サイバー大学の単位認定報道 問題は?

大学が、誰にとっても身近な存在になるような社会を作りたい、と思っている、マイスターです。

現在、大学で学んでいる人の大部分は、18歳~20代前半の若い方々です。
高校を卒業したばかりの方々が多いのは当然ですよね。
でも、別に大学というのは、若者だけのための機関ではありません。
大人が学んでも、ご高齢の方が学んでもいいのです。

個人的には、世の中で求められる知識の入れ替わりが早くなるこれからの社会においては、働きながら大学で学び、新しい知識やスキルを身につけるという生き方がもっと広まってもいいと思っています。
自分自身、一時期、仕事をしながら「桜美林大学大学院 大学アドミニストレーション専攻」というところに科目履修生として通っていましたが、そこで得た知識や考え方は、非常に役に立っています。

でも、誰もがそういう時間を得られるわけではありません。
現実には毎日仕事がありますし、いつも帰りが深夜近くという人も少なくないと思います。また、「学びたいと思う大学や大学院が、通える範囲にない」という人も多いでしょう。
春は時間があるけど秋以降は忙しくなるなど、年間を通じては学べないという場合も、大学に通うのは難しくなります。
そんなわけで、「大学や大学院での学びに興味はあるけど、実現は難しい」と考えている人、結構いらっしゃるようです。

そんな方々をターゲットに昨年開設され、話題を集めたのが、インターネットを利用した完全通信制の大学、サイバー大学。
最初は色々とわかりにくい点もあったようですが、学費などのシステムもわかりやすく説明され、個人的にはなかなか面白い教育機関だなと思っています。

そんなサイバー大学を巡って今、ちょっと混乱が起きています。

発端は、以下の、読売新聞の記事です。

【今日の大学関連ニュース】
■「サイバー大学 本人確認せず単位」(読売オンライン)

すべての講義をインターネット上で実施している「サイバー大学」(昨年4月開校、吉村作治学長)が、在校生620人のうち約200人の本人確認をしていなかったとして、文部科学省は近く、改善指導に乗り出すことを決めた。
この中には、大卒資格の取得に必要になる単位を得ていた学生も多く、同省は、講義を履修した学生だけに単位を付与するよう定めた「大学設置基準」に違反する疑いが強いと判断した。4月までに学生全員の本人確認を完了しなければ、学校教育法に基づく改善勧告も検討する。
福岡市に本部を持つサイバー大は、パソコンを使えば、どこでもネット上の講義を受講できることや、一般の通信制大学のような「スクーリング(面接授業)」を一切しないことが特徴で、「一度も通学せずに大卒資格が取得できる」とPRしている。
文科相の諮問機関「大学設置・学校法人審議会」では一昨年秋、大学の設置を認可するにあたって、「学生本人が、ネット上の講義を受講していることをどう把握するのか」などという問題点を指摘。〈1〉入学時や受講時、単位の認定や卒業判定の際には、何らかの方法で学生が本人かどうか確認する〈2〉少なくとも入学時は学生本人と対面する――など11項目の「留意事項」を伝え、大学側は、学生に与えたICカードがなければ、ネット上で講義を閲覧できないシステムを取るなどと回答していた。
しかし、こうしたICカードのシステムはまだ実施されておらず、昨年4月から始まったネット上の講義は、学生に与えたIDとパスワードをパソコンの画面に打ち込めば閲覧可能で、大学側は2007年度前期の単位を、この閲覧履歴と、ネット上で実施する試験をもとに認定していた。
文科省は、受講者が学生本人かどうかを、パソコンに取り付けるカメラで確認する方式の対面も認めていたが、大学側は、在校生のうち約200人は1回も対面やカメラで本人確認をしていなかった。現状では、他人に講義や試験を受けさせて、大卒資格を得ることも可能なため、文科省は「大学設置基準を満たしていない疑いがある」として指導に乗り出すことを決めた。
(上記記事より。強調部分はマイスターによる)

