阪電気通信大学が謝罪するのか」という、疑問。
なんとなく見ていると、さらりと流してしまいそうなこの報道。
でも、よく考えてみると、不思議です。
容疑者であるこの大学院生。
今までの調査によると、大学の端末でウイルス作成作業を行っていた痕跡は、まだ見つかっていないそうです。
普段の研究態度は真面目で、特に問題もなかったのだとか。
だとしたらこの事件、大学とはあんまり関係ないんじゃないでしょうか?
別の報道では、このようなコメントも出されています。
会見の冒頭、元場学長は「まったく突発の出来事で驚いている」と頭を下げ、「これまでも情報教育や倫理を重視してきただけに残念」と話した。また、中辻容疑者が学内でウイルスを作成したことはないとの認識を示した。
学長は再発防止のため、新年度から情報倫理教育の講義の回数を増やすと述べた。知的財産権や著作権について時間を割くほか、ウイルスが社会に与える影響を詳しく説明するという。
(「『深くおわび』と謝罪 逮捕学生の大学」(MSN毎日インタラクティブ)記事より)
このコメントが意味するのは、
「本来なら本学には、倫理観を持った技術者を育成する責任があるのに、学生がこのような事件を起こしてしまった。これは本学の責任だ。だから、再発防止のため、情報倫理教育を徹底していく」
……といったところでしょう。
でもこの理屈で考えると、まだ学んでいる途中の学生よりも、同大が学習成果を認めて卒業させたOBの犯罪の方が、大学の責任は重いことになりそうですが、どうなのでしょうか。
それに、学生が犯した罪のすべてが、「大学の教育が不十分だった」で片付けられてしまうのは、危険な気がします。
マイスターは、ちょっと考えてしまうのです。
本当に、大学が、「情報倫理教育の不足」で、謝る必要があったのでしょうか。
学生が個人的に犯した罪に対して、大学が謝罪する。
学内で行った活動と関係がなくても、謝罪する。
「うちの大学の学生だから」という理由で、謝罪する。
でも、大学は、学生が個人的に行う活動すべてに対しては、責任を取れないはずです。
「全部責任をとります!」という大学があったら、それはそれで異常です。その学生を、ひとりの成人の人格として認めていないことと同じなのですから。
情報倫理教育を強化するのは、悪いことではないので、自主的に進めていただければいいと思うのです。
ただ今回の事件に関して大学に直接できることと言ったら、学内の規程にしたがって学生を処分することと、警察の取材に協力して学内のPCにウイルス作成作業の痕跡がないかどうかを調べるくらいなんじゃないでしょうか。
大学が負うべき義務と責任は、どのあたりまでなのでしょうか。
今回の事件で、そんなことを考えてしまった、マイスターでした。
※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。