マイスターです。
大学で学ぶには、やっぱりお金がかかります。
国公立大学は、私立に比べると学費は高くない……ということになっています。しかし国公立大学、特に理工系は、大学院の進学率がかなり高いのです。
工学部あたりでは、学生の半数以上が大学院に進学するという学部学科も少なくありません。
いくら国公立大学と言えど、それでも大学院まで行けば、それなりにかかります。
もちろん将来のための有用な投資ではありますが、それでも、できるなら誰だってなるべく安く抑えたいところ。
そんなわけで、今日は↓こんな話題をご紹介します。
【今日の大学関連ニュース】
■「優秀な院生に240万円支給 東京農工大 頭脳確保競う」(Asahi.com)
東京農工大(国立、東京都府中市)が新年度から優秀な大学院生に年額最高240万円を支給する。優秀な学生を獲得しようと、新年度から大学院生に新たな経済的支援を始める国立大が相次ぐなかで最高レベルの支援になる。国からの運営費交付金が減らされる中、国立大の間で身を削りながらの「仁義なき戦い」が繰り広げられそうだ。
農工大では企業との共同研究や寄付金などから約1億3000万円を工面して独自の研究奨励金制度を創設。工学府などの優秀な院生約130人に年額60万~240万円を支給する。授業料免除との併用も可能。
文部科学省の調査では、国内の博士課程在学者(05年度)のうち「生活費相当額」とされる月額15万円以上を受け取っているのはわずか9%。海外の有力大学に比べてはるかに少なく、「このままでは頭脳獲得競争に負けてしまう」(東京大の平尾公彦副学長)と懸念されていた。
これに対し、東京工業大と室蘭工業大が新年度から博士課程の院生を研究補助者(RA)などにして給与を払うことで、進学者や在学者全員の授業料を「実質ゼロ」にする制度を導入。それぞれ約2億円と約5500万円の財源は経費節減などで工面する。東大も同様の支援拡大を検討中で、農工大も奨励金に加えて同様の支援を検討している。
一方、北陸先端科学技術大学院大では新年度から優秀な進学者に年額最高180万円の奨学金などを支給(授業料免除との併用は不可)。横浜国立大大学院工学府では今年度から、優秀な博士課程進学者に最高120万円を支給(同可)している。
(上記記事より)
そんなわけで今、理工系を中心に、いくつかの国立大学が大学院生に対する経済支援の充実度を競っています。
こういった動きの皮切りになったのは、昨年10月に報じられた、東京大学大学院の「実質、学費をゼロにする」という発表。
「世界トップレベル」の研究機関を目指す東大としては、国内外の優秀な学生を集めるために、奨学制度の大幅な拡充が不可欠という判断からです。
経費節減などで、約 10億円の財源を工面したのだとか。
実際、欧米の有名大学などでは、大学院生の学費がゼロという例は、結構あるのです。
ヨーロッパのように、「そもそも大学の学費がほとんどかからない」という国もあります。
またアメリカの有力大学などは、豊富な資金力をもとに、充実した奨学金制度を運営していて、結果的に学生の自己負担を極力減らすような体制を整えていたりします。
ですから、そんな世界各国の大学と学生獲得を競うつもりなのであれば、大変ですが、学費を抑えないわけにはいかないというわけなのです。
東大の大学院が学費をゼロにすると発表したとき、国内のほかの大学院の関係者が焦ったのは、想像に難くありません。
それでなくても東京大学は、大学院の規模が非常に大きく、日本中から優秀な研究者の卵を集めている大学です。
(「大学は違うけれど、大学院は東大」という人は、世の中には結構たくさんいます)
学費の額でもこんなに差をつけられては、自校の優秀な学生からも、そのまま大学院に残らず、東大に進学しようと考える人が増えるかもしれない、というわけです。
上記の記事にあるように、理系の研究型大学の大学院が、急にこぞって院生の経済支援に力を入れるようになったのは、この東大の動きと無関係ではないはずです。
加えて近年は、「同じ大学からの大学院進学者を、一定の割合までに制限しよう」という動きがあります。(例として以前、教育再生会議が「3割程度」という具体的な数字を出したことがあります)
そうなると、どの大学からも、「3割」に入れなかった、もしくは母校に残ることを選択しなかった学生が外に流れ出ます。そういった学生に進学先として選ばれる大学院になれるかどうかは、研究機関としては死活問題です。
このような数年先までの予測も、学費の値下げ競争に拍車をかけているのではないかなとマイスターは思います。
個人的には、経済支援で優秀な学生を引っ張ってこようとするのは、決して悪いことではないと思います。
学生にとっては、こういった支援のおかげで学業を続けられるというのは、助かることのはず。結果として、より多くの学生がこれで学ぶチャンスをつかめるようになるのなら、喜ばしいことです。
また、大学間の人材の流動化を加速させ、研究者のコミュニティを活性化させるという点でも、評価できる部分があると思います。
ただ心配なのは、やはり財源です。
東大は経費節減で資金をつくったということですが、過度な学費の値下げ競争は、ほかのところにひずみを与えかねません。
例えば、一部の大学院生の学費を、他の院生や学部生が肩代わりするようなことがあまり行き過ぎるのは、好ましくはないでしょう。
うまく予算を工面できる大学ならいいのですが、体力を削って無理に学費を値下げしたりしている場合ですと、そのうちどこかに悪い影響が出てしまうおそれもあります。
それに、大学間の格差があまりに広がりすぎてしまうのも、確かに問題だとは思います。
例えば上記の記事には、↓このようなコメントが寄せられています。
こうした動きについて埼玉大の田隅三生学長は「国が統一的な方策を考えるべきだ」と批判。「優秀な学生を囲い込みたいという各大学の本音がむき出しで、まさに『仁義なき戦い』になってしまっている。このままでは大学間の格差がますます広がってしまう」と懸念している。
(上記記事より)
同じ国立大学であっても、これまでに国から投資された額は、全然違います。
中でも東大はこれまで、様々な面で、他を圧倒的に引き離す投資を受けてきました。
研究設備のレベルや規模も、組織の大きさも、そんなこれまでの「資産」と無関係ではありません。
そういった「扱いの差」を無視して、いきなり「仁義なき戦い」に突入されても不公平だ、と、上記の埼玉大学学長はおっしゃりたいのではないかな、と思います。
大学には大学ごとの役割があります。世界的な研究を望む学生が、そういった環境が整っている大学に集まるのは、ある程度は仕方がありませんし、自然なことだとも思います。
その代わり、他の大学には、そこならではの教育や研究を見つけ出せばいい……とは言っても、強い大学が一方的に人材を搾取してしまうような構図は、日本全体の人材育成という観点で見れば、やっぱり健全ではありませんよね。
競争によって生まれる活力は活かしながら、ちゃんと人が色々な方向に流れる仕組みを作っていけるといいのですが……簡単ではなさそうです。
今後の、日本の高等教育の課題の一つですね。
以上、冒頭の記事を読みながら、そんなことを考えたマイスターでした。
※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。