……というのが、読売新聞の報道。
本人確認をしていない学生に単位を与えていた、とはっきり報じています。
また、「現状では、他人に講義や試験を受けさせて、大卒資格を得ることも可能」とも書いています。

事実なら、「これは確かに危ないぞ!」というところです。
単位の信頼性が揺らぐということは、学位の信頼性も揺らぐということですから。

……が、サイバー大学が主張するには、これ、事実とちょっと違っているらしいのです。

■「『本人確認せず単位付与』は事実誤認、サイバー大学の吉村学長が会見 読売新聞社には法的手段も検討」(INTERNET Watch)

サイバー大学は21日、同大学が学生の本人確認をせずに単位を認定していたと報じた読売新聞の記事に対して、単位認定の事実を否定した。同日に開かれた会見で学長の吉村作治氏は、本人確認が遅れている事実は認めたものの、「記事の内容は全くの事実誤認」と強調。記事による風評被害で入学者が減ることも想定されるとして、読売新聞社に法的手段を検討する考えを示した。
サイバー大学は、すべての講義をインターネットによる通信教育で行なう4年制大学。PCとインターネットにつながる環境があれば、24時間どこでも授業を受けることが可能で、一度も通学せずに大卒資格を取得できることが特徴としている。
21日付の読売新聞朝刊では、サイバー大学の在学生620人のうち約200人に本人確認をせず、この中には大卒資格の取得に必要な単位を与えていたと報じていた。また、他人に講義や試験を受けさせて、大卒資格を取ることも可能としており、文部科学省が改善指導に乗り出すことを決めたと記載されている。
この記事に対してサイバー大学は21日付のプレスリリースで、在学生の本人確認を進めており、在学生620人のうち440人の本人確認が終了したと報告。さらに、本人確認が済んでいない生徒には単位を認定しておらず、現時点では、文部科学省からの改善指導も受けていないと反論した。
また、本人確認が済んでいない180人に対しては、全国各地で開催している大学説明会のほか、Webカメラや携帯電話のカメラ機能で本人確認を行ない、2008年1月末までに本人確認を終了するとした。1月末までに確認できない学生に対しては大学職員が個別訪問し、2月末までに確認できない生徒には単位を与えず、その後も確認できない生徒には退学勧告を行なうという。
サイバー大学の広報部によれば、本人確認の方法は、カメラで撮影した学生の動画と、その学生の入学願書の写真と照らし合わせ、目視で確認するとしている。
(上記記事より。強調部分はマイスターによる)

本人確認がとれていない学生が少なからずいるのは事実のようでですが、読売新聞の報道と違うのは、赤字の部分。
「本人確認がとれていない学生には単位を与えていない」ということであれば、読売新聞の報道と、大きく意味が違ってきます。

↓こちらが、サイバー大学のプレスリリースです。

■「プレスリリース:サイバー大学、在学生の本人確認について」(サイバー大学)

サイバー大学では、本人確認ができていない学生への単位認定は行っていません。2007年度に入学した在学生については、2008年3月末に行う教授会にて、成績および本人確認の実施状況を審議して単位認定を行います。また、現時点で文部科学省からの改善指導も受けておりません。
(上記プレスリリースより)

4月から入学した学生の、春学期分の単位はどうなっているんだろう?……と少し疑問に思ったのですが、上記のプレスリリースによると、春学期に入学した521名の中で、単位認定済みの学生数はゼロだとのこと。
つまり、春学期の単位も3月に認定するということなんだと思います。

これはマイスターの勝手な想像ですが、読売新聞の記者の方は、

「春学期はもう終わっている。また、この時期なら後期も試験は終わっているはずだ。(=つまり、学生はもう単位を取得している)。それなのに、まだ本人確認がとれていない学生がいる。」

……という判断で、冒頭の記事を書かれたのではないでしょうか。

しかし実際には、前期も後期も、単位はまだ認定されていなかったのです。
サイバー大学では。

単位を認定するのは、たいてい教授会です。その時期や方法には、大学によって若干の違いがあるかも知れません。決めるのは大学です。
ですから、サイバー大学が「3月に認定する」と決めているのなら、(それが果たして適切かどうかはさておき)そうなのです。
(……と、マイスターは解釈しているのですが、もし違っていたら、どなたかご存じの方、ご指摘いただければ幸いです)
でも、こういうところって、大学の業務のわかりにくい点かも知れません。
(もっとも個人的には、どうして春学期の単位を3月に認定するのか不思議でなりませんが。)

ちなみに、他大学から編入する学生の場合、それまでに取得した単位が編入後の大学の単位として認定されることがあります。でもその認定時期は「入学時」とは限りません。大学にもよるでしょうが、入学後、5月とか6月とかになって初めて何単位が認定されるか判明する、なんてこともあります。

そういう意味では、大学の業務の流れをよく調べないまま勇み足で記事を書いてしまった、読売新聞の記者の方には問題があるように思います。

ただ、それはそれとして、サイバー大学の方にも不透明な部分は残っていそうです。

なお、サイバー大学の授業では、入学時に付与されるIDとパスワードを入力して学生専用ページにログインする。授業の出欠は、教員が講義を行なう動画を閲覧することで、出席と見なされる。会見では、「替え玉の受講も可能では」という質問が寄せられたが、吉村氏は「通学制の大学でも代返はあるが、勉強しなければ答えられない試験を身代わりで受けるような酔狂な人はいない」と回答。Webカメラや指紋認証による授業毎の本人確認も検討するとしたが、「教育は相手を信じるもの」との持論を述べた。
「『本人確認せず単位付与』は事実誤認、サイバー大学の吉村学長が会見 読売新聞社には法的手段も検討」(INTERNET Watch)記事より)

記者会見のやりとりでは、「そもそもwebを通じてだけのやりとりで、本当に本人確認ができるのか」という点も論点になっています。
これは、実はサイバー大学のシステムの、根幹に触れる部分です。

仮に、最初に本人確認をしたとしても、その後の授業をすべて本人が受けているか、レポートを本人が書いたかということは、確実にはわかりません。
レポートだけでは判断できないと教員が考えた場合、通常の大学なら「出席を取る」という方法を検討することもできますが、「授業の出欠は、教員が講義を行なう動画を閲覧することで、出席と見なされる」というサイバー大学の場合は、「代返」が非常に簡単です。

記者会見では、そのあたりについての質問もあったようです。
こういった点に対する指摘は、高等教育をまじめに考えるなら、無視できないはずのもの。世に先立って完全通信制の大学を開設し、注目もされているサイバー大学だからこそ真摯に議論した上での、大学運営者としての真剣な回答を寄せることが期待されていたはず。

しかし、「教育は相手を信じるもの」という回答。
残念ですが、これではそういった期待には応えられていないように思います。これでは、「あぁ、やっぱり本質的な部分は解決しきれていなかったのだな」と思わせてしまいかねません。
教学の根幹となる部分を、個人の思い入れで運用しているのかと受け取られてしまいます。

「次年度に入学する学生に対しては、本人確認ができなければ入学を認めない方針を示した」とのことですが、それだけではおそらく不足でしょう。

毎回の授業でのwebカメラの徹底など、色々と方法は考えられます。
サイバー大学に期待をするマイスターとしては、本人確認の方法をより完璧に近づけていく工夫を、ぜひ社会に示し続けて欲しいと思います。

以上、マイスターでした。

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<1/22 追伸>

■「文科省、サイバー大警告へ ネット受講『替え玉』の恐れ」(Asahi.com)

文科省は「替え玉が入り込む余地がある」などとして、通常の改善指導よりも一段強く、従わなければさらに強い改善勧告につながる「警告」が必要と判断した。
(略)(吉村学長は)各講義に本人が出席しているかどうかを携帯電話で確認するシステムも検討するという。
(上記記事より。カッコ内はマイスターによる補足)

上記の記事をアップした後にAsahi.comに掲載された報道です。いくつか、新たな情報がありますね。

※この記事は、現役高校生のための予備校「早稲田塾」在籍当時、早稲田塾webサイト上に掲載したものです。